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美幸がすっかり落ち葉掃きの準備を整えた頃、秋の終わりの黄色い葉が舞う銀杏並木に撃退士達の姿が見える。
その頃には、ちまちまと美幸が掃いていたところも葉が落ちて、一面黄色い絨毯だ。
「日本の秋は実に風情あふれるいい季節だな」
腕利きの傭兵として世界各地を飛び回っていたリーガン エマーソン(
jb5029)にも、日本の趣のある秋は格別のようだ。
「美幸お姉さま、いつみてもどうかしてるほどめちゃくちゃ可愛いの。洗練された肉体も女子力の高さもすばらしいの」
「や〜ん、ありがと♪」
蓮華 ひむろ(
ja5412)は、ピンクジャージで乙女の如くくねりと体を捻って合わせた両手を頬に当てる美幸の方にも興味があるらしい。
「ひむろおねーちゃん!」
その美幸の妖しい腰の後ろから芽衣(jz0150)がぴょこんと飛び出すと、お尻のしっぽがふるんと揺れた。
「わーい、めいちゃんねこちゃんかわいいねー! おみみとしっぽだー、ぴんくのねこちゃんだー」
猫の恰好をしているとすぐに気がついてくれたひむろに、芽衣は頷いて桃色のお団子頭を向けた。嬉しくてたまらないと頬を真っ赤にさせて。
「誰かが髪の毛結ってくれたのー?」
「んと、ハル!」
「わー、器用だねぇ〜」
にぱっと笑う芽衣にひむろもつられてにっこり笑う。
その様子を見ていた星杜 藤花(
ja0292)が、芽衣の頭を優しく撫でて微笑む。
「今日はねこさんなの?」
「とっとおねーちゃんだ! うん!」
ぴょんと飛び跳ねてくるっと回って見せる芽衣を見つめる瞳はまるで母親のよう。それは藤花がこの間の誕生日に入籍し、養い子もいる生活から知らずそうなるのだろう。
「芽衣ちゃん、久しぶりです。元気そうね」
「げんきー!」
「本当にお元気そう。お久しぶりです芽衣さん」
喜んで飛び跳ねる芽衣の前に膝をついて目線を合わせて挨拶してくれたのは御堂・玲獅(
ja0388)だ。
玲獅が芽衣に会うのは本当に久しぶりだが、屈託のない芽衣の笑顔はその時間さえ感じさせない。
「わーい、れいしおねーちゃん!」
少し恥ずかしがり屋の芽衣。だけど知り合いの優しいお姉さんが三人もいれば嬉しくてたまらない。
調子に乗ってくるくる回っていると、目が回ってどすんと渋いおじさまのリーガンにぶつかった。
「おっと、危ない。今は良いが落ち葉焚きを始めたら騒いではいけない。怪我をするからな」
ふらふらの芽衣をひょいと抱え上げてリーガンが顔を覗き込むと、芽衣はちょっとびっくりしながらも頭を上下に動かした。
「それじゃ、ちゃっちゃと掃除をするか。ココ、ホウキほら」
風見斗真(
jb1442)は、木の陰に身を寄せるカナリア=ココア(
jb7592)を呼んだ。
白い冬物のワンピースにマフラーをつけたカナリアは、ぼーっとしているが青く長い髪が印象的な女の子。
あまり日の当たる所は歩きたくないと思っていたが、斗真から竹ホウキを受取ると、コクリと頷く。
「ん、掃除は大切。頑張る」
ぎゅむとホウキの柄を握るカナリアに斗真の顔が自然に柔らかくほころんだ。それは二人が親子の関係だから。血は繋がらないが大切な家族だ。
「それじゃお願いするわね。終わったらお茶をご馳走するわ」
早口で美幸はそう言うと、くねくねと腰を振りながら温室の方へ歩いて行った。
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「まずお掃除をしましょう。芽衣さんはこれを」
玲獅が芽衣に手渡してくれたのは、小さな子供にも扱いやすい柄の短いホウキだ。これなら小さな芽衣もお手伝いができる。
芽衣が小さなホウキを動かすと、葉っぱはぱっと舞い上がる。
