四国某所。冥魔の胎動するその地に、彼らは降り立った。
闇に蠢く権謀術数。策に策を巡らせられた、混沌の坩堝に対して、彼らは立ち向かう。
「四国で、何企んでるんだか……」
高峰 彩香(
ja5000)がぼそりと呟く。最近の報告に上がる地名。四国、四国、四国と立て続けに上がれば、何かが起こっていないと言う方がおかしい。
とはいえ、どこであろうと彼らの在り方は、人を守ること。
ギュッと額のバンダナを絞め、御伽 炯々(
ja1693)は覚悟を決める。街に近づくディアボロの撃退。それこそが主目的なのだと言い聞かせるように。
連れ添うように、メフィス・ロットハール(
ja7041)とアスハ・ロットハール(
ja8432)は肩を並べて歩く。互いに語り合うことはない。息の通じ合う相手が味方と言うのはどこか心地よく。
すぅと、メフィスは深く呼吸する。過去に、憎しみが先走って、愛する人を斬ってしまったこと。その後悔を忘れない。悪魔を断ち切る憎しみは、程々に。人としての心は失わず。だが、ともすれば無茶をするのは自分でなく。
「無茶しないでよ、アスハ」
「保証はしかねる、な」
苦笑しつつ、アスハは答える。敵との命のやり取りに、無茶は付き物だと、彼は思っている。ハァと変わらない彼に嘆息しつつ、しかし動きが分かり切っているからこそ、メフィスはせめて彼の背中だけでも守ろうと心に誓う。
そんなやり取りをするそこへ、咲村 氷雅(
jb0731)がやってくる。
「相変わらずだな、人間花火」
アスハと通算五回連続で同じ依頼をこなすこととなった氷雅だが、そのどれしもでも最前線で散っていくように戦うアスハをそう評する。
誰がだと答えるアスハに、お前以外あるまいと軽口を叩く。依頼をこなしていけば、気心の知れた仲間も増えていく。
それこそが人の強みなのだろう。美具 フランカー 29世(
jb3882)は、天使の身ながら、それを思う。
敵であったはずの己さえも受け入れてくれた人間たち。彼らへの義を果たすべく。戦の乙女は、今日も戦場を以て借りを返す。例え、かつての同胞たちと剣を交えることとなっても。
如何な強敵と言えども。すべてを倒す。草薙 胡桃(
ja2617)はそう決意する。敵に、デュラハンと思しき存在を確認。そう聞いて、デュラハンと対峙した過去の依頼を思い出す。あの時とは、覚悟も、経験も、武器も、全て違う。自分は、できる。そう言い聞かせるように。
後ろからゆっくりと九十九(
ja1149)が付いていく。直近の依頼で、大怪我を負ってしまった彼は、まともに戦闘することはできない。
「絶対、無理はするなよ?」
「分かってるさねぇ……動きたくてもままならないさね」
炯々の言葉に、九十九は嘆息しつつ答える。戦力が一つ減っているのは痛い。とは言え、今回は助っ人がいる。
銀の魔女、シルヴァリティア=ドーン(jz0001)。珍しく戦線に立つつもりのようだ。
「そうだ……シルヴァリティア」
アスハが彼女に声を掛けると、顔だけを向ける。
「銀妖精の店長から言伝、だ。『ケーキを作って帰りを待っている』」
「そう……」
口振りは平坦だが、どこか嬉しそうに答えるシルヴァリティア。甘い物に目がない彼女には、御褒美と言って良いだろう。
「さて、そろそろ敵のお出ましだよ。気を引き締めていきましょ」
彩香が遠くに点として映る敵影を見つけ、そう告げた。
彼我の距離はまだ遠く。双眼鏡で胡桃が覗く限りでは、そこまでそれぞれが離れているわけでも固まっているわけでもない様子だ。
それに加えて、影のような物が周囲を漂っている。
「影、ねぇ。何か聞いたことないかい?」
