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マスター:にられば
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2012/10/19


みんなの思い出



オープニング

 ザーザーと雨が降る。
 濡れる石の一部には苔がむしている者もある。そう思えば、極めて新しく築かれた石もある。
 ここは、霊園。ずらりと並ぶ墓石は、撃退士として殉職した者たちの墓だ。
 志半ばに倒れた者も多いだろう。中には、撃退士としての職務を全うし、安らかな内に眠りに就いた者もいるかもしれない。それでも、誰も彼もがすでに命を亡くした者たちの、名前だけが刻まれた場所。
 そして、今日もまた、慰霊碑に名は刻みこまれ、墓石が一つ増える。それは毎日のことだった。

 そんな中に、ぽつりぽつりと人は集まる。慟哭をあげる者。ただ歯を食い縛っているだけの者。
 人それぞれだが、悲しみがただただあるだけ。
 泣き声を上げるどころか悪態をつく者。何も言わず、無口な者。
 死すれば、それは物言わぬただのモノとなる。まるでそう言わんばかりの者たち。

 それでも、ここには悲しみが渦巻いている。

 雨がただただ降り続ける。
 その雨はまるで、今は亡き撃退士たちの涙のようであった。


リプレイ本文

 雨が降る。雨が降る。
 ザーザー、ザーザーと。
 音を立てて、降り注ぐ。
 それは、何もかもを流すための雨か。
 それは、涙を隠すための雨か。

●家族
 誰よりも朝早く。
 頃合いを見計らって、黒夜(jb0668)は死んだ従兄に会いに来た。
 ただ一人、家族の中で自分を自分として見てくれた優しい人。
 家では、死んだ双子の姉の代わりだった。それが嫌で嫌で溜まらなかった。
 それを違うと。貴女は貴女だと言ってくれた。
 そして、封都では自分を助けてくれた命の恩人でもあった。
 だが、いつかは知らないが、亡くなったと。そんな風の噂だけが飛んできて。
 実際に、墓を見るまでは信じられない気持もあったが、そこには従兄の名が刻まれた墓石がある。
 アウルの力に覚醒し、久遠ヶ原学園に身を寄せてからは、両親の干渉もなくなってきた。だから、色々と自分は従兄に救われたのだ。
 それでも、天魔に復讐をしようとは思わない。彼もそれを望んでいるとは思わないから。自分が生きるために、黒夜は戦うことを決めていた。
 そして、これが最後。左目の布を外す。ミッドナイトブルーの目が水たまりに映る。
 ずっと従兄の見たがっていた彼女の本当の笑顔と共に。
「ありがとう……」
 そっと。感謝の言葉は雨音に消えた。

 まだ新しい墓の前。柳津半奈(ja0535)は、父の墓前へとやってきていた。
 ただただ、黙して立ち尽くす。
 父もまた撃退士だった。そして、戦いに殉じ。死んだ。
 それはどこにでもある悲劇で。
 そこに、彼女は未練を感じていない。
 ただ。
 強く、正しくあれという父の教え。その思いに対する答えを伝えられていないのが、未練か。
 父は、その資質が半奈にあると言っていた。
 でも、自分は未だ弱く、迷っている。そう思う。
 ふと覗く不安。チラリと覗いては、ぞろぞろと夕闇の魍魎の如く湧いてくる。
 そっと目頭を押さえ、目を隠して、不安を見せまいと取り繕う。
 父の前でこんな顔をできるわけがない。
 何とか、いつもの顔を取り戻し。
「また、参ります。御父様」
 父へ別れを告げる。
 まだ、答えはない。少女は迷う。
 自分の中にしっかりとした答えを見つけるまで。
 死ぬことはできない。

 同じく父の墓前に、鈴木 紗矢子(ja6949)は立つ。
 盆の間に来れなくて、ごめんねと。まずは謝罪から。
 試験勉強を優先しろと母から言われた時に、外に出なくて済むということから、少しだけほっとした。そんな罪悪感もあって。
 根っからのインドア派になってしまった自分がどこか申し訳なくて。でも、半分は父のせいだとも思う。人を守るために、亡くなってしまい、それが原因で友人もできない生活を送ることになったのだから。
 ぽつぽつと、近況を語っていく。
 春ごろから実戦に出るようになったこと。
 大勢の敵に囲まれて怖かったこと。
 慣れるのは無理そうなこと。
 それでも、どんなに怖くても。もう少しだけ頑張ろうと思える。そんなこと。
 誰かを助けることに繋がるのだから。それだけで、発起して動くことができる。
 父もこんな気持ちだったのだろうかと思いながら。
 雨の中、佇む。

