恋人たちのパーティーは何かと噂になっていた。予約制のチケットはあっという間に完売。入手は極めて困難であったという。
多聞に漏れずチケットを入手できずじまいだった水屋 優多(
ja7279)は溜め息を吐いていた。
「はぁ……智美を誘いたかったのにな」
がくりと項垂れ、仕方ないかと帰路に付こうとしたところ。
「おい、どうした。溜め息なんて吐いて」
そこには意中の相手、礼野 智美(
ja3600)が堂々と立っていた。
そんな彼女に、優多は理由を説明すると。
「ん? そのチケットってこれか?」
そう言うと、先程、依頼を探しに行った時に貰ったチケットを取りだす。
「それ……どうやって……」
「依頼を受けたかったんだがな……顔馴染みの職員に少しは休めって言われてさ」
どうせなら、一緒に行くかと誘うと、すぐさま返事が返ってくる。
「ほ、ほほほほ本当ですか!?」
「あ、あぁ……」
詰め寄る優多に思わず驚き下がる智美。
そんなこんなで、二人はこのパーティーに参加することになる。
●
聖なる夜。久遠ヶ原学園は喧騒に包まれている。その多くは、歓声と言った楽しさに満ちた物が多く。
雪こそ降っていないが、吐く息が白くなるほどには寒い。そんな中、パーティー会場となっているホールの玄関口を開ければ、暖房の聞いた空気がふわりと冷えた体を温めてくれる。中には、多くの料理が並び、給仕たちが出迎えてくれる。
和泉 恭也(
jb2581)の歌う聖歌が中から響いてくる。ゆったりと流れるクリスマスキャロル。響く声は、愛し合う者同士のために。翼を広げて、神々しい姿で歌う様はまさに天使と呼ぶに相応しいだろう。
チケットを持った彼らは、続々とその場に集まり始めていた。
●
会場の外にあるクリスマスツリーの下。そこを待ち合わせ場所に指定していたのは、星海レモ(
ja6228)だった。
淡いシトロンのミニドレス。普段とは違う、とびきりのお洒落姿へレモは身を変え、相方を待っていた。ただ、その華やかな衣装とは裏腹に、気持ちの方は少し沈んでいる。
(正確には、カップル……ではないんだけどね)
カップル専用の企画に誘ったのはこれで何度目だろうか。夏に誘った時は、まだごまかしも効いた。ただ、今日という日に誘う意味は―――普通、そういうことなのだ。
「む、すまない。待たせてしまったか?」
迷惑だったかもしれないと滅入り始めた気分の頃、彼はやってきた。
喜屋武 竜慈(
ja2707)はパリッと糊の効いたタキシードに身を包み、普段は無精に垂らしているだけの髪もしっかり纏めている。
「ふむ……馬子にも衣装とはよく言うが。なかなかどうして、見違えるじゃないか」
似合っているぞと告げる彼の言葉に。
「キャ、キャン君のほうが素敵だよっ!」
まごまごと戸惑いながら、首を振り振りレモは言葉を返した。
「そうか? こういうのは俺に似合いそうにもないものだが」
さすがに正装でないのも不味かろうと。
それをレモは全力で否定する。野性味あふれるいつもの姿も良いが、これはこれでまた味の違う雰囲気を醸し出していた。思わず、口を押さえてその姿に見とれるほどには。
「さて、こんな寒いところにいるよりは中に入ろうか?」
「そ、そうだね!」
どことなく感動していた自分に恥ずかしさを憶えたレモは竜慈の勧めもあって、少し慌てたように会場内へと入っていく。
正装一辺倒のパーティーだったが、そんな中でルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)は浮いてしまっていた。
(正装なんて持ってないとか……言えない)
私服を適当に着てきたのだが、別にレンタル衣装でも問題はなかったのではなかろうかという程である。周りはほぼ全員そういう風に着飾っているため、自分がこれだと相方に申し訳ない気がする。
「気にすることはないですよ。貴方は貴方。それで、良いではないですか」
真っ白なドレスに身を包んだ、セシル・ジャンティ(
ja3229)が彼に告げる。
「俺はあれだけど……うん。セシルは良く似合ってる。綺麗だよ」
自分の方が場違いになりそうだが、姫をエスコートするのは王子の役割だ。
ルドルフはそっと手を差し出し。
「お手をどうぞ、お姫様」
「まぁ。ふふ……」
その手を取って、二人は会場内へ進んでいく。
会場の一室では、ドレスの着替えも可能だった。そんな中、ミシェル・ギルバート(
ja0205)は一つの冒険に出ていた。
「う、う〜ん……こ、これどうなのかな……?」
ファーのボレロで首元を暖め、着飾るドレスの色はワインレッド。
齢にして十の差がある彼に合わせるべく、少しだけ大人に見えるよう背伸びしてみた。一生懸命並んでコーディネートしてみたが、いざ見せる段階になれば、胸が高鳴ってくる。
(や、やっぱり、恥ずかしい……!)
