.


マスター:
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/13


みんなの思い出



オープニング


 雪がちらちらと白い花びらのように舞っている商店街。
 そこに、黒い猫の着ぐるみを着た小さな女の子が歩いている。
 昨年の年末、同じ商店街に黒いドレスを着た天使といた使徒・芽衣だ。
 数日前までこの商店街はバレンタインのチョコを求める女性客で賑わっていたが、今はいつもの落ち着いた雰囲気に戻っている。
 そこを今日は芽衣がひとりで遊んでいるようだ。

 芽衣はときどき立ち止まり、珍しそうに店先ののぼりを見上げては、うふふと笑う。
「ぴんくのはーと、ひとつふたーつ」
 そうしてぴょんと跳ねるようにして次の店の前に行っては、着ぐるみの手を上げて数を数える。
「はーといっぱい」
 芽衣が数えていると、店の自動ドアが開いて、おばちゃんが顔を出した。
「ええっと、これはさっさと片付けてっと。あら? そこの黒猫ちゃんは――」
「めいだよー」
「ああそうそう、メイちゃんね。今日お姉さんは一緒じゃないの?」
「うんー、おでかけしてるの」
 芽衣が見上げていたのぼりを引き上げながら、おばちゃんは芽衣に話しかけた。
 ちょうどクリスマスの時期に芽衣は、この世話焼きのおばちゃんの勧めでケーキを作ったことがある。
 それを覚えていてくれたようだ。
 おばちゃんは、バレンタインセールと書かれたのぼりをくるくると丸めると、思いついたように芽衣に向き直る。
「メイちゃんはバレンタインにチョコ作ったの?」
「ちょこー? ううん」
「そう、じゃちょっと待ってて」
 急ぎ足に店の中に戻ったおばちゃんは、すぐに片手に買い物用のビニール袋を持って現れた。
「これね、おばちゃんが作ってイケメンにでも渡そうと思ってたんだけど、お店が忙しくてそのままになっちゃったのよ」
 言いながらほら、と芽衣の目の前で袋を広げて見せる。
 芽衣が覗き込むと、中にはブロックのチョコレートがいくつかと、ハートの型、スプレーチョコの袋、ラッピングの可愛い袋が無造作に入れられている。
「おばちゃん、ありがとー」
「バレンタインデーは終わっちゃったけど、作って誰か好きな子にあげると喜ぶと思うわよ」
 おばちゃんに袋を渡された芽衣は、首を傾げる。
「つくるの?」
「そうよ。まぁ、そのままメイちゃんが食べちゃってもいいけどね」
「おにいちゃんとおねえちゃんと?」
「あら、ごめんなさいね。今日はバイトの子達はいないのよ」
「どこにいるのー?」
「久遠ヶ原学園っていうところよ。この先の海の上に浮かんだ島まるまるひとつが大きな学校なの」
「うみのうえ?」
 おばちゃんは聞かれるまま、よいしょと腰を下ろして芽衣に商店が並ぶ道の奥を指差した。
「この道を真っ直ぐ行ってしばらくすると海が見えるの。そこにね、学園行きのお船が泊まってるから、それに乗って行くのよ」
「わかったー」
 芽衣はにこっと笑うと、おばちゃんが指差した方へ歩き出した。
「あらあらメイちゃん、ひとりで行ってはダメよ。切符も買わないといけないから、お姉さんに連れていってもらうのよー」
 すたすたと歩いて行く芽衣に、慌てたおばちゃんが立ち上がり大きく声を上げる。
 が、芽衣はちらっと振り向いて手を振ると、またどんどんと先に進んで行く。
「――まさかね、本当に行きはしないでしょ」
 小さくなる芽衣の後姿を見送ったおばちゃんは呟くと、忙しそうに店に戻って行った。

 しかし世話焼きのおばちゃんの予想は見事に外れ、芽衣はちゃっかり久遠ヶ原行きの船の上にいる。
 運がいいのか悪いのか、芽衣が船着場に到着したときに、数組の家族連れが船を待っていた。
 学園には学生の他にも、観光に訪れる人は少なくない。
 小さな子供がひとりでいれば、船の船長もいぶかしく思うだろうが、乗り込む家族の後ろをわくわくしながらついて行く芽衣を気にするものはいない。