 憎い。憎い。
 そんな感情が、羽空 ユウ(jb0015)の心を支配する。
 想起するは、暗く鍵の掛けられた狭い部屋。
 毎日が、暴力に支配されていたそんな日々。
 誰のものとも知れぬ墓石に爪を立て、ユウは呪いを掛ける。
「殺してあげる、絶対に。何処に居ても、見つけ出す。必ず――私は、あなた達が憎いのよ」
 濡れるのも気にせず、綺麗な笑顔を面に張り付けて。
 それは、どこか狂っていた。
 どこから狂ったのかは分からない。
 雨は狂気を呼び覚ましたか―――。

 悪魔の誘い。それに否を唱える力がなかった。
 救助者か、仲間か。選択を強いられて、結果は―――。
 青空・アルベール(ja0732)はそのことを悔やんでいた。
 後悔する先は、両親へ。ディアボロとなった両親。怖くて見ないようにしていた。
 切り離して、考えて。それが、どこか救える人を見捨てているようにも感じたのだ。
 沢山ある慰霊碑の中の数一つ。そこには、天魔の犠牲になった人の名前も彫られていた。
「遅くなってごめん……」
 ようやく、覚悟ができた。両親と向き合う覚悟。捨てたものと向き合う覚悟。
 もう、不運を見なかったことにはしない。
 救われた幸運があるのならば、零れた不運もある。世の中はきっとそんな風にできているのだろうと思う。
 だが、それを覆してこそのヒーローだと心に誓う。
 すべてを救う。それこそ、何人にもでき得ない所業だろう。少年はそれを目指す。
 ヒーローとはそういうものなのだと、思うから。

 肉親と言うには少し遠いか。それでも、そうなる予定だった人の墓へ亀山 淳紅(ja2261)はやってきていた。
 彼岸花の咲く頃か、赤い花が周囲を覆っていた。
「お久しぶりです、―――さん」
 名前は雨音に消えた。たくさんの赤い花を抱えて、どこかへらりと笑う。
 昔、姉と交際していた人。義兄になっていたかもしれないそんな人。
 印象としては少し浮ついているようで、でも、優しかった。
「墓にはおらんーてよう言うけど、骨あるんここやしさぁ。他どこ行きゃええかわからんくて」
 パシャリと、濡れるのも気にせずに地べたに座る。
 撃退士になってからは初めての墓参りだった。
 彼の言っていた希望と絶望。撃退士になってからは、それの連続だった。
 自分たちは、最後の希望で。でも、敵の戦力は絶望的で。
 生きていること自体がもはや絶望なんて思うのだ。
 だけれども。時に見える淡い希望に救われる。
 そう、彼は言っていた。
 きっと、自分はそんな淡い希望になれれば良いのだなんて思う。
「違いあらへんなぁ。似ててほんま嫌になるわぁ」
 彼と似ていることに、苦笑しつつ、そのまま悲しみへと変わっていく。
 雨はまだ彼を濡らしていた。

 誰かのため。そんなことを言っていた義兄弟たち。
 どういうことなのか、ピンと来なかった。
 だが、今となっては山本 詠美(ja3571)もその気持ちが分かってきた。
(みんながどうして撃退士になったか、とかね)
 誰かを守って死んでいった人たち。
 守りたいと思う誰かがいたからなのだ。今の自分にも、そんな人たちができた。
 皆を、すべてを失ってから、二度とできないと思っていたのに。
 他者との間に壁を作っていた過去の自分とは決別する時。
 何も興味を抱くまいと頑なに思っていたのは、仕舞ってしまおうと思う。
「ありがとう、皆。本当に大好きだよ」
 そう口にした瞬間、心にわだかまっていた何かがスッと取り除かれた気がした。
 ふっと笑顔が浮かんでくる。
 過去は過去となり、未来が現在となる。
 詠美はそれを実感しながら、静かにその場を立ち去った。

