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もう、この世界は人だけのものではない。
天と魔が入り乱れ、聖と邪が地を奪う。生きる為の場所、生きる術。
或いは、命そのものを奪い合うこの時代。続く道は遠く、険しく、先など見えない。
「……でも、進みたいと思います」
御堂・玲獅(
ja0388)の言葉は誓いの響きを持っていた。
これから突入するのはディアボロの群れが行く手を阻む危険地域。だが、突き進むしかないのだ。
御堂たちが突き進むのは闘う為ではない。滅ぼす為ではない。あくまで進む為。
そして。
「助けたいよね。届けたいんだよ」
後方の輸送車に詰まれているのは医薬品。
ちらりと後方を伺った高瀬 里桜(
ja0394)に、それがどれだけ貴重ではあるかは解らない。
ただ、危ないと解っていても突き進むしかなかった。待っている人がいるのだ。
「私が、届けるんだ」
「ええ、私達が」
高瀬と御堂。二人の癒し手が乗る前方の護送車は道を斬り拓く為に先行している。
だからこそ、影は見える。敵の群れ。ゆらゆらと、緩慢な動きで歩き回るグールの大群。
何体いるのかと数えるのが馬鹿らしい。これは一つの軍団である。
一々相手にしていれば、こちらの体力と気力が持たない数の暴力がそこにある。ましてや、こちらは医薬品を届ける為、護衛しながらなのだ。
「……一気に突破しちゃいたいね。邪魔される訳には、いかないから」
強行軍だとは解っている。だが、やるのだと明るく笑う鈴木悠司(
ja0226)。
だってそうだ。死者に脚を引かれて、生きたいと願う人々を邪魔するなんて許せないから。
緊張で固まりそうな空気を、微笑で溶かして悠司は告げる。
「行くよ。グールが相手じゃない。この物資を求める人の所へ」
戦いではない。救う為に。
柔らかな声が、高瀬と御堂の頬も綻ばせる。
「前方、グールが密集……こちらに向かって来ています」
左側面を守る護送車を運転する光坂 るりか(
jb5577)もその姿を確認していた。
道を塞ぐ死体の群れ。いっそ、死肉で出来たバリケードのようだ。
車のエンジン音にようやく気付き、緩慢な動きでずるり、ずるりと、こちらへと寄って来る。
それも、次第に早く。自分達の失った命の脈動を求めて、飢餓を宿した暗い視線が絡みつく。
「この中を強行突破、ですか」
苦笑しながら、フロントガラスを叩き割る光坂。この程度の護りに意味はなく、咄嗟の攻撃で邪魔になるなら最初からない方が良い。
「仕方ないとはいえ、無茶をしますね」
「ああ、全くだ」
苦笑は伝播し、荷台に乗るミハイル・エッカート(
jb0544)も唇を歪めた。
だがそこに悲壮感はない。何処か不敵に、そしてクールに。そして軽やかに賛辞の言葉を送る。
「俺達より遥かに死にやすい運転手は、それだけの腕があるんだろう。誇りがあるんだろうな」
引き受れば、死に繋がる可能性とてある。それでもと言うのは。
「絶対にお薬を届けたいから、だね」
言葉を継いだ緋野 慎(
ja8541)。物流は人の生活基盤を支える。それを助ける為の仕事に、命とプライドを掛けているのだろう。ディアボロの姿を見て、それでも前方と右側面の護送車は速度を落とさない。
むしろアクセルを踏み込み、全幅の信頼を乗せた撃退士達に注いでいた。
ならば答えないといけない。ミハイルは無線で運転する者達へと、言葉を掛けた。
「百戦錬磨の俺たちが付いていれば大丈夫だ。お前らもプロの根性見せてくれよ」
答えは唸るエンジンの加速音。
止まらない。怯まない。決してと猛る者達。
「この国じゃ『急がば周れ』というけれど」
弓を手に、意識を収束させる Sadik Adnan(
