既に夜は更け、明かりの無い街は一面の闇。
唯一の光源である月と星も今は雲に隠れて見えない。
戦闘の音も今は消え、手がかりらしい手がかりはどこにもない。
「これは…まずいかもですねぇ」
地上を走る三善 千種(
jb0872)は疲れた顔をしていた。
方位術を使っているため自分の位置を見失ってはいないが、
手当たり次第に歩き回るのは精神的に疲労する。
先を走っていた影野 明日香(
jb3801)は立ち止まって振り返った。
「落ち着いて。まだあの子は死んでないわ。余裕はある」
「はい。頑張りますよぉ」
明日香は「わかってない」とは言わずにおいた。
元気が出たならそれで良い。
「それにしても…」
明日香は正面を見る。
これは昼に来ても同じだったろう。
走って探してどうこうできる場所じゃない。
空からの捜索だけが頼りだ。
「後で拳骨の一発でもくれてやらないとね」
仲間に迷惑をかけたのだ。それぐらいされて当然だろう。
不意に右側面から何かの物音。身構える2人。
既に無意味となった扉をわざわざあけて出てきたのは悪魔の蒸姫 ギア(
jb4049)だった。
「なんだ、ギアか」
「はい。明日香、驚かせてすみません」
彼は小道を確認する二人と別れ、建物の内部を優先して見回っていた。
戻ってきたということは収穫無しということだろう。
成果が出ないことが焦りに繋がり、ギアの顔は暗い。
同じく地上の捜索を行っていたカジハラ(
jb4691)も戻ってくる
「上手く隠れたということだ。そこは褒めてやっても良かろう」
元小隊長というだけあって戦場の機微を読み慣れている。
才能はあるのにこの手の凡ミスというのは憤慨するが、何にせよ説教は保護した後だ。
「無茶してないといいけど…」
心配にも種類がある。半ば怒りや呆れという感情が先に立つメンバーが多い中、
彼は不安が先に立った。胸元で拳を握りしめる。
千種は面白おかしそうに「そうだねぇ」と意味ありげな視線を向けた。
「って、面倒抱え込むと困るだけで、ギア別に心配なんかしてないんだからなっ」
視線に気づいたギアは咄嗟に取り繕う。
わかりやすく可愛い後輩の挙動に、明日香は嬉しそうに笑みを浮かべた。
気を取り直して4人は街を駆ける。
思うところはあれ、立ち止まるわけにはいかない。
この4人の上方、高度30mを飛ぶ撃退士の姿があった。
悪魔が3人に天使が1人。タルト・ブラッドローズ(
jb2484)、美森 仁也(
jb2552)、
蔵寺 是之(
jb2583)、ルーノ(
jb2812)。
以上の4名で当たっている。捜索には十分すぎるメンバーだろう。
はぐれの天魔は学園でも希少な存在だ。
それがこの依頼の参加者8名中6名というのは、それぞれに思うところがあるゆえだった。
「ダメですね。携帯は取れないようです。電源は切れてないようですが…」
美森がため息をつく。戦闘中なのか、どこかで落としたのか。
悪い状況の想定しかできない。意思疎通も試しては見るが、
距離が近くなければ使えないため反応がない。
根気良く探し続けるしか方法はなさそうだ。
「…全く、面倒な仕事を増やしてくれたものだな」
ルーノはここに来て更に不機嫌そうだった。
冷静に見えるぶんだけ、マイナスの感情が目立つ。
空を飛んで探すというのもゲートの無い今の状況ではそう便利ではない。
ゲートからのバックアップを失った彼らには大きな制約がある。
飛行能力も無限ではなく、概ね4分強が限界。
4人はその稼動時間を交代で使うことで節約し、
可能な限り空に人を配置している。
悪魔の陣営に居た頃には無縁の悩みだったが…。
「キマイラ程度、本来の私達なら1人で十分だっただろうな。
だが今ではこのザマだ。今頃そのマークとかいうのも思い知ってる頃だろう」
タルトの口調は端的で少し毒がある。
是之もこれに頷く。
「ガキんちょの…お守りは…面倒」
それでも付き合っているあたり、是之に限らず参加したメンバーは人が良いのかもしれない。
その後、飛行時間一杯まで空を飛んだが成果はない。
全員が飛べなくなりそうになった頃、街に大きな火がともった。
街を焼く火を止める者は居らず、廃墟は際限なく延焼していく。
「見つけた。千種に連絡。俺達は急ごう!」
空を飛んでいた美森に追随し他3名も最後の飛行能力を起動。
赤々と燃える現場へと急行した。
●
戦闘は既に始まっている。
痺れを切らせたのはキマイラのほうだ。
火炎放射で一帯を薙ぎ払い、目の前を過ぎる敵を焼き払うつもりなのだろう。
