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マスター:
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/10/10


みんなの思い出



オープニング


「きゃああああああぁぁぁ!! あんな子なんて知らないわよ! あの子は化物よ、誰か倒してっ!!」
 自分の子を見捨てた罪を認めたくなくて、叫んだ芽衣の母親。
 母親の言葉は鋭利な刃物となって芽衣の小さな心を切り裂いた。
「おかあ……さん……?」
 溜息のように吐き出された小さな言葉。
 それがきっかけか、たがが外れた芽衣は天使に与えられた力を放出していた。
 シュトラッサーとしての力を。

 生まれたのは、ただ悲しみに揺れさ迷い歩く幼き使徒。
 自分を守る白い光の中で、ただ前へ足を動かして。
 流した涙が、アスファルトに小さなしみを作り、放たれた光の玉は建物に穴を開けた。

 悲しみに、破壊の限りを尽くす殺人兵器。
 それが今の芽衣だ。


「ひっ……」
 撃退士に助けられたとはいえ、屋根の上に取り残された形になっている芽衣の母親。
 それさえも忘れてしまうほどの衝撃に、くらりと眩暈を感じた。


 何がいけなかったの?
 ほんの憂さ晴らしのつもりで遊びに出かけて。
 幼い娘を置いて出かけることも躊躇したけれど、昔の友達が着飾って遊び歩くのを見たら自分もずっとしまい込んだままになっていた派手な洋服を着て、アパートのドアに鍵をかけていた。
 少しだけ、ちょっと遊んだら帰って来るつもりで、友達と街に出たら楽しくて。
 気がついたら、あっという間に一ヶ月が過ぎていた。

「ねぇ、アンタ家に帰らなくていいの? 子供がいたんじゃなかった?」
「――え、子供?」
 一緒に遊び歩いていた派手な友達に聞かれて、現実が目の前に現れた。
 置いてきた食べ物は一ヶ月もつわけもなく、鍵がかけられた狭いアパートで、芽衣はどうしているだろう?
 一人では決して外に出ない子だ。
 ましてや真夏のこの暑さ。
 考えるまでもない。
 死んでなくても、動けるはずがない。
 なのに、なのに、その子がにっこりと笑って目の前に現れた。
 大きな黒い化物に乗って。

 気がついたら、隣にいたはずの友達の姿はなく、恐怖に駆け出していた。
 自分の罪を認めたくなくて。
 あまりにも邪気のない芽衣の笑顔が恐ろしかったから。
 突きつけられた現実に、目を背けたかっただけ。


 そう言えば、前にも芽衣が嬉しそうに笑っていたっけ。
 あれは、いつだった――?
 ああ、五月の柔らかな日差しが降り注ぐ午後だ。
 あまりにも良い天気に、いつも行くところより少しだけ遠い公園に足を伸ばした。
 まだ幼い娘の手をぎゅっと握って。

『おかあさん、はっぱがきれいだね』
 見上げたのは、葉が芽吹いたばかりの公園のクスノキの枝。
 きらきらした新芽に答えた。
『そうね、もう五月ね。英語でメイって言うのよ、五月のこと。芽衣が生まれたのもこんな日だったわ』
 幼い娘は、それはもう頬を真っ赤に染めてわくわくした顔で見上げてきた。
 クスノキの葉の間から零れ落ちる光が、娘の髪に光る。
 きらきらっと、見上げた新芽みたいに。
 鮮やかに蘇る、芽衣が生まれた日。
 ベッドですやすやと眠る芽衣のふんわりとした髪に、五月の日差しが柔らかく絡んでいたこと。
『五月に生まれたから、だからメイなの』
 微笑むと、芽衣も嬉しそうに笑ってて。
『おかあさん、めいね、めいはおかあさんのこと――』
 それからぎゅっと抱きついてきた芽衣になんと言われたのだろう?
『お母さんも芽衣のこと――』
 自分はなんと言ったのだろう?
 頬を染めて嬉しそうに微笑む娘の顔。
 あと少し、そうあと少しで思い出せる。



