●行きはよいよい?
荒いシュプールを描いて山肌を滑り降りてくる数多の猿達。
それらをひと目でディアボロと判断していた撃退士達は、弾かれたように戦闘隊形へと移行していた。
己のヒヒイロカネから武器を取り出し、飛び掛る猿へと弾丸が飛び交う。
「この数は流石に……逐一倒していないと、敵数に飲まれてしまい兼ねませんね」
空中でもんどりうってはじけ飛ぶ猿を視線に収め、雫(
ja1894)は手にした銃を仕舞い込み、代わりに剣の柄を握り締める。
身の丈を遥かに越える大剣が石より抜き放たれ、重い一閃が狭い参道に振り下ろされた。
「このままだと進路を塞がれてしまいますねぇ……ちょっと大変ですけど、頑張って登って行きましょうかァ」
クスリと笑みを浮かべて振り返った黒百合(
ja0422)に、プロフェッサー・M(jz0362)は口をヘの字にして答える。
「えぇ、勘弁してよねぇ……」
「全く……私より一回り以上若いってのにねぇ」
完全に意気消沈のプロフェッサーを前に、鷹代 由稀(
jb1456)は小さなため息と共に紫煙を吐き捨てていた。
「元インドア派よ。これでも」
「元でしょ、元! あたしは現インドアなの――」
呆れた表情でタバコを咥えなおした由稀にプロフェッサーは謎の対抗意識を振りかざすも、その言葉の続きは一発の銃声がかき消していた。
紫煙と共に由稀の構えた銃口から硝煙が立ち上り、プロフェッサーの背後では仰向けになってノびた猿が寒気に乗って霧散してゆく。
「くっちゃべってる体力があるならさっさと上るわよ」
プロフェッサーは大きなため息を1つ。
そうして覚悟を決めたように遥か頭上の岩山を見上げ、重い一歩を踏み出していた。
「足腰を鍛えながら、戦技も磨ける……修行にはもってこいですね!」
そんなお荷物の様子とは対極を為して、桜庭愛(
jc1977)は瞳を爛々と輝かせながら最後尾で急な石段を駆け上がる。
蒼の水着に膝パット、そしてシューズと……正直何かを間違えたような恰好の彼女であるが、とても充実した表情をしているのでそれは置いておく事とする。
視線の先で目が合った大岩の上の猿が足元を削り取るように砕き・掴んで狙いを定めていた。
大きく身体をしならせて放った投石は鋭い螺旋回転で飛来。
思わず左右に身を逸らして避けた撃退士達の間を轟音と共に過ぎ去って、石畳の地面へと突き刺さっていた。
「これは流石に……当たったら痛そうですね」
摩擦熱か、地面で白い煙を上げる投石を振り返りながら木嶋香里(
jb7748)の困ったような笑顔がその威力を危惧している。
返しの一撃に石段に一歩足を踏み出した愛がしなやかな動きで足を振り上げる。
放たれた衝撃波が岩の上の猿の足を打ち抜き、バランスを崩して落下した。
「お互い背後や側面を取られないよう固まって進みましょう。遠方の警戒も必要ですね……」
投擲の威力を目の当たりにした山里赤薔薇(
jb4090)が、撃退士達の意識を確認するように声を掛ける。
が、その意識を固めるよりも早く急な斜面を滑り切った猿達が岩肌から飛び掛ってくるのである。
「おー、すごいすごい」
綺麗な放物線を描いて飛び込んでくる影にどこか気の抜けた声で賞賛を送りながらその行く手を阻むように手のひらで空を切る。
同時に薄い氷の壁が撃退士達と猿との間を隔てるように現れて、跳んだ勢い余ったその身体が慣性の赴くままに壁の表面に激突して大の字にびたりと張り付く。
やがて壁が消えてぼとりと地面に落ちた所を、雫の大剣の切っ先が容赦なく刺し貫いていた。
「なんと言うか、あんまり頭は良くないみたいですね」
