まだ不真面目な学生が眠っている朝から空き地に人がいた。
空き地に集まった撃退士は各々に必要な装備を持って集まっていた。依頼者の雨宮も一応スコップだけは持っている。
「今日はありがとな。わざわざこんなことのために色々してくれてよ」
依頼者の雨宮が言った。
スキルの使用や掘り出しについて関係機関に連絡、そして許可をもらっていた。そして、それらもろもろは依頼を受けた撃退士達が手続きを行っていた。
「そんなこと気にしなくていいよっ☆」
「依頼されたんだから当然や」
新崎ふゆみ(
ja8965)と葛葉アキラ(
jb7705)が雨宮の憂いを吹き飛ばさんとする明るさで答えた。
「まずは方針の確認をしましょう。空き地をA〜Hの16区画に分け、新崎さんがA、木嶋さんがB、美森くんがC、僕がDエリアを、そしてもちろん月乃宮さんが僕の隣のEエリアを、葛葉さんがF、礼野さんがG、蓮城さんがHエリアを担当ですね。さらに一エリアを往と復に分けて掘っていく、と」
「……よかった。袋井先輩と隣同士だぁ……」
恋人同士の月乃宮恋音(
jb1221)を特別扱いするように袋井雅人(
jb1469)が方針を説明した。月乃宮も顔を赤らめながら嬉しそうにつぶやいた。
「区画分けに必要なものも用意してあります」
礼野智美(
ja3600)が、用意したたくさんの杭と赤い布テープに視線を移した。
「杭がけっこう重くて一苦労でした」
礼野とともに杭とテープを用意した美森仁也(
jb2552)は既に多少の疲労感を見せている。
「区画分けの前に注意点をちょっと」
そう言って蓮城真緋呂(
jb6120)が用紙を取り出した。そこには地下の利用状況についての詳細が書かれている。
「美森さんの担当するCエリアと礼野さんのGエリアを横断するように水道管が通っているみたいよ」
「傷つけてしまわないか心配だ」
「俺は物質透過を使えば安心かな」
「水道管は岩盤近くを通っているみたいだから、深く掘り進めてから気をつければ大丈夫」
心配していた礼野は少しほっとする。
「きちんと周りの住民に作業の連絡もしたし、もう始めていいでしょ?」
木嶋香里(
jb7748)がしびれをきらしたように言った。
「ちょっと待って。雨宮さん、タイムマシンを埋めたときに何か目印とかなかったのかな☆」
「目印か。何かあったような気がするんだけど……いかんせん埋めた時の記憶が曖昧だしな」
困ったように雨宮は頭をかく。
「空き地を見た感じは何もなさそうだけどね☆ミ」
「もしかしたら時間が経ってどこかにいっちまったのかもしれないな。埋めた時のことはよく覚えてないや」
「ということは目印なしでのスタートですね」
木嶋が残念そうに言った。
「そうなると時間もかかりそうだし、早速始めてくれ。
Aエリアを担当するふゆみは、両手にL字型に折れた鉄の棒を握ってエリア内を探索していた。
「動かないなー。壊れてるのかな?」
おかしいと思いながらもふゆみはうろうろとエリア内を歩き回っていた。
Bエリア担当の香里は体長を上回る巨大な斧槍を振り回し、次々に土を掘り起こしていた。
「さあ、どんどん掘っていこう」
硬い部分が見つかった時にはスマッシュを用いて一息に掘り進んでいく。
どうやら彼女の武器は穴を掘るのに向いているらしい。
Cエリアは美森が担当する。
「まずは穴を掘らないと」
美森は地面に向けて封砲を放つ。武器にエネルギーを溜め、黒い光を放つ衝撃波が地面を大きくえぐった。
「思ったより掘れませんね……」
地面はえぐれたけれど、その深さは予想していた程ではなかった。エネルギーの多くは周りの地面へと逃げてしまったようだ。
「深さもわかりませんし、もう少しスキルを使って掘り進めてみますか。掘りすぎて水道管を傷つけないようにしないと」
Dエリアは袋井が担当している。
「遠慮なくいくよ」
言葉通り遠慮なくスキルを使い、色とりどりの炎や影の刃が土を掘り起こしていく。
スキルによって効果的に掘れたりそうでなかったりするが、遠慮がない分その速度は8人の中で最も速い。
Eエリアは月乃宮の担当だ。
彼女は袋井とは対照的に計画的なスキルの運用を行う。
「……まずはラグナロクを使いますねぇ……」
小さな声からは想像もつかない強烈な魔法光線が飛び出し、土を掘り返す。
一息おいてから、掘り返した穴にファイヤーブレイクを打ち込んだ。巨大な火球が穴の中で炸裂して周囲に土を飛び散らせる。
彼女も結構な速度で土を掘り進めていた。
Eエリアを担当するのは蓮城真緋呂である。
