先行部隊全滅。
その報を受け、八人の撃退士たちは死地へと向かうことになった。
「これは気が抜けないな」
御暁 零斗(
ja0548)がそうこぼす。並の敵でないことは明らかだ。
ただ、情報があまりにも不足している。撤退するにしても、それに足る情報を得て来なければならない。なぜなら、戦局としては、こちらが押しているのだから。
「どんな敵なんですかね?」
「ほんと、いったい何が現れたんでしょうねー……」
「ディアボロではなく悪魔だったんじゃないのか?」
佐藤 としお(
ja2489)と櫟 諏訪(
ja1215)の疑問に、大炊御門 菫(
ja0436)はそう推測する。それならば、全滅も納得がいく。特に強力な悪魔が、出現したとすれば。
だが、ディアボロと言う線も捨てきれない。強力なディアボロであれば、数人程度は返り討ちにする可能性すらある。
「司令部の方から、無線機を渡してもらいましたから、いざとなったら……」
用意していた物を渡すまでもなく、撤退の指示はこちらへ頼むと渡された。いざとなったら、撤退しましょうと、鈴代 征治(
ja1305)は告げる。
「そうだ。一部隊が全滅したんだ、撤退戦という意識でいこう」
龍崎海(
ja0565)がそう告げると、司令部からできれば撃破して欲しい旨を伝えられる。悪魔などであれば、そうもいかないが、ディアボロであるならば、可能な限り、と。最悪、増員も考えるが、引き際は誤らないでほしいと伝えられる。押せる時は押す。そうしなければ、人類の存在地域は大きく狭まってしまうだろうから。
一考しつつ、それは厳しいだろうと、誰もが思う。
一部隊があっという間に全滅。どう考えても、異常である。八人は、危険を冒さないことを視野に入れつつ、準備を始めていった。それが吉と出るか、凶と出るか。今、この時点では分からない。
●
戦場を進んでいくと、遠くから戦闘の音が聞こえる。剣戟の音、苦悶の声。アウルの弾ける光に、グールの腐敗臭。異能でありながら、そこは撃退士にとってありがちな戦場であった。
その中を八人は進んでいく。
零斗は道なりに進みながら、撤退に必要な経路を書きだしていく。実際の地図では分からないが、ビルが倒壊し行き止まりとなっているところもあった。壁走りや撃退士の身体能力を以てしての跳躍なら飛び越えられるかもしれないが、わざわざ通る必要はないだろう。地図に、書き込みながら、迂回路を取る。
特別に、強力な敵は未だ見当たらない。出てくるのはグールとスケルトンばかり。
黒井明斗(
jb0525)が十字槍で敵を突き刺し、水葉さくら(
ja9860)はパルチザンで薙ぎ払う。向かってくる敵は、ほとんどが前衛の攻撃だけで蹴散らせる。
しかも、群れてくるわけでもなく、数は少ない。
大勢としては、確かに押しているのだろうと思えるほどだ。
だが、それがかえって不気味だ。
(こんな状況で全滅……?)
さくらはそれを不思議に思う。何がこの奥に待っているというのだろうか。
●
最奥に着いた時、そこには瓦礫と溶けたアスファルトがあり、さらには焼け焦げた人間の遺体が数体とグールが転がっていた。
「これは酷い……!」
その様子を見て、明斗が憤る。頭に血が昇りかけるが、約束を思い出す。『必ず、帰ってくる』という約束を。
ブンと頭を一振りし、怒りを逃す。今は情報を集めることが先決だ。
「まずは手掛かり捜索ですねー」
諏訪はそう言うと、地面に屈む。明らかに、熱か何かでやられたような跡だ。まだ熱を持っているところを見るとそう時間は立っていないようだ。周囲を警戒するが、自身のレーダーに感知する様子はまだない。今は何処かへ行っているのか。
菫も、周囲を見て回る。どれほどの攻撃範囲を持っているのか、だ。それは重要なところ。
アスファルトは、横幅4メートル、奥行き20メートルに達しようかという程、長大な範囲が溶けていた。
「かなり遠距離から攻撃してきてますね、これは……」
征治がそれを察して呟く。
周囲の瓦礫は崩されたものだろうか。一見して、違いは分からない。だが、方向を見ると、奥からの一撃でビルが崩されているようにも見えることにとしおは気付く。
