工場内は従業員が逃げたときの状況そのままで停止していた。
コンベアーは動かず、クレーンも位置に変化はない。しかし、電灯と炉の炎はそのままに保持され続け、工場内に明るさと熱を供給し続けていた。
その中で寝そべるは一体の犬型ディアボロだ。
開けた正面入り口から丸見えの状態でコンベアの上にたたずんでいた。
やってきた撃退士を見据えながら。
工場正面から少し離れたところにいるユリア(
jb2624)が、肉の塊を用意していた。
「これで釣れたらラッキーだよね」
「何も考えず食べに来てくれればいいな」
ロベル・ラシュルー(
ja4646)は期待と不安を半々といった体で肉を見ていた。
「それじゃあ、お願い」
そう言って肉はロベルに差し出される。
「俺が投げるってことでいいのか?」
「うん、お願いね」
「わかった」
ロベルは肉を受け取ると、そこから大きく振りかぶり、遠くへと投げ出した。
肉が放物線を描く。強い風の抵抗を受けながらも、肉は工場の手前まで飛んで目標地点へとたどり着く。
べちゃ――あまり快い音とは思えぬ落下音を地面に吸収させた肉はディアボロの目を引いた。
「よっし、ナイススロー」
ユリアはぐっとガッツポーズを見せる。
これで肉は予定通りの位置へと配置された。四人はディアボロの反応を見守る。
しかし、ディアボロは肉を見つめるのみで何の動きも示さなかった。
「どうやらお肉には興味がないみたいですね」
「しょうがないです。ベジタリアンの犬なのかもしれません。予定通り進めましょう」
御崎緋音(
ja2643)と紅葉公(
ja2931)は作戦の失敗にも残念そうなそぶりを見せることはなく、淡々と次の準備に取り掛かる。
「次はロベルさんの出番ですね」
「ああ、俺が挑発しておびき出す。成功したらお前と俺が前に出て戦う。公とユリアが後ろから援護だ」
ロベルの復唱した作戦に三人が相槌を打った。
「挑発してる時に襲われたら私が守ります」
「けがをしたら私に言ってください」
「俺は挑発するだけだ。まだ張り切るところじゃないよ」
肉作戦の失敗でユリアが少ししょぼくれる中、公と緋音は実践に向けて気合を入れた。
そしてロベルも緊張を胸の内に隠しながら、ディアボロをおびき出すべく前へと進み出た。
正面班が肉作戦を行う間、後方班は非常口から侵入していた。
非常口を入った場所からディアボロは確認できず、四人は慎重に工場内を移動する
「ううっ・・・犬さん、どこに居るのかな・・・こわい・・・で す・・・(ビクビク」
天川レ二(
jb6674)が目に見えるほど恐怖している。
「そんな心配すんなって。敵は一体だけだ。しかもこのごちゃごちゃした工場ならいくらでも隠れるところがある。レ二は物陰から一撃ぶち込んでやればいいんだよ」
ラファル・A・ユーティライネン(
jb4620)はレ二の肩に手を置いて、安心させるように言った。
「そうですね。敵はそんなに強い相手ではないみたいですから。一つ気を付けることといえば、工場に傷をつけてはいけないことくらいでしょうか」
「なかなか無茶な頼みだな。工場のことを考えるとどんな戦いになるのか想像もつかねえ」
水瀬藤花(
jb7812)は普段通りに、音海宗佑(
jb7474)は気丈に振る舞い、レ二のようにおどおどしたところを見せることはない。
それでもこの中で一番の経験を持つラファルからすれば、三人とも皆似たようなものだ。
「三人ともそんなに不安になるなってー。いざとなったら俺がなんとかしてやるよー」
一人だけ場違いなほど明るいラファルを見て他の三人は多少なりとも心を落ち着かせた。
「見えました」
遁甲の術で気配を消して先頭を切っていた藤花が小声で言った。
「よっしゃ。それじゃあ予定通り俺と藤花で後ろから脅かしてやるか」
「俺も予定通りにタイミングを見計らって飛び出そう」