 そう思った瞬間――。
 ぐらりと上体が傾く。
 すぐにそれは回復したが、芽衣の母親は自分が高い屋根の上にいることを思い出した。
 へなへなと崩れるように座り込んだ屋根に、ひゅうっと冷えた風が通り過ぎる。
 両手でむき出しの肩を抱いてふと空を見上げれば、凍りそうなくらい青々とした月が見えた。
 そこから現れた真っ黒い影、それは漆黒の黒い翼を広げた少女の悪魔。
 いや、悪魔のように見える黒い天使だ。

 ぱちぱちと目を瞬いて天使の飛ぶ姿を追えば、そこには白い光に包まれ進む芽衣の姿。
「ひっ!!」
 母親は、光の後ろにいつのまにか立つ真っ黒い影に、悲鳴を上げた。
 その天使の手に握られた長柄の大鎌が、今まさに芽衣に振り下ろされようとしている。
「ダメっ、芽衣!!」
 屋根の上で、思わず叫んでいた。
 それに答えるように、ぴたっと止まる天使の手と芽衣の動き。

 ゆっくりゆっくりと、振り下ろそうとした大鎌を持ち直した天使は首を傾げる。
「可笑しなものだな。わらわを止める声が聞こえた気がしたが、はて」
 天使はくすっと笑い、母親のいる屋根の上に視線を向けた。
 刺すような冷たいアイスブルーの天使の瞳。
 まるで何もかも見通すような目線に、母親はがたがたと震える。
「わらわは、この子の望みのためだけに力を与えたのだ。最も、それはこのままでは叶わぬようだ。わらわもこの子も破壊は望んでおらぬ。だから、もう終わりにしよう」
 ふんわりする芽衣の頭を撫でた天使の憂いを含んだ微笑。
 それが消える頃には、大鎌は再び天高くかざされた。
 月明りにきらりと光る鎌の刃に、母親は目を見開いた。


 きらりきらりと、五月の木々の葉が、芽衣の髪が光る。
 そう、そうだ。
 思い出した。
 どうして忘れていたんだろう?
 あんなに幸せな日々を――。


「いやっ、ダメ、芽衣!! 戻して、芽衣を助けて!!」
「助ける? 可笑しなことを言うのだな。この子は死ぬ運命にある。例え今助けたとして、わらわが見捨てれば朽ち果てる運命」
 冷たく言い放って、天使が手を振り下ろす。
 静まり返る深夜の繁華街。
 黒い大鎌は、芽衣の体に当たる瞬間、霧のように消えていた。

「――だが、運命は同じでも、意味は違う。わらわはそう思う。だから止めてみるが良い、我が使徒を」
 天使がぽんと芽衣の背中を押すと、それまで立ち止まっていた芽衣がまた前へと進み出す。

「誰か、お願い、芽衣を止めて!! ここから下ろして、芽衣の側に行かせて!! 芽衣に、伝えなきゃいけないの、誰か――!!」
 芽衣の母親は、破壊し進み続ける娘に手を伸ばし叫ぶ。


 ゆらり、ゆらり、と眩い光に守られた幼き使徒は進んでいた。

 どこに行こうとしているのか、なにをしようとしているのか。


 自身も分からぬまま――。


リプレイ本文

●悲しみに寄り添うもの

 ディメンジョンサークルに撃退士達が集う。
「何があったんでしょうか?」
 礼野 智美(ja3600)が、後ろでひとつに束ねた長い黒髪をなびかせながら疑問を投げかける。
「圧倒的に情報が足りないね」
 装置に最初に飛び乗ったエリアス・K・フェンツル(ja8792)は、緑色の瞳を輝かせて言う。
 それは相手が使徒であることへの興味を隠さない輝きだ。
「いつも準備万端ってわけにはいかないだろう。飛ぶよ」
 ひとつ息を吸って、Alba・K・Anderson(ja9354)は指で眼鏡をクイッと上げる。
「すべては、着いてからっすね」
 ごくりと唾を飲み込んで、ニオ・ハスラー(ja9093)がいつもは元気な顔を曇らせた。
 後発隊が乗る転移装置が起動すると、一瞬でビルの陰に身を潜めていた残留メンバーの背後に場所が移り変わった。

