依頼を受けた撃退士達は敵を待ち受けるための準備を行っていた。
「身を守るのは任せたよ」
「もちろんです! 静矢さんは傷つけさせません!」
ミノタウロスの陽動を担当する鳳 静矢(
ja3856)は妻の鳳 蒼姫(
ja3762)に微笑みかけ、妻は気合十分に受け答えた。そのラブラブオーラは勢いすら感じさせ、他の面々をよせつけない。
「僕は所定の位置に向かおうかな」
ラブラブな二人の空気を邪魔しないように仁良井 叶伊(
ja0618)は移動する。もう一体のミノタウロスを陽動するために、二人とは少し離れた位置から敵を待つこととする。
叶伊は一人での陽動なために少し敵を待つ間は一人だ。そのことにかすかな不安を覚えながらも、重要な役に内心喜びも感じていた。
「プロテインは万病に効くと某格闘家が言ってましたね……」
奇襲班として別場所に待機している如月 千織(
jb1803)が考えを呟いた。答えは期待していなかったが、六角 結次(
ja2382)が感心して答えを返してきた。
「なんと、プロテインは病気に効くのか。盗んでいった犯人は病気を患っておったのかもしれんのう」
と、結次は真剣にうなずいていた。もちろんそんなわけはないのだが。
「ミノA・Bをそれぞれ陽動して、そこを私達が奇襲、と。よし」
陽気な六角達と違い、Laika A Kudryavk(
jb8087)は経験の浅さからくる緊張を隠せずにいた。作戦を反芻して気合を入れる姿は健気である。
そんなライカを獅堂 武(
jb0906)が励ます。緊張して視野の狭くなっているライカにも武の赤い髪紐は映えて映った。
「そこまで気負う必要はないぜ。何かあったら俺がサポートしてやるよ」
「はい」
まだ緊張は残るものの、心は少し落ち着いた。
「あうー、暇なのだー。一人じゃ話す相手もいないのだ」
ユラン(
jb5346)が嘆いている。彼女は一人クレーンの操縦室にいた。
中身に重いだけで価値の低い金属スクラップを詰めたコンテナを用意してクレーンで吊るし、いつでも落とせるように準備してある。その操作を任されたのがユランであった。クレーンの操縦室は高いところにあるため、唯一空を飛べる彼女が適任だったのだ。
「ミノタウルスは早く来るのだー!」
その願いが叶ったのか、巨大な二頭の怪物はコンテナ街へと姿を現した。
黒い大きな鼻をひくつかせて二頭のミノタウロスは目当てのコンテナを探す。
「は、何じゃありゃぁ……首ば獲ったら人か牛かわからんの」
改めてみる異形の姿に結次は驚く。
巨体が一歩踏みしめるごとにコンクリートの地面が揺れる。その揺れに伴って、他を威圧する迫力が伝わってくる。
迫力だけではない。巨体を纏うのは巨大な筋肉の鎧だ。体の節々の筋肉が盛り上がり、ただでさえ大きな体をさらに大きく見せる。それは腰に携えるアックスを小さく見せるほどだ。
「パワーがありそうだな。気をつけていきますかね」
相手の大きさに臆することなく叶伊が飛び出した。
「そう簡単には盗ませない。さあ、こっちに来い!」
ガンガンと素手でそばのコンテナを叩きミノタウルスを引きつける。
「こっちにもいるぞ! お前の相手はこっちだ!」
二体のミノタウロスを挟み込むようにして静矢も姿を見せ、こちらもコンテナを叩いて音で引き付けている。かたわらでは蒼姫が攻撃に向けて構えていた。
同時に現れた二人の撃退士にミノタウロスはブルル、と鼻を鳴らして一瞥する。それは一瞬のことで次の瞬間には地を蹴り、それぞれに挑発する相手を追いかけていた。
「敵、視認。周囲も把握。味方も大丈夫。……行動開始ね」