「ふむ、シルヴァリティア、何か知らないか?」
炯々とアスハが敵の様子を見て、疑問を呈する。逡巡の後にシルヴァリティアは、一言、告げる。
「シャドウ……影の敵ね。弱点も分かっているわ」
曰く、強力な光源に弱い。間近でペンライトやフラッシュライトを当ててやれば、弱点を露出するとのことだ。
後は作戦だが、どうするか。
敵の様子を観察するに、前衛が大きな盾を持つデュラハンとグールらしき巨体、後衛がシャドウとボウガンを持つデュラハンといった様子である。
撃退士たちは、敵前衛を引きつける囮と、後衛を叩く迎撃班の二班に分かれ、行動する作戦を取ることにした。
「さぁってと。まずは私の出番よね」
くるくると肩を回し、二振りの魔剣をメフィスは構えて、敵陣へと突っ込んでいく。
「っと、あたしも負けてられないわね!」
「ふむ。義により人界の撃退士に助太刀つかまつる!」
彩香と美具も負けじと敵へ相対する。彩香は銀煌きらめく剣を構え、美具はスレイプニルを召喚し奔らせる。
気付いた大型グールは雄叫びを上げながら、その巨体からは想像もつかないほどの速度で迫ってくる。
「さぁ、こっちに来なさいよデカブツ!」
メフィスが挑発を仕掛けると、それに呼応するように向かってくる。想定外だったのは、その速度と、攻撃の重さだった。自分が剣を振り被るよりも早く、すでに拳が掬いあげられていた。
何とか剣の上から受けることができたが、高々と打ち上げられる。骨が軋み、脳が痛みを訴える。
反撃を返すが、俊敏にそれを避ける。1対1では分が悪すぎる。
「シルヴァリティアさん、異界の呼び手を使ってもらえるかい?」
「ん、了解よ……」
後方の九十九の指示でシルヴァリティアが異界の呼び手を放つが、これも避ける。
素早い相手だ。
手隙の相手、デュラハンを彩香と美具は狙う。
「くっ、堅っ!」
彩香の鋭い斬撃さえもその盾の前には無意味だった。盾に、僅かながら傷は入るが、本体の鎧には傷一つ付けられない。美具も、もう一体へスレイプニルを当てるが、己の聖なる力を以てしても、まったくダメージを与えられない。まともに盾の上から叩き潰そうと思えば、相応の火力が必要だろう。だが、防御に腰を据えているためか、手を出してくる様子はない。完全に防戦の様子だ。
加えてシャドウたちの怪光線が襲ってくる。体がずしりと重くなり、己を纏うアウルの力が心許ない。移動能力と防御能力を削がれたか。
さらに飛んでくる矢の対処で一杯一杯。とても、まともに戦うことなどできない。
「拙いわね……!」
メフィスが歯噛みしつつ、タンクの攻撃を真正面から受け止めて大きく吹き飛ばされる。次の一撃を貰えば、もうきついだろう。
一旦、下がって態勢を整える方が良さそうだと判断。九十九の手当てで、彩香が押さえている間に何とか戦線復帰する。
完全に防戦一方でじりじりと下がっていく。だが、敵の戦線もじわじわと縦に伸びてきてはいる。何とか狙い通りに持ってこれてはいるが、消耗も激しい。時間との勝負と言ったところか。
「やはり、シャドウだな。報告書で読んだことがある」
氷雅が近づいてくるにつれて明らかになる敵の正体を確信する。前衛に向かった五人以外の四人は、迂回して敵を殲滅しに向かっていた。
特に厄介なのがシャドウだ。あれを落とさないと一方的にやられかねない。
「確かめてこよう」
「そう言って、すぐに前に出て行ける神経が凄まじいな……いや、いつものことか」
前へ前へ。アスハはただただ敵目掛けて突進を掛ける。彼の戦いはいつも特殊だと言われる。だが、それこそが彼にとっての通常。ただ、前に出るのみ。
後ろは、味方が守ってくれる。
