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ノゾキ魔に対する準備は万全だった。
入念な事前調査で犯人の使うルートらしき道を割り出し、そこかしこに仕掛けたトラップ。女将の協力で温泉の入浴時間を20時〜21時に限定する等々。
撃退士たちは囮班と捕縛班に分かれ、警戒態勢をしっかりと敷いていた。
ただ、彼らは知らなかっただけなのだ。
世の中には、とんでもない変態が存在する事を。
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作戦決行の夜。女湯には天国が広がっていた。
湯気とドライアイスに見え隠れするのは、タオルや水着のみを纏う少女たちの白い肌、チチシリフトモモだ。
「わぁ〜、凪澤さんのは触り心地がまろやかだよ」
「ちょっ、そそそこまでやる必要があるのか!?」
最近お色気担当が染み付いてきた凪澤 小紅(
ja0266)の膨らみを澄野 美帆(
ja0556)が後ろからモニュモニュする。美帆は色っぽい声色で、必要以上のゆりゆり空間を形成していた。
「向こうは盛り上がってるよ……無駄に」
「うん、ほんと無駄だよ」
藍 星露(
ja5127)の言葉に、目の前のたゆんをガン見しつつイリス・レイバルド(
jb0442)が同意する。
(何だこの胸囲の格差社会は!)
囮班になったのはいいが、周りにいたのは圧倒的戦闘力の持ち主ばかり。イリスは自分自身の未発達ぶりを憎んだ。
「ぜ、絶対そこまでやる必要なんてない!」
「よいではないか〜よいではないか〜」
「はぁ……そろそろ止めよ」
バシャバシャとお湯を跳ね飛ばしながらモミモミから逃げようとする小紅。追う美帆。止めに入ろうと立ち上がった藍。三者三様の大きな膨らみが揺れた。
「むきーーー! なんだよなんだよ、みんなで見せつけやがって! くらえ、ドレインハーンド!!」
暴走したイリスが、全力で藍のソレを鷲掴みした。
「んなっ!?」
「うぅ、ちくしょー、チクショォォ!」
吸い付くような見事な手ごたえ。弾力も納得のもみ心地。どれもイリスにはないものだ。
「あんたまで何やってんのよ!」
「うわあああん、よこせー!」
露天風呂周囲どころか森の中にまで届きそうな四人の大騒ぎに、
「……やりすぎ」
木の上から浴場を監視していた東雲 桃華(
ja0319)が呆れた。
「おお、ずいぶん騒がしいじゃねーの」
男湯唯一の囮、女装姿の村雨 紫狼(
ja5376)は離れた桃源郷に割と淡白な反応を示す。
それもそのはず。いま女湯にいる少女たちは皆、彼の射程外なのだ。
「どうせなら幼女がなぁ……」
しばし妄想。怪しい笑みをしつつも、囮の役目は忘れない。
まだ連絡はない。とはいえ、ノゾキ魔が巧みに警戒網を突破してる可能性もなきにあらず。
「よっ、と」
試しに森から見えるように悩殺ポーズを取ってみた。
――闇色の森に潜む、息の荒い巨人と目が合った。
「ブッ!?」
「お、男湯に痴女がいるワーーー!」
茂みから飛び出した黒い全身ピッチリスーツのマッチョメンが、雄たけびを上げた。
●
「きたか!」
男湯周辺を警戒していた強羅 龍仁(
ja8161)が悲鳴(?)に反応し、動きだす。予定の合図とは違うし、声もおっさんの声だったが緊急事態には違いない。
「強羅さん、こっちです」
東城 夜刀彦(
ja6047)が姿を現わし、木の上から龍仁を誘導する。ふたりは迷いなく男湯へ疾走した。
しかし、それは彼らが最初に混沌とした現場に出会う事を意味していた。
男湯に迫る人影。それに夜刀彦が抱きついて捕獲を試みる。
「大人しくしてくださ――」
「テメェ! 男湯に女が堂々と入浴するたぁ、どういう用件だ、アァ!?」