jb4005)。相棒である召喚獣のキューが呼び出され、頭の上へと着地する。
「そんな暇ないし、私としてはどうでも良い。……仕事だよ、出番だ。背後は任せた、キュー!」
「急ぎとはいえ、な。荒事過ぎるが……まぁ、やってやろうじゃねぇか」
ロープを胴体に結び、命綱にした白鷺 瞬(
ja0412)。腕に巻いた呪術の刻印を刻んだ布の具合を確かめる。
そして、開戦を告げるのは白光。
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祈りは斬り拓く為の閃光となる。
高瀬と御堂が紡ぎ、空から降り注がせる無数の彗星たち。
元より天の祝福の強い彼女達だ。臨戦態勢を整えきったグールとはいえ、降り注ぐ白光の乱舞には耐えきれない。
地へと落ち、炸裂する光の波濤。脆くなった四肢ごと衝撃で吹き飛ばし、津波のように押し寄せようとしていたグール達を薙ぎ払う。
高瀬と御堂の二人による範囲への魔法攻撃。冥魔の闇を払う初撃だ。
道は出来た。押し寄せる壁は流星の中に消えた。
だが、そこを駆ける一陣の影。範囲から逃れていたハウンドが咄嗟に駆け寄り、二人へ飛び掛かる。牙で喰らい付き、放さずにそのまま地へと落とそうとしているのだ。
「けど、させない」
が、迎え撃ったのは悠司のショットガンだ。散弾を浴びて機動が逸れ、地を転がる。
一撃では倒せまい。だが、後方よりSadikの放った矢が飛来し、その喉を貫く。元より強いディアボロではないのだ。それだけで落ちる。
「だけど、問題は数……」
道は開けた。そして、続けて放つ星墜の技で群がったものをある程度は対応出来るだろう。
だが、前方を対応出来ても、左右から迫るものへはそうはいかない。
「信じていますよ。先を歩みます、故に」
恐れず、後を付いて来て。
自分達は、決してこんな場所で膝を付く訳はないと信じている
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走り抜ける護送車。文字通り、正面は範囲攻撃で一掃したが、左右の全ては対処しきれない。
そこへ進むのだが、挟撃を受けるのは当然だ。が、正面からの攻撃は気にせずともよく、お互いに受け持った側面だけを担当すれば良い状態は、無数の敵軍の中に突撃する必要のあるこの依頼の中ではある程度楽ではある。
だが、背後には決して通せない。輸送車へと一撃も与えない為、左右の護送車の上からは苛烈な攻撃が仕掛けられる。
「突き刺すなら刀よか、こっちだろ」
呪文の刻まれた布を握り締め、影によって形作られた槍を生み出す瞬。
即座の投擲。音もなグールの腹部を貫き、地面へと串刺して動きを止める。此処は脆い。取り付かれるか、振り落とされない限り、十分に対応できる。
だが、右から迫るのはグール・ハウンドの数が多かった。
元よりハウンドの数が多いのか、それともリーダー格がいて群れを形成していたのか。追い縋ることの出来ないグールと違い、疾走して飛び掛ろうとしている。
噛み付いて引きずり下ろすのではない。自分も荷台の上へと飛び乗ろうと跳躍したのだ。
それを貫いたのは、伸びる銀の一閃。
Sadikが騎馬槍を瞬時に具現化し、跳躍したハウンドへと一撃を与えたのだ。
「ワリィな! 定員オーバーだ!」
完全なカウンターであり、空中では身動きは取れない。受身どころか急所をそらすことも出来ず、衝撃で吹き飛ばされて肉片を散らして地を転がる。
だが、その後方から群がる猟犬の群れ。八体までは数えたが、流石の瞬とて苦笑いを浮かべるしかない。
「流石は犬か。しつこいな……」
とはいえ、ハウンドも全力で疾走している状態だ。先ほどのように迎撃は容易い。加え、グールはもう遥か後方に置き去りになっている。が、最大の問題はその数。
