●リビングデッド
静まり返った街には、荒廃とした風景画広がっていた。
飲み屋が犇く歓楽街。
ほんの昨夜まで、多くの人々が集い、語らい、そして笑い合った。
そんな、笑顔に溢れた街であった筈。
それが一夜にして変わり果てた死の街へと成り代わり、今、撃退士達の眼前に広がっていた。
意志があるのかないのか、ひたりひたりと肩を揺らしながら歩く動く屍達。
逃げ惑った人々の手によるものか、それともディアボロ達の手によるものか、店のガラスは叩き割られ、その縁にはべっとりとした血液が滴り落ちる。
「あー、こういうゲーム見たことあるわ。それかB級映画?」
そんな有様を前に、瑠璃堂 藍(
ja0632)はよほど緊張感に欠けた口調で口を開いた。
なるほどそれは、テレビ画面の中で繰り広げられるゲームや、「○○・オブ・ザ・デッド」などと名がついて量産された数多くのB級映画のシーンにも酷似していた事だろう。
――否。
それ以上に、久遠ヶ原の生徒が日々どれだけこのような光景を目にしているのか。
一般人とは決して相容れない彼女等の落ち着き様の裏には、そんな戦いの日々の惨状が映し出されている。
「それにしても……これだけの数、どこから湧いて出てきたんだ?」
建物の影から様子を伺いながら、千葉 真一(
ja0070)は眉間に皺を寄せていた。
「ゲートが開いた話も聞いておりませんが。もし歩いて来たのだとしたら、それはそれでシュールな絵ではありますね」
そう、クスリと笑みを浮かべながら答える御幸浜 霧(
ja0751)。
「どちらにしても、人々の、自由と平和。そして癒しと歓楽を脅かす。赦す訳にはいきません――参りましょう」
身に着けた具足の紐をきつく縛り直しながら、眼前のディアボロ達に強い眼差しを向ける翡翠 雪(
ja6883)。
彼女の言葉に撃退士達は静かに頷くと、一斉に大通りへと飛び出して行ったのである。
「これだけ数が多いと囲まれたら危険だわ。お互いフォローしあって行きましょう!」
そう声を掛ける八神 翼(
jb6550)の傍で、染井 桜花(
ja4386)が無言でその手に抱えたショットガンの引き金を引き絞る。
唸る轟音と共に弾け飛んだ散弾は、眼前をふらふらと歩いていたゾンビの群れに飛び込んで、その四肢を飛散させた。
「兎に角、大通りの中心を目指しましょう」
切り崩された群れの傷跡に、雪が突貫。
手の平に溜めたアウルの輝きを長大な槍へと変容させる。
がしりと握り締めたその切っ先を、迫るディアボロの鼻ッ先へ向けてギリリと構え。
全身のバネを使って放たれたその槍は、一筋の光となって眼前のディアボロ達を貫いた。
鋭く射抜く視線の先、塵も残らず吹き飛んだゾンビの後に出来上がった直線の道。
しかし、群がるゾンビがすぐにその通路を塞がりに掛かる。
撃退士達はその道を維持するべく適時攻撃を叩き込みながら、大通りの中心を目指した。
戦闘の音に反応したのか、直近の側道からもぞろぞろとゾンビが現れ始める。
次第に、大通りが彼らの姿で埋め尽くされ始めていた。
「うぅん、実際に自分の身に降りかかると、あまり気持ちの良いものじゃ無いわね」
蠢く屍の群れに囲まれ、僅かにその顔を顰める藍。
それでも、それが今回の作戦なのだからと、もっともな理由を持ってその気分を納得させると、ポケットから小笛を取り出して、口にかぷりと咥え込む。
「これで仕上げ――」
そう言って、一気に吹き鳴らした笛の音が街を貫いた。
震えた大気が、側道を縫って駆け巡る。
それと同時に、いくつもの視線が自らの方へと向き直った空気を、藍は確かに感じていた。
「もう一発、撃ち鳴らしておきましょう」
霧もまた、手にした拳銃を天高く掲げて無造作に弾を撃ち放つ。
同時に自らの紫掛かった光纏の輝きを拡大し、真昼間でありながら誘蛾灯の如く、ぼうと大通りに浮かび上がる。
その音や光に釣られてか、先ほどまでとは比べ物にならない数のゾンビ達が、撃退士達に向かってよたよたとした足取りを向けて手を指し伸ばした。
「本番ね……ディアボロども、一体残らず殲滅してやるわっ!! 」
激しい感情を口にしながら、翼の護符がはらりと宙を舞う。
そのまま空中にひたりと止まった符に走る雷。
「俺たちが相手だ、掛かって来い!」
術式に彼女を背に守るようにしながら、真一がゾンビの群れへと立ち塞がった。
上半身でビシリとポージングを決めた後、群れに駆け出しながら光纏を発動させる。
「変身っ――天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
ヒヒイロカネから発現した鎧を身に纏い、駆け出した勢いのまま眼前のゾンビにその拳を叩き込んだ。