「いー!?」
声の主は、しがみついた夜刀彦を物ともせず、ものすごい形相でズシンズシンと歩いていく。どこかの漫画に出る、世紀末覇者のような大男だ。……黒の全身ぴっちりスーツの。
「悪い子にはオシオキねぇ♪ さーて、ノゾキさんはどこ、に」
捕縛班のジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)がわずかに遅れて駆けつけると、その光景を見て絶句。余りの衝撃に唐辛子エキススプレーを落とした。
「この●●●がぁ! このキャシー様が直々に裁いてくれるワァ!」
目の前にいる巨人の名前はキャシー。キレ気味のオカマ口調で、どこかホモっぽい。
どこをとっても最悪だった。
「ぎゃあああ! なんだこの変態世紀末は!?」
紫狼、心からの絶叫。そして、隠しておいた携帯を光の速さで操作し、仲間全員に緊急連絡。
あまりに慌てていたため、体に巻いていたバスタオルがハラリ。不可抗力のZENRA☆がチラリ。
そして、ガン見する男が一人。
「あ、あら? おとこ?」
「おい、そこの」
怒りのオーラが霧散していくキャシーの背後から、硬直が解けた龍仁が声をかける。振り返った巨人はツラもガタイも一子相伝の暗殺拳の使い手に似ていた。
「お前が最近頻発するノゾキの犯人だな? おとなしくお縄につけ」
「はっ、まさか罠!?」
体をくねらせながら驚く大男。ほんとにきもい。
「に、逃げなくちゃいけないワネ」
その瞬間、キャシーの全身から薔薇色の光があふれる。間違いなくアウル発現者だ。
「ラビィ! 罠よ、逃げてェェェェ!」
ビリビリと空気を震わせる叫び。
「!?」
木の上にいた桃華とニオ・ハスラー(
ja9093)が最初に、男湯に向かっていた鬼定 璃遊(
ja0537)と羽鳴 鈴音(
ja1950)が遅れて、木々を揺らしながら高速で逃走する小柄な影に気づいた。
もうひとりのノゾキ魔だ。
「フンヌゥ!」
夜刀彦を力任せに振りほどき、キャシーも森へ逃走。
それが追いかけっこの始まりだった。
●
別々に逃げるノゾキを、それぞれの撃退士が追う。
小柄なノゾキを追う側を先導する桃華は、ナイトビジョンを用意したおかげで目標を見失わずには済んでいたが、内心焦っていた。
(速い!)
ラビィは身軽ですばしっこく、地面ではなく木から木へと飛び移るようにして逃走していた。
その顔はスカーフと帽子、首から下はマントで隠れている。こちらは相当用心しているようだ。
問題は、事前に設置した罠のほとんどが地上用のものであり、樹上を移動する犯人には効果が薄い事。そのため、桃華たちも全力で追う必要があった。
「止まらないから撃つっすよ!」
ニオがマグナムで射撃を試みるが、やはり遠い。仲間の合図で先にスタートした分だけ、距離が離れてしまっている。
ならば、と、
「これを見ろ!」
ウサ耳+巨乳スク水姿の璃遊が叫ぶ。ノゾキの足止めになればと準備したマニア向け外装。
「チラッ」
わずかに犯人が振り返った。
「待てコラー!」
だが、それも一瞬だ。隙をついて距離を詰めようとしたが、追いつくには足りない。
「それ偽乳だろう、揺れ方が不自然!」
相手ははどこか訛りのある高い声で叫びながら、どんどん加速していく。
そして、それに合わせるかのように木々を薙ぎ倒さんとせんばかりの勢いで、大男が間に割り込んできた。
「ダラッシャアアア! ノゾキをなめるんじゃないワヨ!」
全身ぴっちりスーツのキャシーである。そんなものが突然割り込んできたせいで、全員が少なからず動揺する。
「こっちにも追っ手が……しかも女ばっかりじゃない!」
爆走するキャシーはまるで暴走ダンプカーのようである。しかし、ラビィに比べればその足は遅い。
