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「気持ちは分からないでもないけど、一人で向かうなんて、無茶な子ね」
斡旋所から連絡を受け駆けつけたひとり、月臣 朔羅(
ja0820)は先走った蛍の身を案じるようにひとりごちる。
受付の机の上には、蛍がディアボロの情報を走り書きした紙だけが残されていた。
電話でのやり取りを側で違う斡旋所の職員が聞いていたから分かったものの、誰もいなかったらどうなっていたか。
「ひとりで飛び出すなんて……無鉄砲すぎる、よね」
姫川 翔(
ja0277)も表情は変えずに朔羅に同意する。
「河野さんって人が一人で行った? それじゃ急がないとねっ!」
渡された依頼書を手に、橘 和美(
ja2868)は驚いた様子を見せる。
走り書きされた依頼書には、ホタル型のディアボロと記載がある。
「蛍は好きなんだけどけどね……」
数年森に住んでいた森林(
ja2378)もホタルの文字を見て呟く。
森林の記憶にある、木々の間をゆらゆらと飛び回るあのホタルならば、誰もが好きなはずだ。
「んー、蛍かぁ、本当の蛍ならきれいなものだけどね……」
呟く森林に答えて和美も頷き、続けて言う。
「それがディアボロだとたまったものじゃないわよね」
「ホタルは綺麗なもんやけど、綺麗なもんには棘がある、ともいうしな」
淡い光を纏ったホタルは儚く美しい。
だが、それがディアボロなら話は別だ。
九条 穂積(
ja0026)は、注意を促すようにみんなを見回した。
「油断せずにいこうや」
「ホタルに……何か、思うところでも……あるの、かな……。無事だと、良いけど」
翔の喋りは抑揚のない平坦な言葉だが、そこには蛍に対する心配が感じられる。
「戦う手段は持っているんだろうが……」
周防 水樹(
ja0073)が心配そうに表情を曇らせる。
斡旋所の職員の話では、蛍は電話を切っていきなりそのまま飛び出して行ったようなのだ。
持っていた古びたハガキ一枚だけを手にして。
「携帯……かけてみる。駄目で元々」
翔はそう言い、自分の携帯を取り出す。
それを見た斡旋所職員がすぐに蛍の連絡先を教えてくれる。
(電話に出てくれれば良し。出ないなら、……)
願いを込めて、数回の着信音が翔の耳に響く。
諦めかけたその時、電話の向こうにけたたましい声が聞こえた。
その声は、斡旋所の他の撃退士達の耳にも聞こえる。
「……今、どこ?」
『なんや、これー?! ホ、ホタルが燃えてて、アチーー!!』
「場所、……分かる?」
『ここ、どこや!? ってか、コレ集まって来るねんー、アチチー!』
翔の問いに蛍はまるっきり答えにならない答えを返すばかり。
それだけパニックになっている可能性は高い。
「もしかして、取り囲まれてんの?」
穂積が聞いたところで携帯の通話は途切れ、さっとみんなの顔色が変わる。
無鉄砲な蛍は、とっくに危険な状態になっていた。
「ディアボロの群れに飛び込んだというより、向こうから集まってくるみたいね」
あくまで冷静に、朔羅は通話の内容にディアボロが集まる習性だと分析する。
「ひとつに集まる敵の習性を考えると、河野先輩を早く見つけないとまずそうだな」
水樹は早々に出発の準備を始めた。
「はよぅいかなあかんな。水樹と翔は先に、ディアボロ誘き寄せるものはあたしら残る組が作っておく」
「……急ごう」
穂積の言葉を背中に受けて、水樹と翔は一足先に斡旋所の職員に示された現地に向かった。
●
「数が多いらしいから、河野さんに全部は集まっていないと思うわ」
蛍の無事を願い準備をする和美だったが、頭の大きな白いリボンが不安気にふるっと揺れる。
