全身の裂傷は、剣あるいは刀によってつけられた傷。右腕の切断面からもまた、鋭利な刃物により切断されたと推測される。
事前に情報を聞きに行った犬乃 さんぽ(
ja1272)へ、医者はそう告げた。
「剣型の魔物かな……」
全滅した撃退士のメンバーの中に剣と言う名前の者はいなかった。推測するに、何らかの剣によってつけられたことだろうということ。それしか分からないが、それでも情報は情報だ。
さんぽは医者に礼を述べ、転移装置へと足を向けた。
●
逢魔が刻。闇の帳が迫りくるより少し前。不吉な意味合いのこもるそんな時間、撃退士たちが全滅したという場所に、彼らは着いていた。
「一人でも、生きておられれば良いのですが……」
諦めの中にも一時の希望は捨てず。そんな心持ちで、牧野 穂鳥(
ja2029)は呟く。
全滅。そうは聞いているが、生死不明なのだ。一人でも良いから生きていれば助けたい。そう思っていた。
「それにしても、やることだらけだな」
忙しくなりそうだと麻生 遊夜(
ja1838)は銃を抜きながら一人ごちる。そう、これは救出活動だけではなく。
「グールだけでも厄介だというのに、未確認の敵……」
夏野 雪(
ja6883)が作戦目標を反芻する。グールの撃破と、それに、未確認情報の敵がいると推測されるのだ。
「ま、全滅させる何かが起きたってことよね? 今のあたいに油断なんてないと思ってね!」
雪室 チルル(
ja0220)が力強く述べる。そう、ここからは油断なく事を運ばねばならないのだ。
「しかし、魔剣か……」
七種 戒(
ja1267)がさんぽの情報をもとに立てられた推測から、敵の当たりをつける。
恐らくは、剣型の何か。何にせよ、心を擽られる。
「それ以外のグールにも注意せねばな」
天風 静流(
ja0373)が周囲の気配を探りながら、そう言う。そこかしこから呻き声のようなものが聞こえる。恐らくはグールだろう。
敵には数の利もある。だが、まずは、とにかくにも周囲の状況を知るしかない。
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)とさんぽが壁を走り、高い建物の上に上って、上から周囲の状況を探る。
ビルの屋上から眺めるに、今いる付近にはグールの姿はほとんどない。ただ、遠くに交戦地域と見られる激しい損壊の痕跡が残っており、双眼鏡ではグールの姿も確認できた。
二人は頷き、下で待つ味方にその情報を伝えた。
穂鳥の提案から、まずは交戦跡地へ向かうことにした。要救助者がいるならば、そう遠くには離れていないだろう、と。クレバーな判断である。
六人は一丸となって進む。
百メートルほど進んだころだろうか。
『前方に敵影。数は四です』
上方にいるカーディスから、フリーハンドマイクでの警戒が飛ぶ。
『後方からも敵影二だよ。注意して!」
さんぽからも情報が入る。数は互角だが、形としては挟み撃ちに近い。
先頭を突っ走るチルルの前に敵が現れる。特に変哲もないグールだ。
冷凍された鮪のような武器を構える。シュールだが、魔剣の情報がない以上、剣の類の武器を使うことも警戒する必要があったための妥協策だ。
チルルが武器を振り被るその直前、静流より強力な銃弾が放たれる。グールの一体の胴に巨大な穴を開け、一撃で消し飛ばす。強力な一撃だ。
「良い銃だ、私の腕でも良く当たる」
静流の体より、禍々しいオーラが溢れる。自身の力を制限的に開放した結果だ。
「あたいだって、負けないよ!」
チルルが振り被った武器をそのままに、前方へ突き出す。収束されたエネルギーが開放されるがままに暴れ狂う。白く輝くアルルの塊は、敵の二体を薙ぎ払うと一瞬で消滅させる。
通り過ぎた後には、氷の結晶が一瞬残り、霧散した後には何も残っていない。
三匹が瞬殺。
「前は大丈夫そうだな」