彼女はかわいらしい顔には不釣り合いともとれるライダーゴーグルを装着していた。そのアンバランスさが意外と似合っている。
「範囲攻撃がないのは辛いな」
かわいらしい言い方をしつつ大剣を振り回して地面をえぐる。
撃退士の力を使えば大剣も立派な掘削道具となるようだ。
閃滅で速度を上げたり、炎の烙印で筋力を上げたりしつつ、彼女は地道に土を掘り進める。
Fエリアでは葛葉アキラが土を攻撃する。
炎陣球が土をえぐり、炸裂陣が土を吹き飛ばす。
「いやー、なかなか爽快やなー」
光纏により現れたアメノウズメノミコトとともに舞うようにして、華麗に土を掘っていく。
そしてGエリアの礼野は光纏により金色に輝いている。
槍を持って強力なスキルで土をえぐる。
と、思ったら次は槌に持ち替えて同じスキルを使う。
「どちらを使うのかはスキルによるか」
礼野は冷静に分析して二つの武器を適当に用いていた。
このようにして8人は掘り進めていったが、午前中にはタイムマシンと思しきものは発見されなかった。まだ掘るのに慣れていないこともあり、人によっては調査が進んでいない者もいた。
まずは個々に報告を行う。
「ロッドが壊れてて無駄に時間を使っちゃったよ(´・ω・`)」
ふゆみはダウジングに失敗した。疑似科学は効果を発揮することがなかったようだ。
他の面々も報告を行うが、特に成果はなかった。そもそもタイムマシンが見つかるまでは特に何かあるとも思えない。
「そういえば土の中こんなものを見つけたよ」
と、真緋呂が四角い箱を取り出した。
「力余って少し傷つけちゃったのよね」
言葉のとおり箱は一部分が抉り取られるようにしてダメージを受けていた。
「形が違うから俺たちの埋めたタイムマシンじゃねえな」
「あ、ここになんか書いてあるで」
箱にこびりついた土を手で落とすと、その下から文字が現れた――タイムマシン、と。
「俺たち以外にもタイムマシンを埋めてるやつがいたのか」
「ここらへんはコンクリートで覆われているところが多いので、この空き地は埋めるのに最適だったのでしょう」
まさかの知らない人間が埋めたタイムマシンであった。その対応を話し合う。
「とりあえず、開けてみるか」
雨宮がそんなことを言った。そして、箱を開けようとする。
他の皆はそれを止める。人のものを勝手に開けていいはずがない。
「冗談だよ冗談」
本当にただの冗談だったようで、雨宮は箱を開けようとしていた腕の動きを止める。
しかし、真緋呂のつけた傷が箱のふたを緩めていた。加えられた小さな力によって、箱のふたは開き――雨宮の顔面に直撃した。
「いったあぁぁぁーーー」
箱の中にはスプリングの取り付けられたおもちゃが入っていた。
「タイムマシンと見せかけたびっくり箱か。勝手に人の過去を暴こうとするものへの制裁といったところか」
智美は雨宮のことよりも、タイムマシン風びっくり箱のことを冷静に分析していた。
報告も終わり、昼食が始まる。
「「いただきまーす」」
依頼人も含めて九人が共に手を合わせて昼食の儀式を行った。
「雨宮さん、そんな食事じゃ栄養が偏りますよ。どうぞ僕の彼女が作ったおにぎりを食べてください!!」
「……ど、どうぞぉ……」
コンビニのパンだけを手にした雨宮に二人が手作りおにぎりを勧める。袋井は雨宮に見せつけるように恋音の頭を撫でていた。
その姿を見て複雑な表情をしながらも雨宮は勧められたおにぎりを口にした。
「お、うまいな。いい塩梅に塩がきいてる」
「私のサンドイッチも食べてみてみてください」
今度は香里が自作のサンドイッチを差し出してきた。もちろん雨宮は喜んで受け取る。
「これもいいね。具がすごくおいしい」
「主食ばかりやなくておかずも食べなきゃだめやで」
アキラが色とりどりのおかずを見せて雨宮に勧める。
「お、おう。これもうまそうだな」
「私もお弁当を作ってきたよっ★ お料理は得意だからね(`・ω・)-3」
さらにふゆみも参戦してきた。
「これも……すごいな」
勧められる量があまりにも多く、雨宮がたじろいだ。憂いなど忘れて目の前の料理と格闘することに注力する。
「月乃宮さんは髪からいい匂いがしますし抱きしめると温かいですね」
そんな雨宮をしり目に雅人と恋音がイチャイチャしている。
「ふゆみも彼氏と来ればよかったなー」
恋人同士でイチャイチャするものや、それを見て恋人のことを思い出す人々を見て、雨宮は過去を思い出してよくわからない気持ちになっていた。
「にぎやかですね」
「依頼人が迷惑しているようにも見えるがな」
「楽しそうだし、いいことだと思うわ」
こちらでは三人が戦い?に参戦することなくのんびりと昼食をとっていた。