 陸を離れて海を進むフェリー。
 それを溜息交じりの苦笑いで見つめる黒服の少女がいた。
「どこへ行くのかと思えば、やれやれ、我が使徒は無鉄砲な。いきなり攻撃する者はおらぬと思うが……。仕方がない、わらわはここで待つことにするかの」
 長い桃色の髪を海風に揺らす天使はひとりごちると、遠くなる船を見送った。


 つつがなく船の航海は終わり、芽衣を含めた見学の一行は久遠ヶ原学園の門の中へ。
 本土では小降りだった雪は、ここへきて本降りよろしく部分的ではあるものの雪の山ができている。
 芽衣はそれが珍しく、雪の山ができている方へ走り出した。
「わあー、おおきなゆきだるまー」
「ちょちょっと、雪だるまじゃないわよ! ね、アタシの手が見えるでしょ? 引っ張ってくれない?」
「ゆきだるまさんがしゃべったー」
「だから、違うわよ! 雪に埋まって身動きができないのよ。ちょっと手を引っ張ってえー」
 芽衣がふと足を止めたのは、こんもりと人の形に盛り上がった雪の塊の前。
 誰かが作った雪だるまのようなそれからは、にょっきりとショッキングピンクのスキーウエアを見につけた腕が一本見えている。
 それから雪の中からは、女性のような喋り方の野太い声がくぐもて聞こえた。

 芽衣がぶんぶんと動かされる腕をむんずと掴んで引っ張ると、雪山は簡単に崩れて中から大柄の男性が転がり出る。
「ぷはー、た、助かったわぁー」
「んと、おじちゃんなにしてるのー?」
「失礼ねぇ、おじちゃんじゃなくて庭師の美幸お姉さんよ!」
 むっとした顔を芽衣に向けた美幸お姉さん(?)は、スキーウエアの雪をパンパンと払う。
「おねえさんなにしてるのー?」
「まぁいいわ。ここには学園の温室があって、綺麗なお花を植えてあるんだけど、朝起きたらこの大雪でしょ? もう慌てて雪かきしてたんだけど、あんまり雪を積み上げすぎて崩れてきちゃったのよぉ」
 そう言われて芽衣がお姉さんの後ろを見ると、雪の間にガラスで造られた温室が見えた。
「忌々しい大雪よねぇ。でも、お陰で助かったわぁ。ところで、黒猫ちゃんは何をしてるのぉ?」
「めいだよー。んとね、おにいちゃんとおねえちゃんとちょこつくるのー」
 聞かれた芽衣は、持っていたビニール袋を広げると、ほらと中身を見せる。
「あら、撃退士のコに依頼? メイちゃんひとりで来たのぉ?」
「うん!」
 芽衣は得意気に頬を赤くして、大きく頷く。
「あらあら、それじゃ依頼はしてないっぽわねぇ。あ、じゃぁアタシがお願いしてあげるわ。助けてくれたお礼よ」
「ありがとー」
 美幸にぺこりと頭を下げる芽衣。
「ああそうだ、せっかく雪も片付けたから、温室を解放するわ。あそこは暖房も入れてあるし、ちょっとしたテーブルと椅子もあるのよぉ」
 急に思いついた美幸は、まるで乙女が夢を見るようにうっとりとした顔をする。
「綺麗なお花に囲まれてチョコを作るなんて、ス、テ、キ、ウフフ」
「わーい、うふふ」
 頬に大きな手を当てて微笑む美幸の真似をした芽衣は、着ぐるみの小さな手をほっぺに当てて、にぱああと笑った。



