●待ち構える
晴れた暗い夜。ユウ(
jb5639)が小等部の校舎屋上から、フラッシュライトで照らして地上を監視する。
その時、何か音がした。
彼女はすぐさま音のした方向にライトを向けるが、何も見当たらない。
「気のせいか」
そして今まで通りの監視に戻った。
御崎緋音(
ja2643)と黄昏ひりょ(
jb3452)は共に校舎の周辺の見回りをしていた。
換気口や窓などの人が通れそうな場所を重点的に見て回るが、今のところ犯人の気配はない。
「綺麗に掃除されていますね」
「ここまで掃除するなんて、やけに指導が行き届いていますね」
二人が感心するようにいいながら換気口を照らし見る。その一つ一つがピカピカに磨かれている。誰か綺麗好きな先生か生徒でもいるのだろうか。
校舎内ではA棟の二階を静馬源一(
jb2368)と袋井雅人(
jb1469)が見回っていた。
二人ともスキルを使って気配を消している。ナイトビジョンを装備した姿はどこか怪しさを感じさせる。
いつ犯人を見つけてもいいように二人とも警戒心を張り巡らせていた。
A棟の三階では黒井明斗(
jb0525)が準備を終えようとしていた。
各教室を生命探知で見回り、誰も潜んでいないことを確認した後に窓と出入り口近くにチョークの粉をまいておいた。
窓の外を確認したりしつつ、三階を慎重に見て回る。
月乃宮恋音(
jb1221)が渡り廊下で柱の影に身を潜めていた。
「……裏サイトには何もなかったですねぇ……」
先んじて調査をしていた学校裏サイトには特に犯人へと繋がる情報はなかった。現時点で犯人に関する情報は非常に少ない。
彼女だけでなく、今のところ犯人の情報を得ているものはいなかった。
B棟の二階には雪織もなか(
jb8020)がいた。
フラッシュライトで教室や廊下を照らして犯人を探すが、誰もいない。
夜の校舎内という、恐怖を感じさせる状況にも彼女は優雅さを見せながら捜査を行っていた。
そしてB棟の三階には二人の撃退士が潜んでいた。
ゲルダ・グリューニング(
jb7318)は懐中電灯を握りしめて廊下にある掃除用具入れに隠れている。隙間から外の様子をうかがいながら。
(待ち伏せって結構大変なのです)
そんな思いで窮屈な場所に耐えながら犯人を待っていた。
同じく三階に潜む仁良井叶伊(
ja0618)もこっそりと潜んでいる。
殆どどこの教室にも体操袋があったので(全然もってかえらない生徒がいるようだ)、山を張った個所にのみトラップを仕掛け、同じ階の反対側にゲルダが潜むことで対処していた。
●発見
初めに気付いたのは袋井であった。
A棟の二階を探索中のこと、三階へと向かう階段を上がる影が見えた……気がする。わずかに一瞬のことだったので見間違いかもしれない、とは思ったが確認はしておかなければならない。
影を見たことを静馬に伝え、ひとまずは二人で三階を調べることとする。
「……静馬さん、東側の階段から三階に上がってください。僕は西側の階段から上がります」
「了解で御座る」
二人は小声でやりとりをし、三階で犯人を挟み撃ちにするため、即座に階段を駆け上がった。
三階に上がったその影は犯人であった。小柄な体格に黒いフードをかぶり、いかにもどろぼうですよといった雰囲気を醸し出している。
(あれだけ撃退士がうようよしておきながらちょろいもんだ)
彼はスキルで気配や足音を消している。
そのためにこの階にいる黒井は犯人の存在に気づいてはいなかった。
犯人はすぐさま教室に入り込む。床にばらまかれているチョークの粉も気にすることなく、目当ての体操袋を手に取った。
目的を達成し、即座に教室から出ようとしたところで――
ピリリリリリリ!!