「やはりなかなかの腕だ」
「ありがとう。彼女も喜ぶよ」
「美森さんも向こうにいって彼女の手作り弁当を見せつけてくるべきよ」
「俺はそういうタイプじゃありませんから」
美森は彼女を褒められて照れながらもまんざらではなさそうであった。
かたやせわしく、かたやのんびりとした昼食時を過ごしながら午後の作業へと向かっていく。
午後は土が十分に掘れてくる。それぞれに様々な事態が起きようとしていた。
「……モ、モグラ……」
恋音が土を掘ろうとすると、一匹のモグラが顔を出しているのに気が付いた。
ひょっこりと可愛らしく顔を出すモグラ、常ならば大歓迎なのだが、今は作業の邪魔にしかならない。
「……逃げないでねぇ……」
このままスキルを使えばモグラを巻き込んでしまうかもしれない。ということでまずはモグラの捕獲に着手する。
スキルを使わずに通常攻撃を使って土を掘り、地道にモグラの逃げ場をなくしていく作戦だ。
「……待てぇ……」
彼女とモグラの長い戦いが始まった。
「そろそろですかね」
ある程度の深さまで掘った仁也は物質透過のスキルで土、草の根っこ、石を透過して土の中を探索する。
彼のエリアには水道管が敷設されているので、それを探すのが目的であったのだが。
「あいたっ」
弁慶の泣き所とも言われるすねに硬い物体が直撃した。慎重に歩いていたのだが、当たり所が悪かった。すねがずきずきと痛む。
すねのぶつかった辺りを手でさぐると、鉄製の管が見つかった。
「水道管ですね」
目的である水道管は見つかった。しかし、すねが痛む。
振り下ろした斧槍が硬いものにぶつかった。
「タイムマシンかな?」
香里はグラシャラボラスをわきに置き、スコップを使って細かく土を掘っていく。
「おかしいな? 全然やけに大きい」
硬いと思われた場所の周辺を掘り進めていくと、それは大きな板のようになってきた。
実はグラシャラボラスが土を掘るのに向いていたため、掘りすぎて岩盤に到達してしまったのだ。
それに気づくのには少しかかった。
「うちのところにも何か見つからんかな。できればタイムマシンであるとありがたいにゃけどな」
アキラは大きなハンマーで土をえぐるようにして掘っていく。
しかし、運がいいのか悪いのか、作業は地道に続いていた。
その他のメンバーも地道に土を掘り続ける。
そんな中、雅人が残り数少ないスキルを使おうとしていたときであった。
「一切の迷いを捨て放つは全てを破壊する一撃! 暗黒破砕拳!!」
彼の奥義が大量の土を一気に吹き飛ばした。
大量に舞い散る土の中に、きらりと光るものがある。
「あれは、もしかして」
雅人はすぐにそれに気づき、確認する。
「雨宮さん、見つかりましたよーーー」
土に覆われながらもところどころ銀色に輝く球体は、今度こそ雨宮の埋めたタイムマシンであった。
「懐かしいな。確かにこんなんだった。さっそく開けてみるか」
雨宮がどこか遠い目をしながらタイムマシンを見た。そして開けようとする。
だが、開かない。
球体を上下逆向きに捻って開けようとするのだが、形が形で持ちづらい上に、長い時間で固まってしまったみたいだ。
「手伝いますよ」
「僕も一緒に」
男手二人が自ら申し出てタイムマシンを三人で保持する。
「「せーのっ!」」
掛け声とともに力を加えて捻りあげた。
パカッ
ガチャガチャのカプセルを外したときのような小気味よい音がして、同時に球体が上下に分かれて中身が飛び出る。
「勢いええな」
「汚れてないかな」
女性陣が飛び出た中身を拾い集めた。
「全て手紙か……」
タイムマシンの中から飛び出したのはたくさんの手紙であった。
「そうだ。俺たちが互いと自分に対してそれぞれ書いた手紙だよ」
雨宮はその場で一枚一枚を読んでいった。
『将来どんな撃退士になっていますか?』
『世界一の撃退士になれたか?』
そんな、夢あふれる者にしか書けないような文ばかりが並んでいた。たまらずに頬を涙が伝う。
涙を流す雨宮を見て、ほかの撃退士も目がうるんでくる。
胸が締め付けられるような痛みを感じながら、雨宮は最後の手紙を開いた。
『何があろうと、誰が死のうと夢を諦めんなよ』
当時既に死を覚悟したとみられる言葉が書かれていた。
大きな夢を持っているからこそ、それを諦めないための覚悟も持っていたのだ。
「ああ、あああぁぁ……」
涙はとめどなくあふれ出てくる。その場にしゃがみ込み、頭を抱えてずっと泣き続けた。
依頼人のその姿を見て、八人の撃退士は自分達の仕事が無駄ではなかったことを知る。
彼はきっと立ち上がるだろう。それは少しずつであるかもしれないが。