撃退士たちは、走る。知らぬ人のため。その場がどんなに『しきたり』に囚われた歪な場所であったとしても。
詳細の情報はない。学園側が判断できたのは、ただ、襲われているとだけ。
それでも、助けんとすべく。林の奥を駆けていく。
「こんな所にも、村があるなんてな」
駆けながら、神凪 宗(
ja0435)がこぼす。周りは、鬱蒼と茂った森になっているだけで、とても人が住んでいる場所とは思えない。
だが、襲撃を黙って見過ごせはしないと、胸に秘めて先を進む。
「でっへっへ、かわい子ちゃんを助けてメルアドゲットすっぜ……!」
もちもちぽんぽんなお腹からは想像もできないほどに俊敏に動く久我 常久(
ja7273)は不純な動機で動いていた。少女漫画的な白馬の王子様に、自分がなるだろうと夢見て。
そう、簡単な救援依頼のはずだった。
その先に、絶望があるとは知りもせずに。
●
村、だった場所。
そこはそう形容するしかなかった。
何せ、人の気配はなく、あるのは。
真っ赤な血、血、血と、切り裂かれた人の死体、死体、死体。
「な、なんっ……!?」
「って、なんじゃこりゃぁああああ!?」
赤坂白秋(
ja7030)は言葉に詰まり、常久は絶叫する。
壁だった場所に、血がべったりとこびりつき、その傍らには事切れた者の体が横たわっていた。逃げようとしていたであろう者は、後ろからバッサリと斬られたのか倒れている。
その様子を見て、真神 夜刀(
jb1435)は内心でそっと笑む。ただの救出依頼ではなく、面白そうな匂いがする、と。
「ひどい、どうしてこんなこと……」
御影 茉莉(
jb1066)の口から、思わず言葉がこぼれる。その横で、並木坂・マオ(
ja0317)が悔しさのあまり拳を壁に叩きつけた。ガラガラと崩れる煉瓦を積み上げただけであろう家の壁。
すでに、起きたことに対して、彼らは無力だ。
「誰か! 誰かいねえかッ!」
白秋が叫び声を上げ、一人で駆け出そうとする。それを華成 希沙良(
ja7204)は掴みとめ、首をユルユルと振る。そう、一人では危険だ。
状況をマオは推測する。家々が破壊しつくされているという訳ではないし、敵の気配も感じられない。的確に、目標を持って殺されている。
もしかしたら、そんな危険な敵が未だ潜んでいる可能性もゼロではないのだ。
「状況を一度整理しよう」
由野宮 雅(
ja4909)の提案で、八人は一度、冷静に状況を見直すことにした。
●
もう一度、周囲を八人は見返す。
建物の倒壊は少ない。死体は斬られたものが多く、ほとんどが同じ切り傷。ただ、逃げた様相を見せている者は剣で、戦ったであろう様子の者はもっと大きな得物で殺されたようにも見える。
敵は、わずか二人か。
「冥……魔……?」
「分からないな、逃げている相手を集中的に殺していると思われる奴がいる限り、冥魔とは思うが……」
希沙良の疑問に、宗が答える。今一つ、分からない。
八人は固まりつつ、周囲を捜索し出す。
隠し扉の前に倒れている人。息はない。
地下通路や脱出口になると思われる場所は、先に破壊されていたのか、逃げようとした状態で人が倒れている。ごろりと転がすが、すでに息はない。
すでに生存者を捜すのは絶望的だろうと思っていたそんな矢先。
集落の広場と思える場所に一人の少女が立っていた。パッと見、傷はない。
「人、か……?」
「生存者か、よかっ―――?」
白秋が生存者の可能性に諸手をあげかけるが、その様子に違和感を覚える。こんな状況で、無傷で生き残っている方が怪しいというものだ。
少女はこちらに気付いたのか。振り向く。
