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高らかに鳴り響いたホイッスルの音と共に、一斉に水飛沫が湧きあがる。
同時に水中で一目散に中央のボールを目指す、紅白それぞれのキャップを被った生徒達。
決戦の火ぶたは、既に切って落とされていた。
「ゴールは私に任せて、皆さんよろしくお願いします!」
水上にブイを通して浮かぶゴールネット。
その文句で2mある巨体と腕を大きく広げながら、泳ぎ行く仲間達へ激を飛ばす仁良井 叶伊(
ja0618)。
「まかせておいて! お兄ちゃんと一緒だからメリー頑張るの!」
そう、ゴールとFWと中央できゃっきゃとはしゃぐメリー(
jb3287)。
そんな彼女を横目に、ボールへと切り込むのは兄であるところのマキナ(
ja7016)である。
「誘われた上に、ああ言われちゃ負けるわけにはいかねえな」
「そうですにゃん! ちからをあわせれば、きっとらくしょうですにゃん♪」
独特の口調で水中を跳ね舞わる真珠・ホワイトオデット(
jb9318)。
一方、眠(
jc1597)は、彼らと同じようにオフェンス権の確保に意識を向けながらも、どうも頭のどこかに引っかかる何かを感じていた。
そうしてそれは、見事なまでに悪い予感として的中する。
「――皆さん、避けてください!」
不意に輝いた頭上に叫ぶ眠。
咄嗟の声に仲間達も反応を示すも、いかんせん水中だ。
身体の方が意識と同時に思い通りに動くかと言えばそれはまた別の話で、輝く数多の流星が無慈悲に降り注いでいた。
「……なに、加減はしたさ。死なない程度にはな」
対抗するAチームのコート中腹で、天に捧げたアウルの残光を愉しげに見つめ、笑みを浮かべる鷺谷 明(
ja0776)。
「大々、大チャンスなのだ!」
静かになった敵チームを前に、悠々ボールを確保した焔・楓(
ja7214)は足元にアウルの力を集めて一気に水面を漕ぎ出す。
「抜かれては仕方がありません。ここは正聖堂度と勝負です」
詰まるゴールまでの距離に、叶伊の巨体が両手を広げ、緊張の瞬間が訪れる。
ゴール目前、舞い散る水しぶきに、手にしたボールがぐんと後ろ手に引かれる。
そうして勢いよく振り抜かれた腕は……ゴールを狙わずに、ぽんと逆サイドのコートへと放り投げられていた。
「ゴール目前でシュート……はしなかったりー♪」 」
「何!?」
完全に補給のつもりで大きく手を伸ばして身体を広げていた叶伊は、逆サンドへのボールに目を見張る。
「そう言う事で、まずは1点頂きー!」
受け取ったボールを手にニヤリと歯を見せる柚葉(
jb5886)のシュートがゴールに突き刺さる。
響くホイッスルの音色と共に、ぺらりと得点盤が捲られた。
――A1 B0。
「お兄ちゃん大丈夫ー!?」
駆け寄り抱き起すメリーの腕で、マキナは意識をハッキリさせるかのように頭を強く振る。
「大丈夫だ。だけどよ、流石に不意打ちはバッチリ喰らったぜ……」
当然ながら、プールサイドで眺める審判である所のプロフェッサー・M(jz0362)は今のプレーを黙認している。
「そう言う事なら、こちらもこちらでできる事があると言うものです」
笛が鳴り、キーパーである叶伊の手から眠へとボールが手渡される。
ボールはすぐにマキナへとパスし、自身は敵陣深くを目指す。
「そう簡単には通しませんよ」
プールの中ほどで待ち構えるユウ(
jb5639)が、ボールを持ってドリブルするマキナの前へと立ち塞がった。
「悪いが既にリードされてるんでね、加減は効かないぜ」
伸ばされたユウの手を掌底で弾くと、そのまま横をすり抜けるように壁を躱す。
が次の瞬間、不意にブラックアウトした視界にマキナは思わずその歩みを止めていた。
「な、なんだ!?」
何かで目を覆われているわけでもない、それでも奪われた視界に、狼狽する。
「こっちも、そう簡単にゴールさせるつもりも無いんだよね!」
術を放った柚葉はニヘラと笑うと、別の方角から逢見仙也(
jc1616)がマキナへと迫った。
「咄嗟にそうなりゃ、誰だって驚くだろうさ。と言うわけで、ボールは貰った――」
マキナからボールを奪い取ろうとした伸ばしたその手の先を冷たい氷の錐が霞めて、仙也は思わず手を引っ込めた。
「えっへへ、すぽーつまんしっぷにのっとってあいてのちーむをちまつりにあげますにゃん♪」
「えっ……ちょっ……それ、シャレにならな――」
指先を伝う赤い血と、にこやかな笑顔で追撃の錐を作り出した真珠を前に一瞬で顔面を蒼白にする仙也。
殺られる。
脳裏を巡った意識に、咄嗟に水中へと身を翻す。
「お兄ちゃん、こっち!」
叫ぶメリーの声に、マキナは覚悟を決めてボールを放った。
「ゴールはさせないよ!」
ゴールポストを守護する柚葉の手から放たれたアウルに乗って、轟音と共にメリーの周囲が華々しい爆炎に包まれる。
晴れ行く炎の先、現れたのは卵状に展開された青い聖骸布であった。
「その程度じゃメリーは沈まないの!」
しゅるりと消えて行く布の中から、ボールを持って飛び出すメリー。
「うっそ!?」
驚きを隠せない柚葉に間髪入れず、足元からの衝撃が襲う。
次の瞬間には、何事かも分からぬうちに、ばしゃりと彼女の身体は水面高く舞っていた。
「ファウル! このオフェンス中、退場よ!」
鳴り響いたホイッスルと共に、プロフェッサーの声が響く。
同時に、ゴールポスト付近から大きく息を吐いて水面に顔を出した眠の姿が現れていた。
「ふぅ、上手く行って良かったです」
柚葉の一時退場を待って、すぐに再開されたプレー。
とは言え、ゴールキーパーを失った城に攻め入るのは容易な事で、ゴールのホイッスルが鳴り響くのにはそう時間は必要としなかった。
――A1 B1。
●
攻撃防入れ替わり、オフェンスはAチーム。
「復帰が早くて助かったか。継続に支障はないかな」
コートに戻ったキーパーの柚葉へと回復の術式を掛けて、明は敵陣を見据える。
「身体は大丈夫! でも、相手も良く考えて来るねー。楽しくなって来たよ!」
「もう一回、楓が切り込むのだ! 取られた点は取り返す、それだけなのだー!」
意気揚々と奮起する楓に柚葉からボールが手渡され、時計の針は再び動き出した。
「進路くらいはつくるよ! 任せて!」
柚葉の正面に放たれた、直進する闇の波動がBチームのディフェンスに突き刺さる。
「お兄ちゃんを2度はやらせないの!」
メリーの放つ炎の鳥が、全面でオフェンス陣に圧力を掛けるマキナの盾となり、黒い波動からその身を庇う。
「わりぃな、その分は仕事で返すぜ!」
迫る楓のボールへと、十字に手刀を切って入るマキナ。
縦横同時に迫るそんほ一撃を、楓は咄嗟の加速で大きく迂回するように逃れて見せた。
「あ、あぶなかったのだ!」
「楓! 息を吐いてる間はないぞ!」
声を張り上げる仙也の視線の先で、真珠が眼前にアウルを練り上げる。
「ひゃー、一旦パス!」
驚いたような表情で、ボールをとんとユウの元へ。
「ざんねん♪ 狙いは最初かからそっちですにゃん!」
ボールの確保に意識を向けたユウの横っ面に真珠の放った雷撃が迫る。
駆け抜ける電流に、強張った手がボールを取りこぼす。
「しまった……!」
「俺がカバーに行く!」
水面を漂うボールへと身を乗り出す仙也。
「そうはさせません!」
奪取による攻撃権確保を狙うべく、眠もまたボールを目指すがタッチの差。
仙也の手にボールは掴まれ、すぐさま楓にパス。
「今度は自分で……!」