リプレイ本文


「めいちゃん?!」
 温室へと、チョコ作りの器具を美幸と共に運んでいた芽衣の背中に声が聞こえる。
 驚いたような呼び声に、芽衣(jz0150)はゆるりと振り向いた。
「あ、ひむろおねえちゃん、まゆきおねえちゃん!」
 ぱっと頬を赤くした芽衣は、温室の前でぴょんと飛び跳ねる。
「ああら、この黒猫ちゃんと知り合いさん?」
 鍋を乗せたカセットコンロを持った美幸は、芽衣と一緒にぴょんぴょん飛び跳ねる蓮華 ひむろ(ja5412)と、ちょっとだけ焦った顔の礼野 真夢紀(jb1438)に頭を傾げる。
「ハロウィンのときに、めいちゃんにお手伝いしてもらったんだよね?」
「あと、クリスマスにケーキを作ったんだよー」
「うんー!」
 芽衣は手に持った泡だて器をぶんぶん振り回すから、側に立っている美幸の足に容赦なく当たる。
「ちょ、ちょっと、痛いわよ、メイちゃん。お友達がいるなら安心ね。それじゃアタシは残りの雪を片付けてるから、チビ猫ちゃんのお手伝いよろしく頼むわねぇ。はい、コンロ♪」
 美幸は他のメンバーをぐるっと見渡してから、一番遠くにいたイリン・フーダット(jb2959)に持っていたコンロを手渡した。
 凛とした天使がどうやら好みらしい。
「ばいばーい」
 元気に美幸へと手を振る芽衣とは対照的に、気に入られたイリンは複雑そのもの。
「お気持ち察します」
 鷹司 律(jb0791)がお気の毒とイリンの肩に手を置いた。
 オカマがイリンに送る熱い視線を無視し、お手伝いのメンバーは足早で温室に中へ。

 温室は外の寒さとはうって変わって暖かく、ほんのりと咲き誇る花の香りが漂い一足早い春のよう。
 植えられた花を避けるように丁度中央にしつらえられたテーブルと椅子が見える。
 白を基調にしたそれは植え替えなどの作業をするというより、美幸がティータイムを楽しむためのもののようだ。
「めいちゃんー、元気だった?」
 真夢紀が聞くと、芽衣はテーブルの上に置きっぱなしのビニール袋を掴んで持って来ると広げて見せる。
「うん! めいね、おふねにのってきたんだよー」
「ひとりできたのー?」
「うん! えとね、ちょこつくるの!」
 真夢紀に得意気に答えた芽衣は、次にひむろにも袋の中のチョコを見せる。
「チョコレート作りですか……微笑ましいですね」
 言ってからアーレイ・バーグ(ja0276)が青い瞳を細めて、うふふと微笑む。
「へえー、ちょこ作り? かぁいいなぁ……おねぇさんが、お手伝いしてあげるんだよ(*´ω`*)」
 アーレイの隣で芽衣の袋を覗いたエルレーン・バルハザード(ja0889)がふにゃんと笑う。
「わーい」
 エルレーンのおっとりとした雰囲気に、芽衣が嬉しそうに大きく頷いた。
「じゃあ、いっしょにかわいいちょこをつくろうねー!」
「うん!」
 美幸に渡されたコンロをテーブルに置いたイリンが、芽衣の前に片足をついて目線を同じにして軽く頭を下げてみせる。
「イリン・フーダットと申します。よろしくお願いします」
 人とは違うイリンの雰囲気を使徒の芽衣は気がついたようで、まん丸の目をぱちぱちと動かした。
「――てんしのおにいちゃん?」
「はい」
「わーい、ハルとおなじー」
「め、めいちゃん、チョコは誰にあげるの?」
 真夢紀が慌てて芽衣の声をさえぎった。
 この中で、芽衣がシュトラッサーだと知っているのは真夢紀ひとり。
(ひむろちゃんは大丈夫だと思うけど、天魔に敵意を持っている人がいるかも……)
 たとえ芽衣が危害を加えない存在だとしても。
(無鉄砲なんだから、めいちゃん……。ここは楽しんでもらって無事に返さないと!)
「一人で食べても良いけど、好きな人と分けて食べた方がもっと美味しくなるね♪」
「うん!」
 真夢紀の苦労も知らず、芽衣はえへへと笑う。
「今回もおかあさん? おねえさんにも贈る?」
 ひむろが聞くと、芽衣はうんうんと大きく頷く。
「そういえば良く二次元だと女の子をチョココーティングしてリボン巻き巻きとかありますよね……あれやるとチョコが溶けると思うのですが……実際にやったらどうなるか試してみましょうか?」
 急に思い出したかのように言ったアーレイは、服の裾を摘んでつつーっと持ち上げる。
 健康的に引き締まった腹筋に続いて、豊かな胸が見えそうなくらいでアーレイの手は止まる。
 シーンと静まり返る温室、もちろん服を脱ぐ真似のアーレイは誰かのツッコミ待ちだ。
「え、えーと……」
 近くにいたエルレーンが手の甲で軽いツッコミをアーレイに当てると、たゆんと大きな胸が揺れる。
「冗談ですってー」
 ダイナマイトバディの持ち主アーレイが言うと、冗談に聞こえない。
 本気だとしても、チョココーティングしたアーレイを芽衣が持ち帰るのは無理なはなし。