「これなら芽衣さんもお掃除ができるかと思って」
「良かったね芽衣ちゃん。一緒にお掃除頑張ろうね」
「めい、がんばるー」
黄色い絨毯の上を飛び跳ねるピンクのネコ子に、玲獅と藤花はお互いの顔を見て「ふふっ」と笑い合う。
はらりと落ちる葉はそう多くはないが、銀杏並木はけっこう長い。
「よーし、銀杏並木のお掃除がんばるよー。広いから分かれてやろうー」
こっちこっちと芽衣をひむろが呼ぶ。走る芽衣の後をゆっくりとリーガンが追った。
「掃除は手早く段取り良くが鉄則だが……、のんびりと並木道の風景を楽しみながらすすめていくのもいいものだろうな」
葉が落ちる先を見上げると、青い空には雲のひとつもないくらい良く晴れている。眼鏡の奥のリーガンの青い瞳も自然と細められ、降り注ぐ日差しを手の甲で遮った。
本当に緩やかで穏やかな時間。
「雄株ばかりか。炒ったぎんなんは日本酒に合うのだがな、うむ、残念だ」
掃きながら残念がるリーガン。藤花は掃除をするには少しだけ匂いがきついだろうなぁと思い苦笑。
シャッシャッと竹箒の音が青空に軽やかに響く。
斗真とカナリアは並ぶようにしてホウキを動かしている。掃いている場所は、やや木が影を作るところだ。
「太陽が…眩しくて…、腐る…」と言うカナリアを気にかけて、わざわざ斗真は日陰を選んでいる。
実際腐るかどうかは分らないが、大切な娘が腐っては大変とそっと言葉をかけた。
「ココ、大丈夫か?」
「ん……。あ、綺麗な落ち葉」
返事をして顔を上げたカナリアの目の前をすっと綺麗な黄色の葉が通り過ぎる。カナリアはそれをしゃがんで、ゆっくり指で摘み上げた。
「きれいな黄色。そうだ、綺麗なものは栞にしましょうか」
カナリアの指先を見つめた藤花は、その鮮やかな色を残しておくひらめきを口にする。このまま集めて燃やしてしまうにはもったいない。
「うん、色鉛筆とのりと画用紙とポリ袋持参なの!」
そう言って近づいたひむろの背中には、詰め込まれた荷物でぷくとした白いねこちゃんのリュックが。
「お芋さんを焼いている時にめいちゃんと画用紙にぺたぺたくっつけて、はっぱと色鉛筆でお絵かきだよー」
コクリ、頷いたカナリアは差し出されたポリ袋に秋の一枚をそっと入れる。
「なぁにー?」
みんなが集まっているのに気がついた芽衣がやって来る。その頭の上には、はらりと落ちた銀杏が何枚かちょんと乗っている。
「ほら、黄色い髪飾りみたいね」
掃除をしながら秋の風景を撮影していた藤花がパチリと芽衣の姿を撮って、すぐさま膝を折り見せてくれる。
「ほんと! おひめさまみたい?」
真っ赤になって喜ぶ芽衣が上を見上げると、後から後から舞い落ちる葉はみんなの上にも降り注ぎ――。
「とっとおねーちゃんも! ひむろおねーちゃんも! れいしおねーちゃんも!」
「そうですね。お姫様のようですよ」
くすっと玲獅が笑って言えば、芽衣はお姫様だと喜んで、それからカナリアの青い髪にも葉っぱを見つけてぴょんと飛びついた。
「んと、ここおねーちゃんも、おひめさまー!」
「はは、そうだな。ココ、可愛いぞ」
「あ、う……、ん」
斗真と芽衣の素直な感想にカナリアは少しだけ恥ずかしかったが、それでも嬉しそうにふんわりと微笑んだ。
「おにーちゃんも、おじちゃんも、おひめさまー!」
「いや、それは違うと思うぞ?」
お姫様にされたのではたまらないと、斗真は手早く自分の頭の上の葉っぱを手で除ける。リーガンも同じように払い除けたが、その中の一枚を手に取り芽衣の目の前にかざした。
「これは何に見えるかな?」
「うーん、すかーと! あれは、めいのほーき!」
「押し葉の栞も綺麗でしょうから、できたら芽衣ちゃんにもあげるね」
藤花はもう何枚か葉を手に持っていて、ひむろが広げてくれているポリ袋に入れて見せた。
