.


マスター:
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/27


みんなの思い出



オープニング


 コンコン。
 いつもの時間に病室をノックする音が聞こえる。
 誰かは分ってる。幼なじみの透だ。
 返事をしないで待っていると静かにドアが開いて、顔を覗かせたのはやっぱり透。
 その透が頭を傾けた拍子にぽた、ぽたっと床に水が滴るのが見えて、落ちた雫から透の頭に目を辿らせる。
「雨、降ってるの?」
「うん――、雪になるかも」
「風邪、ひいちゃうよ。髪、濡れてる」
「ん、いい」
 私が差し出したタオルを受取らない透は、髪を少しだけ掻きあげ雨の雫を飛ばした。
 透の意地っ張りはいつものこと。私は困ったように笑って、それでもすぐ手が届く位置にタオルを置いた。

「調子どう、杏樹?」
「ん、まぁまぁ……いいですよー」
 椅子に座って聞いてくる透の言葉はいつも同じ。ありきたりな答えを返して細く白い自分の指に目を落とす。
 それが嘘だってお互い分ってるけど、気がつかない振りをして。
 いいわけないよね、きゅっと握り締めた手から繋がれた点滴のチューブは昨日からもう一本増えた。
 透はそれを睨むようにじっと見つめてるし、だけど増えた言い訳なんて思いつきもしない。
 だから、目を合わせないようにして言う。自分にも言い聞かせるように。
「……昨日より、ずっと、いいよ。……えと、雪、積もるかな?」
 あからさまな話題変え。なんでもっとうまく言えないのかなぁ? あー、自己嫌悪。
「積もったら――、雪だるま作るか。去年のように」
「うん、そだね。作りたい……」
 ちょっとだけ最後が涙声になっちゃったけど、目をできるだけいっぱいに開いたら涙はなんとか零さないで済んだみたい。
「積もると、いいな」
「うん……」

 それきり会話はもうなくて、ただ黙って下を向いていた。透が悔しそうな泣きそうな怒りに満ちた顔をするのを見たくなくて。
 どうしてこんなになっちゃったのかな? 
 半年前までは、透とじゃれあうように走っても息切れなんかしなかったのに。去年の冬は積もった雪をありえないほど大きく丸めて、透が作った雪玉より大きな雪玉で頭でっかちな雪だるまを作って大笑いして。
 もう今は、廊下を少し歩いても息切れでぜいぜいいってる。
 馬鹿みたいだよね、可笑しいよね、笑っちゃうよね、たった半年しか経ってないのに。
 寂しくて、悲しいけれど、これは現実。

 昔話にするには最近すぎる想い出を思い出していたら、おもむろに透が立ち上がる。
「――帰るよ」
 暗くなった窓の外に、透が発したのはそんな言葉。
「うん、気をつけて」
 ぎこちなく微笑んで言ったのは社交辞令のようなお決まりの文句。
「また明日――」
 その明日があと何回あるのかなんて分らない。でもこれは二人の明日を約束する言葉。明日が来ることを願う言葉。
「うん、――また明日、ね?」
 繰り返してドアに消える透を見送った。
 廊下を歩く音が聞こえなくなると、ベッドから出てすぐ外が見える窓に駆け寄って薄いカーテンを開け白く曇った窓に指を走らせる。
 指で軽く撫でただけで水滴は流れ、ガラスを透明に変えていく。
 そうしてから透の姿を探して、白い手を小さく振った。透が見えなくなるまで。


「ね、ずっと見てたんだ、僕」
 どこから現れたのだろう?
 透が帰ったあと、横になり点滴の落ちるのをただ何となく見つめていたら、ひょっこりと男の子が姿を見せた。
 幼く見えるのに、ずっと大人のようにも思えて首を傾げると、男の子は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「さっきここにいたのって彼氏?」
 不意打ちのような質問に、顔が真っ赤になっているのが分るくらい熱くなる。
「ち、ちがっ……!」
 もちろん慌てて起き上がって全力で否定したけど逆効果で、男の子はけらけらと笑い出した。
「むきになって否定すると余計怪しいよ」
「ほ、本当だもん! えっと、お、幼なじみだよ。一番大切な――」
 じっと見つめられて、言葉はだんだん聞こえないくらい小さくなり。
「大好きな……」
 肝心の部分は小さくなって宙に弾けて消えてしまう。