「材料がこれだけだと、ちょっと少ないですね。作るものによりますが」
 芽衣の持って来たビニール袋を受取った律は、何事もなかったように言う。
「めいちゃん猫ちゃん好きだよね。チョコも猫ちゃんにしよっか?」
 ひむろは芽衣が猫を大好きなのを知っている。
 それを聞いたエルレーンも目を輝かせる。
「じゃあ、ねこちゃんのちょこをつくろう!」
「ああ、でも、型がハートしかありませんね」
 テーブルに材料を並べていた律が、手の平ほどもあるハートの型を摘んで持ち上げる。
「それだとかなりインパクトがあるハートチョコだけが作れますね」
 イリンが感心したように呟く。
「ハートしかないんだ。うーん、あ、携帯で画像を検索してネコの型作ろうか?」
「真夢紀ちゃん型作れるんだ!すごーい♪」
「厚紙とアルミホイルで簡単に作れるよ」
 真夢紀はポケットから携帯を取り出すと、さっそく猫の画像の検索を始めた。
「その間に足りない材料を買出しに行って来ます。厚紙とアルミホイル、それとなにが必要ですか?」
「今メモするね」
 真夢紀の走り書きのメモを渡された律とイリンは、揃って温室を出て行った。

「お母さんに贈るならいちごオレ混ぜるのはどうかなー。真夢紀ちゃんいちごの型作れる?」
「苺型? 出来ますよ」
 ひむろに聞かれて携帯から顔を上げた真夢紀は指を滑らかに携帯の上で躍らせて、イチゴの画像を探し出す。
 携帯が珍しいのか、芽衣が爪先を立て背伸びをして覗き込んでいる。
「おかあさんね、いちごがすきなの」
「じゃ、めいちゃんの好きな猫さんと、お母さんが好きな苺のチョコをがんばって作ろうね」
 真夢紀がにこっと笑うと、芽衣はそれ以上に大きな笑顔を見せた。


 律とイリンが戻ると、真夢紀の指示でさっそくチョコ作り開始!
「めいちゃん、汚れるからこれ着てね。はい、バンザーイ」
 真夢紀が芽衣にバンザイをさせてエプロン代わりにTシャツを着せてあげる。
 黒猫の着ぐるみにTシャツのアンバランスな格好が芽衣は気に入ったようで、テーブルに材料を準備するメンバーの間を見て見てとポーズをとってちょろちょろと歩き回った。
 それがチョコ作りのアクセントのように、微笑ましい笑いを誘う。
「溶かし易いようにチョコを細かく刻むね。めいちゃん、ネコさんの飾りつけどういうのがいい?」
「んー?」
 かりかりと真夢紀がチョコを刻み始める傍らで、芽衣はネコミミの頭を左右に揺らす。
「これを見て決めましょうか?」
 そう言ってイリンが差し出したのは、猫の写真集だ。
「ねこさんだー」
 ぱっと飛び跳ねるようにイリンの側に向った芽衣。
「ついでにラッピングも決めてしまいましょうか」
 作業の邪魔にならないテーブルの隅っこに写真集を広げて、芽衣をちょこんと椅子に座らせる。
「かわいいねー」
 料理がちょっと下手なエルレーンも並んで一緒に写真集を覗き込む。
「おねえちゃんねこさんさわったことあるー?」
「うん、あるよー」
「めいもさわりたいなー。ねこさんにげちゃうの」
「そっかあ……」
 芽衣が何気なく言った言葉に、エルレーンは少し考えてから一緒に見ていた写真集から顔を上げた。
 どうやらなにか考えついたようだ。
「ここにこの猫さんの絵は?」
 写真集の隣に広げた画用紙に、イリンが聞きながら猫の絵を描いていく。
「おにいちゃん、このねこさんもー」
 イリンが描いた白い猫の隣に縞模様の猫を付け足すと、芽衣はきゃっきゃと声を上げて喜ぶ。
「だれかにぷれぜんとするんだよね? じゃあ、……せっかくだからおてがみもつけたげようよ」
 エルレーンは用意してあったカードを芽衣に手渡した。
「めいってかけるよ! このまえ、おねえちゃんにおしえてもらったんだ」
 得意気にエルレーンを見上げる芽衣。
「じゃあ、となりにねこちゃんかいてあげる」
 そう言うと、絵の得意なエルレーンは「めい」と大きく書かれたカードに小さな黒猫の絵を描いてあげた。