「どうも光に集まってくるみたいやし、可燃物を台車に載せておいてそれを燃やしたらどうやろ?」
「台車と可燃物を斡旋所で用意してもらうわ」
くるっときびすを返す朔羅。
それより早くホタルの習性を熟知した森林が、行動に移していた。
「いらない台車と材木を用意してもらいました〜!」
斡旋所の入り口の向こうで顔を覗かせた森林が、運ばれた台車に材木やらを載せていた。
場所は河原だ。
何かに引火しても、川の水ですぐに消火できる。
河川敷でそれを燃やして集まったディアボロをまとめて退治する計画だ。
「もしディアボロが集まらなかった場合は、スキル発動を周防さんお願いします〜」
申し訳なさそうに森林が、材木を載せる穂積に頭を下げる。
穂積は困った顔をしながらも、小さく頷いた。
「虫に集まられるんは正直勘弁やけど、仕事のためやからな!」
「そうなったら援護はするわよ」
言ってからくすっと悪戯っぽく笑う朔羅。
その虫の習性を考えて、和美はトーチを準備していた。
「私はトーチを準備したわ。これを誰もいないところへ投げて明るくすれば、一箇所へ集まってくれないかしらね?」
「やってみる価値はあると思います」
和美が振り向くと、森林が大きく頷いたのが見えた。
確認すると和美も頷く。
同時に和美のポニーテールが白いリボンと一緒に頼もしく揺れたようだった。
「用意できたなら行くで? 先に向かった捜索隊も心配や」
「まだ、そう遠くまでは行っていないと思いたいけれど。とにかく、すぐに探しに行きましょう」
水樹と翔に遅れること、数十分。
ホタル型ディアボロを誘き出すための木材を載せた台車を引いて、穂積、朔羅、森林、和美の四人は緊張した面持ちで転送装置の前に進んでいた。
四人が送り出されたのは、埼玉県と栃木県の県境付近の河川敷だ。
蛍が殴り書きのように依頼書に記した場所。
僅かな星と月明りにやっと河原だと確認できるくらいで、ここからはどこに大量のホタルがいるかは分からない。
きょろきょろと辺りを確かめるみんなの耳に、川のせせらぎが聞こえ、虫がリリリと鳴く。
なんとものどかな雰囲気に、一同は反対に不気味さを感じていた。
こののどかな夜の風景に、それは確実にいるのだ。
先に出て行った二人からはなんの連絡もないが。
ちりっとうなじを焼くような僅かな殺気が走る。
それに、撃退士達は一瞬で光纏した。
戦いの気を纏う戦士達。
僅かな殺気が確かな殺気に変わる。
「この、奥に――」
森林が声を上げた。
夜目を使った森林には、この暗い河川敷も昼間と変わりなく見渡せる。
指差したその先に、いくつか光が飛んで見えた。
「河野さんはいませんが、ホタルが」
「行きましょう!」
走らせた台車が河原の小石を弾かせる。
ガラガラと大きな音をさせながら、森林が指し示した場所へ。
近づくにつれて、他のみんなにも光に見えたものが、実はゆらゆらとロウソクに灯された炎のようなものだと分かる。
揺らめく小さな炎は、触れたもの、草、背の低い木、それらを燃やしていった。
「ちょうどいいわ。あの燃えている木へ台車を突っ込ませるわよ」
朔羅が押していた台車に力を込めた。
「それっ!」
それに合わせて和美も台車を押し込むと、一直線に台車は火に向かって走って行く。
走る台車に、一匹のディアボロの炎が掠った。
ジジジジッ、乾いた材木は小さな炎を移して次第に大きく燃え上がる。
「うまく火がついたみたいや」
燃え上がる台車から離れていた穂積がランスを構える。
メラメラと赤い炎が次第に高く大きく燃え盛る。
それに反応してか、周りに飛んでいた数匹のホタルが炎に集まってくるのが見えた。