「はっ」
 吐き出すように、息を出し、何もない墓を見る。そこは、もしかしたら自分の墓になるかとも思った。
 赤坂白秋(ja7030)の耳に過去からの声が聞こえてくる。
『あんたが撃退士ー? 無理無理、出来るわけねーわよ』
 馬鹿だの鈍いだの、やる気ない、無責任だ、ついでにロン毛がださいことが理由なんて言われた過去。
 必死に、止めていた理由。今となっては分かるかもしれない。
 ここに自分が埋まって、もしも誰か哀しむとしたら。
『だからやめときなさい、やめるの。やめなさい!』
 何を必死に、なんて冷めた目で見ていた自分を殴りたい。目に涙まで溜めて止めていたのは、そういうことなのだと思い知った。
 死は平等だ。『俺には来ない』なんて思っていたのは、撃退士になる前までで。今では、何度か死線を潜り抜けて、そんな甘い考えなんて持ってはいない。
 事あるごとに撃退士を止めろと言っていたそんな姉は、死んだ。
「病死、なんてな……」
 死は不平等だ。てっきり自分へ先に来る物かと思っていた。だが、姉に先に来た。最初、聞いた時は何かの冗談だと思った。
 依頼の最中の出来事だった。
 いっそ、天魔に殺されていたら復讐のし甲斐でもあったのか。
 だが、向かう怒りは自分自身へだ。何が撃退士だ。死に目にも会えてやれなかったではないか、と。
 それでも、いつかはきっとそちらへ。自分は撃退士なのだから。きっと、そこへ一番、近い。
「いずれ俺も行く。だから―――」
 振り返り、腕を折られかけた過去を見ながら。
「秘蔵の酒、まだ開けんなよ」
 未来を見て、歩き出す。

●愛する人
 どちらが死ぬのが先だろうか。
 珍しく儀礼服に身を包んだアーレイ・バーグ(ja0276)はそんなことを考えていた。こんな場に来ているのだ。否が応にも死について考えてしまうのは、普通だろうか。
 恋人はもはや余命幾許あるかないか。だが、戦場に身を投げ出す己の余命も。普通よりはるかに短いだろう。運が悪ければ、すぐにでもあちら側へ旅立つことになる。
(私は……何年生きられますかねぇ)
 最近の天魔の状況を鑑みると、自分の方が先に死にかねない。いや、死ぬだろうとさえ思っている自分がいるのも感じる。
 そして、そんなとき、自分の墓はどこになるだろうか考える。
 故郷?
 それとも、この場所?
 恋人に相談したらきっと怒られるのだろうけど。前向きな恋人はそんな話をすれば、きっと。怒る。
 自分としては、ただ恋人と一緒にいたいと思うのだ。たとえ、死した後であっても。
(とは言え、まだここに来るのは早いですね……死んでから運んで貰えば充分)
 その場から踵を返す。向かう先は、恋人のいる病院。
 二人とも、今はまだ生きているのだ。
 先へ進む。懸命に、前を向いて。

 ただ静かに。苔むした墓の前にて、一輪の花を供える。
 八重咲堂 夕刻(jb1033)はかつての思い人の前に立っていた。
 彼の年ともなると、複雑な思いが絡み合う。
 何年以上も前の話だろうか。初恋の人は、天魔の襲撃に会い、子供を庇い亡くなった。彼のことを想って駆け落ちすることを否とし立ち去った彼女を、追いかけようとした矢先の出来事だった。
 アウル行使者だった初恋の人。人から天魔を守る存在。
 今は彼も同じ道に立とうとしている。運が良かったのか悪かったのか、自分にはその素質があった。
 そっと苦笑する。きっと、目の前にいたら怒るのだろうと。
 だが、自分と同じような想いを増やさないためにも。
 残った自分の命、それを撃退士として生きようと決めた。一族郎党の反対を押し切ってまで、裸一貫で久遠ヶ原学園にやってきたのだ。
「そちらで会ったら……思いっきり引っ叩いて下さってもかまいませんよ」 
 スッと、墓石をなぞる。八重に咲く桜を思い出す。そこにある甘酸っぱい想い。
 老齢の彼は、どこか和らいだ表情で、その場を立ち去っていく。
 今からが本当の自分の人生だと言わんばかりに。