 最初に見えたのは、がくっと膝を折り大きく呼吸を繰り返す子猫巻 璃琥(ja6500)だ。
 ニオが寄り身をかがめて伺うように声をかける。
「大丈夫っすか?」
 ニオの柔らかなライトヒールの光が璃琥の傷を癒した。
「……ありがと」
 辛そうに肩で息をしていた璃琥が、痛みで脂汗が浮いた顔を上げた。
 楽にはなった、だが無防備な格好で吹き飛ばされ、庇いきれなかった腹はまだ痛む。
 傷を負ってなお、この場を残ることを璃琥は望んだ。
 腕に抱きしめ自分に微笑みかけてきた、あの小さな使徒の願いはまだ叶えていない。
「天魔が出たと聞いて来てみたら、なにあれ、黒い翼の……天使?」
 エリアスが指差す方向には、じっと佇む天魔の姿がある。
 他のメンバーも気がつき凍りつく。
 その先に、光に守られた使徒がいる。
 ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで、アスファルトを移動して。
「あれが、――使徒?」
 智美が、喉の奥からやっと搾り出したような掠れた声で呟く。
「――ああ」
 苦々しく歪んだ笑いを浮かべる璃琥。

「なにも聞いてこなかったみてぇだな。はっ、そうさ、あれがガキの使徒さ。あの天使はこっちに手を出さないってさ、ありがてぇことに」
 事の一部始終見てきた千堂 騏(ja8900)は、後から駆けつけたメンバーに吐き捨てるよう言った。
 それに、無差別で攻撃をする使徒を生み出した原因の母親はまだ屋根の上だ。
 何度も学園に戻ることを勧めたにも拘らず、母親は話をさせろと頑として動こうとしない。
「使徒の名はめい。あそこにいるのが、母親だ。めいに会いたがってる」
 痛む腹を片手で押さえて、璃琥がよろりと立ち上がって屋根の上を指差した。
 皆の視線が屋根の上に集まる。
 そこには今にも屋根から落ちそうなくらい身を乗り出した女性がいる。
「使徒にされた我が子に会いに来た?」
「……いや、その逆」
 自分の肩を支えてくれる智美に、璃琥はやるせなく首を左右に振った。
「ずっとほっとかれためいが、母親を探しに来たんだ」
「あの女の子泣いてるっす……。お母さんも」
 しゅんとしてきゅっと唇を噛みしめる、ニオ。
 派手な服装に厚塗りの化粧の母親を見れば、薄々ここまでの経緯を想像できた。
「このままじゃ街まで破壊されてしまう。止めないと、あの子のためにも」
 Albaの眼鏡の奥の瞳に、銀の焔が宿る。
「天使に一噛みしてやるつもりだったが、……今はこの目の前のガキに集中か」
 騏の合わせた拳がボキボキと鳴る。
「感動の再会。フフン、泣かせるよ」
 思ったことをストレートに言葉にするのはエリアスの子供っぽさから。
 しかし、上目遣いに母親を見上げてから、芽衣に移した視線はゾッとするほど冷たい。
「でもちょっと躾がなってないみたいだね。おいたも程々に、だ」
 エリアスが一歩踏み出すと、それより早くAlbaの体が動いた。
「俺が母親を屋根から下ろす。それまで使徒の足止めを」
 軽くステップを踏んで、智美がAlbaとは反対に飛び出した。
「俺と騏さんの阿修羅二人が足止めをする! ダアトは援護お願い!」
「あたしはシールドがあるから、お母さんを連れて行くっす」
 ニオがAlbaの背を追いかける。
 騏は先の戦いで疲れた両足に気合を込め手の平で叩き、乾いたアスファルトを蹴った。
「やっぱ面白くねぇ仕事だ、こりゃ」
 ぽつんと独り言を残して。
 残された璃琥の体を一瞬にして雷が取り巻いた。
「今、助けてやる。めい!!」
 これは芽衣を倒すための力じゃない、助けるための力だ。
 璃琥は心の中で呟き、戦闘が始まろうとしている路地に走り出した。


