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「た、大変や、深海ちゃんが」
自分のために(ありがた迷惑ではあるけれど)クッキー取りに行った蒼乃 深海(jz0104)がディアボロに襲われていると連絡を受けて、河野 蛍(jz0122)は急いで立ち上がった。
が、相当ダメージがあったのか、派手に机もろともぶっ倒れてしまう。
「いい依頼はないか、って、蛍!?おい! 何があった!?」
ちょうど依頼を受けに来た如月 敦志(
ja0941)が慌てて駆け寄る。
「あ、敦志さん、ええとこに来てくれたわ。実は……」
天の助けとはこのことだ。
しかも斡旋所にいた数人の撃退士も集ってくれた。
だが、蛍からすべての説明を聞いた撃退士の顔に浮かぶのは苦笑だ。
「一体どうやったらそんな破滅的なクッキーが作れるのでしょうか? ……体質?」
やや呆れた表情の三途川 時人(
jb0807)も、気になるのは深海の作ったクッキーだ。
「調味料と焼く時間さえ間違えなきゃ、最低限のものは出来るはずだけどなぁ」
虎落 九朗(
jb0008)の料理の腕は人並みだが、今まで最低限以下のものを作った覚えはない。
もはや他のメンバーもディアボロより、盛大に行われている文化祭をもぶち壊しそうな殺人クッキーをどうするかの話をし始めている。
犠牲者は蛍ひとりで十分だ。
「解った、何とかやってみよう」
敦志が出口に歩き出す。
「文化祭を無事終わらせるために一肌脱いでくるか」
天険 突破(
jb0947)の頼もしい一言に、蛍もほっと息を吐く。
「よ、よろしく頼むで」
腹を押さえて苦悶の表情を浮かべメンバーを見送る蛍。
「すまん深海……それはこの世にあってはいけない物なんだ……」
ぶるっと振るえ戦慄する敦志。
メンバーは急ぎ駆けて行く。
破滅という名のクッキーから文化祭を守るために。
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討伐メンバーが、深海とディアボロがいる海岸に到着する。
見渡すと、向こうから逃げて来る深海と、その後ろで落としたクッキーを貪り食うブタ型ディアボロ三体が確認できた。
蛍の報告だとかなり不味いはずなのに、ディアボロはもりもり食べている。
しかも嬉しそうに笑って見えるではないか。
「もったいないたべたいぶーちゃんずるいチコもたべたいのにー!」
美味しいものに目がない水尾 チコリ(
ja0627)は、美味しそうにクッキーを食べまくるブタに怒りまくる。
「黒い豚さん……鹿児島の黒豚でしょうか? 美味しそうです」
ハートファシア(
ja7617)は、ぴかぴかと黒光りし丸まる太ったディアボロの方に興味があるらしい。
「ディアボロの奴ら、ホントに食ってるな」
突破も驚いたように声を出した。
「食えたもんじゃないクッキーって、一体……って思ったが、ディアボロには好みのようだ」
九朗も逃げている深海より、ディアボロに目を向けている。
「しかし、すごい量の荷物ですね」
時人の薄く浮かべた笑みが苦笑に変わる。
必死に逃げて来る深海が持っている荷物が尋常ではない。
それもそのはず、文化祭で配るつもりのもの、量が違う。
片手にビニールの買い物袋ひとつ、片手に旅行用カート、おまけに背中にはリュックを背負っている。
「多い、多すぎるぞ、深海!」
ああっと敦志が顔を手で覆う。
「あれ、全部クッキーなんだよな?」
突破が確認のつもりで言うと、チコリがううっと小さく唸る。
「いっぱいつくったのに、ぜんぶたべれないなんて、とってもかなしいね」
食べることに対する想いが強いチコリは、すべて食べられないのが悲しくてまたうっと唸る。
「学園の平和のためには致し方ないこと。大変心苦しいですが。ここはやはり豚様に食べていただきましょう」
ハートファシアが言うとおり、学園の平和が一番だ。
「問題は、あれをどう手放させるかだな」