思わず、会場のカーテンに包るミシェルであった。
会場内。がやがやと声が響く中、彼ら彼女らは、意中の相手と共に歩いていく。
「日陽ちゃん、あの辺の料理とかどう?」
「う、うん……」
月居 愁也(
ja6837)の裾を掴むようにして歩く霧咲 日陽(
ja6723)。周囲は、人で一杯だ。人見知りの日陽にとって、そんなパーティー会場はちょっと酷だった。
それに気付いた愁也は提案する。
「あ、俺が取ってくるよ!」
「あぅう……でも、一人になるのは……」
もじもじと顔を赤める日陽の様子は、愁也にとってあまりにも眩しい。やはり、自分の恋人は可愛い。
「だ、だから、あの。すぐに戻ってきてくださいね?」
そっと掴んでいた裾を離す。それで、脳の回路が焼き切れた。
「やっぱり今日もすっげえ可愛い!」
「は、はずかしいです……」
思わず心の声が零れ出た愁也の言葉に、ばっと顔を隠して日陽はうつむく。にこにこと笑顔の愁也の腕を、日陽は恥ずかしさのあまりてしてしと軽く叩く。
その様子がまたあまりにも愛らしくて。
「いやいや、可愛いものは可愛いんだから!」
「し、知りません!」
ぷいっと顔を背ける日陽。心臓が早鐘のようにバクバクと鳴っている。いつもこの人はこうだ。
でも、それを知っていても、嫌いになるかと言えばそれは違う。どこまでも、真っ直ぐな彼の感情は、どちらかと言えば心地よい。ただ、こういう衆目の場でそれをされるとやっぱり恥ずかしいわけで。
今もなお何か心の声だだ漏れで言い続けている愁也へ軽く無視を決め込みつつ、二人一緒に人の賑わいが少なめのところで休憩を取るべく、料理を持って歩いていく。
「以前の戦場では助かった。改めて礼を言う」
「い、いえ、そん、そんなに……お気になさらず」
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)の礼に、少しどもりつつも華成 希沙良(
ja7204)が言葉を返す。
二人ともに、談笑しつつ。食事に舌鼓を打つ。
「お誘いありがとですネ、穂原先輩!」
「あ、あぁ」
緊張し、むすっとした表情である穂原多門(
ja0895)に対して、巫 桜華(
jb1163)は愛嬌のある表情で、宴を眺める。多門からしてみれば、自分とカップルと思われるのが迷惑でないか気が気でなかったが、桜華の様子を見てみれば、それも杞憂だったのではないかと思わされる。世話になった依頼の礼がこれなのだから、できることなら楽しんでもらいたい。
「せ〜んぱい! 早く早く!」
多聞の腕を掴んで、桜華は急かす。どうやら、楽しんでくれていそうだと、多聞はほっと胸を撫で下ろし。
「食事は俺が取ってこよう、嫌いな物などはあるか?」
「んー、ないですネ。先輩のチョイスにお任せしますヨ!」
分かったと多聞は頷くと、桜華をソファへ座らせて料理へ向かう。
ちょこちょこと自分の好みを挟んで選んでいき―――気付いたら、和食が多めの渋いセレクトとなっていた。
(む……桜華の好みでも聞いておけばよかったか……)
後悔するも、すでに皿の上は一杯だ。最悪、後で取りにくればいいかと、桜華の元へ向かう。
「先輩、和食がお好きですカ?」
「あぁ、すまない。俺の好みで選んだらこんなことになってしまってな。もし、他に好きな物があるのだったら、取ってくるが」
「構わないですヨ。先輩の事、また一つお勉強しまシタ」
「そ、それはどういう……」
ふふと妖艶な笑みを浮かべて、桜華は食事に箸を付ける。
女性の方が一枚上手だったりするのだろうか。