「めいちゃんも、綺麗なはっぱがあったら入れてねー」
ひむろに言われて芽衣はホウキを動かすことも忘れ、腰を下ろしてお気に入りの葉っぱ探しだ。
「今日の思い出になるといいなってと思うの」
呟き、ふっとひむろがその瞳に映す空に、悲しみはどこにもなかった。
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「すっかり綺麗になりましたね」
春の柔らかな日差しを思わせる紫の瞳を緩やかに細めた玲獅が見回せば、銀杏並木に落ちた葉は集められ、大きな山を作っている。
「焼き芋、焼き芋♪」
落ち葉の山にわくわくしているのはカナリアだ。
他のメンバーも落ち葉焚きと聞いてそれぞれに持ち寄ったものがあるが、カナリアは真っ赤なリンゴを手にしている。
「焼きリンゴは…特に美味しいと思う」
コクリ、と自分の言葉に頷いて、一緒に持参したアルミホイルでくるくると包んでいく。
「めいのもー」
側でそれを見た芽衣は、思いだしたように隅っこに置き去りにしていたサツマイモ入りのビニールを持って来た。
「芽衣さん、それはこちらに」
呼ばれた芽衣が行くと、玲獅は持ってきていたバケツに水を汲んで新聞紙を浸して絞っている。
それでサツマイモを包み、そうしてからアルミホイルで二重に巻いた。
「濡れた新聞紙でくるんだのは、新聞紙の水分でお芋を蒸らす為です。そうすると美味しく出来上がるんです」
不思議そうに眺めていた芽衣は玲獅の説明が分ったのか分らなかったのか、とりあえずこくっと頷いている。
「ああ、ジャガイモも試したいのだが」
リーガンはついでとばかりに持ってきたジャガイモを玲獅に手渡すと、快く引き受けてもらえた。
「私はその間に火をつけるとしよう」
屈んで火をつけようとすると、藤花がさっと新聞紙を差し出した。
「これを燃やして、そこから葉っぱに燃え移らせてた方が火のまわりがいいはずです」
「ありがとう」
髭の生やしたリーガンの口の端が僅かに上がる。この渋いおじ様の笑顔を美幸が見たら卒倒したに違いない。
乾いた銀杏の枯れ葉は軽い音をさせて燃え上がる。
「わー、ぱちぱちだー」
「あまり近くに行ってはいけない。洋服に燃え移ることもあるからな」
覗きこむように焚き火を見る芽衣をリーガンが片手で制した。安全は大切だ。
「よしよし良い子だ」
火から離れた芽衣に、リーガンはふっと軽く笑い頭を撫でてやる。すると芽衣はリーガンを見上げて微笑み、入れられたイモやリンゴに「ね、いっぱい」と指差し楽しそうだ。
と、そこへ、か弱いはずの美幸が机やらを担いでやって来た。銀杏並木から少し離れた芝生の上に下ろすとおもむろに口を開く。
「お天気が良いから外で食べるのも良いでしょ。ビニールシートを敷けば汚れないし、焼ける頃にお茶を用意するわ」
「めいちゃん、あそこでお絵かきしようー」
「うん!」
さっそくシートに上がって、ひむろは画用紙の上にさっき集めた葉っぱを広げた。
「私も栞を作りましょう」
藤花も広げられた葉っぱから、栞になりそうなものを選び始める。
「火は見ているから行ってくると良い」
「それでは少しの間お願いします」
リーガンに促されて玲獅は丁寧に頭を下げるとみんなのいる方へ向う。
カナリアはそれとは反対にちょっと陰になる方へとことこと向った。ちょっとした企みがあるのだ。
「なに書こうか?」
「えっとー」
「芽衣さん、良ければこの子を書いてみませんか?」
玲獅はそう言うと一枚の写真を見せる。
「ねこちゃん?」
「私の仔猫で祷と言います。黄色ではありませんが」
「めいちゃん、はっぱをネコちゃんのお洋服にしよっか?」
ひむろのアドバイスで、芽衣は夢中になって葉っぱを選び、色鉛筆で線を足していく。あっという間に秋の装いの猫の絵が描き上がった。