盲撃ちも良いところだがこれは効果があった。
「いたっ!」
マークは火炎の範囲から逃げながら、ハンドガンで応戦している。
如何にも劣勢だ。撃退士は現場に急行する。
まだなんとかなる距離だ。
最初に到達したのは連絡を受け飛んできたカジハラとギア。
続いて飛行していた4名だった。
「動きは悪くないようだが…」
カジハラはうっそりとした様子で動きを眺めた。
才気溢れる若者だったのだろう。良く耐えている。
が、それも彼の実力に比しての話だ。
「若さゆえに見誤ったか」
「若いですね。敵の能力も自分の実力も把握してない状態で単騎突入ですか…」
美森もそれに同調する。状況は常に選択を迫るだろう。
ただ、彼には逃げる選択肢もあったはずだ。
「嫌でも思い知ってるだろうさ。あの顔はそういう顔だ」
タルトは百科事典を開く。ページの上に風の塊が徐々に凝集していく。
「何はともあれ、助けるのが先だ。行くぞ」
タルトが先陣切って風の魔弾を放った。
キマイラが気づいて回避した隙に、近接攻撃を得意とする美森、ルーノ、カジハラが突撃する。
「受けろ!!」
美森が漆黒の大鎌を振り下ろす。
深く抉るような一撃は皮を浅く削り弾かれた。
反対側から仕掛けたカジハラの一撃も同様だ。
ルーノがロザリオから生み出した無数の光の矢も、ギアが生み出した稲妻も、
突き刺さっては弾けていく。
「頑丈だな…」
ルーノがうんざりした声で呟く。
カオスレートの分だけルーノの攻撃が良く効いただろうか。
だがその傷もあっという間に塞がっていく。
一行は遠距離攻撃で牽制しつつ、マークを引きずって廃墟の陰から陰へと逃走する。
これは全員揃うまで仕掛けるのは不利だ。
全員一致でその認識だったのだが、1人だけ違う事に気が向いてるやつがいた。
「なんで助けに来たんだよ! ここは俺1人で十分だって言っただろ!」
カジハラとルーノにに引きずられながら、マークはそんなことを喚いている。
殴って言う事を聞かせたほうが良いのかと誰もが考え始めていたとき、
予想外のところから拳は飛んできた。
「そこまでよ勘違い坊や」
ごつっ、と音を立てて拳骨が頭に直撃。
マークは頭を抑えて転がる。
殴ったのはようやく合流した明日香だった。
千種は「あーあ…」と小さなため息をつく。
「お前がどう思うかは知らない。
だが、救出も依頼の内だ
俺達にはお前を無事に連れ帰る責任がある」
ルーノはきっぱりと告げた。
「何を勝手な……」とまで言ったマークはそれ以上は言わなかった。
「さっきの戦いで理解したか? それが今のお前の力だ」
タルトの言葉が刺さる。
まさしく、力を理解してしまったのだ。
もはや見栄も外聞もない。
「昔は知らん。だが、今の汝はただ死に急ぐ愚か者にしか見えん」
カジハラの言葉に今度こそ何も言えずマークは項垂れる。
他にも言いたいことのある者は居たが、これ以上は蛇足でしかない。
「…っと、いつまでもここに居るわけにはいかないわね」
明日香が曲がり角の向こうを示す。
キマイラの巨体がゆっくりと通り過ぎるところだった。
こちらを探しているのか先程よりも更に動きが遅い。
進行方向を考えれば、発見されるのも時間の問題。
「私が囮になるわ。あとは何とかしてちょうだい」
「なんとかって…あっ」
美森が止めるも既に遅く、言うと同時に明日香は飛び出していく。
美森は一瞬考えたが明日香の心配が先に立ち、
「あとをお願いします」とだけ言って同じく飛び出していった。
残りの撃退士達は目線や手振りで自分の意図を伝え、それぞれに動き始める。
相談をする時間がない以上、各個に最善を尽くすしかなかった。
「マーク君には期待してますよ」
最後に残った千種はマークに微笑み、同じくどこかへと走った。
マークはただ1人、しばらく動けずにいた。
●
先行した明日香はヒヒイロカネからFS80を取り出す。
セレクタレバーをセーフからオートへ。
「今イライラしてるの。加減しないわよ」
キマイラの前に飛び出すと同時に引き金を絞り、顔の周辺めがけてありったけの弾を打ち込んだ。
銃弾は強靭な皮膚に遮られ、大きなダメージはない。
だが顔への攻撃は流石に忌避感があるのか、キマイラは回避しつつ顔を守る。
下がったキマイラに美森が飛び掛った。
「はっ!」
大鎌を一閃、胴体を掬い上げるように切り裂いた。
キマイラは斬られながらも背面を向けて尾を振り回す。
シルバータージェで受け止めながら、美森は後ろに下がった。
明日香が次の攻撃に移るまでの時間を稼いだが、そう何度も上手くはいきそうにない。