 和やかムードのその向かい側では、本格的にアーレイが動き出している。
「さて……あーれい特製チョコレートの製作開始っと」
 ごそごそとアーレイが胸の谷間から取り出して掲げたのは、なんとデスソース!
「これが隠し味なのです……今は亡き友から伝授されたレシピなのです」
 それは溶かされたチョコに惜しげもなく、だばばぁと入れられた。
「友人は家業を継ぐために実家に帰っただけなのだけど、そこは気にしてはいけません」
「うっ?!」
 もわっと広がる刺激のある蒸気にメンバーは皆目を瞬かせる。
「この甘辛い味が美味しいチョコレートの秘訣なのですよ?」
 うふっと屈託なく笑うアーレイはその昔、友人にデスソース入りの食べ物を食べさせられすぎて味覚が狂ってしまっている。
 彼女のちょっと辛いは、常人が悶絶するレベルだ。
「固めて出来上がりっと♪ さあ芽衣ちゃんも食べてみましょうねー美味しいですよ♪」
 呼ばれて顔を上げた芽衣の口に見た目は普通のチョコを押し入れたアーレイは、自分でもはもはもしている。
「め、めいちゃん、大丈夫?」
 芽衣はアーレイとはしゃいでいて、驚いて声をかけたひむろににぱあと笑顔を見せた。