●泡沫なる夢

 決して早いとはいえない歩みで芽衣は進んでいる。
 使徒を守る光の中に、幼い少女の泣き顔が真正面に位置取りをした智美の目に映る。
 そして芽衣の後ろに立つ騏は、それまで装備していた武器を外していた。
「ガキ叱るのに武器を使うなんざ大人げねぇからな」
 智美もそれに無言で頷き武装を解いた。
 めらめらと燃え上がる炎が智美の体を取り巻き、ふっと短く息を吐き出した。
「行きます」
 騏、それに援護をするエリアスと璃琥に合図をするように一声。
 同時に飛び出す智美と騏。
 二人の姿が消え、次に現れた時にはもう芽衣に手が届く位置にいた。
「うりゃあああああああぁぁ!!」
 繰り出されるのは阿修羅二人の素手での攻撃。
 それが当たるか当たらないかのぎりぎりの位置で、智美の頬をかすめて生み出された光の玉が後へ飛んだ。
 ジッと産毛が焦げる。
「くぅっ!!」
 光は璃琥の目の前へ着弾し、アスファルトが焼かれ上がった白い煙が鼻をつく。
「クソッ!」
 騏と智美が地面を蹴って芽衣から離れたのは反射神経に優れていたからだ。
 チカチカとまぶたに危険なシグナルが見える。
 芽衣と一定の距離が離れると、また繰り出されるかに見えた芽衣の周りに浮かんだ光の玉の動きが止まった。
 歩む芽衣が距離を縮める。
 と、ふわりと浮いていた玉が智美を狙い、飛ぶ。
 バチッ!!
 大きく弧を描いた銀色の弾丸が光を弾いて火花が散る。
「一定の範囲に入ると玉が飛ぶみたいだね」
 弾丸は後方離れた位置にいたエリアスが発射したもの。
 光の玉の動きを冷静に観察していたからこそ、錬成した魔弾で軌道を逸らせたのだ。
「もう大丈夫だから、落ち着けよ。な、めい」
 射程外ぎりぎりの位置に立った璃琥は、穏やかに言うと両手を幼子に伸ばす。
 すると抱くように広げた両腕から無数の猫のぬいぐるみが現れた。
 可愛らしい仕草の猫達は、なおも進み続ける使徒に纏わりつこうとぴょんぴょん飛びつくが、守りに遮られ弾かれて闇に消えてゆく。
「守りを弱めないと」
 後ろにいる璃琥に顔を向けた智美は、汗にぴりっと痛む頬を手の甲でぐいっと拭う。
「スキルじゃ止まらねぇ。武器でダメージぶち込むしかねぇのか。――俺が盾になる」
 パン!と手を叩いた騏は、任せろとばかりにニヤッと笑った。
 こくんと頷いた智美が両手に苦無を構える。
 どう足掻いても、守りを解かなければ触れられず声も届かないなら、やるしかない。
 すうっと大きく深呼吸をした智美に新たな炎が燃え上がった。

「Albaさん、急ぐっす!」
 母親がいる屋根に登るAlbaの後姿にニオが急かすように声をかける。
 さっきから、戦闘中の仲間の方から派手な爆発音が聞こえる。
 もちろんAlbaの耳にもバンバン聞こえ、ニオに言われるまでもない。
 焦る気持ちはあるものの、まず取り乱している母親を静めるのが先だ。
 ひょい、と最後の障害物を乗り越えれば、座り込み落ちそうになりながら泣き叫んでいる女性の姿が目に入った。
 なるべく驚かせないよう母親に近づいたAlbaは、静かに声をかける。
「やあ。メイって名前なんだね、あの子」
 びくり、と跳ねる母親の体を、Albaは咄嗟に手を伸ばし抱き寄せ安堵の息を吐く。
「危ない。メイのお母さんだよね?」
 芽衣の母親の泣きはらしてメイクが崩れた顔を覗きこみ、Albaは人懐っこい笑顔を浮かべた。
「芽衣に伝えたいことがあるの」
 身を乗り出すようにして早口で喋る母親の頬をムニッと摘むAlba。
 やや興奮している彼女を落ち着かせるためだ。
 このまま下に降ろしても、攻撃をする芽衣に突っ込んでしまうだけだ。
 頬を抓られ、やや面食らった母親に、Albaは言葉を続ける。
「落ち着いて。折角の綺麗なメイクが台無しじゃないか。話してくれるかな?」
 ぽつりぽつりと話す母親の言葉を一言も聞き漏らさないように、Albaは耳を傾ける。
 切りのいいところでAlbaが聞いた。
「メイの気持ち、判ってるんだろ? それだけで此処にいるのさ――大好き! って」
 母親がゆっくりと頷く。
「――今のメイは天使の力で使徒になった。もう人には戻れない。それでも、側に行くかい?」
 知って会いたくないなら仕方がない、でも、会いたいなら。
「……側に行きたい」
 母親はぶるぶると大きく震えながらも、顔を上げた。
「分かった。行こう、俺とニオが全力で守る」