その胸の辺りにはじんわりと赤黒い物がこびり付いているようだった。
「俺が少し様子を見て来よう」
「頼むぜ、宗のぼくちゃん!」
空蝉の術を持つ宗が先んじて少女に話しかける。
それを他の七人は少し後ろから見守る。
「おい、あんた。この村の住民だろう? 何があったか知らな―――」
言い終わる直前、すでにその場から剣を付き出す少女の姿があった。
それを辛うじて、空蝉の術で宗は回避する。
その様子に七人は察した。少女はこちらに敵意を持っていると。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは、あんたを助けに来たんだ!」
「助けに……?」
思わずこぼれた白秋の言葉に、少女は怪訝な顔をする。
まだ、生存者の可能性も否めない。訳も分からず、こちらを攻撃してきただけだ。そうであってほしいと、白秋は願う。例え、それが奇跡であったとしても。
「そう、助けに来て下さったのですか……では、貴方方を信じても良いのですね?」
ほぅと白秋は胸を撫で下ろす。良かった、と。生存者がいたのだと。
だが、それをマオは見咎める。
「ちょっと待って。この状況で一人だけ生き残ってるなんて、おかしいわ」
その言葉に、ピタリと少女は足を止めた。
希沙良が異界の力を認識するようその眼をこらす。
しかし、見分けがつかない。感覚は人間だと言っている。だが、状況がそれを許さない。
少女も足を止めたままだ。戸惑うような表情を見せるが。
「なァ、お前、人間じゃないだろ」
ずばり、夜刀が言ってのける。
まず、一点。皆が言うように、この状況で生き残っている人間はいない。
そして、二点目。衣服にべっとりと付いている血の跡。衣服に注視していた夜刀だから気付けた。
「その胸の傷。普通なら死んでるよ。血の匂いもそうだが、死の匂いが常人にしちゃあ大分キツイぜ? まるで死人だよ」
その言葉に、フゥと溜め息を吐きつつ、少女はしっかりと口にした。
「ツォング様の言ったとおりね。撃退士、貴方たちは十分に聡い」
そう言った。
●
聞き覚えのある名前に、白秋は一瞬だけ我が耳を疑った。
「ツォング……!? おい、そいつは冥魔のはずだろ!?」
「確かに、ツォング様は冥魔よ。それが何か?」
「ってことは、あんたの村を、家族を、友だちを殺した奴だぞ!? あんた憎くねえのかよ!?」
そう言われ、返すのは冷笑。おぞましいまでの殺意を向けてくる。
「家族? 友だち? そんなものいないわ……!」
ブンと忍刀を振り被る。その速度は、撃退士のそれを上回るほどで。
何とか、白秋は射撃で敵の斬撃の軌跡を反らし、事なきを得る。
白秋が銃を構えるが、フッとその場から消え去る。すでに射程外にまで逃げていた。
急いで駆けて、銃弾を連射。その内の何発かが掠め敵を捉えるが、銃弾はその体へ当たっても弾かれるようにして、その身に刺さることはなかった。
全員、敵へと近づきつつ攻撃を開始する。茉莉は敵の死角となる後方へと移動しようとし、マオは真正面から挑みかかるべく猛然と迫る。
だが、相手の動きがあまりにも速い。それを捉え切れるか。
夜刀が銃弾を撃ち込むも、それを回避する。
「貴方……ヴァニタス、ですね……!」
「ご名答!」
希沙良の撃ち込んだ銃弾は地面を穿つだけに終わる。
「速い……!」
雅がその直後を捉えるが、それも身をよじりあっさりと攻撃を回避する。
ようやく、宗の投擲した棒手裏剣が脇腹に突き刺さる。横合いからよほどの痛手だったか、苦痛に顔を歪める。まともに攻撃が当たれば、防御面は薄いのか。白秋の弾丸は、何らかの術で弾かれただけか。