「お手伝いをお願いする形で、実際にやらせてみることも必要ですよ」
 アーレイと同じように作業を始めていた律が言う。
 彼は真夢紀と一緒に削ったチョコを鍋に入れている。
「めいもつくるー」
 それを見た芽衣はぴょんと椅子から降りて、火をつけたコンロに乗せた鍋をかき混ぜている律の隣に駆けて行く。
「生クリームを温めて刻んだチョコを入れて、これで混ぜます」
 律が手にしたハンドミキサーを鍋に入れてスイッチを押す。
 ウィィンと小さな機械音に、火がついているのも気にせず芽衣が顔を近づけて覗き込む。
「そんなに覗き込むと危ないですよ」
 鍋に顔を突っ込みそうな勢いの芽衣を後ろからそっと包み込む優しい波動。
 イリンの使った庇護の翼は危険から芽衣を守るものだ。
 頷き作業をする律に目配せで安全を知らせるイリン。
「混ざったら冷ましながら時々かき混ぜます。混ぜるのをお手伝いしてくれますか?」
「うん!」
 せっかくの雪だからと律は温室の外に高く積まれた雪を固めて運んで、そこに鍋を置く。
「おにいちゃん、こう?」
「ゆっくりかき混ぜて、そうそう」
 律が腕をくるっと回して見せると、芽衣は掴んだゴムべらを鍋の中でぐるっと回す。
「できた!」
「しばらく冷やしてから丸めるんだ」
「めいちゃん、そっちが固まるまでこっちの猫ちゃんにお洋服着せたりしよっか?」
 ひむろがおいでおいでと芽衣を呼ぶ方のテーブルの上には、真夢紀が作ってくれた猫型と苺型が並べられている。
 黒猫だけでは寂しいだろうと、半分はホワイトチョコが流されていて、苺型のチョコはほんのりピンク色だ。
「うーん」
 目の前に並べられた飾りつけのチョコスプレーやマーブルチョコを見ながら、芽衣は頭を左右に動かした。
 そこへ、さっき描いたイラストをイリンが置いてくれる。
「これを見て飾り付けましょう」
「ほらあ、このぼうのちょこでおひげができるよー」
 エルレーンが摘んだチョコをちょいっと髭のように差し込んで見せる。
 すると芽衣はイリンのイラストを見ながら、エルレーンを真似してマーブルチョコを目の部分に置いた。
「カラースプレーをお洋服にして。物理命中活性化しててよかったわっ」
「ひむろおねえちゃん、すごーい」
 チョコでのお絵かきを楽しむような飾り付けはどんどん進み、シンプルだったチョコはカラフルな賑やかさをまとって行く。
 さっき律と作ったチョコは、丸い形にちょこんと二つの耳がつけられている。
「まるいねこさんだー」
 それは芽衣の小さな指で、ころころと転がされてココアパウダーをまぶされた。
「あとは固まれば完成」
 パッドに並べたチョコを雪の上に置いた真夢紀の後ろから何かがぴょんと現れた。
 それはでっかいもふもふとした猫。
「ねこさん!」
 芽衣の瞳がきらきらと輝く。
 猫を触ってみたいと芽衣のために、変化の術を使って猫になったエルレーンだ。
「ににぁー、にゃーおにゃおにー(ちょっとだけなら、おなかもふもふしていいよっ)」
「さわって、いいの?」
 うん、と頷く猫に、芽衣はそろりと近づいた。
 そっと伸ばす指に触れる柔らかな毛並み。
「ねこさん!」
 きゅっとエルレーンのもふもふなお腹に抱きついた芽衣の顔は、喜びで真っ赤になっていた。

 時間切れとエルレーン猫が去ったあとも、芽衣の興奮冷めやらず、みんなとチョコのラッピングをしている間も猫のもふもふの話ばかり。
「めいちゃん、さっきのネコさんも写真とったよー。プレゼント、おねえさんと一緒にみてね」
 はいどうぞ、とひむろが使い捨てカメラを芽衣に手渡す。
「ありがとー」
「これはまゆからめいちゃんとハルお姉さんに。こっちは喉が渇いたら飲んでね」
 真夢紀は芽衣の手の上にバレンタインチョコといちごオレをそっと乗せる。
「まゆきおねえちゃんありがとー」
 ぺこりと頭を下げる芽衣の目の前に、ラッピングされた猫型のチョコトリュフを律が差し出した。
「保護者の方と一緒に召し上がって下さい」
「よろしければこれも保護者の方にどうぞ」
 イリンはパックの紅茶を芽衣に手渡して柔らかく微笑んだ。
「おにいちゃんありがとー」
「あーれいのチョコも、はい」
 にこっと笑った芽衣は、みんなと一緒に作ったチョコを持つと、今度は反対にみんなの手の上に乗せていく。
「めいちゃん、これ?」
「えっとね、おばちゃんがすきなひとにあげなさいってー」
 真っ赤な顔を上げてみんなの顔を見回した芽衣は、えへっと照れくさそうに笑った。
「めい、おにいちゃんとおねえちゃん、だいすきー」


「ばいばーい、また来る時はおしえてねー」
 動き出したフェリーの上の芽衣に大きく手を振るエルレーン達に見送られ、小さな使徒は帰って行った。
 数日遅れのバレンタインの楽しい思い出と共に。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
重体: −
面白かった!:9人

己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
青の記憶を宿して・
蓮華 ひむろ(ja5412)

高等部3年1組 女 インフィルトレイター
七福神の加護・
鷹司 律(jb0791)

卒業 男 ナイトウォーカー
芽衣のお友達・
礼野 真夢紀(jb1438)

高等部3年1組 女 陰陽師
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト