人の気配はおろか、生命一つない。あるのは無機質な建物の残骸。人が住んでいた過去だけがそこには残っており、先の未来はすでに何もない。
それが旧支配地と呼ばれる場所の姿だった。
「京都も……こうなってしまうのか?」
初めて目にする凄惨な光景に、大炊御門 菫(
ja0436)が呟きを漏らす。
封都。今はそう呼ばれる京都。いずれはこうなる未来があるのだとしたら。早く開放しなければという思いが生まれる。
だが、それは先の話だ。今回の依頼はまた別。
「掃討戦、か。まったく、こんなところに何の用があるんだろうね」
「何だろう、何か引っかかるなぁ」
鳳 覚羅(
ja0562)と紀浦 梓遠(
ja8860)のふとした疑問に、瑠璃堂 零(
ja9232)が注意を飛ばす。
「好奇心ニャーを殺すと。深くは突っ込まない方が身のためですぞ」
"Curiosity Kills the Cat."かくいう本人もこの依頼のきな臭さに好奇心が鎌首をもたげていた。だが、深淵を覗くべからず。逸る好奇心を抑え、彼女はそう心に決めていた。
「でもよ、シンプルで良いんじゃねーの? 俺からすれば望むところだ」
千堂 騏(
ja8900)が好戦的な笑みを浮かべる。
自分の力を誇示したい。彼の欲求はそれに尽きる。自分を捨てた実家への復讐心。自分はここまで戦えるのだ。宝を捨ててもったいなかったなと。そう、高らかに宣言するために。
「えぇ、悪魔は。必ず、抹殺します。ただ、それだけです」
決意と共に、機嶋 結(
ja0725)。無機質な声音とは裏腹に、凄まじいまでの憎悪を胸に秘めている。
絶対に殺す。何があっても。自分の四肢を失おうともこの命のある限り。確実に抹殺する。彼女の想いはそれだけだった。
八者八様の想いを乗せ、きな臭い依頼は始まる。
こんな依頼でもやることはやらないといけないのだ。森林(
ja2378)はそう思う。敵を殲滅する、その目標に向けて動かなければならない。
まずは、敵の捜索か。できれば、こちらから急襲した方がいいのかもしれないが、と零は考えるが……彼らはその点については特に考えていなかった。
遭遇後、即殲滅。ある意味で潔いと言うべきか。
覚羅は逆に敵の奇襲を警戒していたが、その気配はない。ともあれ、あちこちを散策している内に、敵ディアボロと思しき影を発見する。
伝えられていた情報通りの数だ。
「あら、首なし騎士ではないのね」
月臣 朔羅(
ja0820)の言葉で皆気付く。想定と違うのは騎士鎧型のディアボロが別に首なし騎士ではなかった点か。デュラハンと一口に言っても、ディアボロによって相違は多いのだろう。
とは言え、やることは同じだ。単純に殲滅するのみ。
きし、と結の心を憎悪が蝕む。早くアレを殺してしまおうと。
敵もこちらに気付いたのだろう。高々と剣を構え、こちらの様子を覗っている。正々堂々、真正面から受けるつもりか。
ならば、と。まずはこちらから一太刀を加えてやる。
結が矢を弓に番え、デュラハン目掛けて注意を反らす目的で放つ。神速の域で飛ぶその矢は、盾を構えるその前に胴へと突き刺さる。大して効いてはいないように見える。だが、目的は注意を反らすことだ。
「まずは道を切り開く」
続けざま、覚羅が己の柳一文字に力を流し込む。アウルによって煌々と光るその武器を振り上げ、振り抜いて一閃。凄まじい衝撃波が迫る。
グールの一体の半身を撫で斬りにしつつ、その勢いは衰えない。
だが、盾を構えることで難なくいなすデュラハン。かなりの強撃であったにもかかわらず、ほぼ無傷。厄介な盾だ。あれで受けられる限り、およその攻撃は無効化されてしまうだろう。
衝撃波により朦々と立ち込める土煙。その影から、騏が飛び出す。
「うぉらっ!!」
不意に飛び出てきた騏の姿に、反応が遅れる。盾を翳そうとするもそれより先に、杭打ち機が迫る。
ゴォンという凄まじい打撃音で杭は刺さらないものの、衝撃に大きく鎧の一部が凹む。
「はっ、やっぱこっちのが性にあってらぁ! グール班、さっさとやらねぇと一足先にぶっ潰しまうぜぇ?!」
『オォォッ……ツヨイ……ニンゲン』
騏の言葉にデュラハンがうわ言のように呟く。その声はまるで強い敵と戦えることに喜びを見出しているようなものだった。
「では、魔法ならどうです?」
朔羅が飛ばす扇子も盾に阻まれる。どちらの類の攻撃にせよ、盾がある以上は貫けないだろう。
一通り攻撃を受けた後、無造作に騎士剣が振るわれる。無造作に見えるが、しかしそれは洗練された一撃。
(はぇえっ……!)
騏は何とか視認するも回避や防御は不可能に近い。
だが。
「届けええええ!!」
『ヌゥッ!?』
剣と騏の間に割って入る十字槍。
ガンと鈍い音を立てて、騎士剣の勢いは菫のアウルによる力に封じられる。瞬間、アウルの象った靄が周囲に霧散する。
彼女の傷も手が痺れる程度で特にない。
『ツヨイ……ニンゲン! オモシロイ!』
吠えるようにそう叫ぶ。これから本気で向かってくるだろう。
「無茶をして……此処で貴女が倒れられると困るのですけど?」
「できることは全てする。常に全力で戦わなければ……いずれ後悔する」
わざわざ危険な域に飛びこむ菫へ、結が苦言を呈する。
情のため。端から見ればそう聞こえるが内心は違う。
悪魔を殺せる人類が一人減る。彼女にとってはそれだけでしかなかった。
覚羅の封砲が直撃した直後。他の三人もグールめがけて駆けていた。
真っ先に零の放った扇子が、傷を負ったグールをズタズタに引き裂く。一体撃破。
梓遠が両刃の戦斧で、近場のグールを薙ぎ払う。ゾンと胴体を引き裂き、そのまま胴と足を分断させる。未だ、両方とも動いてはいるが、驚異的な生命力のなせる技なだけで、実質は戦闘不可能だろう。森林が素早く二射し、完全に止めを刺す。二体撃破。
そこまで強くない。一体に対して二人で止めをさせるペースだ。だが、これくらいでなければ不味い。
増援の可能性もあるうえに、まだデュラハンと言う強敵はほぼ無傷で残っている。そちらの加勢も必要だろう。
残った二体へと、三人は標的を絞る。
そこへ、覚羅が刀を携えてグールへ迫る。一太刀で、右半身を切り裂いたそこへ、横合いから結の放った矢がグールの米神へと突き刺さった。
それで終わり。ばたりと倒れ伏すとそのまま動かなくなる。三体目。
残り一体となったが、それでも敵は向かってくる。不気味な唸り声をあげて。
その唸り声に呼応するかのように影から新たに三体のグールが現れた。
「ちっ、雑魚が雑魚呼んでんじゃねぇぞ……!」
梓遠が悪態をつき、その一体へ痛打を放つも、呼んだわけではないのか、敵が現れてきている。
弱いが、群れる性質があるのか、三体倒しても三体増えて振り出しに戻ってしまった。
一方でデュラハンと対峙する組は、一瞬だけお互いに間合いを計りかねていた。大きく離れれば何かしかねてこない。かと言って、近づきすぎるのも先程の一撃を見る限り、危険だ。
しかし、そこへ躊躇いなく突っ込むのは菫と騏。
菫は己のオーラを体外へ噴出させる。本来なら、体内に留め、己の力と成すものだが。それを見せることで敵の気を引く。
『オォオオオオッ』
敵意を完全に菫へと向ける。
その影から朔羅が敵の影を縫いとめようと動く。しかし、その意図を察したのか、デュラハンは鈍重ながらも何とかそれを回避し、そのまま菫へと対峙する。
敵の攻撃を見極めようと、菫は敵のそれを待つ。
直後、恐ろしいほどの速度で三連撃が放たれる。
一撃目、火花が散る。十文字の槍で受けるが、すさまじい衝撃に弾け飛ぶ。だが、デュラハンの方は何事もなかったかのように二、三撃目を放ってくる。戻す槍で防ごうとするも遅い。
鎧を引き裂き、血飛沫が舞う。
『ナント……マダタツカ……』