なかなか姿を現さない恋人を探して、癸乃 紫翠(
ja3832)は会場内を歩き回っていた。
「はてさて、どうしたのやら……」
まさかとは思うが、しっかりしたパーティーで気後れしているのではあるまいか。そんな紫翠はと言えば、スーツを着こなし、ノータイで気軽さを出しつつも、ポケットチーフを胸に挟んでいたりと大人の嗜みは崩していない。
彼女ならあり得るかと苦笑しつつも、探してみるとやけに隅のカーテンが丸まっていることに気付く。まさかと思いつつ声を掛けてみると、案の定、探し人であるミシェルの顔だけが出てきた。
「どうして、そんなところにいるんだい?」
「だ、だって……その、ちょっと。出にくいというか、恥ずかしくて……」
亀のように、カーテンへと籠ってしまう。
「大丈夫、前みたいに服装無頓着なわけじゃないんだろ? しっかり選んだなら自信もって」
「う、うん……」
優しい微笑につられて、ゆっくりと出てくる。それでも、おっかなびっくりといったような様子でだった。
「お……」
出てきたミシェルの姿に思わず紫翠は見惚れる。贔屓目があるとしても、これはという程だ。少し覗く肌色に普段とは違う大人の色気を感じるし、薄らと口に差してある紅も艶っぽさを醸し出している。
見惚れ無言になっている紫翠とは対照的に、ミシェルは気が気でなかった。やはり、どこかおかしいのではないかと思ってしまう。
「や、やっぱり変だよね! 背伸びし過ぎた……かな?」
カーテンに再び戻ろうとしたミシェルを見てようやく意識を戻した紫翠は、その腕を掴んで引き留める。
「そんなことない。よく似合っている」
わざわざ自分に見せるためだとしたら、これほど嬉しいことはない。それが似合ってもいるのだから尚更だ。笑顔を見せたまま、ふぁさとカーテンが宙を舞う。
それに気付いた人間はいなかった。
出てきた二人は、どことなく顔を赤らめ、ミシェルはふわりとした目で紫翠にしな垂れかかっていた。
「さ、行こう。パーティーはまだ始まったばかりだ」
「うん!」
ミシェルもまた笑顔で。一緒に、会場の喧騒の中へと向かっていく。
セシルがすっと窓辺に寄り添い、ルドルフの手を引く。
「見えますか、ルドルフ。あの眩い二つ星が双子座です」
星座に纏わる神話の多くは悲劇だ。魂だけは傍にあらんと命を絶つ者、神の怒りに触れたものの他の神の慈悲によって星となった者。
双子座にも多聞に漏れず、悲劇の話が纏ろう。
セシルは恐れている。ルドルフを失うことを。神話にある悲劇の一つのように。自分たちの運命も悲劇として纏ろうのか。
「……すみません、酔ってしまいました」
誤魔化し目を伏せるセシルをルドルフは悲しげに見つめる。彼女の悩む物すべてを取り払えるとしたら。そんな想いが湧いてくる。
せめて、抱きしめるだけはできるだろうか。ギュッとその腕で彼女の体を抱きしめた。
もむもむと料理を頬張っているのは、橋場 アトリアーナ(
ja1403)だ。その小さな体にどれほどの料理が入っていくのかと思えるほど。傍にいる影野 恭弥(
ja0018)は、それに思わず苦笑する。
彼らは、別にカップルと言う訳ではない。チケットにある通りのことをすれば、美味しい飯にあり付けるとアトリアーナに誘われて、恭弥はこの場にいる。
つまり、目的はご飯な訳で。とは言え、何事にも限度と言う物は存在する。
「おい、そんなに食べて大丈夫か……?」
恭弥が箸を止めないアトリアーナの心配をする。普通の女性なら、色々と気にするだろうが、それをぶっちぎっている。
