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芽衣がさっきまでいた商店街の入り口にはダーク・ヤギ怪人が正座させられていました。周りを取り囲むのは三人の撃退士達。
「もう手遅れやぎー!」
怪人は強がって声を張り上げますが、語尾がちょっと震えています。
倒されたはずの彼がなぜ?
怪人は実は倒されたフリをしていたのです! もふキュアの宿敵なのに部外者に倒される訳にはいかないのです。
誰もいなくなったのを確認すると、起き上がり行きつけのカフェでオフを満喫していました。
と、そこへ「いた!」と声を上げて知楽 琉命(
jb5410)と私市 琥珀(
jb5268)と香奈沢 風禰(
jb2286)が飛び込んで来ました。
三人は、芽衣を探すことにしたラグナ・グラウシード(
ja3538)、蓮華 ひむろ(
ja5412)、チャイム・エアフライト(
jb4289)とは別行動でヤギ怪人を探していたのです。
店の名前が「もふご用達カフェ」なのと琉命が駆使した生命探知で意外とあっさり見つかりました。
「何者やぎ!?」
怪人は目の前にやって来た三人にびっくり。
「ヤギさんの角が欲しいなの!」
真っ先に声を上げたのは風禰でした。
風禰はカマキリのディアボロの着ぐるみを身につけていて見た目だけで言えば、ダーク・ヤギより怪人らしいです。
それにはダーク・ヤギも驚き悲鳴を上げました。彼はもふもふな可愛いものが大好きなのです。虫系はダメなのです。
しかし風禰は鋭いノコギリを手に迫ってきます。
「た、助けてやぎー!」
立派な角を切られては、オカマ・ヤギになるしかありません。彼は隣にいた琥珀にすがりつきました。
「駄目だよ〜、風禰ちゃん」
ホッとするダーク・ヤギに、琥珀は屈託のない笑顔を見せました。
「捕まえて締め上げてどうしたら戻せるか聞き出してからだよ、切るのは」
ニヤッと効果音が聞こえました。明るい笑顔に見えたのは光の加減だったようです。
「やぎー!!」
踏ん反り返ったダーク・ヤギの頭がもふっとしたものに当たりました。
かわいいねこの着ぐるみを着た琉命がダーク・ヤギの肩をぐっと掴みます。
「怪人確保です!」
そう言うと琉命はどこからか取り出した荒縄で怪人をぐるぐる巻きにしてしまいました。
と言う訳で、呆気なく捕まり引きずられ連れて来られたのが、この場所。
強がるダーク・ヤギに琥珀は目を細めます。さっき見せたダークな微笑です。
「こういうのは元凶に聞かないとね!」
「死ななければどんなに瀕死でも回復させますので心置きなく締め上げをどうぞ」
アストラルヴァンガードの琉命はかわいいねこの姿なのに、言うことはかなり物騒です。
ヤギ怪人から元に戻る方法を締め上げて聞き出そうと最初に提案したのも琉命です。
「ヤギさんの角は誰が為にある〜♪ それは我らが為にある〜♪」
風禰はノコギリを片手に小躍りします。
「私市さんとフィーでギコギコして記念に持って帰るのなの!」
ヤギ怪人の角をまだ諦めていない風禰に同調するように、琥珀も怪人の角を色々な角度から眺めて頷きました。
「この角は……うん、良い角だね」
ダラダラ流れる怪人の脂汗。
「さぁ、正直に答えた方が身のためだよ〜?」
じりじりと琥珀が汗で毛皮がしんなりしているダーク・ヤギに詰め寄りました。
極度の緊張でヤギ怪人が白目を剥き卒倒したところを、琉命が素早くヒールで治療です。
「鎌で構って! ぐっもーにん♪」
風禰が倒れかけた怪人を優しく起こしてあげました。ただしカマキリの着ぐるみの鎌でですが。
「戻す方法を言わないとお仕置きループが続きますよ?」