「Albaさぁーん、まだっすか」
 ニオが待ちくたびれたのと焦りでぴょんぴょんと飛び跳ねている。
 ますます芽衣との戦闘は激化して、今すぐ加勢しないと危ない雰囲気だ。
 ライトヒールを使えるのはニオだけで、倒れそうな仲間がいたら一刻も早く手当てしないといけない。
「あああ、やっと来たっす! もう遅いっすよ!」
「お待たせ、ごめん」
 Albaは苦笑しつつ、背負っていた母親を地に下ろす。
「メイちゃんのお母さんっすか? 顔が汚れてるっす」
 ニオは取り出したハンカチで母親の涙で汚れた顔を拭い、自分の着ていた制服のコートを脱いで羽織らせた。
 派手派手しい服装が似つかわしくないと思ったから。
「ちょっと小さいけどごめんなさい」
 ぺこっと頭を下げたニオは、おもむろに口を開いた。
「メイちゃんの声を聞こうとしたっすけど、まだ聞こえないっす。あ、でも大丈夫っす! 仲間が必死でメイちゃんを正気にしようとしてるっすから」
 ばたばたと両手を必死に振って、ニオは一度唇を噛んだ。
「あたしはあの子を助けたいっす。話を聞いてあげて欲しいっす……そのためにゼッタイ護ってみせるっす!」
 顔を上げて言ったニオは、手で拳を作り、グッと力を込めた。
 母親を護ることでメイの望みが叶うなら、身を挺して護ること。
 それが自分にできることだ、ニオは装備したタージェをぎゅっと強く握り締めた。

 母親を護るように伴ったAlbaとニオが仲間の元へ駆けつけると、そこはまさに激戦の真っ只中だ。
 死活を使い、芽衣の前で立ちふさがった騏は恰好の標的に。
「別に怒るな、泣くななんざいわねぇよ。けどな、何がむかつくか、悲しいか、癇癪じゃなくあの母親に言葉で言ってやれ。喋れねぇ歳じゃねぇだろが」
 光の玉の攻撃を一身に受け、ボロボロになりながらも騏は芽衣に語りかける。
 傷から血が玉となって飛んだ。
 その血を顔に受けながら、智美は騏の隣で苦無を振るう。
 確実に芽衣の守りにダメージを与えてはいるが、そのダメージのいくらかは返ってくるようで、智美の腕もじんじんと痛み、膝がガクッと崩れ落ちそうになる。
 駆けつけたニオは慌てて回復を施していく。
 エリアスと璃琥の魔法攻撃は直接攻撃よりダメージを喰らわせられない。
 焦りがエリアスの唇から言葉となって零れていく。
「部外者が。死に行く者をなぜ運命に任せてやらない? この世には叶わぬ望みもある」
 キッと無言のままの天使を睨みながら。
「戯れに手を出さなければ、こんな面倒もなかった。愚弄するのも大概にしなよ、人は君達の慰み物じゃない!」
 守りに向かって銀色の玉が放たれた。 
 それが当り、ジ、ジッ、と電球が切れそうな音が聞こえ始めた。
「お母さんがもうじき来る! だから待ってろ、迷子になったらお母さんが探すだろ!」
 智美が今にも壊れそうな守りに腕を突き入れる。
「目を覚ましてくれよ、お母さんはここにいる」
 Albaも全力疾走で駆けつけ腕を伸ばした。
「目を覚ませ。言いたいことがあるんだろう?」
 光の周りに再び可愛らしい猫のぬいぐるみがじゃれるように纏わりついた。
 芽衣を抱きしめようと光に手を突き入れた智美、Alba、璃琥はその身にビリビリと痺れるダメージを負う。