相手は、巨体―――? そんなことをふと思いつく。
その時。
「おい、何か聞こえないか……?」
「この音は……右手から!?」
耳を澄ましていた零斗ととしおが、戦闘の音とは違う異音を感じた。
ズン、ズンと、響くような。それは、足音か。
「! 右手に未確認の敵発見ですよー! 注意してくださいなー!」
諏訪のあほ毛レーダーがビンビンと右手を指していた。
その言葉に、全員がパッと散開する。状況を鑑みるに範囲攻撃を持ってるに違いないと判断しての行動だ。
『オォオォォオオオオオオオ!!』
直後、とてつもない咆哮が響き渡ると同時に、巨体が迫ってきた。
「避けろ!」
警戒していたとしおは、明斗に警告を飛ばしつつ、その場を飛び退る。
二人とも間一髪のところで避け、大事には至らない。
迫ってきた巨体は、崩れていなかったビルに激突すると、そのままビルを倒してしまう。ガラスの砕ける音、朦々と立ち込める土煙。
ぐるりと、巨体が振り返る。
『グルルルルルル……』
皆、その巨体に目が釘付けになっていた。
今から相手にするのは―――。
体躯の一部から骨の剥き出たまぎれもない竜だった。
「あれが相手……?」
その巨体にさくらが動揺したように、言葉を零す。
その姿、まさに竜の生ける屍。爛々と光っていたであろうその瞳は陰りに灯り、体に付く屍肉から放たれているであろう腐臭が鼻を吐く。
敢えて、それを呼称するならば―――ドラゴンゾンビと、そう呼べるだろうか。
『ゴァアァアアアア!!』
冥府の堂々たる覇者が八人に牙を剥いてきた。
●
「アレがディアボロ!?」
菫が武器を構えながら、驚愕する。
その巨体たるや、悠に5メートルを超すだろう。ボロボロではあるが、羽もある。それを広げたら、一体、どれほどの大きさか。
「ドラゴン、だと……!?」
実際にドラゴンを見たことのある零斗は、すぐさま警戒を顕わにする。
ドラゴン。それは、数十人規模で討伐―――正確にはぎりぎり撃退できる程度であるが―――する対象だ。それのゾンビとは言え、絶対的に力で劣るという訳ではないだろう。
それでも、何とか戦わなければならない。
「ハァアアアア!」
覇気と共に、菫が己の闘気を解放する。それを目ざとく見咎めたドラゴンゾンビがゆったりとした動きでそちらの方へ向く。
「気休めかもしれませんが!」
明斗が敵の炎ブレスを魔法攻撃と推測し、菫へアウルの衣を纏わせる。
直後、ブレスが菫と後方にいた零斗目掛けて、吹き荒ぶ。
強力な熱風を、零斗は飛び退ることで間一髪回避。
対して、菫は、これを耐える。強力無比な邪炎が菫を包み込んだ。
体のあちこちに酷い火傷を負う。だが、耐えきれただけ凄まじいと言えるほどだ。明斗の加護の効果も、功を奏したか。
菫は呼吸を整え、アウルの力で以て、傷を癒す。明斗もまた細胞を活性化させる力を与え、傷を一気に癒す。
その隙にと、撃退士側も攻勢に移る。
零斗の放った烈風の魔法が、敵の胴を切り裂くが、大して損傷を与えた様子もない。
「頭を狙いましょう!」
征治の声で、諏訪、征治、としおの三人はドラゴンゾンビの頭へ狙いを定める。
鈍重な動きのドラゴンゾンビ。避ける様子もない。
諏訪のアシッドショットが命中するも、特に変化はなかった。腐敗に対して強い耐性を持っているとしか思えないほどだ。
「佐藤さん、続いて下さい! 行きますよ!!」
「了解!」
征治の放った黒光の衝撃波が的確にドラゴンゾンビの額を撃ち抜く。しかし、腐り落ちたとはいえ、竜の鱗がそれの威力の大半を削いだか。
続くとしおの強力な聖なる弾丸もまた額を撃ち抜いたが、これもまた竜の鱗が痛打を阻む。
わずかに唸り声を上げながら、首を振るだけで大して効いている様子はない。
「これならば、どうだ!」
海の超強力な聖なる力を宿した槍が、ドラゴンゾンビの頭へ迫る。だが、邪竜の鱗は貫けない。それでも、さすがに何度も攻撃されたせいか、呻き声を上げている。
「続けていくぞ!」
強力な炎のブレスを菫が受け止め、撃退士たちは攻勢を保とうとする。