だが、それでも彼女は立っていた。恐ろしく硬い。
「ふっ、ふっ……」
呼吸を整え、闘気を内に込める。すると、見る見るうちに傷が塞がっていく。その様子を見て、デュラハンは彼女こそを大局の要と見なしたのか攻めようとするが。
「誰か、忘れてねぇかね!!」
『オォッ!?』
背後から、振り被りながら騏が、洋の鎧に杭を打ち込む。ズガンと大きな音を立て、貫通する。
だが、それでも立っているデュラハン。剣を一振りし、騏との距離を取り、間合いを計り直す。
『グォオオオオッ……!』
デュラハンが苦痛と驚愕の声を漏らす。本当にこの三人で勝ってしまうのではないかと言うほどだ。
グールの殲滅。開始して数十秒で、三体を屠った物の、再び三体が現れると言う状況だ。
一瞬で間合いを詰め近づく覚羅へ噛みついてこようとするが、回避した勢いを合わせて一刀の元に斬り裂く。四体目撃破。
「まったく、ただの雑魚悪魔が群れるだけで……!」
結がその背後から、気配を断ちグールを横一文字に刀で切断する。五体目撃破。
「あちらへの邪魔はさせませんよ!」
森林が矢を放ち、敵の動きを止める。そこへ梓遠が巨大な戦斧で断裁する。六体目撃破。
これでようやく一体。零が残った一体へ傷を付けたところで、梓遠が鎖鎌を手にかけつつ周囲に目をやる。どうやら、今度はまだ現れていないようだ。
グールはデュラハンを攻めている者の邪魔をするでもなく、ただ群れているだけだった。特に注意する必要もないが、いつ向こうに向かうか分からない以上、彼らは気を引き締めていなければならない。
あっさりと、残ったグールに止めを刺し安堵の息をついたところで、結の声が飛んだ。
―――危ない、と。
時を少し戻し、対デュラハン。お互いがお互いに攻めあぐねている。
強力な連撃を槍と己の強靭な肉体で受け切る菫。その隙をついて奇襲を掛ける騏の攻撃だが、二度目はさすがに盾で受けられる。
朔羅がアウルでできた影で敵を縛る。これで敵はその場から動けないだろう。
『ヌゥウウッ……』
敵も硬直を理解したのか。
『テキ、オオイ……ヌォオオオオッ!!』
だが、と。力を溜め、横一文字に武器を振り抜く。
「くぅっ!」
「うぉっ!」
凄まじい衝撃波が巻き起こり、正面に立っていなかった朔羅は無事だったが、菫と騏が巻き込まれる。
そして、その斬撃はそのままグールと対していた面々へまで向かっていた。
「危ない―――!」
結が警戒していたおかげで、その衝撃波に対応することができた。梓遠は元より警戒していたおかげで難なく回避するが、零は寸でのところで、森林には直撃してしまう。
強力な斬撃に膝をつく森林。
近場で戦っているのにもかかわらず、衝撃波に対して無警戒過ぎた。覚羅の方には来なかったが運が良かっただけだろう。
もし、結の警戒がなければ一網打尽にされ危ないところだった。
だが、運のいいことか、その衝撃波は味方であったはずのグールをも巻き込み消し飛ばしていた。
これでようやく全員で向かえるだろう。
三人がかりとは言え、まだ余力を残しているデュラハン。
その様子に、朔羅は焦りを覚える。