 急にしゅんとなった私を心配してくれたのか、それとも興味なのか、男の子は身を乗り出して真顔になった。
「ね、君の運命を変えてあげようか?」
「――どうして、そんなこと、聞くの?」
「んー、どうしてかな? 興味? ん、違う、可哀想? ううん、ああ、救いたい、かな?」
 考えながら狭い病室をくるくると回りながら歩いた男の子はそんなことを言う。
 救い。この子は救える力があるのかな? 半年前なら考えもしなかった、そんなこと。

「僕ね、天使なんだよ」
「てん、し……?」
 これが、天使? 人を人ではないものに変えてしまう。
「うん。ねぇ、君は死んじゃうんでしょ? だけど、僕は君を死なないようにしてあげられるよ」
 「死」という言葉を突きつけられて、どきんと心臓が跳ね上がる。
 唇を痛いほど噛みしめても、鼻の奥はつーんとして、見開いた目からはぽろぽろと涙が零れる。

 死、死んじゃう、死んじゃう、そう、死んじゃうんだ、私。
 これが現実、忘れようとしても追ってくる現実。
 もしも、もしももしも、救いがあるのならって、考えなかったこともないけれど――。

「し、知ってる、よ。もう、生きられないってこと」
「うん。だから、君を僕の使徒にしてあげる。そうしたら、あの子ともずっと一緒にいられるよ」
 にこっと笑う男の子の顔は、無邪気で嬉しそうで、でも残酷な天使の微笑みだった。
 これからも、ずっとずっと、命の期限のその先まで、透と並んで行けるんだ。
 ああ、なんて、魅力的で残酷な誘いの言葉。

 でも、でもね――。
 震える顔を上げ男の子の顔を真正面から見据えて、ごくっと唾を飲み込んだ。
「私は――、人でありたいの。透のことが大好きな杏樹のままで、逝きたい。だって――」
 最後まで言い切らない内に、男の子はちょっと拗ねたような顔をして私に向って手を伸ばした。
 すると、眠りたくないのに、勝手に目が閉じてしまう。
「馬鹿だね。でも、すぐだよ、人を捨てることなんて。おやすみ――杏樹」
 天使の声は遠くなり、やがて静寂に包まれた。


「杏樹さーん、お見舞いにまいりましたー!」
 ノックもせずにいきなり病室のドアを開けた蒼乃 深海(jz0104)は目の前に広がる思わぬ光景に手にしていたケーキの箱を取り落とした。
「え、えええええ? 杏樹さん!?な、なにしてるですかー!?」
 気を失ってベッドに倒れた杏樹に、男の子が手をかざしてそこから妖しい光が漏れている。
「なにって、杏樹を使徒にして死なないようにしてあげるんだ」
 慌てふためく深海に、天使は悪びれることもなくしれっと言ってのけた。
「だっダメですダメですー! それはダメですー!」
「どうして?」
「どっ、どうしてって……。せ、説明してもらうので、待ってるですー!」
 あまりにもテンパっている深海は説明できず、制服のポケットに入っていたスマホを取り出し耳に当てる。
 それから、待つですを繰り返しながら男の子に向って片手をぶんぶんと振った。