にゃん、ともふっとした両手を上げて首を傾げるかわいい仕草の琉命。でも、その青い瞳は笑っていません。
締め上げ・痛めつけ→ヒールで治療のお仕置き・回復ループ繰り返しをマジでする目です。
もちろん、角に興味津々の風禰と「ほらほら、どうする?」と聞いている琥珀がそれを止める雰囲気など微塵もありません。
ダーク・ヤギと撃退士達の立場は逆転しています。
知らない人が見たら、怪人の方が苛められていると思ったに違いありません。
追い詰められた怪人は叫びました。
「喋るやぎー!」
すぐさま携帯を取り出し、琉命は保護に向ったメンバーに連絡を取ります。
「もしもし? ええ、怪人に聞き出しました。あっ、ハレルヤさん? 芽衣ちゃんの好物や好きなところを教えていただけますか?」
琉命が思いつきハレルヤに向き直ります。
「ふむ、芽衣が好きなところかの?」
芽衣の大好きなものはいくつもあって、これが一番というものを絞り込むのはなかなかに大変です。
「そうじゃな、あれはケーキというものが大好きなようだの」
「分りました。もしもし? もしかしたらケーキ屋さんに行っているかもしれません」
芽衣を元に戻す突破口を見つけたと、琉命の声も明るく弾みます。それに答える形で、携帯の向うからはっきりと了解の言葉が耳に届きました。
「私達も芽衣ちゃんを探しに行きましょう!」
ぱっとねこのような軽快さで琉命が走り出しました。
「風禰ちゃん、僕達も行くよ」
「はいなの!」
角を切るのは諦めて記念写真をばっしばっし撮っていた風禰。ぴょんと飛び跳ねながら本物のカマキリディアボロのように走ります。
無事にもふもふになった芽衣は見つかるでしょうか?
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ヤギ怪人捜索隊から連絡が入る前、芽衣捜索隊は商店街を歩いていました。
「桃色のもふもふねこちゃんなら目立つはずよね……」
ひむろは言いながらきょろきょろと周りを見回します。
でもそこは芽衣の大好きなケーキ屋さんからは少しだけ離れていて、タバコ屋さんと酒屋さんが並んでいます。
目につくのは、茶色のおじさんっぽい色の服を着たおじさんばかり。桃色のもの字もありません。
「かわいいねこちゃんや美味しそうなお菓子が好きだから、もしかしたらその辺かしら?」
ラグナとチャイムに告げながら、ひむろは索敵を使ってみます。
「街のケーキ屋は怪しいな」
ラグナはお菓子好きと聞いておもむろに携帯のマップを開いてみました。
「こっちの方向だったのだけど……」「こっちの方向だ」
同時にひむろとラグナが声を上げ、同じ方向を指差しました。
二人の動きに誘われるように目を向けたチャイムの長い銀色の髪がふるんと弾みました。
流れるように動くふたつの蒼い瞳に映るのはおじさん達だけでしたが、向うからは甘い香りが漂ってきます。
まるで、こっちだよと誘っているように。
けれど、夕方が近くなってきたのか、おじさん達が多かった周りに買い物に来た主婦の姿も混ざるようになりました。
どきん……、ひむろとチャイムの胸が鳴ります。
「いそがないと、なの!」
走り出そうとするチャイムを引き止めるように、ラグナの携帯が鳴り出しました。琉命からです。
「ケーキ屋かもしれない? 了解ッ!」
ラグナが二人に聞こえるように声を出せば、それが合図となってひむろとチャイムがトトンとアスファルトを蹴りました。それにラグナも続きます。
ケーキ屋がすぐそこというとき、ラグナ、ひむろ、チャイムの耳に小さい女の子の声が聞こえてきました。
「もふきゅあぴんくー、めいだよー! わるいひとは、ゆるさないのー!」
戦隊ものに良くある名乗りです。誰か悪い人でもいたのでしょうか?