炯々が弓の弦を引き絞り、胡桃がスコープを覗きレティクルを絞る。
それに気付いたボウガン持ちのデュラハンがアスハへ矢を放つ。アスハの周囲の黒羽がゆらりと矢の動きを阻害する。ゆらりゆらりとその弾雨を避けていく。
シャドウもそれに気付くが、一人で何ができる物かと怪光線を放とうとするそこへ、氷雅と炯々がそれぞれ懐中電灯とペンライトを投げつける。一瞬だけだが、動きを鈍らせたそこへ、アスハが光球を作り出し。
「丸見えだ、ぞ!」
カラン、と。空薬莢の落ちる音が響く。コアから体液のような物が飛び散る。
まだ、しぶとくも生き残っているそこへ、頭上から刀剣が雨霰と降り注ぐ。重力以外の力場も働き、その落下速度は通常のそれではない。氷雅の放つ魔術により、一体のシャドウは影もなく消え去った。
ギリと引き絞った弓から炯々が矢を放つ。風を切る音がしたと思った時には、すでに矢がシャドウのコアを貫通していた。
直後。
ダンと短い音が響いて、コアを胡桃の放った強力な魔弾が貫通した。ぐずりと影の一つが崩れ落ちていく。
「外さないよ……」
強力なアウルを纏い、発光の余韻を残す魔銃から、カシャンと弾装の薬莢を排出し、次弾を装填して狙いを変える。
シャドウの殲滅は順当だった。
一方で、タンクと盾持ちのデュラハン。メフィスの挑発で、盾持ちを引き付けられたのが大きい。大きいが、その分だけ負担も増えてくる。攻撃してくる頻度は少ないが、タンクにだけ向かおうとすると、一斉に盾を構えて突進してくる。防御に特化した三人にとって、痛手ではないが、繰り返されるとつらい物がある。
「いくら美具の攻撃が通用せんと分かっていても、きつい物があるのう……」
真正面からでは幾らやってもデュラハンの盾を貫けそうにない。これだけの攻撃を受けても、盾に幾許かの傷を与えるだけで、本体は完全に無傷だ。
さらに、連携を考えていた美具だが、三対三に近い状況でそれを行うことも難しい。どれかに集中すれば、手隙の敵ができてしまう。そんな状況ゆえに、全てを抑えに回る必要ができてしまい、狙いを定めることが困難だった。
「盾と言っても!」
グッと彩香が銀剣を振り被り、一文字に振り被る。炎を象ったような衝撃波が、盾持ちのデュラハンへと吸い込まれていく。正確には、後方にいるシャドウが狙いだ。
だが、盾をどっしりと構えると、その勢いを完全に防ぎ切る。さすがに強力な一撃なだけあって盾を貫通していたが、そこまでだ。後ろまでは届いていない。
「これを止めるの……?」
洒落になってないと頭を振る。下手をするとタンクより厄介だ。今の状況ならまだ良いがと考えて、頭を振る。今はまだ戦いの最中だ。
「厄介さね……さて、どうしたものかねぃ……」
九十九が思案する。
メフィスとタンクの攻防は完全に、タンクに軍配が上がっている。攻撃も掠る程度に対して、敵の攻撃は重い。避けづらいから、防御するが時折それさえも間に合わない。
シルヴァリティアの援護も、メフィスへの攻撃を牽制するに留まるだけで、致命打には至らない。
こうなれば、味方が合流するまで徹底的に遅滞戦闘を行うしかあるまいという結論に至る。
タンクの攻撃を三人で代わる代わる捌いていく。最初は飛んできた矢も飛んで来なくなってくるところを鑑みるに合流まで後少しと言ったところか。
タンクとの激しい攻防の最中、後方では一方的なシャドウの殲滅があっという間に終了していた。弱点さえ分かれば、広大な戦闘空間と言う状況も相まって苦戦するような敵ではない。次いで、ボウガン持ちのデュラハンが相手だ。
「弓で負けるわけには……いかないよねぇ?」