静馬のホイッスルの音が鳴り響き、犯人を驚かせる。同時に他の撃退士も音を聞いて事態に気づいた。
B棟にいた者はA棟に向かう。
御崎と黄昏は事前に受け取っていた鍵を取り出した。「来ましたか……! 黄昏さん、いきましょう!」と御崎は犯人をみすみす侵入させてしまったことを悔やむでもなく、黄昏がそれに呼応して校舎内に向かう。
同階にいる袋井、静馬、黒井の三人は一直線に犯人へと向かう。
「逃がさないで御座るよ」
現場から遠い方の階段から上がってきた静馬は、とんでもない速度で壁やら天井やらを走り、犯人を鋼糸で縛り上げようとした。
が、そこで犯人は捕縛直前のタイミングで飛び退り、静馬を回避する。
「「うわ!!」」
挟み撃ちにしていたのがあだとなった。猛スピードで走っていて止まれなかった静馬が袋井とぶつかり、犯人を縛り上げるはずだった鋼糸が袋井に絡まってしまう。静馬は勢い余って地面に転がり落ちた。
その隙を見て犯人は逃走する。
「僕は犯人を追いかけます」
唯一衝突に巻き込まれなかった黒井は一人で犯人を追うこととなった。
犯人はその間に三階から二階へと降りていた。運よく二人の撃退士が衝突してくれたことで追ってくるのはただ一人……だと思っていたのだが、窓の外にもう一人いた。
ユウはホイッスルの音を聞きつけて闇の翼を展開。犯人を外から監視していた。
一人全体状況を把握できる位置にいるので、皆へ支持を出していた。
「犯人は二階に降りてくるところです。御崎さん、黄昏さんお二人は東西の階段を封鎖するように動いてください。月乃宮先輩はそのまま渡り廊下で待機をお願いします」
「了解です」
「俺も了解です」
「……了解しましたぁ……」
犯人が逃げられる道は封鎖した。そこを後ろから追いかける黒井。犯人がどこへ向かおうとも誰かと挟み撃ちにできる。
そしてその時、今度はB棟にも動きがあった。
念のためにA棟を他の面面に任せ、掃除用具入れに隠れて続けていたゲルダの目の前に犯人が現れた。
黒いフードをかぶった小柄な人物だ。先ほどA棟に現れたという連絡を受けた人物と全く同じ格好だ。
今、体操袋に手をかけようとしている。
(現行犯逮捕なのです!)
体操服を手にとった瞬間、ゲルダは激しい音を立てて掃除用具入れから飛び出した。
「変態さん、観念するのです」
見つかった犯人は驚いて逃げだす。
ゲルダはスレイプニルを召喚して犯人を追いかけさせた。
逃げる犯人の進行方向に一人の大男が現れる。
「止まってください!」
と仁良井が立ちはだかって言うが、止まれと言われて止まる犯人などいるわけもない。
大きな体を張って犯人を食い止めようとすると――犯人が消えた。
「何!?」
次の瞬間には犯人が背後の扉から現れた。
驚いて目を見開く仁良井であったが、単純に犯人は教室の前扉から入り、後ろ扉から飛び出ただけであった。いきなり教室に入ったために一瞬で消えたように見えただけだ。
だが一瞬ではあっても時間をかせいだ。その間にゲルダが連絡をとっていた。
「もなかさん、犯人が二階に向かったのです。他の人も手が空いていたらB棟に来てください」
殆どのメンバーがA棟へと向かっている今B棟が手薄になっている。ゲルダは必死に呼びかけた。
丁度その時、A棟では犯人を追いつめていた。
スキルで機動力を上げ、犯人を包囲する御崎と黄昏。素早い動きの二人を警戒し、犯人は一瞬動きを止めた。
そこに黒井がスキルを発動する。
黒井のシールゾーンが魔法陣を展開し、犯人のスキルを封じる。
スキルを失って一気に動きの鈍くなった犯人に、畳み掛けるようにして月乃宮が眠気を誘う霧で眠らせることに成功した。