ライカが確認するように声に出し、奇襲班は動き出す。
陽動班も予定通りに行動する。
「よし。皆さんこっちのミノタウロスは私に任せてください」
叶伊はそう言い残し、ミノウロスから逃げるために駆けだした。
「丁度いいところに逃げたのだ」
ユランは叶伊を追いかけるミノタウロスを狙ってコンテナを落とす準備をしていた。
「お前はどっちの側だ」
静矢は向かってくるミノタウロスから逃げることなく、中立者を使う。
その結果は――
「天界の者か、気をつけるんだ」
皆に注意を促す。その間に敵は距離を詰めていた。ミノタウロスは腰のアックスを抜き放ち、静矢に向かって豪快に振り下ろす。
「静矢さんは絶対に守りますよぉ。蒼の絶対防壁を舐めないで貰いたいですねぃ?」
静矢とミノタウロスの間に蒼姫が割って入った。瞳が蒼色に染まった蒼姫が蒼の歌鵺守陣を展開してアックスを受け止める。
ミノタウロスは筋肉を爆発しそうなくらいに膨張させて押し切ろうとする。蒼姫はそこを上手く受け流してアックスは地面に振り下ろされた。
「よっしゃチャンスだぜ!」
そこまでの攻防の最中に奇襲班がミノタウロスへと接近していた。
武は刀印を切って四神結界を発動。被害を減らすため仲間に四神の加護を与える。
まず奇襲の先陣を切った結次が大太刀を振り上げる。
「うおらあぁぁーーー!!」
石火で加速させた大太刀を一閃。刃はミノタウロスの背中を深くえぐり、切り裂いた。ミノタウロスは苦悶の声をあげる。
そこへ間髪入れずにライカも小太刀で切りかかった。
「浅いか」
ライカは狙いやすい足を攻撃したが、小太刀はミノタウロスの表皮を裂いたのみで深い傷を負わせるには至らなかった。
ダメージを与えられなかったミノタウロスはすぐに次の行動に移った。アックスを振り上げ、ライカに向かって振り下ろしたのである。
「ライカ先輩!」
それを見て武が割って入ろうとするが間に合わない。
「うっ」
シールドを使ってストリームシールドを活性化させてライカは防御する。
しかし、ミノタウロスのパワーは簡単には受け止められなかった。ストリームシールドは弾かれ、アックスはライカの脇腹を切り裂いた。
「何すんだこの野郎!!」
「許せないな」
ライカが傷ついたことに武と静矢が怒った。
武の氷の刃と静矢の光の弾丸が同時にミノタウロスを襲った。二人とも的確に足を狙いって命中させる。ミノタウロスが動きを止めた。
「取り敢えず捕まえて、と。無駄に連携取られても嫌ですからね!」
隙を見逃さずに千織が異界の呼び手で無数の腕を呼び出してミノタウロスを拘束する。
「今のうちです。蒼姫さんお願いします」
「これでプロテインの謎が明らかに!」
「さて、何故プロテインを盗むのか……?」
蒼姫がミノタウロスの額に手を当て、シンパシーでプロテインを盗んだ理由を読み取る。
そして見つけた。
「ふむり。ミノさんがプロテインを狙ってきた理由はずばり!」
と発表をしようとした瞬間――ドカン、ガラガラガラと遠くで轟音がした。
時は少しさかのぼる。
「ハァハァ、埒が明かない」
叶伊はミノタウロスから逃げつつ符から雷の刃を飛ばして攻撃する。だが逃げながらでは命中精度も下がる。なかなか決定打を与えられずにいた。
「喰らうのだ!」
ユランも叶伊とミノタウロス相手に戦っていた。元々の予定とはずれたが、叶伊一人ではまずいと思ってこっちにきていたのである。
胡蝶で出現させた無数の妖蝶がミノタウロスを攻撃する。妖蝶が夢を見せているのだろうか、ミノタウロスは夢遊病にかかったかのようにふらふらとしている。
