「お買い得な依頼ですね……と皮肉っても何も出ませんよね」
獅堂 遥(
ja0190)が、合流した先で愚痴をこぼす。敵が二体増えてくれているのだ。しかし、困惑しているのも確か。この状況は不味い。
「まずは救助に行かなあかんな」
宇田川 千鶴(
ja1613)は怪我をしたという仲間のことを想い、第一声にそう言った。その考えに、他の九人も同意する。
本来なら、救助して即座に撤退すべきだろう。ただ、西野の言うことも一理ある。撤退の前に、敵に一当てすることに関しても、皆賛同した。
だが、兎にも角にも情報が少ない。
味方の隠れた場所然り、敵の情報然り。
「とにかく、まずは、おいらが詳しく聞いてみよう」
夏雄(
ja0559)がそう言う。電話を掛けてきたときに、敵の位置を聞いたところ学校の校庭にいることは分かっていた。開けている場所だ。
問題は今もそこにいるか。まだ、伝達が来てから十分と経っていないが、どうだろう。
一から素早く作戦を組み直す。戦いは、そこからすでに始まっていた。
怪我をした二人の探索班に、夏雄、清清 清(
ja3434)、鈴原 水香(
ja4694)が、強力な敵ディアボロ呪鎧二体の探索に、他を二班に分けた三人と四人が行うことにした。
まずはとかく、救出を速やかに行わなければならない。夏雄は再度、和也にコールする。
「どうだい、そちらの様子は?」
「まだまだ、大丈夫そうかな。敵は近くにいないし」
「それは重畳。ところで、周囲にRehni君のスキルは見えるかい?」
Rehni Nam(
ja5283)が星の輝きを使用することで目印にしようとしたのだ。和也の方から動くような音が聞こえた後、見えないという連絡が伝わる。結構、遠くまで逃げているのかもしれない。
「それなら、おいらは一旦切るよ」
そう言い、携帯電話を切る。
「さぁさ、開宴にございますなっ?」
清がおどけたように言う。すでに彼女は光纏し、己の役を演じている。十六夜という道化の役を。
「そうね、一刻を争うわ。早く行きましょう」
水香も急ぎ足になりつつ、進もうとする。
「と言っても、どこに行けば良いだか分からないわねぇ」
夏雄が間の抜けたような彼女の声にがくっと肩を落とす。
「と、とりあえず、他の班からの連絡が来るまでは建物の中らしいし虱潰しに探していくしかないんじゃないかな」
そのとき、夏雄の携帯に連絡が入る。
他方、時を少し遡り、御影 蓮也(
ja0709)、Rehni、鳳 優希(
ja3762)の三人の班。
Rehniの周囲が強く輝いている。その光に釣られてか、グールが数体、誘蛾灯に近づく虫のようにどこそこから寄ってくる。
「あらら、逆に敵を呼んじゃいましたか……」
後、ほんの少し力が付いていれば、敵を退ける力となっていただろうか。それは分からないが、とにかくまだ力が足りていないらしい。
「構わないだろう、元々、鎧に遭遇する前に撃破するわけだったし」
蓮也が寄ってきた敵の一体に鉄糸を絡ませ、右手足を引き千切る。仕留めそこなったが、一撃でもはや虫の息だ。そこまで強くはない。
「でも数が来たら、不味いですかねぇ」
優希が仕留めそこなったグールに一撃を加え、息の根を止める。蓮也が寄ってくるグールたちを突き放し、距離を取る。
そこにわらわらと寄ってくるグールたち。探索を始めるには少し時間がかかりそうだった。
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)、千鶴、紫園路 一輝(
ja3602)、遥の四人の班。Rehniたちの班に敵が向かっているおかげか、周囲に敵影はなく。連絡を付けるには好都合だろうか。
今度は千鶴が、西野に電話を掛ける。一度目は、夏雄が話していたせいか通話中だったが、一分後にかけてみると繋がる。
「もしもし、どうや、落ち着いているか?」
「あぁ、さっきは興奮して悪かった」
声を察するに、すでに落ち着いているらしい。これなら話が早くて済むと千鶴は安堵する。
