●
ひゅうっと吹いた風が通り過ぎて寒いが、入り口の外には芽衣(jz0150)は今か今かと待ちかねて立っていて、みんなの姿を見つけると、嬉しくて手をぶんぶん振った。
「芽衣ちゃん元気だった〜?」
一番初めに声をかけたのは礼野 真夢紀(
jb1438)だ。久しぶりの再会に真夢紀も自然に笑顔が溢れる。
「まゆきおねーちゃん、うん、げんきー!」
ぴょんと飛び跳ねた芽衣はぐるっと真夢紀の周りを回ってから、後から歩いて来たメンバーにもウサギのように飛び跳ねて近づいて行く。
「しずやおにーちゃん! れいしおねーちゃん、ひむろおねーちゃんもいるー!」
鳳 静矢(
ja3856)、御堂・玲獅(
ja0388)、蓮華 ひむろ(
ja5412)とは何度も会っていて、芽衣はすごく懐いている。
「元気なようだな、芽衣」
寒さをものとも思わない芽衣の頭を静矢がよしよしと撫でると、にぱっと笑ってから隣に並ぶ鳳 蒼姫(
ja3762)に首を傾げた。
両サイドのみ腰まで伸ばした蒼姫の髪は、広がる海のように蒼い。
「静矢さんの奥さんのアキですよぅ☆」
「あきおねーちゃん、うみみたいなあおー」
「うん、蒼ですねぃ」
『奥さん』の部分はまったく触れない芽衣に、静矢が「そこか!」と笑う。
「あのねあのね、これ!」
静矢に笑われて芽衣はちょっと唇を突き出してむくれたような困ったような顔をして、抱えていた絵本をずいっと突き出した。
「人魚姫ですねぇ〜」
即座に深森 木葉(
jb1711)が題名を言うので、芽衣に驚きの目が向けられた。
「すごーい、わかるのー? えっとお――」
「芽衣ちゃん、よろしくなのですぅ〜。あたしのことは、木葉とよんでくださぁ〜い」
長い黒髪の木葉は大正浪漫な袴姿だけど、背丈は芽衣よりやや低い。年齢は木葉の方が上だが、自分と同じだと思った女の子がすぐに答えを出してそれだけで芽衣はびっくりなのだ。
「追加の依頼って、もしかしてこれかな?」
芽衣の手にした本はすっかりぼろぼろで、真夢紀は出掛けに絵本を直して欲しいと電話をもらったことを思い出した。
「あらあら、いらっしゃい。寒いところありがとう。芽衣ちゃん、お掃除をしないと」
賑やかな声が聞こえたのか、図書室の中からおばちゃんが顔を出す。
「芽衣さん、お掃除を先にしてしまいましょうか?」
そっと玲獅が芽衣の背中を押すと、意外にも素直に芽衣は、「うん、おそうじねー」と駆けて行く。
小さなその背中を追いかけて、穏やかな笑みを浮かべてメンバーが続いた。
●
「わぁ、いっぱい本があるね、めいちゃん」
こっちと芽衣に案内されて、本好きなひむろが本棚の本をざっと目で追った。
「本は大好きっ! 外で遊ぶよりも本読む方が好きだし」
そう言う真夢紀もひむろに劣らず本が大好きだ。今日も絵本の整理と聞いて誰よりも楽しみにしていたくらい。
まぁ、本好きが高じて芽衣には聞かせられない世界にも足突っ込んでたりだが、それはそれだ。
「うっかり本を読まないように気をつけなくちゃね」
ひむろと真夢紀は共に頷く。本好きは特に気をつけるポイントだ。
「やりやすいように掃除してもらってかまわないわ。私はぼろぼろの本を捨ててくるわね」
ダンボール箱を持って出て行くおばちゃん。
「掃除はにがてなの」
「そうですね。皆でお掃除をしてから、本の修理をする人と戻す人に分けましょうか」
ひむろが言うと、玲獅はもう持参したレジャーシートを広げている。
「その方が早く芽衣さんの絵本を直せますし。芽衣さんもお手伝いしてくれますか?」
身を屈ませて芽衣の視線に合わせた玲獅に、芽衣は大きくこくんと頷いた。