「チャンスです!」
そう叶伊が言うと同じくしてユランが翼を顕現させ、クレーンの操縦室へと向かう。
丁度コンテナの吊るされた場所にミノタウロスがやってきていた。二人はこれを狙っていたのだ。そして狙い通りミノタウロスはふらふらと、吊るされたコンテナの真下まで来た――
「待ってたぜェ!この瞬間”トキ”をよォ!!なのだー!!」
と怒号を響かせて落下の操作(といってもレバーをちょっとひくだけ)を行った。
その声は叶伊にまで聞こえるほどの大声であった。
叶伊が上を見ると、そこには落下中のコンテナが。そしてタイミングよくミノタウロスの上へと落下した。
――ドカン、ガラガラガラとユランの声を上回るうるさい音が響き渡る。ドカンは落下音、ガラガラガラは衝撃でコンテナの中身が散乱した音だ。間近にコンテナの落下した叶伊は耳が痛いくらいの音であった。
ミノタウロスはコンテナにその身を押しつぶされ、身動きを取れなくなっていた。
「やったのだ!」
翼を顕現させたユランが地上に降りてきた。
「すごい、皆で合流する前に仕留めてしまいましたね」
「ちなみにさっきの言葉は最近覚えたから使いたかっただけなのだ。使い方、あってるのだ?」
とユランは小首を傾げて叶伊に確認をとる。
「んー、多分合ってるんじゃないかな」
とはいえ元ネタを知らない叶伊に確信はなかった。文脈には合っているのでそれで問題ないとする。
その後叶伊がコンユンクシオでミノタウロスを絶命させて片をつけた。
シンパシーで頭の中をのぞいたミノタウロスも一気に倒しにかかった。遠距離攻撃を集中させて安全に攻撃する。
「さて、行くですよ!」
蒼姫のマジックスクリューで発生させた風の渦がミノタウロスを巻き込み、その動きを鈍くした。
「サクッと殺りましょう、サクッと。と言うわけで…」
風の渦に動きを囚われる敵に千織のクリスタルダストによる氷の錐が突き刺さり、血しぶきが舞った。赤い血が風に舞って周囲に飛び散る。
「吹っ飛べ!この野郎!!」
今度は武の炎陣球が飛び、ミノタウロスに直撃する。炎が傷を焼き、ミノタウロスは苦悶の声をあげた。
「もう瀕死のようだね」
静矢が紫鳳翔を放ち、紫色の大きな鳥がミノタウロスを襲った。こめられたエネルギーがミノタウロスに致命的な一撃を与え、断末魔とも呼べる鳴き声を上げながらミノタウロスはその命を絶たれた。
「「筋肉マニアの天使?」」
まだ話を聞いていなかったユランと叶伊が驚く。
「そうなんですよぉ。ミノさんを操っていた天使さんが筋肉大好きな変態さんだったみたいで、ミノさんにプロテインを飲ませて筋トレさせていたんですよぉ」
「どうりですごいパワーを持っていたはずです」
ライカは痛む脇腹に手を当ててミノタウロスの持っていたパワーを思い出す。
「背が高いのもプロテインのおかげなのだ」
「プロテインを飲むとあんなにでかくなれるんじゃな。今度飲んでみるかいのう」
「プロテインはよく知らねぇけど、あそこまででかくはなれねぇんじゃねぇか」
話を聞いてユランと結次がプロテインの力に感心している。それに武は冷静に答えていた。
「ところで静矢さんはプロテインなぅ?」
蒼姫は静矢に近づいて上目づかいに聞いてみた。
妻からの質問に静矢は苦笑しながらも嬉しそうに答える。
「別に筋肉のみ育てたい訳では無いからねぇ」
どうやら『なぅ』ではなかったようだ。
「いくら万病に効いても、やっぱり甘い物の方がいいですね」
どこからか取り出したプロテインを飲みながら千織はひとりごちた。プロテインは彼女の口には合わなかったらしい。