リプレイ本文


「あわわ、み、皆さん、こっちですー!」
 連絡を受けた撃退士達が杏樹の病室前へと到着すると、蒼乃 深海(jz0104)は未だに開け放たれたドアの前でわたわたと両手を振り回している。
 これではいつ中にいる天使を刺激するか分らない。いや、それ以上にテンパりすぎて落ち着いて話も聞けやしない。
「静かにしましょう」
 それを見たイーファ(jb8014)がとっさに駆け寄って、しーっと唇に指を当てる。
「あわっ、ご、ごめんなさいですー」
 申し訳ないと深海が限りなく深く下げる頭に、ぽふっと断神 朔樂(ja5116)の大きな手が軽く乗せられた。
「蒼乃、情況は?」
「あ、あのですね……」
 緊迫した空気の中、深海が指差す病室をひょいと覗き見ると、何やら小さな天使がベッドの上で少し崩れたケーキを頬張っている。そして朔樂と目が合うと、澄んだ青い目を細めてにこっと笑った。

 天使らしい邪気のない笑顔は殺伐とした雰囲気をいくらか緩めたが、天使が楽しげにぶらぶらと足を揺らして座るその向うには、杏樹が意識を失くして倒れ込んだまま動かない。
「こんなに人がいて起きないという事はおかしいです」
 杏樹の様子を伺うイーファの明るい緑の瞳が不安を感じたように暗くなる。
 それに答えるのは多少落ち着きを取り戻した深海だ。
「友達の杏樹さん重い病気で、もう時間がなくて。深海も同じ、けどアウルの力で元気になって。お見舞いに来たら天使さんが、なにかしてて、それでそれから――」
 まとまりもなく言い、ぶわっと涙を溢れさせた深海を、御堂・玲獅(ja0388)が伸ばした腕にそっと抱きしめ想いを受け止める。
「助けます。そのために私達が来たのですから」

「何より尋ねるべきは、理由だ」
 成り行きを見守っていたルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)が冷たくも見える紫紺の瞳を向けるのは、未だ動きを見せない天使の姿。
 まるでこちらの出かたを待っているのか、天使はクリームのついた唇をぺろりと舐めた。
「わ、私は佐藤マリナと言います。天使さん、貴方の名前を教えてくれませんか?」
 努めて静かに名乗る佐藤 マリナ(jb8520)は一歩進んで祈るように両手を胸の前で組んだ。しかしマリナの顔は、緊張に強張っている。
 もし天使が会話に応じてくれるなら、自己紹介をしないとと思っての行動だけど、やはり不安は隠せない。
 それでも最初に天使に近づいたのは、たとえ誰であってもきっと分かり合うことが出来ると信じているから。マリナの華奢な身体の中を流れるハーフの血がそうさせる。

「僕? ヴィスだよ。えっと、君達はだぁれ?」
「こんにちは、私はリディア、撃退士です。そこにいるミウさんに呼ばれて来ました、貴方に説明して欲しいと」
 リディア・バックフィード(jb7300)が軽く頭を下げると、豊かな金色の長い髪が波打つように揺れた。
 天使がいると聞いてここに来たが、それを目の前にしてもリディアは冷静さを失わない。対話での解決をと思っているからだ。それに、杏樹は未だ天使の懐の中。極力戦闘になることは避けたい。
「初めまして、イーファと申します」
 リディアに続きイーファもお辞儀をして見せる。

「イーファもマリナも撃退士なの? 他のみんなも? わぁ、初めて見たよ。僕、数日前に来たばかりなんだ」
 小さな天使は言うと、特別なものを見つけた子供のように目を輝かせ身を乗り出した。撃退士の存在は理解しているが、それが自分と敵対している相手だとは理解していないかのように無邪気に笑う。
「杏樹さんとお話したいのです、彼女に起きて頂いても?」
 ヴィスはイーファに聞かれて自分の後ろに視線を流す。そして拗ねたように指を唇に当てる。
「あの、それではお話出来るお時間をいただけませんか? お急ぎではないと思われますが……」
 イーファが少しだけヴィスに敬意を払ってお願いすると、嬉しいとばかりに天使は極上の笑みを浮かべる。