「うん、めいがんばるー!」
そうして抱えていた青い絵本を部屋の端っこに置くと、芽衣は張り切って本棚の前に行く。
「芽衣ちゃん、その服そのままだとちょっと汚れちゃいそうだね」
真夢紀はリュックから前に芽衣がエプロン代わりにしたTシャツを取り出して着せ、大判のハンカチを三角巾にして長い髪をくるんと入れた。
「ありがとー!」
「お掃除は静矢さんとアキに任せるのですよぅ」
ぱっと芽衣の前へ表れた蒼姫の恰好は、髪と同じ蒼の割烹着にズボンの後ろに蒼色のハタキを装備して、それがまるでしっぽのように揺れる。
「……さて、今日もアキは三角巾の二段活用なのですよぅ」
それから蒼の大き目の三角巾二枚で何処かの依頼でやりたて二段活用を披露して見せる。
「こうして、頭と口に三角巾を結びつけるのです☆」
「ねこさんのしっぽー!」
ふりふりとハタキを揺らして芽衣にじゃれつかせながら、蒼姫がぴっと本棚を指差した。
「さぁ静矢さん、本を運ぶのですよぅ」
「ああ、その前に埃が舞うかも知れないしな」
やり取りにくすっと笑った静矢は持ってきていた防塵マスクを他のみんなにも配り、膝を着いて芽衣にもつけてやる。
それからデジカメを取り出し本を撮影。
「同じ位置に無いと子供が戸惑うかもしれないしな」
「芽衣さん、このシートの上へ本を運んでくれますか?」
玲獅は持ってきていた厚紙を切り、テープで箱をいくつか作っている。
「なにつくってるの?」
もちろんそれを芽衣が見逃すはずがなく、首を傾げて覗き込む。
「本を戻すときに分りますよ」
珍しく悪戯っぽく言う玲獅。早く知りたいのか、芽衣は急いで本棚の前に走って行く。
「木葉も芽衣ちゃんとご一緒にお手伝いをするのです〜。あっ、本棚が倒れないように上の段から出していくと良いのですよ〜。う〜ん……」
背の低い芽衣が下の本に手を伸ばすのを見て、木葉が上ですと本棚の一番上に手を伸ばす。本棚は子供の高さに合わせて作られていたけれど、木葉と芽衣にあとちょっとだけ届かない。
「高いところは私とひむろちゃんで取るね。それを運んでくれるかな?」
「わかりました〜。芽衣ちゃんと頑張って運ぶのです」
ちょっとお姉さんっぽく言ってみた木葉だけど、芽衣が自分より重い本をこともなく運ぶのを見て目を丸くした。
「芽衣ちゃん、すごいです〜」
「このはちゃんもすごいー」
向かい合ってうふふと笑い合うふたり。うふふと笑ってはまた本を運ぶ。そうすると、あっという間に本棚は空っぽに。
「アキの出番なのですねぃ」
本を取り出しからっぽの本棚に蒼姫がたぱたぱハタキをかける。
蒼いハタキがほこりを飛ばすのが面白いのか、芽衣がとことこと駆け寄ってにこにこしている。
「芽衣ちゃんにホコリはいんめい(いない)かーい?」
気がついた蒼姫も同じように笑顔で、どこの方言か分らない言葉でたぱたぱハタキを動かした。
きゃっきゃっとじゃれ合う蒼姫と芽衣。その芽衣を静矢が捕まえてひょいと持ち上げる。
「きゃー?」
「まずは濡らした雑巾で拭いてから、水気を取る様に乾いた雑巾で再度拭くとある程度埃が舞わない」
静矢が固く絞った雑巾を芽衣に渡すと、優しく目を細めた。
「棚の上を芽衣にお願いしようかな?」
「はーい!」
芽衣が抱え上げられて、本棚を拭く様を「?」マークでじっと見ている蒼姫。じっと見ている蒼姫。
(さぁ、何がしたいか解りますね! 鈍感な静矢さんでも……)
蒼姫の心の声が静矢に届いたのか、その後――。
「うぃーんうぃーんなのー。クレーン状態なのですよぅ」
「まるで何とかキャッチャーだな」
静矢に持ち抱えられて、戸棚を拭く蒼姫の姿が!
