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夜の帳が降り、大きな月が強く輝き始める頃。
アラン・カートライト(
ja8773)は主催者S.Gを訪ねていた。
「御招き頂き光栄です、お嬢様。セシールとお呼びしても?」
「構いませんわ」
赤いドレスで着飾ったセシールに了承を得たアランは、恭しく跪き、差し出されたセシールの手の甲に挨拶をした。
「ふふっ、それでは参りましょうか」
ダンスパーティの会場は、洋風の大きな建物にあるホールだった。
煌びやかなシャンデリアに照らされるのは、いくつものテーブルに乗った数々の豪華な料理、今日のために着飾ってきた百を超える人々が歓談する姿だ。
突然、フッと照明の灯りが消え、窓から差し込む月明かりが幻想的な雰囲気を作り出す。
同時に、ホール中央で燕尾服姿のアランと百々 清世(
ja3082)による、小気味よく靴を鳴らすタップダンスが始まった。
ステップで生み出されるリズムが、観客の耳に刻まれる。徐々に大きくなる演奏が、彼らをより輝かせた。
「流石だな百々。上手いじゃねえか、お前」
「あたりまえでしょ。褒めても何も出ねーよ」
……そして、開幕の余興が終わると、
「さて、今宵御集まりの皆々様。セシールに感謝しつつ、存分に楽しもうか。パーティの始まりだ!」
アランの声と共に、セシールが姿を現わし、ダンスパーティの開始を宣言した。
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「ありがとうございます……。入れなかったらどうしようかと」
牧師姿のクルクス・コルネリウス(
ja1997)が、青いドレスに身を包んだシルヴィア・エインズワース(
ja4157)に感謝の言葉をかけると、穏やかな笑みが返ってきた。
「ふふふ、それは私も同じです」
異性装をしている集団の間を抜けて、ふたりはセシールの下へたどりついていた。
「はじめまして。Ms.グラス。僕はクルクス・コルネリウスと申します。こちらはシルヴィア・エインズワース様です。以後、お見知りおきを」
少し緊張しながらも自分らしく挨拶を。クルクスが握手を求めると、その手が握り返される。
「今日は楽しんでくれると嬉しいですわ」
「もちろんです」
「なんでしたら、今からクルクスさんにドレスを」
「いえ、牧師見習いですから」
きっぱりとそう言い切るクルクスに、セシールは少し残念そうだ。
互いに牽制しあう様子を見ていたシルヴィアは、内心激しく気にしていた事に答えを得た気がした。つまり、パーティのレギュレーションは『いつもこんな感じ』なのだ。
その後、セシールと別れて料理の置かれたテーブルへ。 クルクスは周囲が胸焼けしそうな程大量のスイーツを手にご満悦の様子だ。
「スイーツは主の与えた、喜びの一つですね……ああ、素晴らしい」
「クルクス、食べすぎはあまり良くないですよ?」
柔らかくたしなめるシルヴィア。女性最年長と男性最年少のペアは、どこか姉弟に近い雰囲気で楽しくおしゃべりを続けた。
並ぶご馳走を見て、ジェニオ・リーマス(
ja0872)に誘われて参加した紫乃 桜のお腹が可愛らしく『くぅぅ』と鳴る。純白に桜色のグラデーションが施されたドレスを着た少女の頬が染まった。
「あー、お腹すいたね」
ジェニオはあえて言及しない。
「僕はお寿司から食べたいな。美味しいお魚は新鮮なうちに食べないと! あ、でも桜ちゃんの食べたいのからでいいよ、どれも美味しそうだもんね」
そう言いつつ、ジェニオの視線は桜のドレス姿に釘付けだった。初めて見た時は見惚れてしまい、無意識に綺麗だ、よく似合ってるよと口にしていた。
内心、気になっていた少女を誘う事ができて、浮かれまくっていたのだ。
「あ、あっちにいいものがあるよ」
そう言って、彼はさりげなく小さな手を引いて、料理のテーブルへと歩き出した。
(……やった!)