「君は、そんなにも使徒が必要な状態なのかい?」
 薄い笑みを見せてルドルフが問う。彼の目から見て杏樹は使徒にして何か旨みのある人物にはどうしても見えないからだ。
「もしそうでないなら、なにも酔狂で力を消費しなくても良いだろう。……それとも何かほかに理由が?」
 聞かれて天使は得意気な顔でルドルフを見上げる。
「僕ねぇ、杏樹を救ってあげるんだ」
「どうして杏樹ちゃんなんです?」
 マリナが聞いたのは、みんなも思っている疑問。他に人間は大勢いるのに、なぜ?
「僕、ここに来てからずっと杏樹を見てたんだ。そこから杏樹はいつも外を見てた」
 ヴィスが立ち上がる。それから狭い病室の窓をすっと指差した。
 もうすっかり暗くなった外は白い雪が舞い、クリスマスソングが遠くに聞こえる。
 誰もが浮かれるクリスマス前の数日間、薄いガラス一枚で隔たれた空間で、病の少女は何を見ていたのだろう。
「ねぇ、死んじゃうんだよ、杏樹は。可哀想でしょ?」
「理由はそれだけ、ですか?」
 玲獅のゆっくりと静かな声に、きょとんとして首を傾げる天使。他に理由はないのかもしれない。でも相手は天魔だ、万が一ということもある。
 今まで会った天使は人の感情を搾取するのを目的としていたからと、玲獅は口の中で呟いた言葉を噛み砕く。信じたい、そうは思うのだけど。
「彼女の感情を煽って、それを収穫しようとしているのかってことさ」
 もしそうだったら、許さない。ルドルフが天使の前へ進む。

「貴方の優しさは認めます。ただ私達の話を少し聞いて下さい」
 ルドルフを止めるよう片手で彼を制したリディアは、静かに息を吐き顔を上げた。
 他者を想いした行動が正しいとは限らない、ましてやそれが生き方を捻じ曲げるなら尚更で。だから分って欲しい。
「善意の行動が不幸な結果になる事もあります」
 真っ直ぐに天使の無垢なる瞳を見つめて、リディアが諭すよう言葉を続ける。
「不幸? 死ぬ方が不幸でしょ? 生きたいって思うはずだよ。だって、僕はずっと見てたんだよ、杏樹が好きな人を寂しそうに見てるのを」
「子供に説明もなく重荷を背負わせるのは卑怯でしょう」
 リディアにぴしゃりと言われて、ヴィスはぷうっと頬を膨らませた。
「そもそも、使徒は本来志願制のものだと聞いたよ? なんにせよ、杏樹の意思は尊重すべきかと」
 念を押すようにルドルフに言われてヴィスは低く唸ったが、今度は仕方なく頷いた。

「まず杏樹さんの手当てをさせて下さい。お願いします」
 ヴィスにお願いする玲獅は自分の携帯を深海に渡して、主治医に杏樹の今の状態を伝えていた。重病ならなおさら手当てを優先にしなければいけないと考えて。
「分ったよ。じゃ、杏樹がいいって言ったら使徒にするよ。絶対なりたいって言うはずさ」
 言葉の最後は確信を持って言い、天使は小さな手を杏樹の額にかざす。すると光が漏れて、杏樹はごほっと咳をするように息を吐き出してから、ゆっくりと目を開けた。


「ごほっごほっ、ごほ……」
 杏樹は自分の周りにいる撃退士に驚いて飛び上がり、その拍子に激しくむせてしまう。
「杏樹さん? 大丈夫ですか?」
 駆け寄った玲獅はすかさずサクリファイスを使う。
 これを使ったところで延命はできないが、一時的には容態を安定させる効果はある。
 自分の命力を削っての荒療治も、玲獅はきっぱりと言い放つ。
「命を左右する話である以上私も命をかけます」
 続いてマリナが杏樹が不安や困惑、恐怖に苛まれないようにとマインドケアを使用した。
 あまり効果はないかもと、はにかんだ微笑を浮かべたマリナ。けれど彼女から穏やかな空気が広がり、胸を押さえていた杏樹の呼吸が緩やかなものへと変わる。

