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演劇前日の夜。
裏方全般を担当する和菓子(
ja1142)と望月 忍(
ja3942)は最後の確認を行なっていた。
「ふむ……こんなところでしょうかね。望月さん、他の方々の進行状況はどうですか?」
キューシートや舞台図を確認している和菓子に、忍は柔和な笑みを返す。
「大道具も小道具も問題ないの。もう少しで完成なの〜♪」
舞台の上に視線を向けると、大道具を運ぶ千葉 真一(
ja0070)と柊 太陽(
ja0782)が職員を手伝っているのが見える。
大きなセットは彼らに任せれば大丈夫だろう。
「では、小道具の方を見に行きましょう」
「はいです〜」
ふたりは小道具を作り続けている仲間たちの下へ向かった。
メフィス・エナ(
ja7041)は女職員の手伝いで衣装の準備。彼女は和菓子たちに気づくと、『こっちは問題ない』と手を上げた。
別の場所では、神薙 瑠琉(
ja4859)と村上 友里恵(
ja7260)、ザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)の三人が、自分の役に必要な物を仕上げている。
「鳥の羽手裏剣を投げる時は……こう」
「耳と尻尾をつけて……ど、どうでしょう? 犬に見えますかね」
「うむ、愛くるしいのじゃ」
各々の衣装や道具を身につけた彼女たちは、和気あいあいとお互いを確認しあっている。
「物を作るのは結構得意なんすよー!」
裏ボス役のニオ・ハスラー(
ja9093)は楽しそうに、金棒を作成しているところだった。
「ニオさ〜ん。九重さんはどこに?」
姿の見えない九重 棗(
ja6680)の行方を、忍が尋ねる。
「九重さんなら、明日配るお菓子を作りに行ったっすよ」
そんなやり取りの直後、ガラガラと大きな音を立てて部屋のドアが開かれた。
「ご飯ができたから、これ食って力つけてこー!」
姿を現わしたのはメシスタントに立候補した柊だ。手の上の皿には美味しそうなおにぎり・サンドイッチなどの軽食がある。
「みなさーん、一旦休憩にしましょう〜」
忍がパンパンと手を叩くと、メンバーがわいわいと集まって、柊の用意したものを堪能する。
「みなさん楽しそうです〜。明日もこんな調子なのでしょうか〜?」
仲間たちの明るい雰囲気に望月の顔が綻ぶ。和菓子も同じような気持ちだった。
「もちろんです。僕らはみなさんが無事舞台を終えることができるよう、お手伝いしましょう」
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児童演劇当日。
会場ではたくさんの子供たちが、劇をいまかいまかと待っていた。
「みなさん、今日は頑張りましょう」
舞台裏で依頼主の恵美が皆に告げる。
いよいよ、『桃太郎』の開幕である。
「むかしむかし、あるところに――」
明かりが消え、暗くなった会場に恵美の語りが響くと、照明がおばあさん役のメフィスを映し出す
彼女が洗濯をしていると、上手の舞台袖からゆっくりと大きな桃がメフィスに近づいてきた。
「まあっ、なんて大きな桃。これは家に持って帰って、おじいさんと一緒に食べることにしましょう」
メフィスのおばあさんはその美しさから、女の子に好評を得ているようだ。
続けて、場面は家に戻る。
「それでは桃を切りましょう」
おばあさんが包丁で桃に切れ込みを入れると、なんと桃の中から男の子が飛び出した。
「おやまあ!」
おじいさんとおばあさんが大層驚いたが、その子を自分たちの息子として育てることにしたのである。
そしてシーンは、真一が演じる桃太郎が鬼退治へ向かうシーンに続いていく。おばあさんが近隣の村が鬼に襲われたことを桃太郎に話してからのことだ。