言いつつ、戒は後ろを振り向き、後背より迫るグールへと向き直る。
「そいや背中合わせは初めてかもな……遅れんなよ?」
「そっちこそ、な!」
遊夜に目配せしつつ、戒は後方へ奔る。近づくグールに蹴りを見舞い、わずかに怯んだところへ銃弾を連続で叩きこむ。
『ウ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ』
不気味な唸り声を上げつつ吹き飛ぶそこへ、穂鳥の魔弾が迫る。ぶつかると同時、炸裂する凄まじい魔力によって消し飛んだ。
後衛職は脆い。それを理解していた雪は後方に立ちまわり、剣付きの拳でグールを刺し貫き、返す反撃を盾で受ける。
そこまで強くない。あっという間に半分以上を撃破できた。だが、敵は群れてくる。
『後方より二匹、前右方より一匹おかわりだよっ!』
『限が無さそうです。先へ進みましょう!』
ビルの屋上などにはさすがに敵もいないのか。上階から情報を送る二人はそれに専念できていた。
それにより、的確に駆逐しつつ確実に前へ進んでいく。
十体を撃破したころ、ようやく交戦跡地へ辿り着いた。
何とか迫りくる敵を撃退しつつ周囲を調べて行く。
跡地にはグールの残骸、それと無残にも斬り裂かれた撃退士の死体があった。
そっと雪とカーディスは目を伏せる。敵地である場所での、その行為は愚かか。
しかし、彼らはどうしても弔いを捧げねば気が済まなかった。それが人であるならば。そうするのが当然だった。
彼が持っていたであろう剣がその場に転がっている。何か金属的なものとぶつかったのか、刃毀れがあった。
これも遺品の一つだろうか。しかし、今回の敵は剣に擬態している可能性もある。そう、八人は当たりをつけていた。
「念のため、だな」
遊夜が即座にその剣を叩き割る。特に襲いかかってくることもなく、素直に破壊することができた。
「ハズレ、だな。さて、どういう敵なのやら」
状況はまだ変わっていない。ただ、剣型の敵であろうことしか分かっていない。
「待て。阻霊符を使った後……しかも、発動している?」
静流が、それらの近くで阻霊符を見つける。自分たちのものではない。
ということは、生存者がいる。
その時。
「たす……助けて、くれ……」
わずかに聞こえてきた助けを求める声。
生存者の存在に、穂鳥がほっと息を撫で下ろす。
良かった、と。
だが、近づいてくるその姿を見て、八人は即座に警戒する。
彼の右手には、血塗られた剣が握られており、その体は仲間の返り血と思しきものでどす黒く染まっていたのだ。
「やはり、こういうパターンですか!」
予想していた通りの敵に、カーディスがすぐさま、影縛りの術を発動する。だが、それを恐ろしい速度で回避する救助者。明らかに怪我人の動きではなく、剣に引きずられるように動いており、本人の意思でないことが見て取れる。
「グールもお出ましだよ……って、えっ!?」
さんぽの声に何事かと振り返る。
そこには多くのグールの中に二体だけ、剣を携えた個体がいた。
「くっ、これは……っ!」
雪が剣を持って迫りくるグールの攻撃を盾で受ける。今までのような鈍重なグールの動きではない。さらに冥府の力も増しているのか、盾で受けたはずの雪にとてつもない衝撃が迫る。
「う、くっ……」
傷はほとんどないが、手が痺れた。グールの力だけではなく。
「魔剣の力を得ている……?」
雪はそう結論付ける。と、すると、グールよりも撃退士を乗っ取っている方は、不味い。グールより明らかに強いはずだ。
振りかえるとそこでは、凄まじい攻防が繰り広げられていた。
四人がかりで腕を狙うも、捉えきれていない。
静流のパルチザンを剣で悠々と弾き返し、チルルが振り被る武器を薙ぎ払い、戒と遊夜の銃弾を返す刀で斬り裂いてしまう。
「うぁ、やめ……やめてくれ……」
自分の体であっても、動かせない撃退士は呻き声をあげ、魔剣へ懇願する。味方を傷つけてしまった罪悪感だろうか。