「う、うまくできるかな……」
ラファルが展開、俺式光学迷彩!!を発動し、藤花と一緒にディアボロの近くまでたどり着く。
その間に宗佑とレ二は少し離れたところに隠れる。
「丁度ロベルさんが挑発しているところですね」
二人は二階から手すりの隙間を通して一階と外の状況を確認する。
藤花が小声で言うとおり、正面入り口の向こうにはディアボロを挑発するロベルの姿があった。
「お、案外おびき出せてんじゃねえか」
挑発に乗ってディアボロは四本の足で立ち上がり、ゆっくりとロベルに向かうところだ。
しかし、その歩みは入り口を出るすんでのところで止まった。
「あーあ、惜しかったな。意外と用心深いディアボロだったみてえだな」
その後もディアボロが動く気配はない。ロベルの挑発は入り口付近までの誘導しかできなかった。
「私たちの出番ですね」
「ああ、早速驚かしてやろうぜ」
二人は手すりを乗り越えて飛び降り、戦闘が始まった。
ディアボロの背後から奇襲をかけた二人。
ラファルはウリエルブレイズを振りかぶり、その刀身に燃える真紅の刃を纏わせる。紅の刃がディアボロに向かう。
同時に藤花が、体を捻った力で二本の小太刀を一息に一閃させる。刀身に浮かぶ炎のような波紋が美しい奇跡を描いた。
「おらーー、喰らえーー!!」
「獣風情が」
直前まで気配を消していたことも手伝い、ディアボロの反応は遅れた。とっさに奇襲された方向を振り向くが、既に撃退士の攻撃は目の前だ。
奇襲に成功した一本の直剣と二本の小太刀が敵をとらえ、その肉を切り裂いた。
このまま外に逃げてくれれば作戦通り、後は工場を気にせずに倒すことができる。
しかし、ディアボロは予想外の動きをとった。
入口の外にいる正面班を恐れたのか、飛びのいた方向は後ろではなく上。工場の二階へと飛び退いてしまった。
それを見て最初に反応したのは宗佑であった。一歩遅れてレニも動き出す。二人は二階で待機していたために、今最もディアボロに近いところにいた。それはつまり、一回にいる他のメンバーが来るまでは宗佑とレニが相手をしなければならないということだ。
すかさず太刀を引き抜いて構える宗佑。細い通路に着地したディアボロをサンダーブレードで攻撃しようと目論む。
「これは……」
だが、宗佑は気付く。
(この細い通路でスキルを使えば工場にもダメージを与えてしまう!!)
一瞬の迷い。重要施設が周囲にないことを確認してスキルを発動しようとした。
けれども、経験の浅さから来た逡巡は十分なスキとなって現れた。
スキルを発動して太刀を振り下ろすよりも早く、ディアボロが飛び掛かってその爪で宗佑の肩を切り裂いた。
「音海さん!!」
宗佑が傷を負ったことに戸惑い叫びながらも、レニはディアボロにマーキング弾を放った。
戸惑っていたために照準は定まらず、マーキング弾はディアボロの背中をかすめて工場の壁にあとを残す。
当たりはしなかったが、ディアボロは銃撃に驚いた。レニを襲おうと、壁を沿うようにして設置された通路を猛然と駆け始めた。
「させないよ」
突然に声がしたかと思うと、ディアボロの進行方向の壁に不可視の矢が突き刺さった。その矢は着弾後に月色の美しい光を放ってディアボロを怯ませる。
ユリアのHidden Moonだ。Night Wingを使い、背中に黒い翼が出現させたユリアは二階の高さまで上がり、壁に矢を打ち込んだのだ。
「ありがとう……ございます」
レニは自らに猛然と向かってきていた敵を止めてくれたユリアに感謝する。
「今は戦闘中なんだから、お礼なんていらないよ」
まだ戦いは終わっていない。ディアボロも矢に怯みはしたが、戦いを止めるつもりなどさらさらない。
そしてディアボロは手すりを飛び越えてユリアへと襲いかかってきた。
「おっとっと」
