『フゴフゴッ……!』
巨大な猪が、ザクザクとさつま芋の畑を荒らしている。
遠くより、農夫と思しき老人たちが、こっそりとその姿を見ては、やれやれと肩を落とす。
折角の、秋の実りが荒らされ、彼らも困っている。
そんな秋の味覚を荒らす猪退治に向かうは、八人の撃退士たち。
「秋の実りを食い尽くされたら、冬大変なんだぞ!」
「おぅ、嬢ちゃん、わかっとるねぇ! 儂らも困っておるんじゃ……」
礼野 智美(
ja3600)の威勢の良い言葉に、老人たちも困惑している様子を伝える。
その中の一人に、智美は質問する。
「今、奴らがいる場所の近くに被害を受けた畑はありますか?」
「儂の畑が隣じゃが……」
「すでに被害を受けた場所を戦場にしても構わないでしょうか?」
「おぉ、奴らを退治してくれるのなら、別に構わんぞ」
智美の質問に、そう答えた。
全体の作戦としては、そちらに誘い出してからということになるだろうか。これ以上、いたずらに被害を増やすのもいただけない。
「……さて、どうしたものかな」
敵の様子を目にして、水無瀬 快晴(
jb0745)は腕を組みながら考える。考えなしに突っ込むと痛い目を見そうである。
「うーん……猪型ということは、主に直進攻撃でしょうかね」
紅葉 公(
ja2931)が、敵の姿形から、およその推測を立てる。もし、そうだとすれば下手に動くと畑を逆に荒らすことになるかもしれないのが問題だ。
だが、言いかえれば、それを逆手に取ることもできる。
「ま、パパッと終わらせましょ?」
「頼むぞー!」
ブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)の軽い言葉に、老人たちは諸手を上げて歓迎していた。
●
「とりあえず、さくっとやっちゃいましょうか」
秋の味覚を一人占めしている猪ディアボロなど、許されるわけがない。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は武器を構えつつ、敵へと近づいていく。
「ディアボロじゃなくて、普通の猪だったら良かったのにねぇ」
牡丹鍋的な意味で。アティーヤ・ミランダ(
ja8923)は食欲全開の目で、猪ディアボロたちを眺める。
そんな風に、特に緊張することもなくゆったりした様子で敵に向かう。
だが。
「うみゅぅ? どうしましたか?」
「あ、いや、あの……怖くないの?」
三神 美佳(
ja1395)がガタガタと震えている袋井 雅人(
jb1469)に気付く。
雅人にとっては、これが初の実戦だ。噂に聞くディアボロが相手。撃退士とは何なのか。それも良く分からないままに、戦闘へと放り出されたようなものである彼は極度に緊張していた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、肩慣らしには丁度いいでしょ?」
一方で、ブリギッタもまた初の実戦なのだが、こちらはリラックスしている。なかなかに剛胆だ。
「そうですよ、敵はそこまで強くないだろうとの見方ですし、落ち着いていきましょう」
「そ、そうだな……」
自分より一回りも小さい子―――とはいっても、実戦経験では遥かに先輩なのだが―――に宥められ、ようやく雅人は落ち着く。
ふぅと一息、深呼吸。もう大丈夫。と、自分に言い聞かせる。
相変わらず、少し膝が笑っているのだが。
それでも、最初よりかはマシか。
かくて、猪ディアボロ退治が始まる。
●
作戦の骨子としては、以下の通りである。
まずは、敵をこちらに注目させてから、被害のあった場所へおびき出す。続いて、そこで迎撃メンバーを待機させておき、束縛した後に、一気に叩くというものである。
こうすれば、すでに被害を受けた場所で戦闘することになり、被害を少なくできるだろうという目論見である。
「まずは、ウィンドウォールを掛けておきますね」
「よろしく頼む」
鬼道忍軍のエイルズレトラなら大丈夫だとは思うが、智美は阿修羅である。回避力がやや心許ないことを考えての、配慮だ。
美佳が詠唱を続けていくと、智美の周囲に風の結界が生まれる。これで、敵の攻撃が来ても乱れるはずである。
「よし、後は敵を誘いだすだけですね」