 玲獅とマリナに助け起こされ、杏樹はふぅっと息を吐き出してからやっと集まった撃退士の顔を見回した。
「あ、ありがとうございます。あの……?」
「杏樹さん、私はイーファです。蒼乃さんに呼ばれて来ました」
 その深海はというと、窓際で天使が外を指差しあれこれと聞く質問に四苦八苦している。
「わ、私が天使さんと遊んでいますから、杏樹さんをー!」
 クリスマスの飾り付けにすっかり夢中になっているヴィスは、もう杏樹のことなど忘れているようにも見える。
 けれど、ずっと黙ったままだった朔樂がちらりと盗み見るのに合わせたように、くすっと小さく笑う。答えを待っているだけ、そう思った。
 やる事は単純だが、その過程が酷く面倒だ。
 朔樂には天使を斬れるのは願ってない事。だが、この状況だ。まずは杏樹への説明をするのが肝心か。

「あの、私、……人じゃなくなっちゃったんですか?」
 朔樂の視線が自分に注がれているのに気がついた杏樹は、身を乗り出して震える声で聞いてくる。
 深海が相手をしている天使とのやり取りを思い出したのだ。
 こほんと軽く咳払いをして、ルドルフがそっと杏樹の頭を撫でた。
「大丈夫。……コーヒーと、紅茶。どっちが好き? 病院ならあるだろう、持ってくるよ」
「私はコーヒーを」
 口火を切ってリディアが言うと、それではとみんなが次々に欲しいものを言い出した。
「ああ、はいはい。まったく遠慮ってものがないね」
 ルドルフが病室を出て行くと、みんなそれぞれに動く。すでに玲獅とマリナは杏樹を守るようにベッドの両隣に座り、イーファとリディアは折りたたみの椅子を開いて前に座る。
 朔樂はベッドの脇に、天使から守る盾となるよう立った。
 なるべくなら別の部屋で話したいが、仕方がない。いや、むしろ天使に杏樹の気持ちが分る方が面倒がない。

 人数分の飲み物を持ったルドルフが戻るのを待ってから、イーファが杏樹の顔を覗きこむ。
「現状、どうしたいですか? 私は、どうでもあっても意思を尊重したいと思っております」
 さっきの杏樹の慌てようから見て、使徒になりたいとは思えない。
「わ、私は――」
 心は決めたはずだった。だけど、面と向って聞かれれば、杏樹は言葉に詰まって目を伏せた。

「……何かを想う願いから命を欲するなら、想う先の願いを聞くで御座るよ」
 ベッドの柵に寄りかかり腕を組んだ朔樂は昔を想って宙に視線を泳がせる。
「昔、復讐の為にヴァニタスとなった少女が居た。その少女の幼馴染の撃退士の男が止めようとしたが、精神を追い詰められ悪魔に耳を貸し、民間人を危険に晒す所だった。結局少女は俺たちが殺し、それで終わり。誰かが救われたとは思えん結末で御座る」
 ふぅ、と一息ついて、「未だ余命ある拙者の言葉など、君にとっては軽い言葉か」と朔樂が呟く。

「……難しい話だよ、ね」
 僅かに苦笑い浮かべるルドルフが残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「俺自身、君の病と似たようなものを抱えてるから、分からなくもない。……実際のとこ。俺ももう、そう長くないんだ。だからもし、使徒になれば生き延びられると言われた場合……迷わない自信が無い」
「えっ……」
 意外な告白に、杏樹は驚いて顔を上げた。
「使徒になるという事は、人としての死を受け入れるというで御座る。君は、何の為に生きたいと願う?」
 杏樹、ルドルフ、どちらに投げかけた言葉だろうか。朔樂の視線は未だ宙を見つめたまま。