「おじいさん、おばあさん。俺は悪い鬼を退治しに行こうと思います」
「ああ、桃太郎や……。なんて立派なのでしょうか」それなら、このきびだんごを持っておゆきなさい」
子供たちにわかりやすいよう、でかでかと『きびだんご』と書かれた袋を、メフィスは真一に手渡した。
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桃太郎が道々を行く軽快な音楽が流れる中、下手から犬役の友里恵が登場する。ここからお供を従えるシーンである。
「僕は日本でいちばんの有名犬だぞ!」
調子よく名乗る犬の耳と尻尾は、ピコピコ動いている。
「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごをくれないかい? くれるなら、この日本一強い犬がついていくよ」
友里恵が演じる犬は、言葉の端々にしっかりお調子者っぽさを匂わせている。
「それは心強い。困っている人たちを助けるために、力を貸してくれ!」
そういって真一桃太郎がきびだんごを差し出すと、友里恵犬は嬉しそうに大きな口を開けてきびだんごをパクリと食べた。
「僕に任せてくれれば鬼なんてちょちょいのちょいさ」
犬を仲間にした桃太郎。次に出会うのは猿だ。
「そこな良い匂いをした侍よ。腰のソイツを大人しく寄越すか、身包み全部を置いていくがいいのじゃ」
木々がざわめくSEが鳴ると、舞台の上から猿役のザラームが現れた。
赤いターバンで顔を含む上半身を覆い、猿の尾をつけて猿を表現している。
「俺はお前にかけている時間が惜しい」
静かに言葉を続ける桃太郎。一瞬にして張り詰めた空気が会場に満ちていく。
「きびだんごが欲しいならやろう。それでおとなしくこの場はあきらめろ」
上から目線かつ態度の大きい猿に怯むことはなく、桃太郎はそう言いきった。その目に強い意志を感じとった猿の口元がつり上がる。
「その態度、潔し。しかして、そうそう正しいだけではいずれ危うくなる事もあろう。この猿がおぬしの旅の仲間になってやろうではないか」
「ならば、共に鬼を倒そう」
真一がザラームにきびだんごを渡すと、彼女はそれをぺろりとたいらげる。そして、快活に笑いながら、桃太郎の後ろをついていった。
こうして強そうな猿が仲間になった。残るはあと一匹、雉だ。
「はゎ〜」
バサバサと鳥が羽ばたく音がしたたかと思うと、かのんびりとした声の主が下手の方からゆっくりと登場してきた。
雉の色調の着物を身に纏い、装備するは鳥の羽型棒手裏剣。瑠琉の扮する雉である。
「あなたは〜、桃太郎さんですか〜?」
「ああ、今は鬼退治に向かっている途中だ」
「すごーい。あのー、もしよろしければその御腰にあるきびだんごをいただけませんか〜?」
「別に構わないが、もしかしてついてきてくれるのか?」
「はゎ〜私は非力な鳥ですので〜力はありませんが〜」
それで良ければ、と喋る雉。しかし、次の瞬間。着物の袖をはためかせると、カカカカカッと小気味よい音をたてて棒手裏剣が綺麗に並んで壁に刺さっていた。
「これはすごい! 是非俺たちと一緒に鬼退治に行ってくれ」
「はーいー♪」
ゆっくりと着物の袖を上下にバッサバッサと羽ばたかせる瑠琉は、渡されたきびだんごをもすもすとゆっくり食べていくのだった。
三匹のお供を得た桃太郎は村に到着し、泣いている村人に出会った。どうやら、つい先程鬼に襲われ、村娘がさらわれたらしい。
その場面を表現するために、舞台上観客側に村娘役も兼ねたメフィスと赤鬼役の太陽が登場する。
「そこの村娘をもらうぜ!」
「ああ、堪忍してください」
「駄目だ駄目だ!」
太陽の演技は素人に近いものではあったが、その身長とノリノリなところもあって、子供ウケは良い。村娘を肩にかつぎあげてから子供たちに見せびらかすように去ったところなどは、いい野次が飛び交ったぐらいだ。