「大丈夫」
ごくりと飲み込み。
「それより、こっちのも美味しいよ?」
「ちょっと待て、俺はまだ食べて」
言い終わらぬ内に、傍にあったスパゲティをどかどかと皿に盛られた。
そんな感じで、御馳走につられる人間も少なくない。
「うにゃぁ、あれもこれも美味しいのですよ! よ!」
根こそぎという言葉がふさわしいほどに、あれもこれもと鳳 優希(
ja3762)は料理を取っていく。全ての種類を制覇してしまうのではないか。そんなスピードである。
その横では、鳳 静矢(
ja3856)もゆっくりと料理を口に運んでいく。
「静矢さん、これとか絶品です! あーんなのですよぅ」
「……ふむ、なかなか美味しいな」
両手がふさがっている状態で、食べてもらうには、この方法しかないわけで。熱愛中の夫婦ともなれば、このくらい何ともない。
ただ、さすがに食べてばかりというのも意外ときつい。
「少し、休むか?」
長いこと、彼女を見ている静矢だからこそ感じ取れた僅かな機微。疲れているような素振りを敏感に静矢は感じ取ると、近くの設置してあるソファーへ誘い、優希に休憩を促す。
「ちょっと、食べすぎちゃったかな」
静矢へ寄り添うようにして、優希は立ちっ放しで疲れた体を休める。
「まぁ、まだ時間はある……ゆっくりしよう」
優希の長い髪をさわさわと撫でつつ、静矢はそう告げた。
「今日はごちそう一杯食べる日!! って、言っておかないと爆破されるって知ってる!!」
藤咲千尋(
ja8564)はこくりと益体もない事柄に頷きつつ、眼前に並ぶ数々の料理を、ひょいひょいと皿の上へ盛っていく。
確かに、彼女の言うとおりかもしれない。外では、遠く喧騒に紛れて怒声のような物も聞こえたりしているが―――この場は至って平和だ。
「うーん、ドレス、派手すぎたかな?」
「そんなことないですよー。いつもに増して、千尋ちゃんかわいいですよー?」
髪を結上げ、深紅のドレスに身を包む彼女の可愛さを櫟 諏訪(
ja1215)は、素直に褒め称える。元気一杯の彼女を現したとも言えるその色合い。諏訪はにこにこしながら、彼女を見つめる。
そんな千尋は花より団子とばかりに、料理へと向かっていく。
「わわ、サーモン!! チーズも!! ケーキもあるー!!」
ぱぁっと顔を輝かせて、口に運ぶ。はむはむと絶品の料理たちに舌鼓を打つ。
「千尋ちゃんは、他に何が食べたいですかー?」
「んー? あっちのローストビーフとか!!」
それを諏訪は自分の皿に取り。
「はい、あーんですよー?」
「え、ええっ!! は、恥ずかしいよ……!!」
「ふふ、周りは誰も気になんかしませんよー?」
そんな言葉に、千尋は周りを見てみると、確かにカップルばかり。大胆にも同じようなことをしている組は一杯いたり。
「……はむ」
「どうですかー?」
「ん、美味しい!」
だが、やっぱり周りがどうこう言っても恥ずかしい物は恥ずかしいわけで。
「こ、こっちのも美味しいよー!」
恥ずかしさを紛らわすためか、少し焦りつつ、自分のスモークサーモンへフォークを刺して、諏訪の口へ運ぶ。
「クソガッ……ぴんくどもめ……!」
そんなリア充たちを七種 戒(
ja1267)は砂糖を吐きながら眺めていた。恋人もいない彼女にとって、この環境は酷すぎた。深い蒼色のドレスと首元を暖める灰色のファーはこの場の雰囲気に沿う物だが……何故、この場に来たし。
これこそ彼女が乙女(おつおんな)と呼ばれる所以なのかもしれないが、それはさておき。