そのコメディちっくな敵の動きにどこか肩透かしを食らいながらも、波状攻撃のように次から次に飛び込んで来る猿達。
一団となっている撃退士達は一時円陣を組むように四方を向いて、片っ端からそれを撃ち落して行く。
個々の猿はそう強くは無い。
多少気合を入れた攻撃をすればすぐに息絶えるような存在だ。
それでも、半合も来ていないこの参道の序盤で消耗する訳にも行かず、中々上へと進ませてくれない敵の包囲に幾分気持ちに焦りが産まれて行く。
「誰か、山頂方向にどぎついのぶちこんでくれないかしら?」
不意に由稀の提案が撃退士達を伝い、皆はキョトンとして顔を見合わせた。
「良いですけれど、その後どうするんです?」
「そりゃ勿論、決まってんでしょ――」
言われるがままに、既に術の準備に走った香里の視線に由稀は含んだように笑みを浮かべて見せる。
「――こじ開けてから走って逃げる!」
言うが否や、放たれた無数の流星が道先の猿達を包み込む。
同時に撃退士達は一斉に遥かなる石の階段を駆け上っていた。
●申年だからって
猿達の集団の中を駆け抜けて、中腹部のお堂までたどり着いた一団。
撃退士とは言え、体力も無尽蔵と言う訳ではない。
多少開けたお堂の敷地で立ち止まり、大きく息を吐く。
「駆け上がると……意外としんどいものですね」
肩で息をしながら赤薔薇はうっすらと滲んだ額の汗をハンカチで拭う。
流石に少し休まなければこの先が心配だ。
だが敵が待ってくれるわけも無く岩伝いに崖を駆け上り、まだ上に残っていた固体は滑り降り、撃退士達の眼前に迫る。
「はー……ひー……もう、無理ぃ」
文字通りの息を吐かせぬ襲来に流石に根を上げた様子のプロフェッサーは、思わずその場にへたり込んでしまった。
恰好のカモを前にこれ好機と飛び掛るディアボロ達だが、そのどてっ腹を割り込んだ黒百合の槍の穂先が穿つ。
その容赦のない一撃に思わず後ずさった猿達へ大きな箱を肩に担いで構えると、照準を併せてトリガーを引き絞る。
打ち出されたアウルの砲弾が敵の中心で炸裂した。
「わわっ、ちょっと、お堂の方まで巻き込まないでくださいね!?」
その爆風に思わず身構えた愛は晴れた爆炎の先で健在のお堂にほっと胸を撫で下ろして、騒ぎを謝るように中のご尊像に一礼する。
そんな愛を見てニコリと笑顔を作って見せた黒百合。
「大丈夫、そんなヘマはしないわぁ」
その傍らで、再度活性化させた槍が飛び掛る猿を後ろ手に串刺していた。
「津村先――プロフェッサーはこういうの苦手なのかな……まだ歩けます?」
ぐったりとした背中に投げかけた藍那湊(
jc0170)の声に、プロフェッサーは無言で首を横に振る。
決してむくれている訳でもなく、実際問題足が動かない――そんな様子であった。
「仕方ないわね……本当なら合流の事も考えてもう少し上ってからにしたかったんだけど」
駆け寄る猿の足元に牽制の銃弾を放ちながら、肩越しに湊へと視線を投げかける由稀。
それに対して湊はおっとりとした笑みを浮かべて頷くと、静かにプロフェッサーの前に背を向けて屈み込んでいた。
「じゃあ、行きますよー」
「え……行くって何が?」
言うが否や1回りほど小さいプロフェッサーのぐったりとした身体をよいしょと背負い込み、青い翼を可視化して一気に上空へと飛び立つ湊。
「しっかり掴まっててくださいね。一気に山頂まで行きますから」
ニコリと微笑んだ湊に、ひくりと頬を動かすプロフェッサー。
「先生、お疲れなのは分かりますがせっかく空を飛んでるので策敵くらいはお願いします!」
地上から叫ぶ赤薔薇の声に、湊ははいと双眼鏡を手渡した。
それから一度翼をはためかせて、山頂に行き先を定める。
「ちょ……まだ心の準備が――」