「人攫いなんてよくないぞー!」
「わーっはっはっは! 聞こえんなー!」
村人に鬼ヶ島の位置を教えられ、一行は村人から借りた船で、一路鬼ヶ島を目指した。
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遂に鬼ヶ島にたどりついた桃太郎たち。そこには、虎縞の服を着たさまざまな鬼たちがいた
鬼役はふたり。太陽が演じる大きな体躯の赤鬼、そしてニオの扮する一本角鬼だ。
「お前たちか。人々を困らせている鬼は!?」
真一が叫ぶと、それに赤鬼が大声で応えた。
「だったらどうだってんだ!?」
「奪った物や娘たちを返してもらおう」
桃太郎が言い放つと、お供たちも身構えた。鬼たちもそれぞれの手に金棒などの獲物を持ち、応戦する体勢だ。
「こ、怖くなんてないぞ! 鬼なんて一ひねりだ!」 鬼を怖がりつつも、軽快に犬は鬼に飛び掛った、が。
「邪魔っすよ犬っころ!」
「あふんっ」
ここで友里恵、迫真の演技。ニオの金棒で一発ノックアウト。見事なやられっぷりである。
「鬼つえー!」
子供たちには、鬼が強いことが十分伝わったようだ。
「えーい、犬さんの仇ですー」
雉は裾を振り、手裏剣を飛ばして仲間を援護。
「そらそら、命知らずは掛かってくるがいい、この猿どんな誉れ高き武者よりも勇敢であるぞ」
ザラームも大仰な身振りで猿らしさを演出する。
「桃は、古来より魔を祓う力を持つと伝えられている。その力、今こそ見せよう!」
桃太郎の体をまばゆい光を発すると、そこには陣羽織を纏い、より力強さを増した『武装変化・桃太郎』の姿があった!
「小僧が、調子に乗ってんじゃねえぞぉ!!」
赤鬼もその力を発揮し、2m程あった体格がさらに一回り膨れ上がり、髪は逆立ち、眼光が鋭くなる。
両者共に一歩も引かずの攻防。子供たちは大興奮である。
「がんばれーももたろうー!」
熱気を増していく会場、それを加速させる激しいBGM。
ふたりが距離をとり、決着がつくかと思ったその時、
「おふたりとも、お待ちくだされぃ!」
桃太郎と赤鬼の間に、男性職員演じる青鬼が割り込んできた。ふたりの戦いが中断される。
「違うのです、桃太郎様。我らは好きで村々を襲っているわけではないのです。天魔に脅され、仕方なく――」
そこで彼が口にしたのは驚愕の事実。なんと真の悪は天魔だというのだ。
「……なん……だと。まさか裏で鬼を操る黒幕がいたなんて」
「さらった村娘たちは無事です。天魔が倒れればすべては平和になるのです。どうかそのお力で天魔を倒してはいただけませぬかっ」
「話はわかった。俺たちの力を合わせて天魔を倒そう。」
鬼の願いに答える桃太郎は立派だった。
だが、その瞬間。邪悪な気配が辺りに満ちる。
「奴隷の分際で主人に刃向かうなンざ、身の程をわからせてやンよぉ」
突然、影から生えた大鎌が青鬼を切り倒す。
まるで悪魔のような凶悪な衣装をみにつけ、ドス黒く凶悪な死神の大鎌を持った男。棗が扮する黒幕、天魔が登場したのだ。
「テメェ等屑は死ぬまで道具のように使われてりゃいいンだよ」
冷たく瞳は、切り裂いた青鬼をゴミを見るような目で見下ろしていた。続けて棗天魔は、太陽赤鬼にも鎌を振るい、その体を切り裂く。
「ガァァァァ!?」
「ゴミの悲鳴はやっぱ音楽にゃならねェな」
「お、お前たちが本物の悪者だな!」
復活した友里恵犬は止める間もなく鬼に飛び掛った。が、そこはお約束。
「きゃいん!?」
突然仕掛けてきたニオの攻撃によって、あっさりやられてしまった。
「クククッ、ボスがひとりだけだと思ったら大間違いっすよ!」
邪悪な笑みを浮かべるニオの姿は、虎縞ワンピース+露出の高いボンテージ衣装に変わっている。そして手品のように、持っていた金棒を禍々しい大剣へと変化させ、棗天魔の横に並び立った。