それでも、続く常久の縛る影の魔手を回避。速過ぎて捉え切れていない。
「チッ、連携しないと当たる気がしねぇ!」
「させないわ!」
させじと、ヴァニタスの少女はその手に魔力を集める。
大技の気配を感じたマオがいち早くそれに気付き、懐に飛び込む。
「捉えた!」
「!?」
一瞬だけ見せた隙。それを確かに見逃さず、マオの強烈な漆黒の輝きを帯びたヤクザキックが炸裂する。
凄まじい音を立てて吹き飛んでいくヴァニタス。
カハと、呼吸が乱れるが、それもほんの一瞬。
すぐさまに体勢を立て直すと、消え去るようにして移動し、その魔力を上空へと向ける。
直後、雷がマオ、雅、白秋、常久、夜刀を襲う。敵を追うことに意識を向けすぎたか、敵の移動速度にかき乱されて、立ち位置を固められてしまった。必然、範囲攻撃の的となる。
鬼道忍軍の雷遁の術。それをさらに強化したような技。
爆音と共に、雷が地面を穿ち、強力な電流が周囲を包む。
紫電の光が収まると同時、マオと夜刀が痺れた状態で動けず、他の三人も少なくないダメージを負う。
特に、夜刀は危険な状況だ。ともすれば、いつ気を失ってもおかしくはない。
「ぎぎぎ……威力と範囲は段違いじゃが、忍軍の雷遁じゃねぇか、ありゃ!」
敵の技を見て、常久が敵の正体に当たりをつけた。分かった瞬間、動ける者は全員、散開する。影縛、火遁、雷遁、土遁、影手裏剣。どれが飛んできても良いように身構える。
散ったのを見て好機と悟ったか、ヴァニタスの少女が攻めに回る。
それを防がんと、動ける五人は対峙する。
宗の手裏剣が的確に胴を貫くも、強力な夜刀の銃弾を金剛術と思われる術で弾いたのか、こちらは効いた様子がない。
白秋の弾丸、常久の斬撃はあっさりと回避。雅が手錠で拘束しようとするも、忍刀で手錠を断ち切られて終わる。続く茉莉の死角からの剛糸による絡め手が掛かるが、傷を薄く負わせる程度だ。
「癒させて、下さい、ね……」
急いで、希沙良は夜刀の傷を癒す。それでも、ないよりかはマシな程度。
それに気付いているのか、ヴァニタスは夜刀へ目掛けて奔る。
袈裟掛けに切り裂かれて、夜刀はそのまま意識を手放した。
手を伸ばし掛けた時には、すでにその手から零れおちるように。
ヴァニタスの少女は、再び距離を取って、撃退士たちを睥睨していた。
●
「これが……ヴァニタス……!」
茉莉がその強さに、肝胆を冷やす。同時に、なぜこんな力を以てして、破壊に身をやつすのかが理解できない。
強い。確かに、ヴァニタスは強い。その技も強力であるが、それだけではない。相手も知能を持っていることが厄介だ。
再度、距離を取ったということは、全員で近づこうと追えば、再び雷を呼び起こし、一気に殲滅を図ろうとするのだろう。
かと言って、散開しつつ近づこうとすれば、ヒットアンドアウェイでやられてしまいかねない。しかも、最悪なことに、魔力で傷が癒えてきているのか、一部の傷が塞がっている。
どうするか―――撃退士たちの下した判断は。
宗が常久に目配せをする。了解とばかりに、常久は頷く。
「行くぞ!」
全員がヴァニタスを取り囲むようにして動く。散開しつつ近づく作戦に出たかと、ヴァニタスは再び距離を取りながら、撃退士たちを切り刻んでいく。マオを、宗を、雅を。それを何とか希沙良が癒しつつ、間合いを計っていく。
ヴァニタスの少女はその様子を鬱陶しく思ったのか舌打ちしながらも、しかし、攻撃の手は緩めない。攻撃し距離を取るたびに、傷が癒える。技の効果か。
ここで、ついに宗が動く。
撃退士たちの最後の賭けだった。
「その機動力、封じさせて貰う!」