ミシリと音を立てて顔面を捉える拳。
その腕に、渦巻くアウルの輝きが走る。
「ゴウライ、ハウルストラァァイクっ!」
天に轟く叫びと共に、腕に渦巻くアウルの旋風が大通りを突き抜ける。
その衝撃波に巻き込まれ、眼前に迫る敵が一網打尽に吹き飛ばされた。
そんな真一の背後に輝く、膨大なマテリアルの光。
自らの霊力を雷に代え、展開した護符に載せて増幅する翼の十八番。
「この街は、お前達がどうこうしていい場所ではないのよ」
その瞳に敵の存在への憎しみを込め、極大に膨れ上がったエネルギーが紫電となって弾け飛ぶ。
駆ける雷撃が数多のゾンビの身を巻き込み、一撃にして消し炭と化していた。
●殲滅
「あらかた、片付きましたね」
額の汗を拭いながら、仲間達へ治癒の魔術を行使する雪。
撃退士達の大通りでの大規模な殲滅戦により、眼に見えるゾンビは全て文字通り塵へと帰っていた。
彼らへのダメージも全く無かった訳ではないが、それも雪の治癒魔法で万全の状態に戻りつつあった。
「大分力も使ってしまったけれど……これくらいなら、まだまだ戦えるわ」
新たな護符を取り出しながら、翼はざっと辺りを見渡す。
大通りこそ閑散とした様子ではあったが、街の隅の方ではまだ、ごそごそと何かが動くような気配が察知できる。
流石にこれだけで、全てのゾンビを釣り出すことも出来ては居なかったようである。
「なら、ここからは予定通り手分けをして残党殲滅に移ろうぜ。俺は八神先輩と。瑠璃堂先輩は染井と。御幸浜は翡翠とでいいな?」
「被害予想地区はそれ程広い訳じゃありませんが……狭い訳でもないですし、連絡は常に取り合っておきましょう」
打ち合わせ内容を確認する真一の言葉と共に、雪を中心にして通信端末の連絡先を再度確かめ合う。
もっとも恐れるべき事態――孤立。
それだけは防がねばなるまいと、入念な準備を入れて、彼らは入り組んだ側道へと足を踏み入れてくのであった。
「ゴォォォライパンチ!」
大気を切り裂く鋭い正拳突きが、行く手に憚ったゾンビ達を瞬く間に吹き飛ばす。
「狭いだけ、囲まれる危険は減るけれど……纏めて倒す事も出来なくなって来たわね」
術式を、大通りで見せた広範囲殲滅型から比較的狭い範囲への攻撃に切り替えながら、翼は小さく奥歯を噛みしめていた。
側道へと入ってから、やはり集めきれなかったゾンビは、蔓延とまでこそ言わないものの、目で見てすぐ確認できる程度にはまだ残されていた。
道でコレなのだ、屋内に居るかもしれない個体を含めれば、まだまだ何匹ものディアボロが潜んでいる事だろう。
目の前にしながらも、地道に蹴散らす事しかできない憎き敵を相手に歯がゆい思いを感じながらも、1体1体を確実に仕留める事で心境も維持している。
「八神先輩、この辺りはあらかた片付いたみたいです!」
続く連戦に多少は息を弾ませながらも、まだまだ余裕を見せる真一。
「分かったわ、他の班にも連絡を入れておきましょう」
そう言って、携帯の通話ボタンを押したその時。
ガシャンと小気味の良い炸裂音と共に、彼女のすぐ傍の窓ガラスが打ち破られ、伸び出した死人の出が彼女を襲う。
「八神先輩!」
先を行く真一は思わず引き返すも、死霊の腕はそれよりも早く彼女のケータイを持つ手を掴み窓の方へと引き寄せる。
思わず取り落した携帯が地面を転がり、その手にはディアボロの牙が突き立った。
激痛がその身を襲うも、痛みを圧して自らの懐に手をねじ込む翼。
「ゾンビどもが……砕け散れっ!」
反対の腕で取り出した護符をゾンビの額に押し付けるようにして放つ紫電。
その一撃は容易にディアボロの頭部を吹き飛ばし、掴む腕からもするりと力が抜ける。
『何? 大丈夫!?』
「……ええ。ちょっと、マナーのなってない子を躾けただけよ」
通話口から洩れる藍の声にそう返し、一帯のゾンビは仕留めた事を告げる翼。
この狭い道で、敵はどこから飛び出してくるか分からない。
今までよりも幾分慎重に、2人は捜索を再開するのであった。
一方、霧と桜の班は手あたり次第に侵入可能であった住居の安否確認に精を出していた。
戦った傾向上、ゾンビどもはそこまで知能は高く無い。
普通に鍵が掛かっていて、外的物損による穴が無ければ、その建物は概ね無事と判断して良いもの。
鍵の開いたもの、窓が壊れているものがターゲットの主であり、それだけでも捜索圏はかなり狭める事ができていた。
「――この家は大丈夫みたいですね」
路地よりもさらに死角の多い屋内。
捜索は慎重かつ、徹底されることが求められていた。
「霧様、そろそろ次へ参りましょう」
そう言って、別の部屋の探索に入っていた霧に合流する。
霧は合流先の部屋で座り込み、静かに床に向かって何か作業をしている様子。