泣き言が山間にこだまして、プロフェッサーを抱えた湊の姿は一気に奉納堂を目指して飛び上がって行った。
「じゃあ、分かってると思うけど……他の面子はもっかいダッシュ!」
空と言う近道を通るとは言え、そのまま2人を山頂に残す訳にも行かない。
撃退士達のもはや苦行にも近い階段登りはまだまだ続く。
幸か不幸か、飛翔という目だった目標を前にして猿達も自然とその意識が分散していた。
結果として図らずしも敵の分断に成功した彼女等は、先よりは幾分マシになった追撃の中で石段を駆け上がるのである。
「足場の狭い中で戦うのも武術の道を究める一歩になりますね♪」
「確かに、脚はパンパンになってしまいそうです……」
喜々として襲い来る猿を組み敷く愛の傍らで香里はややアンニュイな表情で自分の脚に視線を走らせる。
いい経験にもトレーニングにもなりはするが……やはりその……太くなりすぎる事も悩みの種。
そもそもこの猿達さえ居なければ、こんなに切羽詰った有酸素運動なんてしなくても良かったものを。
「今年の干支だからって、何をしても許されるわけではないのよ……?」
眉間に暗い影を落とした黒百合の笑みに身の危険を感じたのか、小さな悲鳴と共に思わず立ちすくむ猿達。
乙女たちのやり場の無い鬱憤が彼らに叩きつけられるのは言うまでも無いだろう。
●登頂の果てに
山頂、一足先に奉納堂へと着いた湊は奉納堂で隕石の探索に当たるプロフェッサーを上空から援護していた。
地に足を付けるように他方向の敵に気づく事ができるし、さらには目立つ事で猿達の気も引けるのである。
お堂へ駆け込もうとする猿達をツララで足止めし、数の利こそ無いなりにその時間を稼ぐ。
「――と、到着です!」
しばらくそうして敵の相手をしている間に他の撃退士達も山頂に到着。
苦難から解き放たれたかのように思わず叫んだ香里の言葉が岩山に響いていた。
「お疲れ様。一休みと行きたい所だけど……これが片付いてからかなぁ。後で飲み物、用意してあるから」
「それは助かります。もう一息、頑張りましょう」
湊の言葉に颯爽と駆け出した雫はすぐさま追って群がりはじめた猿達の眼前に、大剣でもって立ちはだかった。
狭い道中に比べれば山頂部は広いもの。
ここなら存分に剣も振れる。
「しかし、この山にはどれだけの数の猿が潜んでいるんでしょうね……」
「分からないけど、大事な任務なんだ。邪魔はさせない!」
叫んだ赤薔薇の先、爆ぜるようなマテリアルが猿達を纏めて吹き飛ばす。
そうしてまばらになった敵影を香里の一閃が瞬時に貫いていた。
「開けた場所さえあればこちらのものですよ!」
そのまま新たな猿に狙いを定めると、気を引くようにひらりと手にした布槍で舞う。
そうして引きつけられた敵の集団に、上空からマテリアルの砲弾が容赦なく浴びせられていた。
「ここからは私も哨戒を手伝うわぁ……お疲れなら、休んで貰っても大丈夫よ?」
自らも翼を生やして並んだ黒百合が、艶やかな笑みで湊に問いかける。
「もう少し飛べるよ。目は大いに越した事が無いだろうし」
言いながら、飛来する石礫をヒラリとかわす。
そのまま奉納堂の上空で背中合わせに、2人合わせて全方位のカバーへと意識を巡らせるのである。
「武術の真髄とは敵を倒す事ではなく敵を退ける事にある……この切り立った崖にそそり立つこのお寺は、それを伝えようとしているのかもしれませんね」
戦火に晒されながらも頑として不動を貫く本堂を前にして、愛は静かに、自分の中に1つの答えを見つける。
私はこの聖域を汚さぬよう――古より続く仏門の道を、部外者が汚す訳にはいかないのだ。