心の中でガッツポーズ。それはずっと覗っていた機会を物にできた純粋な喜びだ。
どこか挙動不審気味な男が女の手を引く光景。それに気づいた一部の人が、微笑ましく彼らを見送った。
和食・洋食・中華などのバラエティにあふれた料理、そして何よりも甘いお菓子に手を伸ばす者もいた。
「ああ、お菓子は正義だよ!」
次々にお菓子を頬張るのは露出度低めの白いドレスを身に纏う雨宮 祈羅(
ja7600)だ。とにかく食べ物はお菓子に専念。おいしい物を見つければ、燕尾服姿のパートナー、甘党の雨宮 歩に食べてもらったり、食べさせてもらったり……。
二重の意味で甘い光景だった。
ふと顔を上げた際に、セシールが自分を見ていた事に祈羅は気づいた。変な話だが、甘々な彼女らを確認することで、主催者も存分に愉しんでいるようだ。
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「さあ、存分に踊ってくださいませ」
セシールの言葉で、演奏家たちがゆるやかにワルツを奏で始める。それを切っ掛けに、皆がパートナーを誘い、ホールの中心へと歩み寄っていった。
招待を受けた五組の撃退士たちも例外ではない。
「へ、変じゃなかろーか?」
紺碧のタイトな肩出しロングドレスに、髪は結い上げてシンプルな髪飾り。その格好で問う戎に、清世は改めて素直な感想を口にする。
「流石、似合ってる」
反射的に頭を撫でそうになったが、髪崩れをさせてしまう。それに気づいて、清世の手は戎の頭の上から前へと降ろした。
また、その近くでは、
「今夜は随分と可愛い格好だな、ポラリス。おてんばレディなお前も好きだが、そうやって淑女振ってるお前も可愛いぜ」
「ダンスもバッチリよ。ずっと1人でイメトレしてたから!」
ポラリスの面白回答にアランはひとり吹き出した。
こうして、男女が向かい合い、パートナーに手を差し出す。その時の言葉もそれぞれ違うものだった。
「さて、踊ろうか?」
「御手をどうぞ、今晩限りの俺のお姫様」
「一緒に踊って頂けますか、お姫様」
「御手をどうぞ。エインズワース様」
「よろしく、探偵さん」
後輩を甘やかすように踊る者。
その手を戎が取り、ゆっくりとふたりはステップを踏み始めた。踊ることしばし、清世が声をかける。
「七種ちゃん、ダンスとかは始めてだっけ?」
頷く戎は、必死にステップを踏もうとしている。
「ステップなんて適当で大丈夫、おにーさんしか見てないよ」
その軽口で緊張がほぐれたのか。戎のダンスが徐々にだが確実にリズムを刻み始める。
「そうそう、上手だねー」
「おー、実は出来る子だからな!」
どこまでも優雅に踊る者。
すっかり淑女モードの少女が手を重ねると、優雅なダンスが始まる。
パーティが初めて、ダンスもイメトレのポラリスがアランについていくのは難しかったが、そこは彼が上手くリードすることにより、周囲からは立派に踊っているようにしか見えない。
大丈夫だ、俺に身を任せりゃ問題ねえよ。
それが、パートナーに対して彼が伝えた言葉だ。
勇気を出して踊る者。
気になっている相手を誘うのは勇気のいること。それをジェニオは強く感じていた。目の前にいる桜が手を取ってくれないはずはないが、自分の態度に不満を抱かれては元も子もない。
そんなジェニオの不安は、しかし杞憂に終わった。桜はニッコリと微笑んで、その手を取ってくれたのだから。