九朗が見つめるクッキーの袋はかなり多いし、しっかりと握られている。
「クッキーを囮に豚を誘き出させるためと言えば納得するだろう」
「たべられちゃっても、またつくればいいよって、みうちゃんさんをはげましてあげないといけないね」
「そうだな、このままじゃ深海がかわいそうな気がしなくもないし。終わったら美味しいクッキーの作り方を手ほどきするとか」
そう言う突破だが、クッキーの作り方は分らない。
「じゃぁ、それは俺が教えるか。蛍にもまともなクッキーを食わせたいしな」
お菓子は専門外だが、それなりに作れる自信は敦志にある。
それに、不味いクッキーの記憶だけの文化祭では蛍も可哀相というもの。
「それで、こんどこそおいしいーってみんなでたべたら、きっと、きっと、ぶーちゃんにたべられちゃうぶんもむだにはならないよね……うん」
自分に言い聞かせるように言うチコリ。
「深海は知り合いだからこちらで連れて歩くよ。皆、くれぐれも深海にバレないように!」
ニカッ、と敦志が笑うと、メンバーは黙って大きく頷いた。
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そうこうしている内に、深海がメンバーに気がつき駆け寄って来る。
左手の買い物用ビニール袋がガサガサと、旅行用カートはガラガラとかなり賑やかな音を出す。
学園をいつも迷ってばかりの深海にとって、ディアボロとの遭遇は初めての経験だ。
「み、みなさぁーん! たっ、助けてくださぁーい!!」
大汗をかいて必死に逃げて来る姿から、自分が撃退士だということはすっかり忘れているっぽい。
「深海! 待たせたな! 怪我はないか!?」
まず最初に、敦志が儀礼服をヒラヒラとなびかせて登場だ。
「あ、敦志さぁーん!」
敦志の演技がクサイのにはまったく気がつかない深海は、ホッとした表情を浮かべる。
「怪我はありませんか? もう大丈夫です」
ジト目で無表情なハートファシア。
こちらは演技ではない、これがごくごく普通の対応だ。
「はっ、はい! ありがとうございますっ!」
嬉しそうに微笑む深海にチクリと心が痛むが、学園のためだ。
すぐ後ろには、クッキーを食べ終えたディアボロが顔を上げて大きな鼻をひくひくさせている。
豚殿下は満腹になってないご様子だ。
「どうやらディアボロはこのクッキーを狙っているようですね」
深海の背から声をかけた時人は、さりげなくリュックを深海の背中から下ろして受取る。
「ええっ?」
「ディアボロはその美味しそうなクッキーが好物らしい。それを使って分散させるんだ」
「ぶ、ぶたさんが!?」
「逃げるときに重い物を持っていると、いくら撃退士でも体力を消耗しますよ」
「折角深海が作った物をこんな事に使いたくはないが、これも町を守るため……解ってくれるな?」
「ええっ、ま、町をですかっ!?」
時人と敦志に交互に言い聞かせられて、深海は忙しなく顔を動かし、とうとう目を回す。
「め、目が、ま、回ったですぅ」
それをチャンスと、ハートファシアが旅行用カートを深海の手から引き寄せた。
「囮は目立つ方が良いですし、逃げ難いでしょう?」
「は、はひぃ」
「みうちゃんさんのクッキーはまも……えと、まもっちゃ、だめ、なんだよね……? うぐっ」
「シーッ!」
つい本当のことを口走るチコリは、敦志に口を手で押さえられる。
「クッキーに何かあったら後で皆で作ろうな?」
「あ、はいっ!」
「むぐー、でもでも、ぶーちゃんはぜんりょくでやっつけるの」
敦志の大きな手を避けるように、うーんと背伸びをしたチコリは元気良く、それでいて真剣な目をして大きな声を出した。
「み、みなさん、よろしくお願いします」
すっかり騙されぺこり、と頭を下げる深海に後ろめたさを感じるが、すごそこにブタが迫っている。
もちろん、狙われているのはまずーいクッキーだ。
皆はそれぞれのクッキーを持ち、三方向へ散って行った。