 ゆらり、と俯いた芽衣が顔を上げ見たのは、必死に自分を抱きしめて止める撃退士達と。
 いくつもの涙を流しながらも微笑む母の姿。
「……芽衣」
 優しい声が芽衣を呼んだ。
 すると光が霧散し、芽衣の歩みは止まり力を失い崩れ落ちる。
 光の守りの代わりに六本の腕が芽衣を守り、駆け寄った母親に渡される。
「お、かあさん――」
 ぐったりとした芽衣は母親に強く抱きしめられた。
「めい、おかあさんが、――だいす、き」
 白く痩せ細った芽衣の腕が母親の首に伸び、弱々しく抱きついた。

 そう、――思い出したのは、クスノキの新芽が揺れる木の下。
 芽衣は、頬を真っ赤に染めて抱きついてきて、そして、言ったのだ。
『おかあさん、ずっとだいすき』と。

 芽衣を抱きしめる指先が震える。
 伝えるのが遅すぎたのかもしれない、それでも――、言わないと。
「お母さんも好き、――大好きよ!」

「どうしてめいを助けたんだ?」
 戦闘の一部始終を眺めていた天使に近づいた璃琥は、意を決したように話しかけた。
 力では絶対に負ける相手、だけど決して心は負けない、芽衣を殺させないとの想いが璃琥を動かした。
「本当は。死に瀕した人が何を想うか、知りたかったんじゃないか?」
 璃琥は天使に語りながら、人を、人の感情を学んで欲しいと願う。
「いっそ学園に来るかい? あんたが最初に救っためいと一緒に」
 これは希望、芽衣を殺させない、これ以上この天使に人を殺させない。
「泡沫なる夢だの。――だが、夢はいつか叶うかもしれぬ」
 璃琥には、天使が微笑んだように見えた。

「さあ時間だ――」
 天使は、黒い翼を大きく広げると芽衣に向かって手をかざした。
 「いや、ダメ!」
 母親は我が子を渡さぬようにしっかりと抱きしめるが、芽衣の体は腕をすり抜け、天使の元へ。
「芽衣、芽衣!!」
「おかあさん……」
 当たり前のように芽衣は天使と手を繋ぎ、母親に笑いかけ、そして、周りに立ち見守っている撃退士達に頬を染め笑い、ぺこりと頭を下げた。
 芽衣がゆっくり頭を戻す頃には、天使と芽衣の姿は宵闇の静けさに溶けるように消えて行った。

 キラキラとした星のカケラのような光を残して。

 そして、所々打ち壊された繁華街は、いつもの静けさを取り戻す。
 

●いつかの約束

 白々と明ける夜。
 繰り返されるのはいつもの日常。
 冷え冷えと秋の訪れを感じさせる朝も、今日は少しだけ暖かい。
「またあえるかなぁ」
 小さな手を握った黒い翼の天使は、登る太陽に目を細める。
「さぁな。会える時があるかも知れぬ、いつか、な」
 いつか、現が真に変わるその時に――。

 まったく厄介なお荷物を拾ってしまったと毒づきながらも、天使はなんの力も持たない使徒と歩き出した。

 朝の日差しのように柔らかい微笑みを浮かべながら。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
泡沫なる夢いつかの約束・
子猫巻 璃琥(ja6500)

大学部4年135組 女 ダアト
新世界への扉・
エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)

大学部1年194組 男 ダアト
撃退士・
千堂 騏(ja8900)

大学部6年309組 男 阿修羅
闇鍋に身を捧げし者・
ニオ・ハスラー(ja9093)

大学部1年74組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
篝 雪(ja9354)

大学部8年194組 男 インフィルトレイター