聞きたいことがあると続けて。逃げた場所、敵の情報を分かる限り、連絡してほしい。
逃げた場所についてだが、ショッピンモールのような場所にいるらしい。
重要な情報だ。記憶し、次を続けてもらう。
「後は敵の情報か。俺も数撃でやられたから分からない。攻撃防御、両方やばいんじゃないかってくらいだ」
記憶が正しければ、彼はアストラルヴァンガードだ。数撃でやられる相手となると攻撃面は危険すぎるほどか。加えて、見た目通りなら防御面も優秀だろう。
「ありがとな、後は助けを待っとってな」
救助班に連絡し、後は敵のところに向かうだけだ。四人は呪鎧がいたという場所へ、まずは向かってみることにした。
「ナイスな情報が来たね。西野君たちのいる場所が割り出せた」
夏雄が千鶴から情報をもらい、清と水香が地図から当たりをつける。大きなショッピングモールだった場所は一ヶ所しかない。恐らくはそこだろう。
道中にグールはいなかった。
Rehniの星の輝きのおかげと言うべきか。向こうの班はそれなりにきついことになっているかもしれないが、仕方ない。
水香が携帯で電話を掛け、彼の声を確認していたおかげか、ほどなくして救助対象の二人を発見する三人。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は何とか。だが、大井がやばい」
夏雄に手を借りて立ち上がる。
「救急箱の方は要らなかったかしらねぇ」
水香が周囲に散らばっている包帯やらを見て、そう判断する。すでにここでできうる限りの治療はしていたようだ。
「さてさて、ではでは回復と行きましょう!」
清が己の能力を発動させる。光纏した際に出る紋様の一部が輝き、癒しの光を与える。
二人の傷はおよそ癒えたが、桜の方は目を覚ます気配はない。
「これは個別撤退してもらった方が良いでしょうかねぇ」
水香がそう提案する。意識のない桜を戦場に連れて行くのはさすがに不味いだろう。
撤退には、和也が立候補する。どうやら、彼女を守れなかった事に引け目を感じているようだ。
だから後は頼んだ、と。三人に告げる。
「あぁ、いるね。情報通りだよ」
ソフィアが、瓦礫の影から廃墟となった校庭を覗き見る。そこには、鎮座する武者鎧と騎士鎧の姿があった。
「う、ぐっ……」
と、唐突に一輝が痛みに苦しむ。何事かと三人が駆けよるが、どうやら古傷が痛んだだけらしい。
ほぅと一息ついて、千鶴は敵の姿を再度確認する。グールの数は四体。武者鎧は二体。
味方に連絡する。救助も終わり、もう一班はグール六体を撃破したらしい。グール撃破の目標については、ここにいるグール四体を撃破すれば良いだろうか。できれば、近くにいるグールを撃破したいところだが、折角発見した敵を見逃すのは惜しい。
それならば、と。当初通りの作戦。
問題は一つ。この数相手に四人で一当てできるか?
そんな困惑を遥は抱くが、頭を振り剣に手を掛ける。髪が赤から薄桃色へ。そっと開く瞳はすでに紅へと変貌を遂げる。彼女の光纏だ。
敵は逃げる相手に追ってこないはず。それならばと、四人は頷き駆けだす。
その姿を鎧たちも確認したのだろう。それぞれ己の得物を構え、撃退士たちに相対する。
だが、敵の動きはそこまで早くない。いち早く動きだした遥と一輝がそれぞれデュラハン、鬼武者へと向かう。
「やっ!!」
長大な剣がデュラハンへと迫る。避ける気はなく、盾で受ける心算のようだ。
しかし、その鋭い一撃は、かの敵の構える盾から軌道を変え、的確な一撃を与える。
『グゥゥっ……!?』
想像していた以上の強力な斬撃に、デュラハンの左手にある首から呻き声が上がる。その鎧には確かに大きな傷が付いていた。
「さって、行くぜ!」
一輝が凄まじい速度で鬼武者めがけて蹴りを放つ。受けようとする太刀を抜けて、赤い鎧を正確に撃ち抜く。凄まじい金属音がなるが、ほんの僅かにへこんだだけだ。
「か、たっ!?」
威力に差がありすぎることに遥は不信感を抱く。
(カオスレートが違う……!?)