「決して殺める事も、殺めさせる事もしません。さぁ、来るなら掛かって来てください」
丸腰一貫、多勢のディアボロを相手にして、それでも彼女の心には一点の曇りもありはしなかった。
その頃、奉納堂の中では既に稀石の餞別が続いていた。
定期的に掃除が行き届いているのか古い堂ながらも埃っぽさは無く、むしろ小奇麗な印象を持つ程度。
そんな室内に所狭しと置かれた奉納品に囲まれて、プロフェッサーは手にしたシーカーの反応に意識を集中する。
「どんな状況よ?」
「ご覧のとおり、とりあえず目的の隕石に関しては見つけられたわ」
遅れて到着した由稀の問いに、プロフェッサーは持ち入ったケースに採取した直径4〜5cm大の石を掲げて見せた。
「これだけ強い地脈のある場所だから他の物品も探してみているのだけれど……まあ、数が数よね」
作業する手は止めずに言葉だけで答えるプロフェッサー。
由稀は小さく納得するように頷いて見せると、懐から同じようにシーカーを取り出して奉納品へと向かっていた。
「手伝うわ。言ったでしょ、これでも元インドアだって」
木箱に収められた仏像を丁寧に取り出しながら、その重さを量るように両手で持ち上げる由稀。
戦闘の騒音を耳に遠く、静かな時間がそこには流れていた。
「――これで最後かしらぁ」
放った砲弾で吹き飛んだ猿を尻目に辺り一帯の山を見渡す黒百合。
ざっと見たところ、自分達以外に動きを見せる物体は視界に入りはしない。
それを確認して上空の2人は静かに地上へと着地していた。
「あっちも、無事に終わったみたいだね」
向ける湊の視線の先、奉納堂から木箱を持って現れるプロフェッサーと由稀の姿が外の撃退士達の目に映っていた。
「隕石は見つかったのでしょうか?」
「勿論」
問いかける赤薔薇に、先にそうしたように回収した石を掲げるプロフェッサー。
それを見て雫が興味深げに顔を寄せていた。
「これが隕石ですが・・・見た目には普通の岩にしか見えませんね」
「力のある無しは見た目じゃ分からないものよ」
答えるプロフェッサーに、なるほどと頷き返す。
持ち出したのは隕石だけでなく、他にも仏像がいくつか。
これに関しては由稀の提案が役に立っていた。
「仏像の中の御神体って、鉱石とか入ってることもあったと思ってね」
考古学屋の本領発揮である。
「しかし、神仏を象ったものを持ち帰るのは気が引けますね……」
ぽつりと呟いた雫。
その言葉に、愛も力強く頷いていた。
「自らを戦いの道具に使われるのを、仏様も良しとしないでしょう。せっかくですけど……置いて行った方が良いかもしれませんね」
「そう言われるとちょっと弱いかしらね」
少し憚られるように考え込むプロフェッサー。
「分かったわ、コッチは置いていきましょう。元々、隕石を回収するだけの仕事だったわけだしね」
確認するように口にすると、由稀も静かに頷いて見せていた。
「それじゃぁ、帰りましょうか。登るよりは楽でしょうけど……一応、気をつけて行きましょう」
語る香里の視線の先には、滑り落ちるような崖に延々と続く石段。
帰りもまだ骨が折れそうなものである。
「ところで気になっていたんですけど……」
そんな中、不意に赤薔薇がポツリと口を開いていた。
「先生の眼帯って、なんでしているんでしょうか?」
問いかけられ、目を丸くして見せるプロフェッサー。
が、すぐに腰に手を当てて無い胸を張って見せると、そっと眼帯の表面を撫でて見せた。
「悪いモノが封じてあるって言ったら、どうするかしら?」
試すように言ったその口調に、今度は撃退士達が目を丸くしてみせる。
それ以上プロフェッサーもまた語る事は無く、真実はうやむやの中に隠されたのであった。