掴むや否や、ゴール目がけて放たれたシュートに叶伊は横っ飛びに飛びついた。
1対1であれば、その巨体を前に真っ向勝負で出し抜ける者はそういまい。
難なく捕球されたボールと共に、攻守交替の笛が鳴る。
「どんまい! だけど、メリーちゃんと叶伊さんのディフェンスツートップは一番の問題点だね……」
妨害の攻撃をメリーが防ぎ、真っ向勝負は叶伊が抑える。
鉄壁の布陣が、Aチームの前には立ちはだかっていたのである。
笛の音が響き、プレーが再開。
ゴールからのフリースローを前に、Bチームが散開する。
「この辺りで決勝点を決めないと、後が辛いですね。頑張りましょう!」
コートへとボールを放る叶伊の鼓舞に、メンバーは大きく頷き答える。
防御が要のBチームはその分攻撃はやや不得意。
少ないオフェンス権を大事にもしなかればならない。
「一瞬でも、チャンスを作れればいいのですが……」
ボールをキャッチした眠は、すぐにコートに視線を這わせ味方を探す。
「眠、こっちだ!」
手を上げてアピールをするマキナを視線の端に捉え、ボールを構える眠。
が、不意に彼の身体ががコートの中から消え去った。
否――すぐに、もがくようにして水中からその頭がザバリと覗く。
「ふふふ、おにーさんの足ゲットなのだ♪」
潜水で忍び寄った楓が彼の足を確保。
絡みつくようにして、水中へと引きずり込んでいたのだ。
「ちょっ……か、仮にも男女でだなぁ……!」
子供と言えども際どいビキニで絡みつく楓を前にして、いろんな意味でテンパるマキナ。
「だ、だめです。あれじゃパスは……」
「隙ありです。頂きますよ」
躊躇した眠の腕からユウがボールを確保、すぐさまBチームのコートへと切り込む。
「そうはさせないですにゃん♪」
すぐさま真珠が迎撃態勢でアウルを練るも、ふわりとその身を不意の浮遊感が襲った。
「ふにゃー?」
何が起こったかも分からずに、軽い落下感と共に水しぶきを上げて着水。
すぐさまホイッスルが鳴り響く。
水上離脱、退場のファウルである。
「――ふぅ、悪いな。さっきはこちらがやられたが、考える事は同じって事だ」
ザバリと水中から現れた仙也が額の水滴を拭うようにして口にする。
水中から、彼女の身体を彼が打ち上げたと言う事は言うまでも無かった。
「ディフェンスは1人消えた、一気に攻めるぞ!」
再開したプレーに、Aチームは一気に攻勢。
人数の差を活かして、キーパーも一丸に一気に責め立てる。
楓の素早いドリブルからユウへとパス。
「残り時間も少ない……ここで決められれば、ですね」
既に残り30秒を回ろうとしている勝負に、気持ちもやや急く。
このまま引き分けというにはあまりに味気ないものだ。
「柚葉さん、お願いします!」
ドリブルよりもパス回しを。
声を掛け、ボールを少しでも行き渡らせ、相手チームを翻弄するのだ。
「おっけー、任せて!」
意気揚々と手を上げて答える柚葉であったが、次の瞬間に大きな何かがその身体を薙ぐように振り抜かれていた。
水飛沫と共に、大きく態勢を崩される柚葉。
「な、何ごと!?」
慌てて態勢を立て直し、状況確認。
その直後に目に入って来たのは、ぶんぶんと直立不動のまま振り回される人間――マキナの姿であった。
「お兄ちゃんのバカー! 他の女の子、それもあんな小さな女の子とじゃれて遊ぶなんてー!!」
「ち、ちが……あれはそう言うプレーだろ!?」
取り繕うとする彼であるが当の妹はいう事を聞かず、代わりに振り抜かれた自らの身体で仙也と頭と頭をごっつんこ。
そのまま白目を向いて動かなくなってしまった。
ちなみに、器用な事に、足だけは水中に付けるように振り回している辺りは非常に器用である。
「何それ、もはや武器じゃないの!?」