三人が足を止めて声が聞こえた方を見れば、桃色のもふもふっとしたねこ子の芽衣が、手を腰に当ててふりふりしてます。
「芽衣ちゃん、正義の味方なのかい? すごいねぇ」
笑って芽衣の頭を撫でているのは、ケーキ屋の手前にあるパン屋のふとっちょおじさんです。
今やその正義の味方の姿ですらない芽衣ですが、得意気にえへへと笑っています。
「ぬう、そんな姿になってまで街を守ろうとは、見上げた心意気…」
街を守るという気概が溢れるかどうか怪しいもふキュアにラグナは感心し、あることを思いつきます。
カサリ……、ラグナの手の中で携帯品の紙袋「リア充滅殺仮面」が音を立てました。
「……ひょっとしたら、これで釣れるのではないか?」
ガサガサガサ……。(いたいけな幼女がそこまでに闘っているというのに、見過ごすことは出来ぬ!(`・ω・´)シャキーン!)
「わはははは! 私はリア充滅殺仮面! リア充どもよ、這いつくばれッ!」
しゅぱぱぱっと移動し「リア充滅殺仮面」に変身したラグナは、びしっと声高らかに名乗ります。
「えー、やだ、なにあれー?」「もしかして、変態さん?」
客から聞こえるのは黄色い声援ではありません。ダークヒーロー(?)なので仕方ありません。
ざわざわし始めたケーキ屋の前の買い物客の中から、なんだろうと桃ねこがひょいと顔を覗かせました。
「めいちゃーん!」
「はーい!」
呼ばれて振り向いた芽衣の前に、ひむろとチャイムがきゅっと口を結んで凛として立っていました。
「私もあたらしくもふキュアの仲間になれちゃったの! もふキュア・空だよ! よろしくね!」
くるるんと回ったひむろはその名の通り、淡い水色の髪に透き通った青い瞳の女の子。キューティーロッドを可愛らしくふりふりしポーズを決めます。
「もふキュアピンクのピンチなの! しかたがないの…しんのチカラをはっきするときなの!」
チャイムもくるくると二回転すると、ピースサインをしてポーズを取ります。
「ここにもふキュアしるばーとうじょうなの!」
いきなりもふキュアが二人も増えて、芽衣は大きな目をぱちくりさせます。
「おねーちゃんたち、もふきゅあなのー?」
こくんとチャイムが頷きます。
「もふキュアピンクのピンチをしったもふもふのかみさまがわたしたちにチカラを与えてくれたなの!」
「はははっ、こっちだもふキュアピンク! こっちにも注目してくれ!」
ひとり取り残され客に囲まれた羞恥プレイのラグナが、こっちこっちと手招きをしています。
「おにーちゃんも、もふきゅあ?」
あれだけ派手に登場したのに、はなっからラグナの名乗りなど聞いてなかったようです。
「あのお兄ちゃんは悪者よー。リア充の敵なの!」
びしっ! とひむろが指差すと、芽衣がむううと唸りラグナをちょっと睨みました。
「りあじゅうはだめなのー!」
リア充の意味が分っていませんが、復活したもふキュアスピリットで芽衣はラグナのお腹にパンチを一発ぽふり。効果0がモロバレです。
「ふはははっ、そんなもふもふのパンチでは効かぬぞ!」
ラグナは実はかわいいもの好き。パンチされて喜んでいます。
「どしてなのー?」
「めいちゃんはもふキュアじゃなくて、もふもふねこさんだからなの!」
ひむろが悲しげな顔をします。
「もふ堕ちはとてもこわいなの……。このままだとおいしいおかしもたべられなくなるし、だいすきなねこさんもちかよらなくなるの」
寂しそうに蒼い瞳を伏せたチャイムはもふねこの前に膝をつき、用意したあめ細工の猫さんを見せます。
「もふもふ怪人になったらこれも食べられなくなってしまうなの……。ハルさんもめいちゃんにちかづかなくなってしまうなの。めいちゃんはひとりぼっちになっちゃうなの」
ぶわわーと溢れる大粒の涙。
「めい、ひとりぼっちやー!」
うわーんと泣いてチャイムに抱きつくもふねこ子。
