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転移装置で飛ばされた先は、まるで幼稚園のお遊戯会のような飾り付けがされた森の広場。
真ん中には舞台だろうか?
少しだけ高くなった台が設置されていて、後ろには『にゃんしゃんと対決会場』と書かれた横断幕まで張られている。
そしていきなり撃退士達の前には依頼者の執事のヴァニタスが現れ、うやうやしく頭を下げた。
「本日はようこそお越し下さいました。紅玉お嬢様付き執事の翡翠と申します」
「いっ、いきなり……?!」
ぎょっとした表情の唐沢 完子(
ja8347)のこめかみが引きつる。
まだ前回の傷が治りきっていないのに、唐突に攻撃されたらたまったものではない。
「あら、素敵な舞台です」
まるでままごと遊びのようなその飾りつけが気に入ったのか、微風(
ja8893)は微笑む。
その微笑みは儚げで、まるで彼女の姿を映したようだ。
「安っぽいけど、サーカスを始めるには丁度いいかなっ☆」
サーカスのピエロの奇抜な衣装を身につけた清清 清(
ja3434)。
彼がこれから演じるのは、ピエロの「十六夜」だ。
敵であるヴァニタスからの馬鹿げた依頼には、ピエロの描き出す笑いはぴったりだ。
「気に入っていただけたのなら幸いです。お嬢様と一緒に頑張って飾り付けた甲斐があると言うもの。最も、お嬢様はすぐに飽きてしまっておりましたがね」
もじもじとヴァニタスの足の後ろに隠れ、照れたような表情でちらちらと撃退士達を見上げる紅玉。
その姿は可愛らしい女の子(でもれっきとした悪魔)だが、腕にぎゅっと抱きしめているのは例のにゃんしゃんだ。
「いやぁ、ものの見事にぶっさいくなニャンコですねぇ。放送禁止レベルですよ、このえぐい造形は」
見た目は紅玉のように可愛い少女なのに、ハーヴェスター(
ja8295)の言葉はどこか黒いものを感じる。
「その通りでございます。もし仮にこの猫が可愛く見えましたら、すぐに眼科に掛かることをお勧め致します」
本来ぶさいくなディアボロ側のヴァニタスのくせにこの言い草。
本気で「にゃんしゃん」を始末したいようだ。
「ヴァニタスのしつじのひすい……さん(早口言葉……?)」
久慈羅 菜都(
ja8631)は、おっとりとした喋り方はあまり早口言葉にはなっていないが。
「えっと、思わず踏んじゃったら、ごめんなさい……」
しかし、ちらちらと見え隠れするピンクの毛皮に、無意識にあの毛皮をはいで襟巻きにできないかしら? などと物騒なことを考えていたりする。
「踏んで蹴飛ばしてくださっても結構ですよ。おや、本日は六名様と伺っておりましたのに、おひとり足りないようですが……」
執事の翡翠に言われて、他の五人もお互いの顔を見合わせる。
「あれ? 転送装置に入ったときは確かに六人いたんだけど――?」
完子がきょろきょろと辺りを見回すと、足元でなにかが動いた。
もそもそもそ……。
「ひっ!」
「あら、こちらにも毛玉が。にゃんさんのご親戚でしょうか?」
正常な反応の完子に対して、微風はあくまでマイペースだ。
と、不意に毛玉から声が!