「違います、これは兄なのです! 武器じゃないのです!」
もはや屁理屈にも近いが、笛の音はならず。
というか、プロフェッサーはプールサイドで大笑い。
そのままハンマー投げの要領で弾みを付けると、呆気に取られたユウの方へと狙いを澄ます。
「ネクセデゥス家奥義……お兄ちゃんロケットなのです!」
放たれたマキナの身体が水面を滑るようにユウへと突貫。
一際大きな水しぶきを上げて、プールサイドへめり込む。
当然ながら衝撃で零れたボールが、水上を漂った。
「確保します! 上がってください!」
ゴールポストから飛び出した叶伊の叫びと共に、眠と開放された真珠が敵陣に翔ける。
叶伊は大きな手でむんずとボールを掴むと、勢いよく遠投。
突き刺さるように、切り込んだ真珠の手へと渡った。
「しまった……今、後ろはがら空きなのだ!」
「私が行きます、間に合えば……!」
咄嗟にその力を開放し、悪魔としての本来の姿へと戻ったユウ。
強靭な肉体で水を掻き、自陣のメリーへと手を伸ばす。
が、触れようとしたその手を炎の鳥が遮った。
「お兄ちゃんが沈黙してしまったので、皆を助けます!」
「くっ……見事です!」
一歩及ばずもがくユウの頭上を越えて、真珠が眠へとパス。
「これで決めますにゃん!」
「そうですね、終わらせましょう」
完全にフリーとなったその視線の先。
がら空きのゴールへと突き刺さるボールと共に、今日最後の笛の音がコートに響き渡っていた。
――A1 B2。
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「あー、楽しかった!」
試合が終わり、授業は自由時間へ。
うんと背を伸ばして、メリーは一時の勝利の余韻を噛みしめていた。
「いやー、まけちゃったのだー。残念だけど、楽しかったのだ!」
「本当に見事な守備でした……是非とも、崩したかったですね」
楓とユウは負けたながらもすがすがしい表情で、浮き輪に掴まってぷかぷかとプールを満喫。
勝負は勝負、勝ちがあれば負けもある。
でも楽しめば、それが一番の勝利でもあるものだった。
「あんた、大丈夫か……?」
プールサイドでは、頭に大きなこぶを作って仰向けになるマキナと、その横で棒アイスを頬張る仙也。
「俺が、何をしたってんだろうな……ぐふっ」
マキナは世の中の不条理を噛みしめつつも、妹の奇行の餌食となった記憶を忘れるかのように意識を失う。
そんな姿をどうしようもなく見つめている事しかできなかった仙也であるが、その視界の先に映った別の一行を目にして、口にしていた棒アイスを思いっきり吹き出していた。
「おっまたせー、じゃじゃん!」
大手を振って現れた柚葉の後ろには、どこか顔を赤らめたプロフェッサー。
バスタオルで身を包み、どこかその身体を隠すような格好である。
「Bチームの勝利を祝って、先生のプレゼントでーす! プロデュースはあたし!」
大声で注目を集めるように口にして、プロフェッサーの身に纏ったタオルを一気に解き放つ。
周囲の感嘆の吐息と共にプールサイドに露わになったのは、非常に布面積の少ない水着に身を包んだプロフェッサーの姿であった。
「約束とは言え、なんでこんな目に……」
「えーだって、『私たちが勝ったら』って約束でしょ? Bチームの『仲間』が勝ったんだから、私達の勝利だよ〜」
ニヘラと笑う柚葉を前に、涙目でその場に蹲るプロフェッサー。
見上げる視線を前に、満面の笑みで応える。
「あー、先生が屈辱と羞恥で赤くなるところが見れたし大満足! 楽しかったー!」
「こんなの、納得いくか〜!!」
溌剌とした柚葉の言葉とは裏腹に、悲痛に悶えるプロフェッサーの叫びは、その日アクアキングダムのどこまでも響き渡っていたと言う。