翼を巧みに動かして飛び掛かってきたディアボロを回避する。
ユリアに飛び掛かれなかったディアボロはそのまま一階へと落下する。さすがに化け物だ。二階の高さから飛び降りてもしっかりと着地する。
「いいところに来ました」
まだ一階にいた他のメンバーのうち、公がベストポジションにいた。そのまま飛び降りてきたディアボロを迎え撃つ。
公は霊符を構え、ライトニングを放った。放たれた雷がディアボロへと向かう。
だが、ディアボロとてそう簡単に当たってはくれない。とっさに回避する。
「あ……」
相手を失った雷はそのまま直進し、工場の壁に直撃。大きな穴を開けた。
「あーあ、やっちまったな」
「どんまいです。こういうこともあります」
各々が反応を示すが、今は悠長に壁の心配をしている場合ではない。
ディアボロは壁のことなど気にせず、ショックを受ける公に襲いかかろうとしていた。
「ここは私が」
藤花は迅雷で脚部に力を集中させ、爆発的な速度でディアボロに立ち向かった。
全速力でディアボロに横合いから突進し、公に向かおうとしていたところを押し飛ばす。
ディアボロと藤花はもつれるようにして転がり、公の開けた大穴から一緒に外へ飛び出していった。
「外に出たな」
「藤花さん、やりましたね」
「外なら迷いなくスキルを使えるな。汚名挽回だ」
期せずして外に追い出せたことで、皆が遠慮せずにスキルを使う準備をはじめる。
外に出ると、藤花がディアボロに押し倒されているところであった。藤花の腕に爪が食い込み、苦悶の表情が浮かんでいる。
「何やってんだこの犬っころがーー!!」
ラファルはR式ガブフェイス「俺の名を前を言ってみろ」を発動。凶悪な表情にディアボロはおびえ、藤花の上から飛び退く。さらに動きが鈍る。
そのチャンスを見逃すまいと体力に余裕のある緋音とロベルが率先して前に出てディアボロに切りかかる。
「ようやく私の出番です」
「散々逃げ回りやがって」
華霞の名前のごとく霞らしい刃と、双剣イオフィエルの燃え盛るような刃でディアボロを攻撃する。
ディアボロも立ち向かってくるが、動きは鈍く、二人はいともたやすく回避してディアボロの体に刃を通す。
刃は皮膚を切り裂き、肉をえぐり、かなりのダメージを与えた。だが、ディアボロはまだ倒れない。しかし重症だ。
ディアボロは瀕死を体を引きずって逃げ出そうとする。いくらなんでも多勢に無勢であることを理解したのかもしれない。
「逃がしません」
逃げようとするディアボロに、レニがストライクショットを放つ。ショットガンから放たれた散弾のいくつかが命中し、ディアボロは苦痛に鳴き声をあげる。
「もういっちょ。絶対に逃がさねえぜ!!」
飛び出してきたラファルの背中からロケットアームが飛び出す。展開されたヘカトンケイルがディアボロに追い打ちをかけるように四肢をつかみ取り、完全に動きを封じ込めた。
「よーし、最後を締めたい奴は誰だ」
「最後くらいはやり返させてくれ」
ラファルの呼びかけに答えたのは宗佑であった。ディアボロに受けた肩の傷の痛みを我慢しながら太刀を振り上げる。
ロケットアームで一切身動きできないディアボロに刃を振り下ろす。
上段からの一閃は狙いたがわずに相手の命を絶った。犬の姿をしたディアボロは動かなくなった。
後日、お礼の言葉を携えて依頼人が学園へとやってきた。
作戦に参加した八人ともが集合している。
「ごめんなさい。工場を壊してしまいました」
真っ先に公が頭を下げて謝罪した。
「あの穴はお嬢さんが開けたのかい。見かけによらず豪快だなあ。はっはっは」
依頼人は豪快に笑った。
「弁償させていただきます」
「なに、心配しなくていいさ。穴なんて簡単にふさげたよ。もう操業だって再開してるんだからな。工場を救ってくれてありがとよ」
その言葉に、自らも壁に傷をつけていたレニとユリアはほっと息をはいた。