「ふわふわな毛並みなら負けませんよ」
もそもそもそ、もふもふもふ。
黒い毛玉は、自分の方がよりもふもふだと、なぜかドレッドの毛皮を揺らして猛アピール。
もふもふドレッド毛皮から、ちらりと茶色の瞳が覗く。
「ひゃー!」
その目と目が合った完子は、慄き後ろに飛びのいた。
どうやら、ドレッドもふもふの正体は、最後のひとり藪木広彦(
ja0169)のようだ。
広彦の特徴は背中まで届く極太の天然ドレッドヘアだ。
しかし、今は無駄にドレッドのウィッグをコートに括り付けているから、どのもふもふが地毛か分からない。
目指していたのが「もこもこな毛並み」人類代表だから、これだけで目標の半分は終えている。
もこもこ広彦は、完璧な毛の塊となるため、物陰に移動を始めた。
もこもこもそもそもっふもっふ。
軽やかにごく自然に移動をする毛の塊の肩(毛だらけで分からないが、そんな雰囲気?)が突然ずしっと重くなった。
それはそれはに唐突に。
「むぅ、霊が取りついたか」
クォーターの広彦の祖母は日本人だ。
その祖母がお盆に言っていたのを思い出した。
「日本人は肩がいきなり重くなったら、霊が取りついた証拠なのよ」
確かにそう言っていたし、急に重くなったのは紛れもない広彦の肩だ。
間違いない! と思った瞬間。
「おっきなもふもふしゃんとあしょぶー!」
「駄目ですよ、皆さまにきちんとお願いしてから遊ばないと」
紅玉を叱る声とともに軽くなる広彦の肩。
どうやら霊だと思ったものは悪魔だったようだ。
(どちらでも似たようなものだな)
ふっと立ち止まった広彦毛玉は、翡翠に抱きかかえられて離れて行く幼き悪魔を見つつ呟き、また前進を始めるのだった。完全なる毛の塊になるために。
「えーと、できれば教えて欲しいのですけど。その「にゃんしゃん」のスペックとか、戦闘するこの区域のこと。ついでに「お嬢様」の情報も欲しいかなぁ。人生はグブアンドテイク、ですものね?」
にこにこぉっと笑うハーヴェスター。
可愛いが、やることはちょっとだけあざとい。
いや、悪魔相手に正攻法で戦う方が馬鹿というもの。
戦術でいえば、ハーヴェスターのそれは正しいといえる。
寧ろ、「にゃんしゃん」を消したがっている翡翠がこっそり協力してもいいくらいだ。
「これが罠じゃないってんなら、必要なことはぜーんぶ教えてもらいますよぅ」
「はい、よろしゅうございますよ、にっこり」
否と言われるものだと思って畳みかけたのに、あっさりと了承され、ハーヴェスターはがくんと倒れそうになる。
しかも気がつけば、数名はすでに遊び始めているではないか!
(その「ふわっふわ」と評される毛並みを、ぜひ一度堪能させていただきたいのです)
戦闘が始まってしまえば、「にゃんしゃん」はいわゆる敵だ。
もふってる暇はないはず!
そう考えた微風は、優しく微笑みながら、少々飽きてそうな紅玉の前にちょこんと膝をついた。
「わたしもかわいいにゃんしゃんさんをめでてあげたいのです」
微風が手でなでなでとジェスチャーをしてみせると、ぎゅむーっと絞殺よろしく「にゃんしゃん」を抱きしめておどおどしていた紅玉の顔が、赤く染まって緩むのが分かった。
目の前に、ぐいっと差し出される潰れかけたピンクの毛玉。
「あ、麻痺してしまったら撫でてあげられませんから、麻痺は無しでお願い致しますね」
小首を傾げながら微風が言うと、ピンクの毛玉は返事のようにもそっと動く。
恐る恐る手を伸ばして、頭らしい部分にそっと指を乗せれば、思いの外柔らかな毛並みだと気がつく。
「ふわっふわです」
極上の笑顔を浮かべた微風。
気を良くしたのか、紅玉はにこぱああああとそれはそれは誰もが分かりやすい笑顔になって、ぐいぐいと「にゃんしゃん」を微風の体に押しつけた。
遊んで欲しいらしい。
「えっと、あたしも遊びたいです……」