弓使いとして炯々が戦意を燃やす。駆けながら、矢を連射する。敵は避けることもなく、その矢に穿たれていくが、さすがに鎧なだけあって堅い。動じることもなく、返す矢が炯々を貫いた。強力だが、一撃は持つ。
「そこっ……!」
胡桃の放つ深紅の弾丸が腕を弾き飛ばすように突き刺さる。榴弾でも撃ち込まれたかのようにひしゃげる鎧。軋んだ音を立てて、なおも動く。
「遅い、な」
顔を上に向けた時には、アスハが胴に音速の刺突を放っていた。金属同士が削れる凄まじい衝突音と共に鎧をぶち破る。ぐらりと崩れる鎧に胡桃の銃弾が突き刺さり、最後に炯々の矢がわずかに繋がっていた胴部と脚部を完全に切断した。
ガシャリと崩れ去る魔鎧。
残った一体が、矢を構えたところへ、黒の衝撃波がデュラハンを包み、鎧に傷を与えていく。
「後ろの残りはこいつだけだな……」
氷雅の冷たい声が、郊外の空き地に響く。
対前衛はかなり限界に近かった。三人とも息も荒く、立っているのもやっとと言ったところだ。九十九の治療術もすでに尽きた。シルヴァリティアの援護で、束縛できていなければ、すでに力尽きる者も出ていただろう。
「もう少しかしらね?」
「どうかの」
「後、何秒はもたせられる?」
「もたせるとかじゃないわ。ぶっ潰す」
「腕が震えているわよ」
「武者震いと言うヤツじゃろうかのう」
互いに構えて、間合いを計る。
こちらは満身創痍に近い。
だが、もちろん、強化グールとて無傷でない。手痛い反撃を受けている。
ただ、盾の方が無傷だ。牽制程度しか相手していないとは言え、凄まじく硬い。
タンクが突進してくる。もはや、グールなどと言っていい相手ではない。当てられれば不味いと、彩香は避けざまに斬り付ける。胴を浅く裂き、飛び掛かるようにメフィスが双剣を突き立てる。痛みに振り被り、無理矢理にメフィスを弾き飛ばす。迫りくる盾持ちのデュラハンの一体はシルヴァリティアが牽制し、残り一体を美具のスレイプニルが抑える。全力で体当たりする様子を俯瞰しつつ、美具は勝ちを確信する。
後、一手だったのだ。それを確認していた彼女は、さらに盾持ちのデュラハンの抑えに回る。
強化グールへ飛んでくる矢と銃弾。炯々と胡桃の攻撃だ。動きが鈍ったそこへはらはらと蝶が舞う。触れた所々から小爆発を起こし、爆炎がタンクを包み込む。
それでも倒れないタンク。むしろ、動きが活発化したようにも感じる。吼えて襲い来る前にアスハが立ち塞がり。
「コイツで撃ち抜く!」
敵の拳に合わせて、巨大な杭打ち機を合わせ打つ。凄まじい炸裂を一帯に撒き散らすと同時にタンクの右腕が消し飛んだ。代償として、アスハも倒れる羽目になったが、すでに大勢は決している。
「僕に、構わず……撃て、メフィス!」
「無茶しすぎ、よ!」
愛する人と同じ武器を象った魔力が、タンクを貫く。胴に巨大な穴を開け、それでもずるずると前へ進もうとするそこへ、彩香の炎撃がタンクの頭を消し飛ばした。
ズンと大きな音を立てて倒れ伏す強化グール。
「残るは、デュラハンだけかのう!」
美具が振り返る。しかし、すでにデュラハンは遠くへ逃げるように駆けていっていた。胡桃が追撃で銃弾を放つが、元より硬い敵だ。そのまま街から離れるように逃げられてしまった。
「逃げた……?」
とは言え、街の防衛には成功。成果としては十分と言えるだろうか。
何よりもこちらの損耗も大きい。深追いは危険ということで、討伐の依頼は終了した。
退いていった盾持ちのデュラハン。その先では、ツォング(jz0130)が合流していた。
想定通り。いや、想定以上の結果を彼にとっては残してくれた。
後は仕上げを御覧じろ。そう言いたげに、視線を遠くへ向ける。
決戦の時は近い―――。