さすがに、頭を集中され始めていることが分かったのか、ドラゴンゾンビは続く諏訪、零斗の弾丸を尾で弾き飛ばし、海と征治の槍による斬撃を腕で受けて耐える。
隙を見ては、尻尾を菫へ叩きつけるが、菫もまた頑強にそれに耐え、明斗が回復し、互いに一歩も引かない。
まともにやり合えていることに、撃退士たちは自分たちの実力が天魔のそれに近づいていっていることを実感する。一昔前なら、これほどに戦い合うことなどできなかったに違いない。
そんな折、さくらは一人疑問に思っていた。何故、こんな敵が野放しになっているのか。どうやら、この敵の炎はグールをも葬っているということが、散策していた時に見つかっている。そんな敵味方お構いなく攻撃するような存在が野放しになっていれば、敵にとっても不都合なはず。
ならば、どこかに、近くで手綱を握っている何かがいるはずだと、そう結論を出す。
「どこかに、何かいるはず……!」
さくらの背から神々しいまでの天使の翼が生えると、ふわり宙に舞う。
上空からならば何かを見つけられるはず。
はたして、周囲のビルの影には。
「ツォング……!?」
「何!?」
さくらの声に、征治が声を上げる。神器探索の時に邂逅した悪魔。その名をここで聞くとは思わなかったからだ。
じっと見つめているさくらに気付いたのか。仕方ないと言った様子で姿を現す。
「あの時の撃退士か……お前は逐一、俺に嫌がらせするのが好きと見たが?」
手を出してくる様子は無い。見つけられることは無いと思っていたツォングだったが、さくらの巧みな上空偵察により見つけられてしまった。
「どうだ、このドラゴンゾンビの強さは?」
ドラゴンゾンビの傍に来ると、頭を撫でさする。唸り声を上げるも、ツォングへ従順に従ってるようにも見える。
じりじりと八人は互いの間合いを覗う。ツォングから戦闘を行う気配はない。だが、ドラゴンゾンビの方はそうでもないようだ。
「そら、行けっ!」
ツォングがドラゴンゾンビをけしかける。
雄叫びを上げて、再度突進してくるドラゴンゾンビの攻撃を何とか回避する。
「悪魔、か。実力差は明白だ……撤退するしかない!」
海が撤退を促す。無線機から、司令部の慌てた様子が伝わってきた。すぐさまに、全軍撤退の命令が下されたようだ。
「撤退戦と行きましょう! これ以上、戦うのは不味いです!」
征治が声を上げて、全員は撤退に移る。
「フ、ハハハハッ、逃げ惑え、撃退士!」
ツォングの哄笑が背後より聞こえる。
追撃を掛けてくるドラゴンゾンビ。
ツォングを巻き込まないようにして、突進してくる。
それを八人は何とか回避し、海がお返しとばかりに聖なる槍を投げつける。それを左腕で受けたところで、足が止まった。
その隙に距離を取るが、巨体に見合わず足が速い。羽で滑空するようにしているせいか。逃げ切るには、羽を落とす必要があるが、そんな時間はない。
「これでどうだ!」
明斗、征治が発煙筒を周囲に撒き散らす。朦々と立ち込める煙に、視界を見失ったか、再び動きが止まった。
「こっちだ!」
零斗が予め地図に記してあった裏道に率先して入り込んでいく。
煙を炎のブレスで吹き飛ばしたドラゴンゾンビ。
撃退士たちの撤退していった方向へ巨体は迫るが、巨体であるが故に建物を倒壊させるだけで自ら道を断っていた。
ズンズンと体当たりを繰り返す様子が向こうから伝わってくるが、叶わぬと悟ったか、遠ざかっていく音がしていく。
「ふぃー、何とか撤退できましたかー……」
諏訪が溜め息を吐きながら、そうこぼす。
初手からの無茶をしない行動が功を奏したか、誰一人として深い傷を負うことなく撤退できたのであった。
●
だが、結論として。
敵の存在情報は掴めたが、相手の情報はそこまで掴めず。強力であることは分かったが、どれほどであるか、そこが判断し切れない。
今回の敵は、確かに三十六計逃げるに如かずであろう。だが、深く逃げるか、浅く逃げて再起の一手を計るか。どちらにするかの判断を決めるのに揉めに揉めたという。
結局のところ、念には念をと司令部は判断を下し、人類は戦線を大きく後退することとなってしまった。
危険度が高いディアボロと想定され、冥魔支配地域が大きく広がったのである―――。