ここで鈴音の携帯に、夜刀彦から連絡が入った。彼は現状把握に努め、仲間との連携をとったのだ。
「その大男は足が速くない代わりに馬鹿力です! 一人二人でしがみついても振りほどかれるだけ。だから罠にうまく誘導してください!」
「了解ですよぉ!」
返事をして、仲間たちにもソレを伝える。そこで彼女たちはラビィを追う者とキャシーを誘導する者に別れた。
鈴音は誘導側。早速淡い光球を生み出し、弧を描くように駆け足。
それに気づいたキャシーは逆方向へと方向転換。うまく誘導に成功したようだ。
「せい!」
すかさず璃遊が鞘入りの刀でどつくが、相手の足はゆるまない。タフさも相当なもののようだ。
「こっちの大男は任せてですよぉ!」
「だからそっちは頼んだ」
「わかったっす!」
「もちろんよ!」
ラビィを追うニオと桃華のよい返事。彼女たちも無策ではない。森を北に進めば行き着くのは崖だ。そこまで追い詰めて時間を稼げば、囮班も合流し、完全に逃げ場をなくすことができる。
あとは、見失わないようにするだけだった。
●
「ヌオオオオ!」
相も変わらず、キャシーは木々を薙ぎ倒しながら逃走を続けていた。人魂に驚き、鞘で殴られてもだ。
「待つんじゃー!」
「待てー!」
キャシーから見て右側から裸エプロン姿の紫狼の声と水着装備のイリスが距離を詰める。
この頃、囮班の者たちも追跡に転じ、犯人に追いつき始めていたのである。
「お、男の裸エプロンッ。デュフフフ」
舌なめずりと怪しい声に、紫狼とイリスの全身に鳥肌がたった。
「でも今は逃げるのが先決だワ!」
改めて前を見据えるキャシー。すると、前方にふたりの人影が立ちはだかった。
「やれやれ……本当にやるのか?」
「もちろんよぅ」
人影がおもむろにサイド・チェストのポーズをとった次の瞬間、ふたつの輝きとイイ笑顔が炸裂する。
「ま、まぶしぃ!?」
キャシーはふたりを避けるように左へ。あとに残されたのは、
「俺は何をやっているんだ……」
自分でやっておきながら orz で大ダメージを受けている龍仁だった。
だが、そのおかげで逃走劇のひとつに終局が訪れる。
「ヌォ! ハッ、チョ、オブゥ!?」
一行の努力の結果。キャシーは見事にトラップゾーンに嵌っていた。草を結んだもの・ロープ・網・落とし穴など、これらすべてが足止めをし、捕獲するためのものだ。罠の位置は共有しているため、撃退士側が間違ってかかることはない。
ひとつやふたつならキャシーも強引に引き千切れたが、連続する罠にはひとたまりもなかった。
「イヤアアア!?」
最後は結んだ草+落とし穴のコンボにはまり、自力で抜けられなくなってしまう。ちょうどお腹から上だけが地上に出ている形だ。
そこにゾロゾロと集まる撃退士たち。元々彼を追い、誘導していた者ははもちろん、囮役だった美帆の姿もある。
「あ、イリスは途中で水着がストンってなったから、泣きながら温泉に戻ったよ。多分、すぐに追いつくと思うけど……」
少々のトラブルもあったようだが、その場にいる全員が動けないキャシーを囲む。
「……や、優しくしてね♪」
ウフンとウインクをする大男は、大変見苦しかった。
直後、野太い悲鳴が、山々に響きわたった。
●
一方その頃、北にある崖付近では。
「鬼ごっこはおしまいなの?」
「神妙にお縄につくっす!」
「後ろは崖だ。逃げ場はないぞ」
「覚悟はできてるよね?」
桃華とニオ、後から追いついた小紅と藍の四人がラビィを追い詰めていた。
「ううっ……」
後ずさるラビィは大きく肩で息をしている。だが、それは撃退士側も同様だった。相手の足を止めるために『タオルが取れた!』等の変態用挑発で注意を引いた事も体力消耗に拍車をかけていたのだ。
ジリジリと四人が包囲網を狭めていく。
「ふ、フッフッフ」