穂積はディアボロがその場から散ってしまう前に、長柄を回すように振り上げ狙いを定め、一気にまとめて突き刺した。
ジッっと火が消えたような音が後から聞こえる。
燃え上がる台車に数匹は集まるものの、思ったような成果は出ない。
「えっとぉ……」
「お願いします〜」
森林に背中を押されて穂積はひとり前へ出てしまう。
「ディバインナイトはちと相性よぅないけど、い、いくでー!」
急かされるようにタウントを使った穂積。
「わぁ、マジかーー?!」
「数を数え……、多すぎるわ……」
集まってきたホタルを数えようとした和美を絶句させるほど、といえば分かるだろうか。
暗かった辺りがぱっと明るくなった。
それほどに、炎を灯したディアボロが穂積目指して集まってきているのだ。
「成功、というところかしら」
あくまで冷静な朔羅に、穂積は涙目でランスを振り回した。
●
後続隊より早く河原に着いた水樹と翔。
二人は四人とは反対の位置に飛ばされていた。
蛍を探すことと、ディアボロの制圧目的の二人は気がついていなかった。
自分達の後ろに、ほくそえむ影があることに。
「ここには河野先輩の姿はないか」
どんよりと濁る月明りに辺りが照らされる。
「水樹、……向こうに」
翔が指差す先には、暗い中に点々と小さな光が散っている。
その光が、ある一点に集まるように重なる。
「……もしかしたら、あれが」
「急ごう、河野先輩だったらタウントで注意を引く」
言うが早いか、二人はその点の集まりに駆け出した。
そこに近づくにつれて、声が聞こえてくる。
かなり元気な、威勢のいい声が。
「ちょっ!!イケメン以外群がり禁止や! アチーって」
蛍が叫びながらぶんぶんと両手を振り回す。
仮にも撃退士なら、光纏すれば多少は良いようなものなのに、それさえも忘れているようだ。
もちろん、武器など気の利いたものを持ってる気配もない。
「かなり群がられている、な」
二人が駆け寄って来たことも気がつかない蛍。
「……丸腰、でしょ?」
「へっ?」
驚く蛍の横に、すっと翔が並ぶ。
「群がる性質があるなら、一匹でも注意を引ければ芋づる式についてくるはずだが……」
蛍より、少しだけ離れた場所に立ち止まった水樹はすぐさまタウントを使う。
それまで蛍に群れていたディアボロが、ぶわっと離れると一斉に水樹に向かった。
冷静に右手に構えたランタンシールドで防御を固めた水樹に、ホタル型ディアボロがまるで体当たりをするようにぶつかってくる。
難なく防御した後、ディアボロが灯す炎のように紅いカーマインがディアボロを絡め取り、刻む。
肉を刻まれたホタルは、ぽとぽとと水樹の足元に落ちて果てた。
「……ホタルは、僕らに任せてね」
阻霊符を発動させた翔は、蛍に安心させるように言い、携帯を取り出し朔羅達に場所を手短に伝える。
「あ、ありがと……」
見る見る消えて行くホタルの光に、気が抜けたのか、蛍は小さく呟いてその場にへなへなと座り込んだ。
すっかり蛍を囲んでいたディアボロを水樹と翔が倒し終えた頃、別行動をしていた四人が走って来るのが見えた。
しかし、その後ろには数十匹の燃えるホタルを引き連れて。
「大丈夫ですか?」
座り込んだままの蛍の元へ、森林が誰よりも早く駆け寄ると呆けた顔を覗き込む。
「森林、蛍の事、……お願い、ね。……水樹。行こう」
翔は森林に蛍の回復を頼むと、離れた場所で戦闘を開始した仲間の所へ向かう。
そのときに、ちらっと見えた蛍の手の中の古びたハガキ。
少しだけ、端が焦げている。
気が抜けたように座り込んでいても、そのハガキだけはしっかりと抱きかかえている蛍。
(何で、飛び出したのか。……その手の中のもの、と。関係が……あるの、かな?)
