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マスター:野田銀次
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/04


みんなの思い出



オープニング

●怯える森
 鬱蒼と茂る木々。風に揺られて舞い落ちる木の葉。空模様はどんよりとしていて、重たい岩のようにのし掛かってくる。
 ここは本州の北部に位置するとある山岳地帯。その麓に広がる森林である。
 一面を覆う緑は色鮮やかで、まだまだ森を彩り続ける気力に満ちているにも関わらず、空を覆う雲のせいか、不気味な雰囲気をもって揺られている。
 いつもと違う。誰よりも早くそのことに感づいたのは、この森で写真を撮り続けて10年にもなるという写真家の男。
 彼はこの日も森に足を運び、いつものように木々や草花、動物たちをフレームに納めていた。
「なんだろう……気持ち悪いな」
 別に何を見たわけでもない。彼の目に映っているのは、いつもと変わらない森の姿だ。
 だが彼は違和感を感じて仕方がない。何度も気のせいだとぬぐい去ってはみたが、すぐにまたフレーム越しに押し寄せてくる奇妙な感覚に心を乱される。
 何かがおかしい。その疑問を解き明かし、ああ、そうだったのかと納得させる証明が現れるまでは、少しばかり時間がかかった。

●陰る緑
 彼はその後5日間、違和感の原因も分からぬまま森へ通い続けた。
 この5日間で変わったことといえば、一日に一人のペースで、この森に立ち入った人間が行方不明になっているということだった。
 この森で何かが起きているのは明らかだった。既に立ち入り禁止の令もおりており、近日中には本格的な捜査態勢が組まれる予定だった。
 それでも彼は、警備の目をかいくぐって森に足を運んだ。
 自分にはそれしかできない。その先入観が彼を余計に森へと駆り立て、危機を察する感覚を鈍らせた。
 彼の思うとおり、この森はおかしかった。
 それにいち早く感づいたのは、長年森に通い続けた彼だからこそだろう。
 だが同時に、長年森で写真を撮り続けていたことが、森に対する信頼と、自分の感覚を過信する原因にもなっていた。
「………なんだ?」
 ついに彼が違和感の原因をカメラのフレームに収めた時には、既に手遅れだった。
 木々の隙間から突如姿を現した異形を発見した瞬間、彼は迷うことなくシャッターを切っていた。が、そのシャッター音と共に、彼の一生は終わりを迎えた。
 翌日、この森での行方不明者のリストの中に、彼の名前が連なった。

●儚い獣道
「これは……間違いない、あいつのものだ」
 数日後、あのカメラマンの男を探して、彼の古くからの友人、結城史郎が、地元の警察官などで編成された捜索チームに混じってかの森へとやってきた。
 結城が腰を屈めて拾い上げたのは、あのカメラマンが落としたデジタル一眼レフのカメラだった。
 形状を留めないほど破壊されていたが、辛うじて残っていたネーム入りのネックストラップを見て、結城はそう判断した。
 よく見てみれば、写真データを保存していたメモリーは無傷のようだった。
 結城はすぐさま自ら所持していたカメラを取り出し、メモリーを挿入して中身を確認した。
「……なっ……なんてことだ」
 そこに写っていたものを見て、結城は言葉を失った。急いでこれを届けなければ。そう思って立ち上がった瞬間、耳を劈く悲鳴が辺りに木霊した。
 それが共にやってきた捜索チームのメンバーのものであることは明らかだった。他にこの森に立ち入っている人間はいないのだから。
「な、なんだ…………」
 あまりのことに呆然としていると、木々の間を縫って駆け戻ってくる一人の男の姿が見えた。
 が、すぐ消えた。
 結城の視線の遙か先で、その姿は音もなく消え去ったのだ。
 しばらくの間静寂が続き、やがて結城の耳に飛び込んできたのは、また別の悲鳴だった。
 悲鳴に混じって、今自分たちが置かれている状況を示す言葉が聞こえてくる。
「逃げろ!」
「助けてくれ!」


「天魔だ!」


 結城は走った。声も上げず、ひたすらに来た道を引き返し、全速力で逃げ出した。
 心の中で仲間達を見捨てたことを悔やみ、何度も謝罪を繰り返しながらも、その足は止まることなく動き続けた。貴重な手がかりとなるであろうメモリーが入ったカメラを落としたことに気づかないほどに。