エイルズレトラが、先んじて畑に入っていく。さつま芋畑ということもあって、畝は低く生い茂っているわけでもないので、敵の様子はすぐに見て取れた。
『フゴッフゴッ……!』
猪ディアボロたちは、現れたエイルズレトラの様子に、何をしに来たと言わんばかりに、体を震わせ威嚇を始めた。
「まったく、独り占めするなんてとんでもない連中ですねぇ。相手になってあげますから、掛かってきなさい」
そう言うと、アウルを放出し、己の力を誇示する。
そこへ、宙返りをしつつ空中から滑空するように、智美が一体へと蹴りを見舞う。
パッと散開した猪へは命中しなかったが、その派手な登場に猪たちの注目が集まる。
二人目掛けて、突進してくる猪たち。連続で向かってくる二体をエイルズレトラは回避。
「当たるか、そんな攻撃!」
智美もまた単調なその攻撃をあっさりと回避する。一回は当たりかけたが、風の障壁の効果に邪魔をされたようである。美佳のウィンドウォールによる援護が功を奏した。
続けて、二人は隣の畑へ向けて、移動を開始し始める。
猪たちはそれに目掛けて、がむしゃらに突進を繰り出すだけだった。
●
「無心……無心……あー、やっぱり緊張する!」
一方の隣の畑では、雅人が迫りくる敵を前に緊張していた。先程までは何とか落ち着いていたが、戦いを目の前にすると、再び恐怖が戻ってくる。だが、それは彼の越えなければいけない壁。
「来たみたいね!」
ブリギッタの声に、遠くから敵の攻撃を回避しながら、こちらに向かってくる影が二つ。
智美は一撃だけもらったが、二人ともほぼ無傷のまま何とかこちらに誘い出すことに成功していた。
今のところは、畑の被害もほとんど出ていない。
ようやく、その巨大な猪ディアボロが、他の六人の撃退士たちの目の前に姿を現した。体長二メートルほどはあるだろうか。確かに、普通の猪からは想像もできない体躯だ。さらに、牙が異常に長く、化け物と言うには相応しいほどの見た目だった。
だが、撃退士たちはその姿に怯むことなく向かって行く。
「さて、行くわよ……!」
ブリギッタが先を切って、囮班の二人の援護へ向かう。花緑青からオレンジへと、その瞳の色を変え。槍を構えて一体へ斬り掛かる。援護の甲斐あってか、エイルズレトラに迫っていた一撃は反れて、あらぬ方向へと向かって行った。
「まずは、足止めしないと……!」
荒らされたとはいえ、畑は畑だ。これ以上の無為な被害は抑えたいと公は思う。
想いを乗せるかのように、異界から呼び出した多くの手が、敵の動きを縛る。
『フゴゴッ!?』
急に動きが鈍った敵目掛けて、アティーヤが走る。
「んっふっふ。コイツが最高にクールなNINJAソードだぜ、っと!」
苦無を握りしめ、頭に目掛けて放つ。ざっくり、深々と苦無が突き刺さった。
「……畑をこれ以上荒らさせる訳にはいかないからな」
恨みはないがと快晴は、棘の付いた凶悪な見た目の鞭を振るう。空を切る音の後に、鞭が猪を打ち据える。強力な一撃に、猪ディアボロが苦悶の声を上げた。
出だしは撃退士有利に運び、好調だ。
●
続け様に放たれる美佳の強力な魔力風で、猪の一体が空中へ抛り上げられたと思ったら地へ叩きつけられる。凄まじい回転を掛けられた猪は朦朧としているのか、足元がおぼつかない様子だ。
エイルズレトラもまた他の一体へ、影縛りの術を使う。影を縫いとめるその一撃は、確かに猪を捕えた。
残り一体だけが動けるが。
「皆で集中攻撃しましょう」
「えぇ、それが効率よさそうね!」
美佳とブリギッタはそう皆へ呼び掛ける。
そんな中、緊張のあまりワンテンポ遅れた雅人は、意気込んでルーンブレイドを―――ぶん投げた。
「うみゅぅ!? その武器の使い方は違いますよ!」
「え、あ、うわっ!?」
一体へ命中するが、まともな威力は望めなく、気を引くだけになってしまう。
『フゴッフゴッ!』
跳ね飛ばされる雅人。くるりとターンして、猪は再び雅人目掛けて突進しようとしてくる。
「う、うわぁああ!? こっち来ないで!?」
零距離にまで近づかれたまま、慌ててアウルの弾丸を放つ。それでも、突進の勢いは止まらない。
「何をしてるんだ!」
そこに、割り込む智美。不動の構えで、何とか猪の攻撃を押しとどめる。
フゴフゴと唸る猪を前に、智美はパルチザンで強烈な斬撃を見舞う。