「二人で相手するには、少し厳しいか?」
半数を迎撃して潰せると判断する。が、二人では手数が足りず、いずれ確実に取り付かれる。飛び乗られる。
僅かに滲んだ冷や汗。それを吹き飛ばすため、声を上げた。
「悪ぃけど、立ち入り禁止だ! 此処に犬が入るスペースはないぜ!」
「金と単位を貰うために荒事をこなすってね……死んでしまったお前達にはわからないだろうけれど」
身長差のせいで騎馬槍を持ってでは身動きがうまく取れない為、瞬時に直してSadikは告げる。それこそが自分の誇りだと言うように。
「生き延びる為に必死で、そして生き続けるために力と思考が、どうして死んだ犬になんかに負けるっていうんだ?」
生存し続けていることを神に感謝する故に。
そして、その幸せを知っているからこそ。
「いけ、キュー!」
己の生命と直結する召還獣に突撃を命じて、再び迎撃する。
瞬は紡いだ影の槍を投じて、犬の額を貫く。
数は減る。そして、敵との距離も詰まる。
それでも、負ける気など更々ないのだ。
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ミハイルはアルサトライフルの引き金を引く。
飛び出す弾丸と銃声は連続して響き渡り、ハウンドの一体を地に伏せる。
「さて、狩りをするか。毛皮も使えない、飾りたくもない犬だけどな」
そう呟き、敵の残数を見つめるミハイル。
数自体は少ない。少なくとも右側よりは。
だが、左側に掛かる圧力と追撃が軽い訳ではない。地面すれすれに身を屈めたハウンドがタイヤを狙って噛み付こうとしたのを、光坂が光弾を射出して後方へと吹き飛ばす。
「……そっちも余裕、ないみたいね」
「ごめん、るりか……」
決して油断していた訳ではないと、緋野は思う。だが、意識が一瞬、高速で接近する影に向いてしまったのは確かだった。
グール・ハンター。強化された脚部は驚愕とも言える速度での疾走を可能し、ハウンドを追い抜いていく。その行く先は護送車ではなく、医薬品の詰まれた輸送車だった。
その視線、凶暴性を感じた故に緋野の意識が逸れたのだ。当然の反応であり、そして、責められるものではない。
むしろ、この時点で気づけたことが行幸。
周囲には三体ほどのハウンドが追走している。だが、それらと同時に戦う相手にハンターを加える危険性を含めても、無視は出来ないのだ。
「少し、任せるよ」
返答は銃声。ミハイルの放った星輝の銃弾がハウンドの頭部を打ち抜き、光坂の光波が迫るもう一体を後方へと弾き飛ばす。
無言。だが振るい、放つ銃弾で共に行くのだと告げている。
故に、躊躇う必要など緋野にはありはしない。まるで母のように感じる光坂へ、無様な姿は見せたくないと思う。
だから燃える心は、身にも宿る。赤と青、そして金色という三色の焔を身に纏い、舞い散る火粉が道の如く広がっていく。嫌が応でも目に移りこむ、火炎の姿。
そして名乗りて叫ぶ。己は此処に在り。
「……俺が、俺が緋野 慎だ! 貴様ら腐肉の塊を焼き払う焔と知れ!」
敵だ。故に滅する。焼いて灰にし、散らして残さない。
そう宣言する緋野へと、ハウンドとハンターが迫る。名乗られた以上、いや、その生命の輝きに意識を奪われた。失った熱を、求めたのだ。
脅威の疾走を誇り、追撃に迫るハンター。狩人として腕を振りかぶった瞬間、炎によって産まれた影がその身へと奔る。
糸のように細く、けれど強靭に幾重にもハンターを縛り付ける影の束縛。緋野の狙った縛影の術は完全にその効果を発揮した。
確かに強いだろう。
強化型であり、改造されているのだろう。並のグールではなく、上位のディアボロと認識すべきかもしれない。
「が、そんなものとわざわざ戦う必要はないな」