 その日の晩。唯一の生存者となった結城の証言により、この森への撃退士の派遣が決定した。


リプレイ本文

●足がかり
 召集に応えて集まった六人の撃退士。
 彼らと相対し、身振り手振りを交えながら必死に話すのは、この事件唯一の生き残りであり、ただ一人の証言者である結城だ。
「そうです、ええ。ですから私がカメラを落としたのはこの辺りで、仲間が襲われたのはこの辺りかと……」
 大判の地図に頭を寄せ合って、撃退士達は静かに話を聞いている。
 今回の作戦はあまりにも情報不足だ。貴重な結城の言葉を一言も聞き逃すわけにはいかない。
「何か気になった風景などはありませんでしたか?」
 特に熱心に情報を聞き出してはメモをとっているのは達澤 照(jb6721)。
 彼女のメモにはカメラの位置や森の情報だけでなく、今回の件で行方不明(限りなく死亡に近い)になった人々の名前と特徴が記されている。
 行方不明者の捜索及び遺体の回収は、彼女の今回の依頼における個人的な目的だった。
「私からはお伝えできるのは以上です……どうか、よろしくお願いします」
 覚えていること、森について知っていることの全てを伝え終えると、結城は深々と頭を下げた。その頭、手足は、小刻みに震えている。
 撃退士達はその振るえを止めるべく、何かが潜む薄暗い魔の森へと足を向けた。

●静かなる敵陣
 森は静まり返っている。
 鳥のさえずりも虫の羽音も、その一切が故意に断たれているかのように聞こえない。
 その只中を、撃退士の一団は同じく音もなく進んでいく。
 結城から得た情報をもとに、行方不明になった捜索チームが進んだ道を辿っていく。
「阻霊符は展開してるけど、まだ何もひっかからないわね」
 隊列の外側で警戒を続けていたフローラ・シュトリエ(jb1440)は、隊列の前方で同じように阻霊符を手にしているルーガ・スレイアー(jb2600)に小さく声をかけた。
「二人分でかなり広範囲を抑えているけど、気配も感じないなー。逆に不気味」
 沈黙を切り裂く微かな物音を聞き逃さずルーガが振り返るが、そこにはやはり何の姿も見られない。
 樹上を渡り歩きながら周囲を見回しているダッシュ・アナザー(jb3147)の目にも、今のところは異常に静まり返った森の景色以外は写っていない。
「おびきよせられてる……可能性……慎重に……」
 静か過ぎるが故に、一同はより慎重に歩みを進める。
 それでも確かに着実に目的地付近へと接近し、結局一度の襲撃も受けず、何者に遭遇することもなく、結城が示した位置まで辿りついた。
 静まり返った木々の隙間に、唯一異質な機械が一つ、ポツリと落ちていた。