「あー、戒さんだー!! 来てたんだー!!」
「おー……千尋か。見せつけてくれてたなー……」
「あ、あれは、すわくんが悪いんだよ!!」
戒を見た千尋が傍にやってくるとげんなりした戒にお小言を貰う。戒の目からは怨念が漂ってくるが、本当に来る場所間違ってやしませんか、貴女。
そして、二人に気付いた愁也が、その傍にやってくる。からかう気満々の愁也に、日陽は少し溜め息を吐くような表情であった。
「あれ? へー……今回はリア充クリスマスなんだー」
知っているにも拘らず、愁也は戒をおちょくる。見る見るうちに、戒の顔が歪んでいく。当然だ。一応、ペアで来ている物の、別に恋人だとかそういう訳ではない。数合わせと言うと相手に悪いかもしれないが、そんな感じだ。
返す言葉もない戒は。
「ぐぬぬ……貴様、後で覚えていろよ!」
捨て台詞のような言葉を吐き、肩をいからせて、てってことペアであるリュカ・アンティゼリ(
ja6460)の元へと歩いていく。
「ふふ、戒さんは寒くても元気ですね〜」
日陽がそんな戒の様子を微笑ましく眺めていた。
一方でその場から去っていった戒はと言えば。
「クリスマスがぴんくなのは日本だけなハズ……なぁ、リュカ!」
血の涙を流さんばかりに、歯軋りしつつ。リュカに詰め寄る。
ワインを片手に優雅な一時を過ごしていたリュカだが、連れの表情に思案顔になり。
「確かに。俺の国では、家族と過ごすのが一般的だな」
「何それ詳しく」
異国のクリスマス文化。日本とはあちらこちらが違っており。特にイタリアでは、プレゼントを運ぶのがサンタクロースでなく、魔女であるという。
そんな話は、いつしかリュカの思い出話へと変わっていき。
「そう言えば、近くの孤児院がチャリティで教会の壁にアニメを写していた」
「おもろそーだな!」
「ふむ……体験してみるか?」
「おっ!? できるのか?」
待ってろと告げ、主催側の人間に映写機を借りたい旨を伝えると、かしこまりましたという返事が返ってくる。映写機だけで良いのかと不思議そうな顔をする給仕に、構わないと伝える。外でも電源は大丈夫かとリュカが尋ねると、イルミネーションの電源をお使いいただければとのことだ。
「大丈夫のようだ」
「おぉっ! 早くやろうぜ!」
いそいそと飲食物と一緒に外へ移動する二人であった。
●
ホールの外に飾ってある大きなクリスマスツリーの下。そこへ出てくる者たちも多い。
ハァと息を吐けば、出る色は白で。
(さすがに寒いな……雪は降らないみたいだけど)
青空・アルベール(
ja0732)は空を見上げた後に、携帯電話へと目を落とした。そこには恋人である森浦 萌々佳(
ja0835)からのメールがあった。
ちょっと用事があるからと離れ、それから一時したら、外に出てきてほしいとのメールが届いていた。
何だろうかと思い、寒空の下、待つこと数分。
「サンタだぞ〜!」
突如、木陰からサンタ服姿の萌々佳であった。白色の付け髭もあり、本格的なコスプレである。
一瞬だけ何が起きているのか分からず目をぱちくりとさせた青空だったが、声と顔立ちからすぐに恋人だと気付く。照れながらも、笑顔で傍に近寄って。
「ばれちゃったかー」
「そりゃね」
べりべりと付け髭を取る萌々佳。
近づく彼の顔を見るだけで心臓がバクバクと音を立てる。今回のイベントへは、一大決心してきているのだ。これで終わりではなく。いつもは曖昧にしたままで、できない一歩を。今日こそは進めようと。
「それじゃ、あなたの一番欲しいものをあげます」
「欲しい物? それ―――」