お互い、阿修羅だ。カオスレートは冥府に属するはず。しかし、こうも威力が違うとなると。恐らく、デュラハンは聖なる者に近く、鬼武者はその逆か。
『オォォオオオオオッ!』
敵が雄叫びと共に二人へ迫る。
気付いた直後には懐へ迫る剣と太刀。速過ぎる。避けようにももはや不可能だ。
ゾブ、と。肉を貫く音が響く。
「げ、ふっ……?」
自分の体を貫く長剣を目にしたまま、遥は膝を付く。意識を失っていないのが僥倖なほどだ。一輝もまた袈裟掛けに一太刀の元斬り払われていた。
「て、撤退しよう!」
その様子を見て、ソフィアが慌てたように叫ぶ。
一撃。本当に一撃で瀕死に追い込まれた。阿修羅では受けることさえ不可能だ。
一当てのつもりでさえ、これまでとは思っていなかった。全員でかからないと冗談抜きで不味い。
「こ、こっちや!」
千鶴がグールに一太刀浴びせ、道を作る。何とか逃げる四人をグールだけがゆっくりと追いかけるが、呪鎧二体は追いかけることなく、それぞれの剣を納めてその場で四人を見送っていた。
何とか逃げ切った四人に、蓮也、優希、Rehniが合流し、一当てした時の状況を聞く。
「本当に強いのね……」
優希がぽつりと呟く。
防御系の職で数撃、そもダァトの桜が瀕死に追い込まれている時点で気付くべきだったのかもしれない。そんな敵の攻撃がどれほど危険なのかを。
「この傷、相当に深いですよ」
Rehniが傷を負った二人を回復している。二人とも負った傷はほぼ完治したが、これでヒールを使える回数は残り一回だ。もし、彼女がいなければ、この後の戦闘に相当の支障を来していただろう。
「だが、グールが後4体、あそこにいる。少なくともあれは撃破しておきたい」
あれからさらに蓮也たちは2体のグールを撃破したが、これ以上の敵はいなかったらしい。残ったグールはあそこにいる4体だけだ。
そうこうしている内に、和也たちの救出に向かっていた三人も合流する。
もう一当て。今度は十人がかりで行くしかない。それでも、鎧二体の撃破は厳しいだろう。行けて一体。最悪、半壊に持ち込むのが限界か。
「さぁ、笑いましょうっ。笑う門には何とやらにございますよっ」
暗くなりかけた雰囲気を清が吹き飛ばそうとする。そう、やってみなければ、分からない。無理だと決めつけるにはまだ早い。
全員、頷き今度は奇襲を掛けて攻めることを試みる。
瓦礫に隠れ、再び近づく。そこから、蓮也が石を投げる。
音を立てたそちらを向く。その瞬間に駆ける。
周囲は開けているせいか、敵の反応は早い。グールの方はまだこちらに気付いていなかったが、鎧たちには効いていない。
だが、賽は投げられた。後は目を待つのみ。
真っ先に敵の元へたどり着いたのは遥。洋鎧の懐に入り込むと、凄まじい剣閃を放つ。盾で受けようとするも、その鋭い剣閃はそれを許さず。再度、鎧に大きな傷を残す。
『グゥォオオオっ!』
遥を不味い敵とみなしたのか、洋鎧は遥に狙いを定めようとする。
「させへんっ!」
だが、それをさせじと千鶴が脚元に一閃。
狙いを脚に絞ったためか回避されるも、体勢を崩したそこへ水香の放つ連続の銃撃が敵を捉えた。しかし、敵は己の装甲に任せ、これを無視するように、邪魔をしてくる千鶴へ迫る。夏雄が銃弾を放つも致命には遠い。
一輝も一撃を加えようとするが、大振りな攻撃だったせいであっさりと避ける。強力な一撃にだけは的確に反応しているのか。