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「こっちだ、ディアボロ!」
リュックサックのクッキー三袋を請け負った時人と突破。
突破がリュックの中の一袋だけを取り出しディアボロに見せると、なるほどブタは目の色を変えて追いかけて来る。
黒くて太ったディアボロは、見た目はまんまブタそのもの。
深海には見えないよう、走りながらクッキーを一枚づつ置いての他のチームから距離を取る。
蛍の話では、とても不味いはずのクッキーを、ディアボロは美味そうにぺろりぺろりと食べていく。
「奴らと味覚が違っていてこんなに良かったと思ったことはねぇぜ」
突破の喜びの声は、遠く離れた深海には聞こえていないようだ。
時人も、リュックの中のクッキーを派手にぶちまき始める。
「かなり食いつきがいいですね。残りは撒いたものだけ、そろそろ始めますか」
言ってるそばから、山のようにあったクッキーは半分近くなくなっている。
それを確認した時人が、メラメラと燃える炎の球体を出現させた。
「こんがり丸焼きでもディアボロは、……食べませんけどね」
黒豚なら相当美味しいだろうに。
放たれた炎は真っ直ぐブタに向かい、黒い背中に着弾と同時にディアボロを炎で包み込む。
「さぁ、お遊びはここまでだ、一気にカタをつけるぜ!」
突破の体内でアウルが激しく燃焼し、構えたバスターソードでディアボロを一文字に斬りつけた。
ディアボロはこんがり焼かれて、旅立った。
「あ、忘れ物です」
時人の腕が空を切るように、たった一枚残ったクッキーを投げる。
クッキーはパカッと開けられたブタの口に、すとんと入り、それを上から突破がピコピコハンマーで叩いた。
パフッ、と閉じられるディアボロの口。
「良い笑顔だ」
親指を立て言う突破も、自信に満ちた良い顔になっていた。
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ガラガラガラとカートが大きな音を立てる。
こちらは、ハートファシアと九朗チームだ。
他より明らかにクッキーが多く、こっそりブタで始末をするには難しい。
ディアボロも、食い意地が張ってそうな一番大きなヤツが九朗の盾にぶち当たる。
「くっ、こいつっ、手強い!」
二回、三回とブタの突進を盾で防いだ九朗が、防戦をしているフリをしつつ、深海から遠ざかる。
カートを引いて走るハートファシアも、「きゃー」と、わざとよろめいて見せた。
「だっ、だいじょうぶですかぁ?」
遠くで深海の声が聞こえる。
「すっ、すまねぇ、深海さん。クッキー、囮に使わせてもらう!」
バラバラバラ!
深海の返事など無用とばかりにハートファシアがカートを開け、中身をぶちまける。
モワッと広がる甘い香りと、豚閣下の歓喜の咆哮。
ムシャムシャと山のようなクッキーにかぶりつくディアボロは、喜び目を細めた。
そうなるとディアボロは撃退士など目に入らない、夢中でかぶりつく。
(クッキー……成仏、しろよ)
九朗が祈るように目を閉じると、ハートファシアが追悼の意を込め黙祷し思い出に浸る。
「クッキー1『私、学園に着いたら、結婚するんだ』」
モシャモシャ。
「クッキー2『やったか!?』」
ハムハムハム。
「クッキー3『ここは俺に任せて先に行けぇ!』」
ガツガツガツ。
「クッキー!」
ハートファシアが叫ぶと、無数の腕が現れ豚殿下をガッチリ拘束する。
しかしぶー様は大きな口を開け、もがきながらも目の前に残ったクッキーを吸い込む。
そして、最後の一枚が吸い込まれたのと同時に、ハートファシアの魔法攻撃が黒い背中に撃ち込まれた。
無数の拘束の手が消えると、ディアボロの巨体は土煙を上げ地面にドーンと倒れる。
「敵は倒せましたが……クッキーはもう……」
うっ、と言葉を詰まらせ首を振るハートファシア。
「犠牲になったのだ……天魔退治のためのな……」
九朗も悲しげに頭を垂れ、ちらちらと遠くに小さく見える深海を盗み見る。
(……誤魔化せた、よな?)