言い終わらない内に、一瞬で近づく。スッと顔を上げて、でもやっぱり恥ずかしいから眼だけは閉じて。
ふわりと互いの唇が触れ合う。冬空の下、互いの唇は冷たいが、それでもじんわりとそこから温かさが広がる。
起きたことを理解した瞬間、慌てる青空。少し経って落ち着くと敵わないなと苦笑を一つ。
代わりと言っては何だが、自分もサプライズを用意してあるのだ。
「私からも。サンタさんにプレゼント、ね」
首元にペンダントを掛けると、同時にギュッと抱きしめる。
勇気を出すこと。それはヒーローへの第一歩。ヒーロー志望の少年と、ヒーローへ夢想する少女の想いは冬空の下に結ばれる。
一目見れば、給仕と間違われてしまいかねない格好の氷雨 静(
ja4221)もまたツリーの下で、龍仙 樹(
jb0212)と共に立っていた。
格好の通りに、静は今まで給仕に勤しんでいた。それも一段落付いたので、兼ねてより誘われていた樹の元にやってきたのだった。
そっと樹は上着を静に掛けてあげる。ここは会場内と違って寒い。気温は氷点下になってるかもしれないほど。メイド服に上着と言うのは少々不格好かもしれないがと告げる樹に、静は礼を言い、ツリーを見上げる。
「綺麗ですわね」
「凄く大きいですし……どうやって用意したんでしょうね」
思わず、言葉が零れた。電飾に飾られ、キラキラと光るその巨大な木は幻想的である。
その後、一時の沈黙が流れる。
ゆっくりとした二人だけの時間。張り詰めているようで、それでも慈しみたくなるような。そんな感覚を、樹は受けていた。
言いださねば始まらない。それでも、口にすれば全てが終わってしまうかもしれない。一歩進むということにはリスクが伴う。
それでも。
「氷雨さん……恋人として、付き合っていただけませんか?」
口にした。
その言葉に、静はいつもの表情を消して。
(とうとう、この日が……)
学生をやっている以上、恋愛事に関わることはあるだろうと思っていた。いずれ、当事者になるだろうとも。
自分のことを考えれば断ってしまうのが当然だ。偽りの自分を好きになっているだけなのだから。誰だって、それは嫌だろう。
ただ、本心では違った。寂しがり屋である自分が、どこかで彼を求めているようで。
だから、嘘偽りなく告げようと。そう思った。
「龍仙様はご存じないのです。本当の私を」
能面のように。
無機質で。
平坦な。
『いい子』の仮面を一つ剥けば、感情を捨てたかのような。
そんな自分。
語る自分の過去もどこか遠く、誰かのもののように錯覚するほどに、少女の心は磨れていた。
「それでも好きと仰って下さいますか?」
無表情に告げるも、どこか許しを乞うようにも見えて。
不安に彩られた様子もない。何もない。それでも、どこかで泣いている。
樹は、そっと彼女を抱きしめていた。
「誰でも、裏表はあります。氷雨さんの場合は、それが大きいだけ……それよりも、私は素直に話してくれたことの方が嬉しいです」
自分を信じて話してくれたのだろう。ならば、それを信じることだけが、自分にできることだろうと。
「好きです、氷雨さん」
樹は受け入れた。
静はそれを嬉しく―――嬉しいという感情なのだろうか。分からない。
ただ、きっとこれが。そう考えて、ふるふると頭を振った。
今だけは冷静に自分を見つめることだけはやめようと。
「龍仙様。私も……貴方のことが好きです」
見つめ合い、どちらからともなく。そっと口付けを交わした。
大きなツリーを楽しそうに見上げる中等部の恋人同士。レグルス・グラウシード(