「出し惜しみなしで行くよ!」
さらに、ソフィアが凄まじい業火を繰り出す。正確に放たれたそれは、洋鎧が盾を構える前に敵にぶち当たる。グールをも巻き込んだそれは、グールを一瞬で蒸発させてしまう。
しかし、超々高温に体の一部を溶かしつつも、なお洋鎧の前進は止まらない。凄まじくタフだ。
迫る洋鎧を前に、千鶴は回避を試みる。しかし、凄まじい剣閃を避けるには至らず。横一文字に奔る剣が深々と斬り裂く。
斬撃の勢いでそのまま吹き飛び、地に倒れ伏す。
聖なる力も相まってか、一刀の元に瀕死に追い込まれた。だが、それで確信する。
(カオスレート……正側やな……)
何とか立ち上がるも、次の一撃は受けれそうにもない。
「首、置いてけっ」
そこへ、清が後ろから洋鎧が左手に持つ首を狙う。あまりにも小さい標的を狙ったため、当たらない。
だが、そこに来てデュラハンの様子が一変する。
怒りの咆哮を上げたかと思うと、唐突に清へと狙いを定めたのだった。
一方で鬼武者と対峙するのは、蓮也、Rehni、優希だ。
だが、周囲には三体のグールがいる。
「さっさと消え去ってしまうと良いのですよっ」
優希はまずグールへと狙いを定める。これに間を取られ過ぎるのも問題だ。強力な魔弾が、グールを蜂の巣にすると、そのままグールはばたりと倒れこみ動かなくなる。強力な一撃だ。
さらに、残った二体のグールへアウルで象った無数の彗星をRehniが放つ。凄まじい衝撃の前に、グール二体は地に伏し動けない状況となる。加えて、すでに瀕死である。もはや、対グールの大勢は決しただろう。後は鎧たちのみ。
迫る武者鎧の一撃を、蓮也は紙一重で避ける。後、少しで斬り裂かれていたろうが、危ないところだった。そのまま太刀を振り抜いた敵の懐へ神速で入り込む。糸を手首へ絡ませ、身動きを封じようとするが、振り解かれる。
地を転がり、体勢を整えたそこに剣閃が来る。気配のみでそれを察知し、後ろへ飛ぶ蓮也。
だが。
「ミカゲさん、危ないですっ!」
千鶴を回復していたRehniから注意が飛ぶ。とは言え、それも遅い。
三閃。光が走ったような斬撃に、蓮也の体は斬り裂かれ、地に伏していた。
『オォオオオオオオッ!』
咆哮を上げ、迫りくるデュラハンに清は対峙する。
「ザ・ウラノス!」
アウルがひときわ強く輝き、守護する盾を踏みつけると、黒い防壁が出現する。それを構わずに、デュラハンは斬りつける。
三撃。一瞬で三連撃を放つと、防壁は粉々に砕け散った。
清もまた膝をつく。だが、その顔には笑みを浮かべ。
「ちょ、っと、わたく、しに、きを、とられすぎ、ましたね……」
そのまま伏せるが、横合いから一輝と遥が迫る。
一輝の一撃は避けられてしまうが、強力な冥府の力のこもった遥の一撃が敵の鎧を打ち砕く!
「よくも……!」
思わず、たたらを踏み、一歩大きく後退するデュラハン。
だが、そこまでだった。後衛の銃撃を物ともせず、再び前衛の遥と一輝に向かう。一輝へ一閃、遥へ二閃。二人ともそれで地に伏してしまう。
潮時か。残った六人はそう判断する。
すぐさま傷を負った四人を担いで撤退に移る。
二体のディアボロはそれを見送るだけで、特に追いかけようともしなかった。
鎧は残り、鎮座する。それでも、今回の戦いで得られた情報は大きい。きっと次には倒せるだろう。
次に繋ぐ。後に意識を取り戻した遥は、それができたことに一番の安堵を憶えていた。