芽衣が描き終えると、玲獅がすっと頭にみかんを乗せふんわりした猫のぬいぐるみを手渡す。
「めいに?」
「祷を描いてくれたお礼です」
思わぬプレゼントの嬉しさに、芽衣はぬいぐるみをぎゅっと抱っこして、真っ赤に頬を染めて呟くのは「ありがとー」と「うれしい」の言葉。
そこへ今だとカナリアが木の後ろからぴょんと飛び出て来る。
「兎だぞ〜、ぴょんぴょん」
芽衣と遊ぼうと思い、荷物になるけれどわざわざ兎の着ぐるみを用意していた。
もちろんそれを芽衣が喜ばないはずがなく、ぱっと立ち上がるとぬいぐるみを抱えたままカナリアの元へ駆けて行く。
ぴょんぴょん飛び跳ねるカナリアと芽衣の前に、斗真がぱっと現れる。
「でたな、怪人。とー!」
ぽすぽすとカナリアがもふっとした手で斗真のお腹をパンチする。
「怪人じゃねぇー。てか、兎の方が怪人っぽいぞ」
「兎は可愛い」
きっぱり言い切るカナリアに、芽衣も兎カナリアの背中に抱きついてもふもふを堪能している。
「元気ね、芽衣ちゃん。うちの子もあのくらいになったらどうなっているかしら……」
藤花がぽつりと漏らす。
まだ赤ん坊の養い子も育児放棄をされヴァニタスに攫われた過去を持つ。それが報告書で読んだ芽衣の事実と重なり合う。
「元気に幸せに育つと思います。愛も悲しみも知っている星杜さんが育てるのですから」
顔は遊ぶカナリアと芽衣に向けたまま、玲獅が静かに言った。言われた藤花は驚いたようにくりっとした瞳をぱちくりとさせてから、「はい」と小さく頷いた。
それから心の中で願う。どちらの子も幸せであるようにと。
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「さあ、そろそろ焼けたようだ」
ずっとみんなを見守りつつ火の番をしていたリーガンが立ち上がる。
まだ少しの余熱が残る焚き火。そこへ藤花がマシュマロを長い竹串に刺したものを芽衣に手渡した。
「これを軽く炙ってクッキーに挟んで食べると美味しいんですよ」
「ふわふわー、ね、ふわふわね」
じんわり溶けていくマシュマロは、不思議で甘い匂いがする。
その足元では、玲獅とカナリアがそろって焼き芋と焼きリンゴを取り出している。
「熱いから、気を付けて食べると良い」
フーフーしながら芽衣にカナリアが焼きリンゴを渡してくれる。
「ありがとー」
玲獅は焼けたのを確認してそれぞれに渡すと、焚き火に水をかけてきぱきと後始末をしてくれた。
焼き芋が出来上がったすぐ後、美幸が持ってきたのは、学園の薔薇を使った薔薇茶と玄米茶。それと、玲獅に頼まれていたお湯の入った鍋。焚き火の始末が終わった玲獅はお湯にパックの牛乳をそっと入れて温めホットミルクに。
「芽衣さん、ミルクもどうぞ」
小さめのカップに真っ白ミルク。
「ありがとー」
「やけどしないようにきをつけてねー。ほくほくで甘くておいしいねー!」
ひむろは芽衣の隣に並んで、せっせとお世話だ。
その向かい側では、カナリアが斗真のお世話をしているのが見える。
「ん、どうぞ…」
「うわ、あちち」
わざわざ出来立てをそのまま手渡して意地悪なのかと思えば、斗真が口に運ぶときに、フーフーしてあげる。
それに照れる斗真。だけどどこか嬉しそうに見えなくもない。
カナリアは自分のもふーふーと冷ましてぱくりとしてから、にぱっと笑う。
「ふーふー、美味しい♪」
「焼き芋のほっくりとした甘さに玄米茶はぴったりだ。このジャガイモもなかなか」
やはり銀杏も焼いてみたかったなと呟くリーガンも、皆と一緒に秋の風情を堪能できたことに満足したようだ。
大好きな撃退士達に見送られた芽衣は、いっぱいのお土産と素敵な思い出と共にフェリーに乗った。
「ありがとー、おにーちゃん、おねーちゃん。ばいばーい、またあそんでね」