ja8064)と新崎 ふゆみ(
ja8965)は、近くにあるベンチで温かいココアを片手、互いに寄り添っていた。
「わあ、見てよふゆみちゃん! あんなに大きなツリー!」
「すっごーい! それに、だーりんと一緒のクリスマス! うれちいのだっ」
「うん。こうやって二人でクリスマスが過ごせて嬉しいよ」
その言葉に、ふゆみはレグルスに腕を絡ませ、ぎゅっと抱きしめる。そんな彼女を愛しく思い、頭を撫でる。一人では寒く凍える空気も二人でいれば、温かい。
「そうだ、プレゼント買ってきたんだ……」
そう言って、ごそごそと自分の手荷物を探り、綺麗にラッピングされた箱を差し出す。
「わぁ……開けても良い?」
感嘆の声を漏らすふゆみに、こくりと頷く。
箱を開け、中身を取り出す。チャリと音がして、チェーンが伸び、その先の装飾がキラキラと光る。
星を象ったキュービックジルコニア。ダイヤモンドのように輝く宝石は、ふゆみの胸元で光っていた。
中学生からすればちょっと高価なお買いもの。依頼で貯めたお金を使って。
「だーりん……ありがとっ!」
ぎゅっと抱きついて、喜びを素直に表現する。
彼氏からのプレゼント。もちろん、ふゆみからの分も用意してある。
「あ! これっ、ふゆみからプレゼントだよ!」
こちらは黒と濃紺でボーダー柄を彩るマフラーを贈る。もちろん、手作りだ。
「ありがとう! 大事にするよ」
早速、首に巻いてみる。布地の温かさ以上のものをどこか感じる。
素敵なクリスマスの夜。二人にとって、そうなったことは言うまでもなかった。
会場となっているホールの庭の隅。カラカラと映写機の回る音がする。
戒とリュカの二人だけの鑑賞会だ。ちなみに、戒はちょこんとリュカの膝の上に座っていたりと端から見れば恋人同士か。
雰囲気も、それらしくあるが。
「クシュッ……外とか、ちょう寒い。やっぱ中で見ようぜー」
戒が色々と台無しなことをぶっちゃける。
そりゃ、寒い。冬だし、ドレスだし。
「仕方ないヤツだ」
「って、うぇえええ!?」
腕で抱きしめ、人肌で温める。
「いやそういうアレじゃなくて。暖かいけどもだな!」
わたわたと慌てるが、これもこれで悪くないかと、そのままに。
いつしか、サイレントアニメは終わり。
「プレゼントだ。どこの国でも贈るモンだしな」
取りだしたのは、戒の瞳色と同じ青い薔薇のブリザードフラワー。これなら枯らすこともないだろうと軽口を忘れず渡す。
おぅと笑顔で受け取る戒。
恋人同士とはいかなかったが、これはこれで悪くないと。戒は今年のクリスマスを振り返る。
蓮華 ひむろ(
ja5412)は隣に立つ恋人、姫路 ほむら(
ja5415)を見つめる。
(自分のことなのに良く分からないなぁ)
好みの男性は筋骨隆々で見るからに逞しい年上の人だったはず。男性同士が絡み合うあれやこれな本でもそういう系統を集めていたりいなかったりするのだが、それはさておき。
隣に立つのは優男と言っても遜色ない顔立ちだ。
きっかけは悪戯心によるものが始まりとは言え、分からない物である。
「ん? どうした?」
「あ、え、えっと」
じっと見つめていただけなのがちょっと恥ずかしくなって。
「おとーさん、ほったらかしにしてきてよかったの?」
思わずごまかした。
数瞬だけ考えるようにした後。
「まだ和解したわけじゃないし」
少しふてくされる様に告げる。我ながら、よく道を踏み外しきらなかった物だと思い―――閑話休題。
父親のことは良い。今はそれよりも。