黄ばんだハガキには、夜空に飛ぶホタルが描かれている。
ここに群がっているのも、ホタル。
翔には、これが偶然には思えなかった。
「ホタルっちゅうもんは儚く空を舞うからこそ人が想いを馳せるんや。こいつらみたいなもんは断じてホタルちゃう。ただの悪魔や!」
叫びながら穂積がタウントを使う。
群がるホタルに、和美が封砲を食らわした。
「一人で大変だったわね? 大丈夫? 後は私達に任せてちょうだい!」
森林に手当てされている蛍に、やっほーと手を上げて和美が笑う。
そうしてから和美は軽々と足を蹴り上げて、残りの封砲を撃つと、軽やかな足捌きでディアボロを蹴って蹴って蹴りまくる。
「本当に多くて面倒ね。……なら、お返しに纏めて焼き払ってあげる」
一時的に水樹の周りへと群がるホタルに接近する朔羅。
朔羅によって生み出された火蛇は、多くのホタルを自身へと巻き込みながら燃やし尽くす。
ディアボロの弱き炎は、朔羅の作り出すより強き炎に食われ淘汰される。
焼き払った後、朔羅は後ろに下がり、はぐれたホタルを飛燕翔扇で舞うように倒していく。
昼間のような明るさの炎を誇っていたホタル型のディアボロも、群がっているところを攻撃されれば、あっという間に数を減らし、辺りは夜の静寂が戻っていった。
「んー、とりあえず殲滅できたかしら?」
静まり返る河原に、和美は安堵の声を漏らす。
そこへ、手当てを終えた蛍と並んで森林がやって来る。
「無事ですか?火傷があったら応急手当します〜」
「あっちこっち焼かれたで」
「燃えないホタルなら、大歓迎なんですけどね〜」
差し出された穂積の腕の火傷を治療しながら、森林は昔見たホタルを思い出したのだろうか。
どこか懐かしそうに言う。
「今度からは、一人で飛び出すような真似をしたらダメですよ?」
「そうや、同じ関西弁仲間が怪我したら後味悪いからな」
朔羅と穂積に次々に注意され、しゅんとする蛍。
あまりにその姿が可哀想に見えたのか、背中から和美がにっこりと笑い、声をかける。
「仕事が落ち着いたら蛍狩りに行きたいわねぇ、もちろん普通の。河野さんもどうかしら?」
ぱっと顔を上げた蛍は、和美の笑顔に自分も笑顔で返した。
「とにかく河野先輩が無事で良かった」
「みんなありがとう。なんや昔のハガキにもホタルが描いてあって、ホタル聞いたら思わず飛び出してしもて」
「大事なハガキだったんですか〜?」
ぎゅっと古びたハガキを胸に抱きしめ、蛍は頷く。
「ここに来てやっと思い出したんや。大事な、約束を。――なんで、今まで忘れてたんやろ?」
みんなと帰路につきながら、蛍は独り言のように呟いて、ちらっと後ろを振り向いていた。
真っ暗な河川敷の、見えない、ずっと奥に、蛍が約束をしたその地があった、はず、なのだ。
ずっと忘れていた、いや、誰かに忘れるよう仕向けられた、約束の地が。
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現実の狭間の境界線に、少女は佇んでいた。
周りをふわっと飛び回る一匹のホタル。
その姿を、翔は驚くでもなく、ただ目を瞬かせ見つめていた。
「……君、は」
前に一度、森で出会っていた。
「そいつは、悪魔……だよ、ね」
少女の後ろにいた紅蓮の悪魔は、口の端で笑うと、狭間の奥に消えて行った。
(なら。……君は、僕達の……敵?)
少女は、頷くでもなく、ただただ哀しそうな笑みを浮かべる。
やがて、少女の周りを飛んでいたホタルが、すいっと翔の頬を掠って後ろに飛び去った。
つい翔の目はそれを追う。
飛び去ったホタルは、儚き光の残像を残したまま、暗い空に消えてゆく。
気がつくと、少女もまた消えていた。
翔の中に、解けない謎を残したまま――。