そんな状況で何が可笑しいのか、ラビィは笑い始めた。
「まったく、撃退士が待ち構えてるとは思わなかったヨ。我々も有名になったものダ」
危機的状況に陥ってるにも関わらず、随分と余裕がある態度だ。
「何がおかしい?」
小紅が冷たい声で聞き返す。
「おかしいわけじゃないヨ。ただ楽しいだケ。これだからノゾキはやめられないよネ」
意味不明な言動を力強く犯人は続けた。
「きっとキミたちにはわからないよネ? けど、ノゾキはロマンなんだヨ! ドリームなんだヨ! 我々にとっては命をかけてもやるべき事なんだヨ!」
力説するラビィ。ここまでくるとプロのノゾキといってもいいかもしれない。
「登山家が山に登るのは何故? そこに山があるからダロ? だったらノゾキがノゾクのは何故だイ?」
その考えでいくなら答えは決まっている。
「……温泉があるから?」
その言葉に、暗闇の向こうでラビィが笑ったような気がした。
が、どれだけシリアスにしようとも言ってる事は『ノゾキって最高だよね、ロマンだよロマン!』と大差ない。
「……言いたいことは終わった? そろそろシバくわよ」
黒い桜の花弁を舞わせる桃華に、ラビィは焦った。
「あーもう、わかったヨ。こんな事は二度としないって誓うヨ。だからもう許してくれヨ!」
ガバッとその場に土下座してペコペコ謝るラビィ。なんとも情けない姿……だったが。
「なーんて? ホイ」
ボフゥン!
突如、ラビィを中心に煙幕が広がった。
「往生際の悪――キャッ?! タオルが!」
「ちょっ!? 誰だ、タオル引っ張るのは!?」
「な、何が起きてるっすか!」
「みんな、落ち着いて!」
「ムフフフ! タオルはもらっていくネ」
モクモクと立ち上る煙で視界は真っ白。仲間の位置すら把握できない状態になってしまい慌てる一行。誰かがこの様子を見ていたら『なんとマヌケなのか』、そう思ったかもしれない。
だが、本当にマヌケなのは、
高笑いをしながら気づかぬうちに崖に近づき――、
「アハハハハハッ……ハッ?」
後ろ足を踏み外した小柄な人物だった。
「アーーーー!?」
「わっ、誰か落ちたっぽいっす!」
煙が晴れず、身動きがとれないまま時間だけが過ぎていく。すると、自分たちの来た方向から声が聞こえてきた。どうやら、仲間たちが駆けつけてくれたようだ。
「うお、すげえ煙じゃねーか。お前ら全員無事か!?」
紫狼が声をかけると、ほどよい風が残っていた煙のほとんどを吹き飛ばした。
そこに曝け出されたのは、煙たがっている桃華とニオ。……そして、一糸纏わぬ小紅と藍だった。
「ぶっ!?」
駆けつけた八人が予想外の出来事に噴き出す。
自分たちの格好に気づいたふたりが、慌ててしゃがみ込んで悲鳴をあげるのは数秒後の事だった。
●
結局。
崖から落ちたラビィがどうなったかはわからなかった。ふつーならミンチになっている高さから落下したのは間違いないが。
ただ、落ちた者がふつーかと訊かれたら、口をそろえてNOと答えるだろう。
「まあまあ、犯人のひとりは捕まえたわけじゃし。きっともう一人も十分懲りたじゃろう。十分依頼は果たしてくれているのじゃ」
女将が笑ってそう言ってくれた。しかも、お礼にと一時的に露天風呂を撃退士たちに開放してくれたのである。
おかげで一行はのんびりと温泉を堪能できた。
新聞紙の汚れを落とす者、マイあひるちゃんを浮かべる者。
胸囲の戦闘能力や脱げキャラになりそうだった事を気にする者。
いつか息子と共に訪れる日を想像する者。
極度の変態に出会った事を忘れようとする者、犯人を捕まえきれなかった事を悔いる者、等々。
やること考える事は人それぞれである。
想定外すぎる事態に襲われ、ひどい目にもあったが。
温泉の心地よさは撃退士たちを心身共に癒してくれるのだった。