「鬼さん達ったらあたし達の優しさがわかってないっす、生かしてやっていたのにっす」
なんと鬼を操る天魔は二体だったのだ。彼らこそ真に倒すべき敵だ。
鬼になりすましていたニオを見て、猿が皮肉気に笑う。
「踊るのは好きじゃが、踊らされるのは我慢ならぬのぅ。さぁさぁどうしようかの。桃太郎殿?」
「俺たちは、決して天魔の脅威には屈しない!」
「屑がよォ! せめていい声で鳴きなァ!」
「あははは、楽しいっすね〜!」
ふたりの天魔は大鎌と大剣の猛攻を続け、桃太郎たちを追い詰めていく。このままでは勝機はないと判断した桃太郎たちは棗天魔に大して勝負に出た。
雉の手裏剣が足を止め、猿が隙を作りだし、桃太郎が一撃を加える。
「ぐぁっ!?」
ぐらりと彼の体が崩れていく。だが、そこで勝負は終わらなかった。
「精霊共、復活を謳い上げるっす!」
ニオが言葉を紡ぐと、何事もなかったかのように棗が立ち上がっていたのである。
「俺はまだ、後二回の変身を残してンぜェ?」
絶望感漂う場面。だがその時、太陽赤鬼が桃太郎に並び立った。
「桃太郎、共にあいつらを倒そうぜ」
「赤鬼……」
「はっ、鬼と手を組もうがムダっすよ!」
「こいよ屑共!」
桃太郎と鬼が同時に繰り出す攻撃が、ふたりの天魔と今まで以上に激しい剣戟が繰り広げていく。
そして、赤鬼の一撃が棗とニオの体勢を崩したその瞬間。
「いまだ!」
蛍丸が輝き、閃光が舞台を一瞬白く染め上げる。
IGNITION!
光中からは確かにそう聞こえた。光が止み、倒れ伏していたのは天魔たちだ。
「次は地獄でも乗っ取るかァ?」
「アハハハハ、やはり戦いはいいっす。次は地獄の鬼どもと戦えると思うと楽しみっす」
天魔の狂った笑い声だけがその場に残される。だが、それも桃太郎たちの勝鬨によって消えていく。
「これにて一件落着!」
猿も雉も鬼も、ちゃっかり犬も勝利を宣言する。こうして鬼を操る天魔を退治し、彼らは平和を取り戻したのだ。
会場中に拍手と歓声があふれた。
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「さーて、皆おやつでも食べないかー?」
太陽と棗は用意したケーキやお菓子、ジュースを子供たちや関係者に振舞った。
「あ、あいつ赤鬼だー」
「ハハハッ、ばーれーたーかー」
子供に鬼役とバレて絡まれると、太陽はノリノリでそれに付き合っている。
「桃太郎って壮大な物語っす、皆カッコ良かったっすよ!」
元のノー天気娘に戻ったニオ。その視線の先には、子供たちと触れ合っている桃太郎一行の姿がある。
「桃太郎たち、かっこよかったぜ!」
その様子はまさしくショーの後にある、ヒーローとの握手タイムといったところか。
「お芝居って、楽しいけれどすごく大変ですね……」
子供たちにもみくちゃにされながら、犬役の友里恵はそう呟いていた。
そして、和菓子と忍はというと、
「舞台での花形は彼らですからね。楽しく無事であることが我々の勲章です」
「はいです〜♪」
和菓子は幕の下りた舞台で雑巾がけ。忍は残っているセットを片付けていた。
「美味いかァ?」
棗が子供に訊くと、満面の笑みが帰ってきた。それを確認した後に職員らと乾杯しているメフィスや共に頑張った関係者らをにやにやと眺めていると……。
「ぶふぅ!?」
どこからか関係者の吹き出す声が聞こえた。事前に用意したサドンデスソースの百倍の辛さ+レモンの百倍の酸っぱさという素敵クッキーの犠牲者が出たようだ。
「悪役は最後まで悪役ってなァ?」
クッキーで悶絶する様子を見て、大爆笑する棗であった。
最後に、依頼者である恵美はすべての関係者にこう言ったらしい。
みなさんのおかげです。本当にありがとうございました、と。
一風変わった桃太郎は、これにて閉幕でございます。