ゆっくり、ゆっくりとワルツのリズムに合わせて踊る。
「私、こうやって誰かとダンスするの初めてです」
「僕もダンス、あんまやった事ないけど。適当に音楽に合わせて動いてればいいんじゃないかな」
それはジェニオの本心だった。
「ジェニオさんは、すごいんですね」
「そ、そう?」
パートナーに褒められて、悪い気がする男性はいない。
互いを尊重して踊る者。
差し出された手を取って、シルヴィアはクルクスと踊りの輪の中にいた。
「おっと」
他のペアとぶつかりそうになったのを、クルクスがさりげなく背で庇う。彼はパートナーのシルヴィアが美しく見えるよう、努力をしていた。
「ありがとうございます」
それに気づいているシルヴィアがお礼をすると、クルクスが気恥ずかしそうに笑った。
ダンスの経験がそれなりにあるシルヴィアだったが、今はクルクスのリードに身を任せている。最初こそダンスが得意ではないクルクスをリードしようとしたが、彼がパートナーを引きたてようとする想いを受け取ったからだ。
互いに相手を尊重しあう。そんな素敵な踊りが演奏の終了と共に終わる。終了時の一礼、シルヴィアのカーテシーはやたらと様になっていた。
「楽しかったですわ、クルクス」
「僕もです、エインズワース様」
踊りの合間に食事や談笑を挟む。自分のペースでシルヴィアはこのパーティを堪能していた。
なんとなく、窓の外に輝く月が目に入る。
「あの……良ければ、外に出てみませんか? 月が綺麗だと思うんです」
「それじゃあ、お料理を持って行ってみましょう」
シルヴィアが手近なスイーツをお皿にとると、クルクスが苦笑した。
愛する相手と踊る者。
招待状を受け取った中には、当然踊れない者もいる。少なくとも祈羅はそうだった。
ただ、恋人である歩は舞台芸術を得意としており、ダンスもそれなりに踊れる。よって、しょうがなく彼に教えてもらうしかないのは必然だった。
「よっ、ほっ……わわっ!」
「おっと」
自分なりにどうにかしようと努力したが、バランスを崩してしまった祈羅が歩に支えられる。
「姉さん、ボクに合わせて動けばいいさ。それに何よりも愉しまないとねぇ」
優しく諭されては祈羅も折れるしかない。言われた通り、歩の動きに合わせて踊るようにした。
しばらくそうしていた結果、慣れてきたのか足元ばかりを見ないようになってきた……が。ここで別の問題が発生する。
(ち、近い! 顔が!」
ワルツは体が密着する踊りだ。さっきまでは足元を見ていたために気づかなかったが、見上げればすぐそこには歩の顔があるのだ。
ゆっくり踊っているために色々と意識してしまい、目のやり場に困る。顔は真っ赤になっているが、ソレを隠すことは困難だった。
愉しむよりも、緊張と恥ずかしさに意識がいってしまい、内心では大慌てである。
そんなタイミングで、祈羅は歩に抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「ありがとう、姉さん。大切な思い出が出来たよ。……愛してるよ、祈羅」
真剣な時にしか口にしない呼び方。刺激が強すぎて、祈羅はどうにかなってしまいそうになった。
……ずるい、こうされたら反撃できないじゃないか!! と心の中で彼女は吠える。
そして、またひとつ演奏が終わりを迎え、観客たちから拍手が巻き起こった。
(うぅ……ああいう言葉は反則、反則よ!)