色とりどりに飾りつけられた舞台とその周りを注意深く観察していた菜都も、ぴょいと微風の隣に並ぶ。
そしておもむろにポケットに手を突っ込み、取り出したのはねこじゃらし。
「えっと、ねこじゃらしで遊ぶ、のかな……」
菜都は手に持ったねこじゃらしを、ピンクの毛玉の上で揺らしてみることに。
ちらちらふりふり、ふりふりゆらゆら。
きらーんと「にゃんしゃん」のらりった目が光る。
しゃっと伸ばされるピンクの前足。
続けて反対、ついでに後ろ足も出すところは、やはり普通のにゃんこではないようだ。
それを見た二人は可愛いを連呼する。
「可愛い……、可愛い? いや、有り得ないでしょ。どー見ても目が逝っちゃってるわよアレ」
距離を取って様子を眺めていた完子の額に流れる一筋の汗。
「ヴァニタスからの依頼ってだけで怪しさ満点なのに、勘弁してもらいたいわ……」
いいかげんさっさと戦闘を始めて終わらせたいのに、そこにピエロが参戦。
「これはこれはっ☆ 是非我がサーカスに欲しい人材にございますねっ☆」
くるくるっと十六夜(清)が軽やかに身を翻せば、青く艶やかな長い髪が風に揺れる。
十六夜(清)にとって、戦闘もサーカスの舞台のひとつにすぎない。
ピエロの役割は、お客様に喜んでいただき笑っていただくこと。
そのためにはピエロの十六夜(清)も常におどけ笑う。
で もそれは十六夜を演じているにすぎない。
「サーカスでお入用ならぜひどうぞ」
「いえ、結構です」
だから、清は割り切って返事を返す。
本当にもらっても処分に困るし。
「おや、それは非常に残念です。スターになれる素質は十分にあると思いますのに。フフフ、いつまでも撃退士の皆さまに待っていただくのは申し訳ありませんね。お嬢様もそろそろ飽きて別の遊びを始めてしまいそうです」
翡翠の言葉どおり、紅玉は「にゃんしゃん」を微風と菜都に預けると、すっくと立ち上がってきょろきょろと何か探す素振りを始めている。
またゲートを作って新たなディアボロでも呼び出したら厄介だ。
「鳴き声には麻痺の効果があり、爪には毒がありますね。それほど強力なものではありません。動きは見ての通り、かなり鈍いです。それと、お嬢様は大事なことも三歩歩くと忘れてしまうほどの記憶力ですので、例え「にゃんさん」が消えても悲しがるとは思えません。遠慮なく存分に戦っていただいて結構でございます」
お嬢様に対しても酷い言い草である。
それを聞いて菜都が立ち上がる。
立ち上がって得意の動物の鳴きまねをしてみた。
「ぶぎゃーご?」
すると、さっきまでねこじゃらしに転がっていた「にゃんしゃん」がのっそりと立ち上がる。
「ぶぎゃごぉ」
ぴりぴりと菜都の体を麻痺が襲う。しかし、それは冬の静電気程度。(瞬間痛いけど)
「えっと……、これが、麻痺……」
麻痺はものの数秒であっさりとなくなった。
ぴりっとした痺れがなくなった菜都を、今度は毒の爪がかする。
「えっと……、これが、毒……」
引っ掻かれた場所から、じんじんとした痛みが襲ってくる、が、それもあっという間に霧散する。
麻痺と毒を持った敵と戦うときに、この経験は役に立つと思い体験した菜都。
だが、あまりこれからに役に立つことはなさそうである。
「さて、それではお仕事開始といきますか」
少々呆れ顔のハーヴェスターがパンパンと手を叩いて開始の合図にすれば、「にゃんしゃん」の側にいた微風がよろよろと立ち上がり、目じりに涙を滲ませる。
「ディアボロと撃退士……、引き裂かれ戦う定めを背負わされた者同士の別れ」
「にゃんしゃん」を潤んだ目で見つめ勝手に盛り上がる微風は、悲恋物のヒロインになったようだ。
撃退士としてこの学園に来る前は体が弱く、長い入院生活をしていたときに読んでいたさまざまな本の影響ともいえなくもないが。
「叶わぬ望みなら、いっそこの手で幕を降ろしましょう」
悲壮な覚悟で戦いに挑む微風は、ちょっとだけ妄想激しいかも。