続けざまの銃弾に腹を立てたキマイラは明日香に向けて口を開いた。
明日香は咄嗟に街路に身を隠す。
キマイラの吐いた火炎の吐息が街路を埋め尽くした。
熱波が肌を焼く。直撃はすれば命の保障はないだろう。
尾の蛇は変わらず周囲を監視しており、接近は難しい。
散開した撃退士達はようやくポジションにつく。
最初に現れたのはタルトとギアだった。
「まずは足を止める。ギア、合わせて」
「わかった」
タルトは屋根の上で静止。本を開き、再び魔力を集中させる。
気づいたキマイラは火炎弾を発射しようとするが。
「邪魔はさせん」
カジハラが壁の陰から飛び出し、美森の反対側から首元を切り裂いた。
傷は浅いがこの位置では意味合いが変わってくる。
キマイラは迎撃をカジハラに切り替えた。
その隙に2人の詠唱が完了した。
「受けろ」
タルトがスタンエッジを放つ。
電撃は狙い違わずキマイラの足に命中。
突然の痺れにキマイラは崩れ落ちる。
更に重ねるようにギアが呪縛陣を起動させた。
「絡みつけ歯車の鎖…ギアストリーム!」
周囲に現れた巨大な歯車はしびれて動かないキマイラの足を挟みこむ。
ぎりぎりと徐々に力を強め、キマイラの足を押しつぶそうとする。
「更に追加!」
飛び出した千種が八卦石縛風を放つ。
キマイラの周囲の砂が舞い上がり、竜巻となって傷をつける。
ダメージ自体は大きくない。
が、抵抗していたキマイラの足先が動かなくなっていく。
最後は足先が完全に石化し、脱出不可能となった。
ルーノと是之は大回りで背面へ回り込む。
キマイラの尾が健在であれば火炎弾の迎撃は止まない。
何より束縛は一時的なものだ。
ここで致命傷を与えないと振り出しに戻ってしまう。
「背面でも…死角がねぇのは…やっかいだな…」
是之はキマイラから十分に離れ、矢を放つ。
キマイラの尾は弾を回避するが、本体はかわしきれない。
ルーノが光弾を連続発射。尾の視界を奪う。
明日香、美森、カジハラは三方向から攻撃を繰り返し、本体の攻撃を絞らせない。
千種、タルト、ギアは魔法による束縛を更に重ねていく。
キマイラの対応が飽和して、ついに動きが鈍り始めた。
「マーク」
空を飛び位置について是之は弓を構える。
動けていなかったマークは無言で是之を見上げた。
「俺達に…必要なのは…こういうことだ」
故郷を失い、力を失い、それでも為すべき事を為す為に。
自分たちは戦い方そのものを変えなければならないのだ。
「とどめだ」
是之は引き絞った矢を解き放つ。
是之の矢はキマイラの首を背後より深々と貫いた。
キマイラは苦悶の声をあげ、血飛沫を撒き崩れ落ちる。
「見たとおり、有効であることは保障する。
強制はしない、どうするかはお前次第だ」
ルーノが語るその背後でキマイラは体内より燃え始める
キマイラは瞬く間に灰となって跡形もなく消え去った。
●
「悪かった」
マークの最初の一言はそれだった。
つっけんどんなのは変わらない。
もう少し他に言い様はないものかと思ったが、
彼なりに精一杯謝罪しているのは伝わってくる。
それを笑って許したのは明日香とカジハラぐらいか。
「実感したと思うけど、悪魔の力はもう無い物と思ったほうが良い。
あと、年長者の言う事は良く聞くものです。それが人間であれ天使であれ、ですね」
「よくわかった。だからもう言うなよ」
美森の念押しにも可愛くない反応である。
素直さが足りない。とても足りない
「わざわざはぐれになったのだ。お前にも目的はあるのだろう。
死にたくないならそういう態度は止めておけ」
「死にたくないとか、そんなんじゃねえよ。ただ…」
カジハラの問いに殊勝になるマーク。
視線は逸らしたまま。どこか別の場所を見ているようだった。
「ただ、なんだ?」
マークは口を開こうとしては止め、を繰り返す。
三度繰り返して、少し我に返った。
「……って、なんでお前らに言わなきゃならねーんだよ! 誰が言うか!」
マークは立ち上がり、顔を真っ赤にしていた。
「お前らの助けなんていらねーよ! 俺は俺のやり方でやるんだからな」
言い捨ててマークは走りさっていく。
清々しいぐらいに負け犬だ。
「まあ、ほどほどに懲りたんじゃないか」
「そうだね」
その時はわからなかったが、以後彼が独断専行したという話は聞かなくなった。
反省を促すには十分な出来事だったのだろう。
彼の背中に以前ほど気負う気配はなかった。
呆れながら、笑いながら、撃退士達は未熟な後輩の遠吠えを聞いていた。
(代筆 : 錦西)