何とか十字槍で応戦している菫も、スキルが尽きたのか次第に傷を負う量が増えていっている。騏が攻めるも、最初ほどの勢いはない。傷を負っているせいか、動きがやや鈍い。次に一撃もらえば、致命傷でもある。
しかし、ここで動きは一変する。
「はぁっ!」
覚羅の衝撃波が再び迫る。それを何とか盾で受けたデュラハンの横合いに、梓遠が強力な一撃を叩きこむ。
「……地面に這い蹲ってろ」
わずかにぐらつくが、しかし、衝撃には強いのかスタンする様子はない。
「気休めにしかならないかもしれませんが」
森林は、己の傷を無視して、菫へと応急手当てをする。自分よりも前衛に立つ彼女の方が危険だ。
再度、周りに衝撃波を放とうとするデュラハンだったが、その側には零がいた。
「瑠璃堂、本領発揮です」
そう言うと、纏わりついたままに、敵の剣を持つ腕へ鉄扇で斬りつける。
間合いが近い上に、零が邪魔をして大振りできない。苛立つように剣を振るうが、森林によってわずかながらも回復した菫が立ち塞がり、剣を受ける。
「やはり、効くとしたらココかしら」
周りに気を取られていたところからの、朔羅の頭上からの一撃。忍刀が的確に兜を貫き、凄まじい傷が付く。
『グゥオオオオっ!!』
相当に効いたのか、悶絶するそこへ。
「こいつでどうよ!」
「デカブツ……くたばりなさい……!」
騏のバンカーが右側から鎧を貫き、結の白く光る力を込めた刀の一撃が左側から鎧を半ばまで断ち切った。
それらの衝撃で鎧のあちこちが砕け散る。
そして、そのまま膝をつくデュラハン。
『ミ、ゴト……ニンゲン、ドモ……ヨ……』
その言葉を最期に、剣と盾を落とし地に倒れ伏して二度と動かない鎧となった。
その後、何度か現れたグールを十数体ほど討伐し、もうこのあたりの敵は十分に一掃しただろうと帰還することにした。
「しかし、一体こんなところで何があるのやら」
軽く周囲を探索しつつ、零がそう呟く。連帯責任も考えられる以上、彼女はそれ以上は深く探ろうとはしない。
『押すなよ絶対押すなよ』はコメディの中だけで良い。そう思い、転移装置の方へと身をひるがえす。
それでも、菫は割り切れなかった。
なぜ、こんなことをしているのか。
天魔を滅ぼす、大いに結構。
だが、自分の行動した意味を知りたい。同様の依頼を掲示板で複数見かけた。
だから、きっと何らかの意味があるはずだと。
一人探索を続ける。
しかし、敵の占領地となっている場所に一人残るというのは、例え守りを得意とする菫をもってしても、危険な行為に違いない。
出来るだけ戦闘を避けて尚、気付いた時には体中に深刻な傷が刻まれていた。
これ以上は、無理だ。
結局、判った事と言えば未だこの地には天魔が溢れている事だけ。
帰還後。
「余計なことはするな、と通達してあったはずだが?」
一人遅れて帰ってきた菫を待っていたのは職員による叱責だった。本当かどうかは別として、何らかの言い訳の一つでも考えておくべきだったかもしれない。
「ですが、私たちは一体何をさせられ……」
「減俸処分を言い渡す。追って通知を見るように」
「……はい」
言葉を遮って、職員は続ける。
そこには、ただただ厳しい目があっただけだった。
後に、この作戦の目的は分かる。しかし、それはもう少し先のこととなる―――。