『手が空いていたらB棟に来てください』
ゲルダから連絡が来たのはその時であった。
「もう一人いだんですね」
救援要請を聞き、黄昏が韋駄天のスキルをそのままにB棟へと急行した。
呼びかけに応じてA棟から黄昏がやってきた。
「二人いれば何とかなるでしょう」
「黄昏先輩、ありがとうございます」
B棟の犯人を迎えるのは雪織と黄昏の二人だ。雪織一人では不安だったが、黄昏がいれば二人の機動力も上がり、犯人を捕まえることも容易になるだろう。
そして、丁度階段を下りてきた犯人と鉢合わせた。
まずは韋駄天で雪織の機動力もあげる。
彼女自身はいつでも審判の鎖で相手を縛り上げられるように準備は万端だ。
そんな二人のわきを犯人は堂々と通り抜けようとした。爆発的な脚力で床を蹴り、フェイントも入れつつ跳んだ。
常人離れした速度に雪織は一瞬反応が遅れ、犯人に抜かれそうになったところに黄昏が跳びついた。
彼自身も自らの能力で速い動きに慣れていることが功を奏した。
犯人と黄昏は勢い余って床の上を転がる。
「今だ!」
黄昏の合図に雪織は審判の鎖を犯人に向けて放つ。黄昏ともみくちゃになっていた犯人は抵抗もできずに捕まった。
二人は何とか二人目の犯人を捕まえることに成功したのだった。
●犯人は
「「ごめんなさい」」
捕縛された犯人二人は高い声で謝罪の言葉を口にした。フードをとったその下にはあどけもない少年と少女の姿があった。
「あなた達はこの校舎の生徒なんですか?」
一人がそう聞いた。
おどおどして頼りない少年を制し、強気な少女が答えた。
「そうです」
少女も観念したように無感情に答えた。
「どうして体操服なんて盗んだんですか?」
袋井が聞くが、少女は答えようとしない。
「もしかして二人とも変態さんなのですか?」
ゲルダがぶっこんだ質問をするが、やはり口を開こうとはしない。
そこで月乃宮が前に出た。
「……話してくれないなら、仕方ありませんねぇ……」
シンパシーを使って口を割らない少年少女の意図を知ろうとする。
だが、スキルを発動する直前に少年の方が口を開いた。
「彼女に負けたくなかったから」
そう言って隣の少女を見る。
「僕達は同じ鬼道忍軍でいつも競り合っていたんだ。それでどうせなら本気の勝負をしよう、ということになって夜の校舎に忍び込むことになったんだ。先に捕まったら負けっていうルールで、ね」
「はい、そうです」
少女は即座に同意し、同時にばつが悪そうに顔をうつむけた。
「どちらかが捕まるまで……意味もないことにそこまでのリスクをかけるなんて理解できませんね」
黒井は本当に訳の分からない様子で首を捻り、少年少女の言動の不思議さに困惑する。
「そういえば一つ聞きたいんですけど。お二人はどうやって校舎に侵入したんですか?」
外で見張りをしていたのにすんなり校舎に入られたことを御崎は疑問に感じていた。
その質問に少しばかり自尊心を取り戻した少女が答える。
「一階にあった換気口からはいったの。お姉さん達のことはライトの動きで見えてたから隙を窺って入っただけ。校舎内でもライトを持ってる人を避けてたの。まさか掃除用具の中に待ち伏せしてるとは思わなかった」
掃除用具の中に隠れていたゲルダがまだ小さな胸を張った。
「何にせよ変質者でなかっただけよかったですね」
誰かの言ったその言葉に依頼を受けた撃退士達は安堵していいのかよくわからなかった。
だが、なにはともあれ無事に犯人は捕まった。
もちろん二人の小学生はこの後教師からこっぴどく叱られ、それだけでなく相応の罰を受けることとなったが。