動きが止まった瞬間を、ミハイルは見逃さない。間髪をいれずに絞られるトリガー。一点への攻撃へと意識を凝らし、可能にした精密なる狙撃。
狙いは脚部。通常ならば避けられていただろうが、束縛を受けた身ではそうはいかない。
自由に動けず、太股を撃ち抜かれたハンターはその場で膝を付く。脚部への負傷、更に束縛での意動力低下で、追撃は不可能。
「俺たちが乗っていたのが運の尽きだったな。さっさと俺達の視界から消え去れ」
撃破ではなく、足止め。追撃阻止。強敵を相手取る余裕がない故に、それだけを狙った作戦は見事としか言い様がない。ハイタッチを求める緋野にミハイルは応じ、シニカルな笑みを浮かべた。
強いのは自分ではない。自分より強い年下もごろごろとしているこの学園。だが、本当に強いのは、こういった連携の組み合わせであり。
「上手くいったね?」
その精密な連携を邪魔せずに運転をし続けた光坂の配慮と運転技術にもよる。攻撃でもなく、味方を支援する事を優先した彼女がいなければ、苦戦は逃れられなかっただろう。
「さて、残りを文字通り、焼き払うよ!」
腕に纏った緋色の火炎。降りぬく一閃は鮮やかな焔を伸ばし、残っていた二体のハウンドを飲み込み、突き抜けていく。
追いすがる者はもういない。
ただ、ほんの僅かに、光坂は瞼を伏せた。
子供達も戦わなければいけない、この時代は何なのだろう?
力ある者の責務?
いや、だからといって傷ついて欲しくない。戦い、無理をして欲しくない。
「それでも……」
まだ、続いているのだ。
もう少しで抜けるからこそ。
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牙が突き立ち、爪が削る。
天魔、ディアボロに対して輸送車の装甲は頼りない。
何とかSadikと瞬の奮戦で今まで持ち、相手の数も四体まで減っていた。
だが此処が限界だ。二体が同時に飛び掛かり、うち一体は騎馬槍で迎撃して空中から叩き落すものの、荷台の上へと一体のハウンドが上る。
「……ちっ」
故に瞬の判断は咄嗟だ。地を這うように駆け寄り、ブロウクンナックルでハウンドの顎を打ち抜く痛打。
「ちょっと止まって貰おうか!」
繰り出したのは意識を奪うアッパー。荷台が揺れてハウンドが落下する。ただし、揺れる荷台での激しい動きの代償として、瞬もまた地面へと叩きつけられた。
そのまま転がり、置き去りにされなかったのは念のための命綱のロープのお陰だ。だが、残るハウンドが無防備を晒した瞬へと襲い掛かる。
爪と牙が肉に食い込む。が、即座に立ち上がり、荷台の上へと駆け上がろうとすれば、竜の影が落下する。
Sadikの呼び出したティアマットゴア。それが瞬を庇いながら尻尾で救い上げるように荷台の上へと押し戻す。
そして。
「そのまま、引き裂いてやれ……!」
主であるSadikの命を受け、その腕と尾による暴威が振るわれる。
周囲に残っていた三体のハウンド。その全てを打ちのめす剛撃の乱舞。肉片が飛び散り、骨が砕ける。
現れた脅威。それに対して、ハウンドたちはその牙を向ける。ゴアと同じ場所を負傷し、鮮血を散らすSadik。
だが、ゴアに攻撃を集中した結果、ハウンドの追撃は止まっていた。そして、即座に召還を解除され、異世界へと戻されれば、ハウンド達の前には何もない。
「やった、な……」
瞬もSadikも負傷している。
だが、確実に足止めとなってハウンドの追撃は止まった。
危険地域を走り抜けたとの報告が上がったのは、その後すぐ。
そのエリアの防衛でも任されているのか、警戒していた追撃は発生しなかった。
そして、輸送車は無事に、助ける為の、生きるための物資を届ける。
死者の群れに奪われなかった、命を繋ぐための薬を。
(代筆 : 燕乃)