静矢と蒼姫がかなりの努力(主に静矢が)している間、他のメンバーは修理をする本の選別を終えていた。
「れいしおねーちゃん、はこはー?」
あの箱が気になり芽衣が玲獅の側に行くと、箱には絵本の題名と番号が記されている。
「これは修理する本の名前を書いておいたのですよ。本を戻すときに修理している本がありませんから、代わりにこれを入れておくのです。そうすれば後ですぐに戻す場所が分るでしょう?」
芽衣にも分るように、ひらがなで大きく書かれた箱。それを手に取り、芽衣は嬉しそうに大きくうんと頷く。
「めいちゃーん、本を直すから、めいちゃんの絵本も一緒に直しちゃおう」
部屋の端に寄せたテーブルの上で作業を始めたひむろが芽衣を呼ぶ。
「行ってらっしゃい。終わったらお手伝い下さいね」
優しい笑みを湛えて玲獅が芽衣の目を見つめると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
●
「えっと、これはこうして……。木葉ちゃん、こっちにテープを」
「はいです〜」
集められたのは、ちょっと切れかかったり、ページが取れかかった絵本だ。
真夢紀と木葉とひむろは、手分けをして用意してあるテープを手際良く貼って修理をしていく。
かなりぼろぼろで修復が不可能な本は、おばちゃんが事前に取り除いていたので、そうそう酷い絵本は見当たらない。これならそう時間はかからない。
芽衣がいそいそと抱きしめて持って来た人魚姫の絵本を除いて。
「わぁー、めいちゃん、この絵本、ページが半分以上なくなってるね」
ひむろが驚いて声を上げと、真夢紀と木葉も続いて開かれたページを覗いて見て本当だと唸った。
「おばちゃんがおはなしわすれちゃったから、おねーちゃんたちになおしてもらおうってー」
元気良くさっき話したことを報告する芽衣は、この先のお話が分らないようで、にこにこしている。
「どうしよう、そのままのお話は悲しすぎるもんね」
芽衣に聞こえないよう小さな声で真夢紀が二人に耳打ちをする。
「人魚姫に幸せな夢を見せてあげたいです……」
みんなで考える芽衣も幸せになるような物語をと木葉もひそひそと。
「うん、そうだね。めいちゃんはこの後どんなお話になっていると思う?」
「めいねぇ、うーん?」
「芽衣ちゃん、人魚姫はどうなるとおもいますかぁ〜?」
青い海を泳いでいる人魚姫。王子様を助けてどうなったのだろう?
芽衣は聞かれて、広がる青い海の絵本に目を落とした。
「あのね、芽衣ちゃんも一緒にお話を作ろうよ。その方が楽しいよ。絵もみんなで描こう」
真夢紀が用意してきたクレヨンを見せると、芽衣の目がきらきらと輝いた。
「えっとね、ねこさん、いる? あとね、うみにおはながさいてるの。あとねあとね、おひめさまは、おうたがうまいの!」
それは本来の人魚姫とはかなりかけはなれているけれど、なくなってしまったページの先にはこんなお話がまっているかもしれないと思ってしまう。
「……魔女もある程度、悪役じゃないように出来ないかな?」
元のお話に添って、でもみんなに親切にしてもらっている芽衣の情況も考えて、魔女とは言え悪者はしたくないと真夢紀がこそっと話す。
「そうだね、こんなのはどうかな?」
机に広げた画用紙を前に、ひむろが聞かせる人魚姫のお話は――。
●
王子が目を覚ますよう、姫が歌うのは願い歌
ざぶーんと波の音に混じって聞こえる声と、ちりんと鳴る鈴の音
姫がその音を探すと、今にも溺れそうな小さな猫が
ざぶんと大きな波にさらわれる
姫が驚いて海を覗くと、桃色珊瑚のリボンをつけた猫はまあるい泡の中