痛烈な薙ぎ払いを受けた猪ディアボロはわずかに吹き飛び、ふらふらとしたままで動けない様子だった。
そこを一気呵成に攻めていく。
快晴の鞭が唸り、美佳の魔力による暴風が敵を打ち据える。続いて、ブリギッタがアウルの力を武器に込めて、強力な刺突と斬撃を放つ。
それでも倒れない。しかし、傷は深く、立っているのもやっとと言った様子だ。
「これで止めじゃん!」
アティーヤの苦無による斬撃が、ざっくりと頭に突き刺さる。
それで、ついに猪ディアボロは力尽きたか、ズンと重々しい音を立てて倒れる。
残り三体。
ここで、一体が縛られた影を打ち破り、突進を試みる。
狙いは公か。
しかし、敵の動きをしっかりと見ていた公は、直線的な軌道を取るディアボロの突進を容易く回避する。
そこへ、再び八人は攻撃を一気に仕掛けていく。
避ける間もなく、集中攻撃を浴びて、敵は沈んでいく。なかなかにタフな相手だが、さすがに全員の集中攻撃を受けて耐えきれるほど強いディアボロではないようだ。
さらに、作戦も上手く機能していた。ほとんど1対8で戦うことができている。
そうして、残り二体も同様に蹴散らしていく撃退士たち。
ついには、畑の被害もほとんどなく、敵をすべて撃破することに成功したのであった。
●
かくして、猪ディアボロたちを討伐した八人へは、折角と言うことで村人たちから秋の味覚が振る舞われることになった。
「秋の野菜と言えば、さつま芋とかキノコとかかな……?」
「楽しみだねぇ!」
公とアティーヤは皿を準備したりしながら、振る舞われるであろう秋の味覚を楽しみに待っていた。
その準備へとエイルズレトラは走り回る。何を使った料理かと言うと、主に南瓜。
「知ってますか? 南瓜をハロウィン後もずっと放置しておくと、吸血鬼化するという伝承がとある国にあるんです」
「へぇー、初めて聞いたなぁ……」
そういう蘊蓄を雅人へ語りつつ、調理を続けていく。雅人もまた、エイルズレトラと一緒に調理を手伝い、交流を深めていた。
そして、いただくその前に。
「いやー、わざわざすまんのう」
「片付け程度なら、手伝えるわ」
元気一杯に、ブリギッタは老人たちの畑の補修作業を手伝って行く。
さすがに、今日中ですべてとは言い難いが、せめて秋の味覚の準備が整うまでは手伝いたいと思う。
「……できる限り、元に戻したいもんだ」
「いやー、撃退士っちゅうんは立派な人たちばっかだな!」
「んだんだ!」
快晴が倒れた作物を起こし、まだ無事な部分を補修していく。荒らされてしまった部分は残念だが切り取って。無事な部分だけでも立派に育っていってほしい。そう思う快晴だった。
そうやって、撃退士たちが補修作業を続けていき。何とか、今日中にでもできることは終わったところで。
秋の味覚をいただくことになった。
マツタケとしいたけをふんだんに使ったおこわ、さつま芋を使ったスイーツに、エイルズレトラが調理した南瓜ポタージュと煮つけにプティング、りんごやぶどうといったその他秋の味覚が盛り沢山。
「いただきます」
智美の合掌を皮切りに、美味しいご飯を食べ始める撃退士と老人たち。
「あー……そっちのフォークを取ってもらえないかしら?」
箸はまだ慣れないからとブリギッタ。それにはいとフォークを手渡す雅人。礼を言うと、早速料理に取り掛かる。
「いやー、コレよコレ。秋はご飯がおいしくてさ〜。ありがたやありがたや!」
アティーヤがいの一番におこわへと飛び付く。日本の昔話にありそうなほど、丼へ山盛りにしたご飯。それをパクパクと平らげていく。
「美味しいです……」
美佳が行儀よく、南瓜料理へと手をつける。とろりとほぐされ溶けていくように感じる煮付け。その後に甘い香りが鼻を突いて、思わずほっこりする。
「ぜひぜひ、ご賞味あれ! 僕の渾身の力作ですから」
エイルズレトラが作った南瓜料理は全員に好評を貰っていた。甘く、しかし度は過ぎていないほどで。とろけるような甘みは、皆のお腹を満たしていく。
「……こういうのも、いいもんだな」
晴れた秋空の下、シートを引いて、食べる料理に快晴も舌鼓を打つ。
ディアボロも倒し、秋の味覚を満足するまで堪能した撃退士たちは、学園へ戻る。
かくて、また一つの日常があるべき形へ戻ってきたのであった。