歩に促されてその場を離れるまで、祈羅は心の中で言い続けた。
こうして、各々の有意義な時間が過ぎていく……。
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「主は真なる友を見つけよ、そして共に高めあえと仰っています」
そう口にしたクルクスは、今はピアノの前に座っている。また、その横にはフルートを構えたシルヴィアの姿もあった。
これから余興――ふたりの演奏が行なわれるのだ。もちろん他の演奏者たちも参加はするが、あくまでメインはふたり。彼らはその演奏に彩を与えるだけである。
そして、ショパンの大円舞曲。続けて賛美歌がホールに響き渡る。
その演奏をBGMに、清世はベランダで休憩していた。戎も彼に付き添っている。
タイを緩めて一服、大きく息を吐き、苦笑を浮かべる。
「あー……ごめんねー、最後までちゃんとしてたかったんだけど」
少し前の彼は、
「わ、これおいしーい! ほら、アランさんも食べてみて〜」
「あーんして食わせてくれねえの? なァ。……可愛いだろ、俺のパートナー。パーティは慣れてねえから優しく頼む」
「ほんと、アランちゃんの連れにしては、随分可愛い子だね」
「戎も今夜は随分と綺麗だ、元々美人だが際立ってるぜ。後で俺とも踊ってくれよ」
「じゃ、ポラリスちゃんはおにーさんと踊る?」
そんなやり取りをするアランたちと合流し、パートナーを紹介しあっていたのだが。
「おにーさんのなんだから、手荒に扱うんじゃねーぞ」
「俺以上にレディを丁重に扱う男がいるとでも?」
これも容赦なく言い合える仲だからこそできたことだ。
しかし、苦手な固い服で息が詰まっていたのを我慢したツケがここで回っていた。
「そういえばさ、アランちゃんと踊ってる時何かしたでしょ?」
戎にそう尋ねるのには理由がある。先程ダンスに興じていた時、
「ごっめーん☆」
という、戎のわざとらしく謝る声が聞こえたのだ。
その問いに戎はニヤリと笑って返す。
そんなバカな事を話していると、体も楽になってきた。身体の向きを変えると、ホールで踊る皆を一望できる。
思いついたように清世はそっと手を差し出した。
「御手をどうぞ、お姫様?」
自覚して気障なダンスのお誘い。自分の柄ではないが、今日くらいは笑って見逃してほしい。
「ふふ、いつもの清にぃ、だなー?」
そんな仕草も似合うな。そう笑って、彼女は手を取った。
同時刻。少し離れたバルコニーで一服する青年は、悪友の気障な言葉が聞こえた気がした。
彼は夜空の月を見上げながら、様々な想いを馳せている。
母国に居た頃の貴族としての社交パーティと比べて、友人と参加のパーティがこうも楽しいこと。
いつか妹も連れてきてやりたい。
そんな時間を与えてくれた人物に感謝の念を抱きつつ、そう思わずにはいられない。
「アランさ〜ん」
少し離れた所から、ポラリスの声が聞こえてきた。
「おう」
返事をすると、少女が自分の下まで駆けてきた。彼女も間違いなく自分に楽しい時間を提供してくれたひとりだ。
付き合ってくれて有難うな、と感謝の念をこめて。アランはポラリスの頭を撫でた。
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楽しいパーティはあっという間だった。誰もが惜しむ貴重な時であり、また新しい何かを始めるための時だった。
いくつものペアが名残惜しそうに、会場を後にしていく。
「大変楽しかったです」
シルヴィアがクルクスに一礼するのも。
「今日は楽しかった、探偵さんとずっと一緒にいられて」
祈羅の言葉も。
これらは終わりを告げ、先に進むためのものだ。
そして、帰り道に、新しい何かを始めるための努力をする人物がもうひとり。
「今日は楽しかったよ、桜ちゃん」
ジェニオは緊張気味に、言葉を続ける。
「その……、またこんな機会があったら一緒に行ってくれる……かな?」
その表情には不安と緊張、自信の無さが覗える。それでも彼は、勇気を出してその言葉を口にしていた。
彼の目の前にいる女の子は、親しい人に対する笑顔で、
「とても楽しかったです。また、誘ってくれますか?」
そう言った。
――それだけで、青年は十分満たされたのだった。
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「ふふふっ、大成功ですわ」
集まった人々が楽しむ事を堪能したS.Gは満足気に頷く。
「さて、次は何をいたしましょうか」
もし、次の招待状が届いたのであれば、あなたも参加してみてはいかがだろうか。
S.Gが主催する楽しい催しに。