秘密の魔法を使う子猫は、王子の猫で一緒に溺れてしまってた
姫が子猫を助けているうちに、
目覚めた王子は通りすがりの娘を命の恩人と勘違い
猫は心を痛め恩返し誓うのです
王子に会いたい姫は、魚のしっぽの代わりに足をもらいに魔女の元へ
「でもね、魔女は言うの。本来の体を替えるんだ。感覚を一つ削るよ。……そうね、声を削ろうか。王子様の声を聴きたい、姿を見たい、触れてみたいだろう? って」
真夢紀が人魚姫を描きながら、海を青いクレヨンで塗っていた芽衣に聞かせた。
「おひめさま、おうたうたえないの?」
「うん、でもね、歩けるようになるの」
「それからそれから?」
身を乗り出す芽衣に、ひむろが続きを話す。
鱗は残ってしまったけれど、ドレスで隠して王子の下へ
猫の恩人と妹のように可愛がられ
でも、王子と間違われた娘との結婚話は進んでしまい、とうとう結婚式に
声が出ぬ姫は想い伝えられず泣いてしまう
それを見た魔法の子猫は、自分の力を全部使って、姫の声を戻してあげる
普通の猫になってしまったけれど、あの時の歌をと
姫は歌う、あのときの願い歌
それを聞いた王子は、助けてくれたのが姫だと気がつき
姫を抱きしめキスをすると
残った足の鱗が落ちて色とりどりの花となり
青い海に姫の幸せのように広がり
姫は声を取り戻し、王子と幸せな結婚を
「最後のページは芽衣ちゃんにお願いするのです〜。『きれいな青い海をバックに、お花畑で人魚姫と王子さまが仲良く並んでいる。その足元には幸せそうなお二人を満足げに見つける猫ちゃん』」
木葉が夢見るように言うと、芽衣はちょっとだけ照れたようにでも嬉しそうに笑ってクレヨンをぎゅっと握った。
●
「素敵なお話ができましたね」
絵本を完成させて、修理した本を戻している芽衣の頭を玲獅が優しく撫でてくれる。
「うん!」
零れるような笑顔の芽衣の背中に、作ってきたアキ特製ブルーベリーチーズパイ、クッキー、ココアを並べた蒼姫が呼ぶ。
「芽衣ちゃぁぁぁん? アキの特製お菓子だぉ? みんなも呼んできて一緒に食べよぅ?」
そうして小さなお茶会は、芽衣のできあがったばかりの絵本の朗読も混じって、かなり賑やかなものになった。
●
「ハルー!」
ハレルヤが心配して探している姿を見つけて、芽衣はご機嫌に手を振った。
「む、それはどうしたのだの?」
芽衣は頭に猫耳カチューシャと三毛猫のヘアピンをつけて、見てみてとばかりにハレルヤに頭を突き出してくる。
「んとね、まゆきおねーちゃん」
真夢紀は出発する前に芽衣が来ると聞いて、「芽衣ちゃん用品」と書いた袋をリュックに放り込んでいた。
別れ際そこから、「これまゆから芽衣ちゃんにお年玉ね」と芽衣の頭にちょこんと乗せてくれたもの。
「他にもあるのだろう?」
「うん!」
静矢が「帰ったらこれをハルさんに渡してくれないかな?」と帰る際に芽衣に手渡したのは、年賀状【午】に添え書きしたもの。
「ふむ、『新たな一年が貴女と芽衣にとって更なる良き夢を紡ぐ一年足らん事を 鳳』か。まったく、人とは分らん生物だの」
声に出し文面を読んだハレルヤの顔はまんざらでもないように少し微笑んでいる。
そんなハレルヤと手を繋ぎゆっくり歩き出した芽衣は、頬を真っ赤に染めて紙袋に入れてもらった本の話をする。
「あのねー」
「まだあるのかの?」
それは、みんなが知っている悲しいお話ではなくて、芽衣のためだけの、素敵な幸せなお話。
芽衣を想ってくれる、撃退士が紡いでくれた、青い人魚の夢のおはなし。
「むかしむかしねぇー、うみにおひめさまがいたんだよー」