●深緑の包囲網
「これが結城さんの言っていたカメラね。どうやら無事みたい」
 蓮城 真緋呂(jb6120)が、カメラに歩み寄りながら言う。
 少しばかり砂や屑を被ってはいるが、少なくとも致命的な損害はなさそうだ。
「これで最初の目的は達したな。後は……」
 風雅 哲心(jb6008)が呟くのと同時に、それは姿を現した。
 最初は二箇所同時。すさまじい速度で阻霊符の領域外から急接近してきた。隊列の後方だ。
「きた……!」
 樹上で待機していたダッシュが即座に接近を察知して飛び降り、風雅と共に振り返って構えた。
 木々の間を縫って飛び出してきた『影』は、そのままの勢いで一同に向かって襲い掛かったが、寸でのところで風雅の太刀とダッシュの火遁・火蛇がそれを退けた。
 だが『影』はその姿を明確に捉えられるより先に、またしても素早い動きで木々の奥へと身を隠した。
「私達が応戦します! カメラを!」
 間髪入れずに再び別方向から飛び出してきた『影』を水鶏翔扇で払いのけながら、達澤が声を上げる。
 達澤が言い終わるよりも早く、隊列の前衛に近かった蓮城とフローラ、ルーガはカメラに向かって駆け出した。
 背に仲間の防戦する音が聞こえるが今は振り返らない。一目散に駆け抜け、カメラを拾い上げたのはフローラだった。
「中身は無事?」
 ルーガに言われてフローラがカメラを操作すると、ディスプレイにはこのカメラの持ち主が見た最後の光景が映し出されていた。
「成る程」
 蓮城が誰にでもなくつぶやく。
 三人はそこに写っている異形の『群れ』に一瞬驚いて息を呑んだが、すぐさまそれらの特徴を理解すると、戦線に加わるべく振り返った。
 カメラは万一に備えてメモリーを抜き、メモリーはルーガが、本体はフローラが預かることになり、それぞれ預かったものを大事にしまいながら、後方で防衛している仲間の下へ駆け寄っていく。
「敵は馬鹿みたいに多いわ。ファインダーを埋め尽くすくらいに」
 蓮城は次の攻撃に備えて身構える風雅の隣に立ち、先ほど目にした光景を伝達しつつ、自身も迎撃体制をとる。
 それを聞いた風雅、ダッシュ、達澤の三人は妙に納得したような表情でいる。
「そうですか……どうりで」
「数匹とは……思えなかったから……納得」
 敵の攻撃は四方八方至るところから、鬱蒼とした森の中で身を翻しているとは思えない程の素早さで連続して襲い掛かってくる。
 無数の敵が木々の間でタイミングを見計らっているのだとすれば、ありえないことではない。
 そうしている間にも、『影』は次から次へと目で捉えるよりも速く接近し、打ち負かされてはまた消えるという行動を繰り返している。
「写真に写っていた姿からするとおそらくディアボロだと思うけど……どう?」
 フローラの疑問に、対象のカオスレートを探っていたルーガが答える。
「ご明察。でも一体一体の力は弱いように感じるし、行動パターンも単調だなーきっと」
 付け加えた一言はルーガの直感に過ぎなかったが、確かに先ほどから相対している面々も同じような感覚を持っていた。
 攻撃は容易く弾き返せるし、重さも感じない。ただひたすらに素早く、数が多いのだ。
「完全に包囲されているな。初めから罠にでも嵌めるつもりだったのか?」
「なら、こちらも……」
 敵をはじき返しながらぼやく風雅に返しながら、ダッシュは再び樹上へと上がり、ゼルク、ニグレド、セエレなどのワイヤー状の武器を手にした。
 木々と敵の攻撃の間を文字通り『縫うようにして』動き回り、手早く木々の間にワイヤーを張り巡らせていく。
 何をしようとしているのかを察した仲間達は、ダッシュの周囲に敵を近寄らせぬように応戦していると、早速思惑通りのことが起きた。張り巡らせたワイヤーの一角に、敵が真っ向から突っ込んだのだ。
 それまで素早すぎて捉えられなかった敵の姿が、ようやく目の前ではっきりとその輪郭を見せた。
 報告にあったとおり、極端に肥大化した腕と爪が特徴的な、狼のような姿のディアボロが、目にも留まらぬ速さでワイヤー郡に突っ込み、一瞬にして体をズタボロに切り刻まれながら一同の前に転げ出た。
 刻まれてもなお、体を激しく動かしながら移動しようともがいている。大きさは平均的な成人男性とほぼ変わらない程度で、比較的小柄だ。
「成る程、確かに頭は悪いみたいね。なら、突破は容易いかしら?」
 光纏の合図である紋章を両手の甲に浮かび上がらせながら、フローラが本格的に戦闘態勢をとる。
 敵の力はある程度わかった。ならばやることは一つ。包囲網を突破して、無事に帰還する。一同は無言だったが、意思は通じ合っていた。
 今ここで全てを相手にし、倒しきるのは難しい。ならば情報を持って帰還し、体制を整えて再度殲滅にかかるのが得策だ。
 敵がワイヤーに絡めとられ、寸断されているこの隙を逃さず、全員が同時に攻撃に転じた。
 まず先手を打ったのはルーガ。敵が一番折り重なって足止めされている箇所に封砲を撃ち込んだ。振りぬいた大鎌から放たれた衝撃波が一斉に敵を吹き飛ばし、包囲網に抜け穴を開る。
「おまけ……」
 それに続けてダッシュが火遁・火蛇を放ち、穴を更に大きくした。一同が走り抜けるには十分な突破口だ。
「一気に抜けるわよ!」
「応!」
 それに乗じ、蓮城と風雅が磁場形成による瞬時の移動で包囲網の穴に近づき、すぐさま包囲網を修復しだした敵の増援を薙ぎ払い、進路を確保すると更に前進を始めた。
 間髪入れず他の仲間達も駆け出し、それを敵の包囲網が追随する。
「しんがりは私が努めます。皆さんは構わず前進を!」
 後方から迫る敵を払いのけながら、達澤は水鶏翔扇と仕込み刀を用いて仲間の死角を守る。
 それに合わせて、ダッシュも目隠しや影縛の術で追っ手の進路を阻み続ける。
 中〜前衛はひたすらに前を見て、前進し続けるが、敵は後方から追ってくるばかりではない。道の両脇から、時には前方から。至るところから攻撃を仕掛けてくる。
 途中何度か行方不明者の遺体らしきものを見かけたが、達澤にはそれを詳しく記録する余裕は無く、記憶するだけで精一杯だった。
「次から次へとくるわね。ほんと何匹いるの!」
 素早い剣撃で近寄る敵を蹴散らしながら、フローラが毒づく。
 一匹一匹の力が弱いことが唯一の幸いだった。これで単体の戦闘力が高かったのではたまったものではない。
 しかし、このまま倒され続けてくれるだけでは済まないのではないかと、誰もが心の奥で感じていた。
「……何か来る! 全員ストップ!」
 突如声を上げたルーガ。その鬼気迫る一言に、全員が思わず従った。
 それに合わせて、敵の攻撃の手も止まる。
 そして待ち構えていたかのように一同の進路の先に飛び出してきたのは、他よりも倍以上は大きい体を有する狼型のディアボロだった。
「きっと、親玉……振り切るの、難しいかも……」
「なら、とっととぶっ倒して進むだけだ!」
 先陣を切った風雅は正面から親玉に突っ込んでいき、太刀の一振りを浴びせる。
 それを右方向への横跳びで回避した親玉は、すぐさま風雅の左側面から鋭い爪の一撃をくわえんと飛び掛った。
「させません!」
 達澤が両者の間に割ってはいり、仕込み刀で爪の一撃を受け止めた。
 すると達澤と組み合っている親玉の顔面に、ルーガが所持していた香水を浴びせた。
 あまりにも大量にかかったためか、親玉は自身に纏わりつく匂いに一瞬混乱し、動きが鈍った。
「いまだ!」
 鋭い掛け声と共に親玉に飛び掛ったのは蓮城。閃滅による高速移動で瞬時に親玉の背後に躍り出ると、サンダーブレードによる一撃を加える。
 激しい電流に親玉がもがいている間に、組み合っていた達澤は素早く距離をとり、入れ替わるようにしてフローラが飛び込んできた。
 無造作に振り回された腕の攻撃を避けながら懐に飛び込み、胴に鋭い剣撃を叩き込む。
 続けて近くの樹上高くから飛び降りたダッシュが、先ほど罠にも使用したワイヤー状の武器を親玉の首に巻きつけながら地に降り、そして思い切りワイヤーを引いた。
 首を飛ばす、とまではいかなかったものの、強烈な摩擦で肉が削がれ、親玉は雄たけびを上げてもがいた。
「好機は逃さん、こいつでどうだ……!」
 再び風雅が接近し、もはや隙だらけとなった親玉に真っ向一閃の一撃を浴びせ、親玉の雄たけびはぷつりと途切れ、そのまま倒れて動かなくなった。
 親玉が倒されたことを機に、先ほどまで途切れることなく襲い掛かってきた群れの動きもすっかり止まってしまった。
「今のうちに、とっとと退散しましょう」
 フローラの言葉に全員が頷き、一同は再び走り出した。
 カメラとメモリーを無事に回収し、撃退士達は無事、敵の包囲網から帰還した。