一刻も早く助けなければ、肉体より先に精神が参ってしまうだろう。
穂鳥は決意する。救うために傷つけることを。
「皆さん、離れてください……」
そう宣言すると、己の手からアウルで象った彼岸花を握りつぶす。ふっと息を吹きかけ、魔剣を持つ撃退士へ吹きかける。
「ごほ、ごほっ……ぐぅっ……!」
発生した毒霧を吸った彼は、その毒にむせ、苦しむ。霧を払うように魔剣は暴れるが、持ち手の方が先に力尽きた。
途端に動きが鈍る。意識がある者とない者とでは、操っているときの力が違うのか。
「これで終わりだ……!」
静流の体へアウルが流れ込む。放たれた衝撃は、暴発するように撃退士に打ち込まれ、撃退士を壁に叩きつけた。
その勢いのままに接近し、鉄パイプで魔剣を叩き落とそうとするが、しかし、落ちない。かくなる上は。
「悪い、な!」
戒が、ナイフで撃退士の腕を斬り飛ばす。
『グギ、ギシャァアアアア!!』
不気味な声をあげて、魔剣と撃退士の体が離れる。今のうちと、さんぽが撃退士を抱えてその場から離脱する。
『ギィッ!!』
獲物を逃がすまいとするかのように迫る魔剣。そこへ、チルルがマグロのような大剣を叩きつける。
「こっちは任せて!」
そうこうする内に、救助者と魔剣を完全に引き離すことに成功した。
切り離された魔剣は自立するように動くと、近くにいたグールの体を切り裂き、倒れたグールの体の一部をそこへ入れ込み乗っ取る。
「敵味方お構いなしですか……」
その状況に、カーディスが呆れたように呟く。しかし、そうすることで強敵になっていることも事実。
「くぅっ!」
後方で魔剣を持つグールの攻撃を抑えていた雪が相当の傷を負っていた。すぐさま、静流がグールめがけてパルチザンで斬りこむ。グールの一体を袈裟掛けにするが、まだ生きている。
そこへ魔剣持ちが迫る。凄まじい斬撃速度に何とか反応し、武器で受ける。
撃退士を乗っ取っている時ほどではないとはいえ、これは拙い。
魔剣ばかりに気を取られているわけにもいかない。気付けば、周囲はグールが群れるように集まってきていた。
さすがに、この状況は不味い。囲まれて、魔剣持ちと戦う羽目になるのは少々きつい。こちらには救助者もいるのだ。
「撤退、しましょう……!」
救助者を持ってきた布で背中に固定して背負いながら、カーディスが潮時かと見定める。
敵のおよその情報は得た。
一つ、自立型かつ乗っ取り型。
一つ、敵味方関係なく乗っ取る。
一つ、能力が魔剣の分だけ加算される。
一つ、意識あるもの、恐らくは人間など特に撃退士を乗っ取った時が極めて厄介になる。
これだけ分かれば十分だろう。
「忍影シャドウ☆バインド! 今の内に早く!」
影縛りで魔剣持ちのグールをさんぽが縛る。動けなくなったそこで、しかし、別の個体へと乗り移ろうと動き始めている。厄介な敵だ。
「殿は任せて!」
なぜか自信たっぷりに言い放ち、前方に氷砲を撃ったチルルが殿に構える。
そうして、八人はすばやく撤退に移る。
それは、夜の帳が降り始める前のことであった。
救助した撃退士は、精神的に不安な面が残った物の、命に別状はなかったとのこと。
情報も得ることができ、救助に成功できた今回の依頼は成功だったと言えるだろう。
まだ、魔剣が残っている点を除いては。
「へぇ。撃退士ってのもなかなかやるじゃないか……」
八人たちが撤退した後。
一人の青年が、飛びかかってくる魔剣の柄を掴み上げ、不気味な笑みを浮かべていた。そして、乗っ取ろうとするかのような魔剣の動きを一睨みするだけで黙らせる。
魔剣は理解した。
こんなところにいる者は人間であるはずがなく。そう、彼は―――それの上位にいる存在。
「こいつには結構、死体のコストが掛かってるんだ。もう少し、楽しませてもらうぜぇ?」
嗤う。嗤う。
どこか狂ったように、嗤う彼は、次の指令を魔剣たちへと下していた。