それが何かと言わんばかりに回避するヴァニタス。
「こっちもじゃ―――」
「その程度!」
「うわ、ばれとる!?」
常久が、宗の攻撃を避けた隙に再び影縛りの術を使うが、それさえも察知し避ける。恐ろしい反射速度。
だが、そこへ鎖鎌がヴァニタス目掛けて奔ると、その鎖を腕に巻きつかせる。
「はっ! 捉えたぜ……!」
「こんなものがどうしたと言うの!」
「うぉっ!」
白秋の鎖鎌だったが、ヴァニタスの膂力の方が上だった。思い切り引っ張られてバランスを崩したそこを、袈裟掛けに切り裂かれる。
「ぐふっ……!」
「終わりね……」
ピッと血を払うため忍刀を振ったヴァニタスであったが、白秋は膝を突かない。
「ハッ、ハッ―――」
「嘘……何故、立っていられるの……?」
「あんたを、救うためだ。はっ、そのための傷なら、このくらい、屁でもねぇ……!」
ギリとヴァニタスを睨みつける。
(救う? 何から救うと言うの、この男は)
敵として相対しているにも拘らず、救うと。
すでに、自分は鎖から解き放たれたと言うのに。
ヴァニタスは混乱する。それは、戦いの最中のわずかな隙。
「!?」
死角より迫りくる茉莉。反応しかけるが遅い。自分は囮。その後ろより―――。
『ピキィーー!』
「ガハッ!?」
迫るはヒリュウ。その可愛らしい容貌からは想像も付かない速度で、背後から猛烈な体当たりを仕掛ける。
ヴァニタスの動きが止まる。
希沙良もそれに合わせて銃撃を放つ。突き刺さる銃弾。一転、撃退士たちの猛攻。
術を使う間もなく、連続の奇襲を受けたヴァニタスだが、倒れはしない。
「ぐぅっ……!」
だが、苦痛に顔を歪め、油断したと苦渋に染まる。
どちらも、傷は浅くない。これ以上は。
「退くとするわ。ただ、追ってくるなら、全力で相手するつもり」
ヴァニタス側から、撤退を告げてくる。それを受けて、撃退士たちも身構えるだけで動きはしない。
身を翻そうとするヴァニタスへ、宗は名を問う。
「……神凪 宗だ。あんたの名前は?」
「静葉よ……」
「何れ、決着は付けよう」
睨みつけるだけで、フッと姿が掻き消える。遠ざかっていく足音も聞こえないが、確かに周囲から彼女の気配は消えている。
フゥと、息を吐きつつ、雅は煙草に火をつける。きつい戦いだったが、何とか抑え込めた。だが、煙草の煙はどこか胸にしみる。
(どこか、昔の俺に似ていたな……)
そんな感想を抱く。
(静葉、俺はお前を救う―――例えあんたの幸せがそこにあるとしても。俺の独りよがりだとしても)
白秋もまた、立ち去った静葉を見ながら、彼なりに彼女を救う算段を頭に立てていく。しかし、どう救うか。その解は出ない。銃の引き金に指を掛けるだけ。苦い想いだけが胸を支配していく。
しんみりとした空気の中。常久が息を吐く。
「ぷいーっ。とりあえずは、終わりじゃろ!? しんどい仕事だったな、こりゃ。女子のメルアドもゲットできなかったし……」
おっさんの砕けた声で、全員の顔にとりあえずは笑顔が戻る。
さらなる戦いが待っている予感を胸に秘めつつ―――。
●
「撃退には失敗したか、静葉」
「申し訳、ございません……」
「ふん、気にはしていない。たった一人。下級のヴァニタス程度で勝てるわけがない。むしろ、よくやった方だ」
「ですが」
「気にせず、傷を癒せ。これから、色々とやってもらうぞ」
「はい、ツォング様……」
静葉をあの村に残したのは、ツォングの指示だ。静葉にとっても、何の意図を以てか不明であるが。対してツォングは面白そうな顔をしつつ、静葉から目を離す。
彼女の瞳に、わずかな迷いが生じているのを見て。