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「チコ、たべたいなぁ」
言いながらチコリは指を咥える。
目の前では、敦志が深海の持っていたビニール袋のクッキーを撒きながらブタをおびき寄せている真っ最中だ。
どうやら隣でおろおろしている深海より、ディアボロに食べられてしまうクッキーの方が心配なようだ。
見るとどうしても食べたくなるチコリは、空を見上げタンタンと足踏みを繰り返している。
うーうーと小さく唸りながら。
少しすると、チコリと深海のいる場所に敦志がクッキーの残りを撒きながら走って来た。
「ブタが来たら殲滅だ、チコリ!」
まだ地団駄を踏んでいるチコリに敦志が声をかけると、キッと睨まれる。
「うっ、怒りはあのブタに向けろ」
ぶーぶー鳴きながらディアボロがすぐそこまで迫って来ている。
「うぐぐ、チコもたべたいのにー。ぶーちゃんにスタンですー!」
タンッ! とチコリが地面を蹴ると、美味しそうにクッキーを食べているディアボロの脇腹に薙ぎ払いを喰らわせた。
ふわんと漂う甘い香りにチコリの頭にこんがりクッキーがちらつく。
「がまん、がまん!」
そう言いながらも、目はうるうるに。
めそっとしながらも、逃げようとするブタの前に回りこんで逃げ道を塞ぐ。
「すまん。お前等には感謝しているが、これも仕事なんだ……」
敦志の掌に集まった魔法力は大きなエネルギーとなり、ディアボロの尻に炸裂し体ごと吹き飛ばした。
「わぁっと」
チコリは突っ込んで来るブタを、ひょいとジャンプして軽々と避けて、えへっと深海に笑って見せる。
「えっと、クッキーつくりしよっ? チコししょくはとくいだよ」
チコリが誘うと、目を瞬かせていた深海もにっこり笑顔になった。
「はいっ!」
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「ところで、ちょっとおでこ借りていいか?」
返事も聞かず、敦志が深海の額に手を当ててシンパシーでヤバイクッキーの問題点を探ろうとする。
メンバーは討伐後、深海それに蛍も伴って調理室に来ていた。
アフターケアもしようと思っていたからだ。
「……うっ、材料からか」
製作中の深海の様子を探った敦志は、そのまま絶句。
「と、とにかく、正しい順番で正しく作りこんでいけば、必ず結果はでる。もちろん正しい材料でだ」
敦志の指導の甲斐あってか、できたクッキーはこんがり焼けて美味しそうだ。
もちろんできたてで、味もかなりのもの。
最初怖々していたメンバーも、至福の笑顔のチコリの食べっぷりに手を伸ばす。
ああ、これぞ普通に食べられる美味しいクッキーだ。
「みなさん、ありがとうございましたっ!」
メンバーのお陰で、ぺこりと頭を下げる深海が次に作るときは、美味しいクッキーができるだろう。
――ところで。
討伐からの帰り道。
深海が自分のブレザーのポケットから、クッキーを取り出して、それは撃退士に一枚づつ配られていた。
「あとで自分で食べようと思って入れておいたんです」
そう言ってにっこり笑った深海。
クッキーを食べてくれるディアボロはもういない。
各自部屋に戻った撃退士達が、そのクッキーを食べたかどうかは神のみぞ知る。
ただ、数名、保健室にお腹の薬を貰いに来たらしいとだけ、依頼の報告に付け加えよう。
記・受付担当、河野 蛍