光纏を解けてしまい、脚がまた不自由になってしまったのかと、心配になって駆け寄る雪。
しかし駆け寄ったその先で、その足が、手が、はたりと止まる。
「すみません、遅れましたね。参りましょう」
そう言って、静かに合わせた手を解いた霧の視線の先には、喉元を真っ赤に染めて倒れた少女の姿。
とっくに事切れていたのだろう。
既に顔色に血の気も無く、床を濡らす真っ赤な絵の具も凝固が始まっていた。
「……一刻も早く、この街を開放しましょう。それが私達のできる、最大の結果です」
雪はその様子に対し、特別にコメントを残すわけでも無く、ただただそう、噛みしめるように口にしていた。
「堅気の生活を護るのがわたくし達の使命ですからね……ぞんびー共には負けません」
霧もまたすくりと立ち上がると、もう一度だけ少女の亡骸を振り返る。
しかし2度は何も言う事無く、視線を元に戻すと、足袋の擦れる音だけを響かせて部屋を後にしていくのだった。
「これは……ハズレを引いたかしらね」
側道のゾンビ殲滅に当たっていた藍と桜花の2人は、若干の窮地に額を汗で濡らしていた。
正確には、濡らしていたのは藍一人で桜花は相変わらずの無表情であったわけだが。
「一応救援は呼んだけど……染井さん、大丈夫?」
建物の捜索を終えて路地へ戻ろうとした所、先ほどは居なかったハズの狭い道に蔓延った多数のゾンビ達。
建物の戸口ごしに様子を伺いながら、流石の藍も肝が冷える様子で桜花に尋ねる。
対する桜花はただ一つ、こくりと小さく頷くと、ヒヒイロカネから巨大なハルバードを取り出して、バンと扉を蹴破った。
そのまま文字通りの神速で群に接近した桜花は勢いのままにハルバードの切っ先を振り抜く。
重量感ある一撃に、ディアボロの上半身は跡形も無く吹き飛んだ。
「……円舞・輪切」
ぼそりと呟く桜花の姿に、周囲のゾンビ達が一斉に手を差し出す。
その腕をひらりと潜り抜けると、手身近なゾンビの胸ぐらを掴み――否、力任せにその胸板をぶち抜いた。
ぶちりと嫌な音を立てながら、冷え切り、靡きもしない心の臓を引きずり出すと、そのままぐしゃりと握りつぶす。
「……絶技・音止」
相手が人であったなら、その様子を目にしただけでも震え上がり、後ずさった事だろう。
それでも、意思無きディアブロと言う敵を相手にして、そんな甘い思いは考えてはいやしない。
「――染井さん、今よ!」
桜花の背後から迫るゾンビの「影」を、指の合間から伝うその銀糸で括り付ける藍。
その力で自らの体も絡め取られたかのように、不可解なポーズで静止するゾンビの頭を、血に濡れた桜花の手がワシりと掴み取る。
そのまま地面に叩き付けたゾンビの頭部へ、間髪入れずに踵がめり込む。
スイカを割るようにはじけ飛んだ頭部を前にして、なおも返り血を浴びながらも桜花は静かに呟いていた。
「……絶技・兜潰し」
その惨劇の様子は、もはやどちらが恐怖の対象であるかも疑ってしまうもの。
藍は、なんとも頼もしい味方を前にしながらも小さく背中を震わせながら、自身を奮い立たせるかのようにひきつった笑みを作って見せていた。
「染井さんの戦い方って、なんていうか……ええと、激しいわね」
彼女の賞賛の言葉を聞いては居るのか居ないのか、ハルバードの切っ先でゾンビを突き刺しては地面に叩き付け四散させる縦横無尽の桜花の姿を瞳に映し、藍はもう一度携帯電話を手に取って、「多分、大丈夫そう」と客観的な見解を端的に述べていたのであった。
●悪夢は過ぎ去って
陽の落ちかけた夕刻ごろ。
なんとか目標であった日中にすべての片を付けた撃退士達は、もう一度大通りに集まった。
「ふぅ……久しぶりのシノギは疲れました。若い方、どなたか車椅子を押して下さいませんか?」
「おう、そう言うのは女の子にはさせられないぜ。俺に任せな」
愛用の車椅子に戻って光纏を解除した霧の後ろに、真一が駆け寄ってゆく。
「犠牲者が増える前に、掃討できて良かった……」
「増えはしなくても、護れない命はあります……盾として、依頼があってからでないと動けない身はもどかしいです」
対象を失ったからか、戦闘中とはちがって比較的落ち着きを見せる翼に、先ほどの民家での一件を鮮明に思い出す雪。
「……それでも、それはとても意味のある事だと。わたくしは思いますよ」
椅子を引かれながら、あの時そうしたように、閑散とした街を肩越しに振り返る霧。
撃退士達が戦う事で救われる命……その命の尊さを喜ぶか。
戦うことが出来ず護れなかった命……その無念を嘆くか。
選択は、一人一人の自由ではある。
が……少なくとも、彼らの力によってこの街にはまた陽が昇る。
その事は、間違いのない事実であったことだろう。