「今日はひむろと楽しく過ごしたい。それじゃ、駄目かい?」
「う、うぅん。全然、良いよ」
時折、見せる男らしい表情に、ドキリとひむろの胸が高鳴る。
「クリスマス、か……そういえば、ヤドリギの言い伝えってしってるかい?」
そう言うと、おもむろにほむらはひむろの頬に口付けする。
ヤドリギの下で恋人同士がキスをすれば、永遠に結ばれる。そんな言い伝え。
「俺の手の届く距離にいてくれよ? ずっと守ってみせるから」
ひむろは笑みを浮かべて、彼の腕に自分の腕を絡める。
何だかんだ言って、彼は男らしく。それが頼もしいのだった。
サガと希沙良の二人もまたツリーの下へとやってきていた。
見上げるサガと希沙良だが、どちらともなく、その雰囲気に気付いていた。
互いに、どこか魅かれている。
縁があったのは、戦闘の依頼中という物騒なものだが、何度も会う内にそれはほのかな恋心へと変わっていき。
「何故だろうか。貴女のことが気になって仕方ない」
見上げたまま、サガは呟く。暗い過去を持つサガにとって、その感情を素直に認めて良いものかという思いもある。それでも、彼は。
「もしよければ、今後も私と一緒に戦ってくれないだろうか」
「……ふぇ。わ、私……ですか……?」
一緒に、戦う。告白とは少しずれているかもしれない。だが、真剣ながらも、戸惑っている彼の表情に、希沙良は。
「……私も、サガ様の事は、気になって、おりました。私……で、宜しければ、宜しく……御願い、致します」
しっかりと手を取り、返事をした。
小高い丘の上。そこに、彼らは集まってくる。空を見上げれば、星がキラキラと瞬く。
手編みのセーターをレモは渡し、竜慈はレモンクォーツのペンダントを贈る。プレゼントの交換をした二人は、星空を見上げていた。
そんな竜慈をレモはそっと見上げる。
(僕、やっぱり、キャン君のこと好きなのかなあ)
周りのカップルのスキンシップに中てられたか、そんなことをぼんやりと考えてみたり。
じっと見つめていると、寒いのかと勘違いした竜慈がコートを被せてくる。
優しい。優しいのだが、保護対象としてしか見ていないのは、多分間違いない。ちょっぴり嘆息するレモ。
二人の恋が実るにはまだ遠い。
ふわり、宙に舞うのは、美森 仁也(
jb2552)だ。その腕に、美森 あやか(
jb1451)を抱き、空中散歩としゃれこむ。
闇色の翼を広げ、翼の限界高度まで浮き上がる。人が豆粒ほどの大きさになるほどに、上空へ。空気は澄み、寒々しく痛さを感じるほどだ。
それでも、抱きすくめられているあやかは温かい。身長差があってできなかった二人で一つのマフラーを共にするという願いも今は叶っている。
「綺麗……」
人の光もまばらにしか届かないほどの上空から見る星空は、いつにもまして綺麗だった。
それが、悪魔とは言え、小さいころから大好きだった人の手の中であれば。
「お気に召したか?」
仁也が問えば、こくりと頷く動作が返ってくる。
「疲れてはいないか? 家で休んでいても良かっただろうが……」
「大丈夫ですよ。お兄ちゃんからの誘いだから」
それに、今年は初めて恋人として誘ってもらった。どんなに疲れていても行っただろう。
「そうか……」
頷き、笑顔を返す。まだもう少し、夜の空中散歩は続く。
●
パーティーも終わり、ぽつぽつと人が帰り始める。
恭也はその中で祈りを捧げる。
(全ての愛ある方のために祈りましょう)
愛する者同士に、幸あれと。
恋人同士のクリスマス。
甘い甘い一夜のパーティーはこうして幕を閉じた。