「大切なのは杏樹ちゃん自身が『どうしたいか』だよ」
 揺れる杏樹の手をマリナがぎゅっと握る。マリナ自身、この選択に良いも悪いも言うことができない。ただ、杏樹が自分の意思で選択できるように少しでも手助けしたいと。
「死は悲しい事です。でも、だからこそ人は大切な人と過ごす一日一日が大切だと実感できるんです。その実感を失う事なく貴方や大切な人達が残る時を宝物にするか別の存在となるかは貴方に委ねます」
 それはマリナと反対側に座る玲獅も同じで、同じように力強く杏樹の手を握った。

「正直なとこ、俺らにも天使にも強制する権利は無い。だから好きに選ぶと良い。どちらにせよ、覚悟が出来ているなら……それは何よりも尊ばれるべきことだと、俺は思う」
「アンジュ、自分の願いを素直に言って下さい」
 みんなが語るのを待っていたリディアが目の前の杏樹に向き直った。
「私的には『人は人として生きるべき』だと考えています。ただ大事なのはアンジュの心です」
 杏樹はゆっくり、だけどしっかりと背筋を伸ばし、こくりと頭を動かした。

「わ、私――、人でいたい」
 そう心はとっくの昔に決まっていたこと。少しだけ迷ってしまったのは、心残りがあったから。
「どうして、杏樹? 死んじゃうんだよ?」
 杏樹の答えを一番に待ちわびていたヴィスが泣きそうな声を上げる。
「うん。だけど私は、透を好きな、人間の杏樹のままいたいの。曲がったことが大嫌いな透も、私が人じゃなくなったら、死ぬより悲しむと思うから。だから、ごめんなさい」
 杏樹が低く低く頭を下げるのを見て、天使は大きな溜息をついてから、小さく分ったと頷いた。
「ただ――。透の負担になるって思ってたから黙っていようと思ってたんだけど。やっぱり、明日、私の気持ちを伝えようと思うの。それに気づくきっかけをくれた天使さん、ありがとう」

「よく、頑張ったね」
 ルドルフの手が杏樹の頭を撫でる。
「みなさんも、ありがとうございます。……あれ、ホッとしたら涙が出てきちゃった。あれ、おかしいな嬉しいはずなのに」
 杏樹の頬を伝う涙は、しばらく止まることはなく流れ続け、みんなはそれが止まるまで側にいてくれた。


 任務が終了しての帰り道、気がつけば時計は今日の終わりを告げる。
 クリスマスソングは聞こえないけれど、街路樹にはイルミネーションが光り輝いている。

「イブが終わってしまいますね」
 天使が消えた夜空を見つめイーファが何気なく言うと、あら、とリディア意味深に笑う。
「恋人達の本番はこれからです」
「杏樹ちゃん、ちゃんとメールを送れたかな」
 ちらちらと舞い散る粉雪に、マリナははーっと両手を口に当てて息を吹きかけた。
「大丈夫ですよ、きっと」
 玲獅が振り返り見上げる病室の窓に明かりは灯されて。今頃きっと杏樹は短いけれど想いのこもったメールを送信しているだろう。

「あー、なんていうの、これ? リア充爆発しろ?」
 憎まれ口を叩きながら、夜空によく似たルドルフの紫紺の瞳はどこか優しい色だ。
「それが、『人』の恒例行事で御座るよ」
 朔樂がそっと握るのは胸の御守。護れなかった「少女」の形見に触れて、一瞬だけ昔の笑顔が戻る。
「雪が積もったら、雪だるまを作ります。杏樹さんにプレゼントしてお友達になってもらいます!」
 今日言えなかった言葉を持って訪ねてみよう。微笑むイーファはまた空を見上げる。
「私、杏樹ちゃんの想いを紡いでみせるよ。想いは紡がれ繋がり受け継がれていくものだから」
 マリナも空を見上げると、白い雪はみんなの想いのように、静かに静かに降り続いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
銀炎の奇術師・
断神 朔樂(ja5116)

大学部8年212組 男 阿修羅
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター
六花のしるべ・
佐藤 マリナ(jb8520)

大学部2年190組 女 アストラルヴァンガード