「特異な容姿のお客様っ☆ スカウト代わりに、存分にお楽しみ頂きましょうっ☆」
にこっと笑う十六夜(清)の手にはデュエルカードが現れる。
「それでは、よろしくお願い致します」
翡翠は出会ったときと同じようにうやうやしく頭を下げると、傍らにいた紅玉をひょいと抱えて舞台から飛び退いた。
真ん中に取り残される「にゃんしゃん」。
「頼まれなくてもあんなクリィチャァ、全力で駆除しますけどもね」
言うが早いか、ハーヴェスターは変化の術を使い紅玉そっくりに化ける。
「にゃんしゃんあしょぶのらー♪」
若干棒読みでハーヴェスターが「にゃんしゃん」を呼ぶと、ちょっとお馬鹿なにゃんこはぼてぼてと側にやって来た。
「かかったわね畜生めっ、その汚い顔をフッ飛ばしてあげます!!」
パーンと乾いた音と共にハーヴェスターは「にゃんしゃん」にアウルの銃弾を撃ち込んだ。
「ぶぎゃ!!」
ぐわっと仰け反る「にゃんしゃん」。しかしその動きはどこかコミカルだ。
仰け反った先には、十六夜(清)がいる。
「首、置いてけっ☆」
シャッ!!とピンクの毛皮がごっそりと切れて舞う。
「その毛並みと瞳。正直、友人を思い出してムカつくんですよねっ☆」
十六夜(清)が薄く笑いながら言葉を吐き出した。
しかし、こんならりってるにゃんこを見て思い出される友人とはいったい?
「んなどう見ても逝っちゃってる目した猫可愛がられるか!?アリスのチャシャ猫だってもうちょっと可愛いわ! 闘気解放!!」
完子はリボルバーM88の最大射程から「にゃんしゃん」を狙う。
「ぶにゃぶにゃにゃーん!」
痛みに舞台上を走り回る「にゃんしゃん」。
「だぁ! こっちくんな!?目が怖いしビジュアル変だしアタシまだ怪我が治り切ってないんだから!?」
「にゃんしゃん」の突進に、完子が逃げ惑う。
傷の治ってない彼女の顔は必死の形相だ。
ぼてぼてと逃げる「にゃんしゃん」を、全力跳躍を活性化した菜都の両足が襲う。
「えっと、猫? ふんじゃった……」
誰かに踏まれちゃった系の潰れかけの粘土細工みたいな「にゃんしゃん」。
しかしというか、やはり踏んでも粘土のようにぐしゃっとは潰れないようだ。
「さぁ、出番ですよジャックっ☆」
十六夜(清)が名を呼べば、光り輝く星の輝きを込められたカードはたちまちジャックのカードに変わる。
ざっくりとジャックが一閃すると、ピンクの体はころころと転がって微風の足元へ。
「ああ、刀で斬りつけるなんてできません!」
そう言いながら、ピコピコハンマーで相当ダメージを食らっている「にゃんしゃん」の頭を叩くと、それが決定打になったのか、ピンクのもふもふはへにょんと舞台に広がった。
嗚呼、「にゃんしゃん」!!合掌!!
そう言えば、まったく戦闘に参加しなかった(忘れ去られた)毛の塊広彦はどうしたのだろう?
終わってから気がつく面々が辺りを探すと、毛玉は紅玉のあしょんで♪攻撃を受けながらも、執事の翡翠と雑談中だ。
「苦労しますね。老後の楽な暮らしを目指して頑張って下さい。ヴァニタスに老後があるかどうか、我々に知る由もありませんが」
「ああ、終わったようです。さ、お嬢様、皆さんにさようならして帰りましょう」
「やらー、こうぎょくのぺっとにしゅるー!」
広彦毛玉がよほど気に入ったようだ。
「また遊んであげる……ね」
「ふふ、次はもうちょっと強いペットを連れてくる事ね! ……出来れば可愛いので」
「翡翠さんももうちょっと紅玉さんの好きなものを理解してあげてください」
「我がサーカスは楽しんでいただけましたかっ☆」
「次も遊んであげてもいいですよ」
広彦から剥がされた紅玉は、広彦のドレッドウィッグをひとつ抱きしめながら手を振って、かき消すように消えていった。
学園に戻ろうとする撃退士の耳に聞こえた翡翠のまたよろしくの声は、無視する方がいいだろうか?