●殲滅戦の果てに
 翌日。撃退士達が持ち帰った写真の情報と、彼らが実際に体験した情報をもとに、本格的な殲滅戦のための用意が整えられた。
 大勢の撃退士が集められ、長期戦に耐えうるだけの十分な補給の用意もある。
 殲滅戦は順調に進行し、丸一日かけて、山中のディアボロは全て駆逐された。
 こうして、山はあるべき平穏を取り戻し、不気味に感じた木々の緑も、癒しを感じる温かさを再び纏っている。
 ディアボロの殲滅が終わったあとに、行方不明者の捜索という名目の、犠牲者の遺体捜索が行われた。
 この時、達澤だけは捜索チームに混じり、既に腐敗も始まっている遺体の数々を目にしながらも、黙々と作業を行った。
 これにより、行方不明となっていた23名全員が、家族のもとへと帰ることができた。
 23名。山に蔓延っていたディアボロの総数と比べれば少ない数字だが、人々にとっては決して軽視できない数の犠牲者だ。
 後にこの山には、今回の事件の犠牲者を悼んで、慰霊碑が建てられた。
 山道も慰問にきた人々が歩きやすいように整えられ、ディアボロの出現によって減少すると思われていた人々の来訪は、以前にも増して多くなった。
 
 結城もまた、再び山で写真を撮っていた。
 今日も山には、人々の足音と穏やかな声が響いている。
 いつまたこの平和が壊されるかは判らないが、その時までは、この美しい自然の景色を写真に収め続けよう。
 そう心に誓いながら、束の間かもしれないこの一時をフレームに切り取り、帰り際、今度こそ落としたりすることの無いように、大事にしまった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

EisBlumen Jungfrau・
フローラ・シュトリエ(jb1440)

大学部5年272組 女 陰陽師
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
静かな働き者・
ダッシュ・アナザー(jb3147)

大学部2年270組 女 鬼道忍軍
勇気あるもの・
風雅 哲心(jb6008)

大学部6年138組 男 アカシックレコーダー:タイプB
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
達澤 照(jb6721)

大学部3年267組 女 鬼道忍軍