「どうしてもふキュアだけもふもふのままなのかしら? めいちゃんが自分から脱ぎたいって思ったら脱げるのかな?」
もふキュア・空になりきっているひむろがうーんと考えます。
「あれ、戻す方法は?」
「あれ?」
リア充滅殺仮面のラグナの紙袋から聞こえるくぐもった声も疑問形です。
そこへ――。
「ぎゃー、たーすーけーてー!」
と、やや棒読みの悲鳴が聞こえました。
「私市さんを鎌でカマっとやってしまうなの!」
カマキリのディアボロの着ぐるみを着、悪役のふりをした風禰と、ばっさばっさと斬りつけられ逃げる一般人役の琥珀です。
「もふキュアピンクにゃん。私市さんの命が惜しくば出てくると良いなの!」
「ちゃっ、風禰さんっ、ほんとに痛い、鎌刺さってる、刺さってるっ!?」
「怪人がふえたの、もふキュア・ピンク!」
ぎゅっと握ったロッドを怪人達の方へ向け、ひむろがチャイムの首に抱きついたままの芽衣を呼びます。
「ヤギ怪人から戻す方法を話す前に電話が切られてしまいました」
がおーちくちくしている二人の後ろから、駆けて来るねこの着ぐるみの琉命がぶんぶんと手を振ります。
「方法は?!」
「戻りたいという心です!」
「芽衣ちゃん、このままだともふもふ怪人になってしまって皆に迷惑かけちゃうんだ……ハルさん、だっけ? ハルさんも悲しい思いをしちゃうよ?」
琥珀もちくちくされながら芽衣に呼びかけます。
チャイムは芽衣を下ろすと、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
「めいちゃん、聞いて。もふもふが好きなのはわかるなの。でも自分がもふキュアの役目を忘れてはいけないなの……」
真っ直ぐに芽衣を見つめる蒼い瞳に、手の甲で涙を拭ってきゅっと口を結ぶ芽衣の姿が映ります。
「めい、もふきゅあぴんく、だもん!」
芽衣がそう叫ぶと、ぱああああああああっと謎の虹色の光が辺りに広がり、そこからぴょこんともふキュア・ピンクに戻った芽衣が飛び出しました。
「わるいひとは、おしおきなのー!」
しゃららららーん♪ もふキュアがにくきゅうタクトをくるりんと振れば、「ぐふっ!」「がおー!」とやられた(ふり)の滅殺仮面とカマキリちゃんがコテンと倒れます。
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「おめでとう、もふキュア・ピンク。悪い人は逃げて行きました」
にこっと笑いかける琉命のねこの着ぐるみがちょっと羨ましいのか、芽衣はじっと見つめたままです。
「あっ、そうです、これは私からです。頑張りましたね。一緒に買い物をする時間があれば良かったのですが、今日はこれで我慢して下さいね」
そう言って琉命が芽衣のスカートにつけてくれたのは、「ねこのしっぽ」。腰をふりふりすると、かわいく左右に揺れました。
「ありがとー、ねこのおねーちゃん!」
「よかったなの、めいちゃん」
「ふー、汗かいちゃった。あ、商店街のお風呂屋さんできれいにしようか? お風呂上りに飲むフルーツ牛乳は甘くて美味しいんだよ〜」
悪戯っぽくひむろが言うと、倒れていた風禰がむくりと起き上がります。
「フィーも行くのなの!」
「ハレルヤさんも誘ってみる?」
「わーい、ハルもー!」
きゃっきゃと楽しそうに歩き出した女子会ご一行様。
それを見送るラグナと琥珀と、なぜか琉命に連れて来られたダーク・ヤギ。
「僕達もお風呂屋さんに行きます?」
「いや、その、なんだ、私はその、あわわわわわわ」
「女湯に入れとは言ってないやぎー」
「「……やぎ?!」」
見つめ合う、撃退士とヤギ怪人。
「悪いやぎさんめッ!この私の手で下してくれるッ!」
「毛を刈るか、皮をはぐとか……?」
「ぎゃーやぎー!!」
男子二人に嫌と言うほどもふもふされまくったダーク・ヤギは、その後しばらく出現しなかったとか。