●自己
 自分は一体誰だろうか。
 そんな風に、鍋島 鼎(jb0949)は思っていた。
 誰かを悼むためではなく。自分自身の記憶の糸口を探るために、此処へ来ていた。
 ずいぶんと、来訪者の顔が悲しみに包まれているように見える。
 それも当然と言えるのだが、彼女には分からない。どうして、そこまで悲しみに包まれているのか。
 あるいは自分に記憶があれば、分かるのかとも思うが―――。
 蝋燭が消えないように、ガラス製の蝋燭立てを使って、一つ一つ墓を見ていく。
 指でなぞり、刻まれた名を口に出すと、それが記憶に掛からないか、調べる。
 それでも、そう簡単には見つからない。
 何か、分からないか。少女は記憶の手がかりを求めて、墓所を彷徨う。

●撃退士
 雨という風景は心に影を落とす。鳳 優希(ja3762)は、花をそっと手向ける。線香も立てようかと思ったが、この雨の中では生憎と火が付かなかった。それもどこか物悲しくて。
 三つ並んだ墓石の前。そこには、彼女を守った姉妹三人の撃退士が眠っている。
「希は、貴女たち姉妹が身をていして守ってくれなかったら、生きてはいないのですよ」
 蘇る地獄の光景。アウルの力に目覚めていなかったときは、怯えることしかできなかった。
 それでも、今は戦う力を持っている。
 そんな力の向う先は。
 復讐。
 天魔への復讐だ。
 三姉妹の命を奪った天魔を見つけて殺す。
 救った側からすれば、止めてほしいと言われるかもしれない。それでも、救われた命への報い方は、それくらいしか思いつかなくて。
 だから、待っていてほしいと。独り善がりかもしれないけど、それでも待っていてほしい。
 いつか、立てた誓いに報いようと。
 彼女は強さを求める。強くなるという決意を胸に秘め。
 そんな風に立ち去った近く、鳳 静矢(ja3856)は妻である彼女に気付いていなかった。気付いていれば、声でもかけただろうか。
 ここに来ているなんて思いも寄らなかったから、だから気付かない。
 彼は彼で、ここにいる撃退士たちへ哀悼を示していた。
 傘で雨をよけつつ、それでもじっとりと足元から濡れてくる。パシャパシャと雨をかき分け、墓所を巡っていく。
 まだ、一年も経っていない。それでも、多くの死に触れてきた。
 依頼、大規模作戦。様々な形で、散っていった命。
 撃退士いや人間という存在は、天魔のそれに比べれば儚い。吹けば飛ぶように命が消えていく。
 霊園を臨める高所から、まじまじと墓を眺める。そこにはずらりと並ぶ墓石。
 自分と彼らの違いは何だったのだろうか。
 時の運か、実力か、はたまた違う何かか。答えは出ない。
 それでも、今、生きている自分にできることは。
 守ることさえできなくなった彼らの分も、誰かを守り続けることだろう。
 自分の代わりに死んだ―――と言えば、傲慢かもしれないが、それでも、代わりをきっと受け持とうと。
 それで、きっと戦い散った彼らの死が意味ある物に変わると信じて。

 ただ、無言で雨に打たれ仁王像のように立ちつくす男。中津 謳華(ja4212)。
 多くの撃退士が亡くなったものだと思う。そして、これからも。
 無念の者もいれば、責務に殉じられた者も。どちらもいるのだろう。
 そんな感傷とは程遠い考察ばかりが浮かんでくる。
「………」
 死した撃退士たちを眺め、空虚のような死への感覚を言葉に表さんとする。
 だが、どんな言葉が良いのか。何を言っても、虚しく響くだけではないだろうか。
 そんな風に思えてくる。
 厳しい古武術の流派を組む彼にとって、死に対する感傷が薄い。
 上辺だけの追悼の意を示しても、それは絶対に中身がなく。むしろ、侮辱にすらなりかねない。
 故に出てきた言葉は一つ。
「俺は……死なん」
 決意とも取れる表明。誓約であり、決意であり。先人たちへ贈る言葉は、必然、そうなった。
「死なず、人に敵対する全てを屠ろう。お前たちの守りたかったものは、俺が守ろう」
 その後も、一刻ほど雨に打たれ、決意を胸にしかと留めるのであった。

 氏家 鞘継(ja9094)は墓を磨き、それが終わると墓前で手を合わせ、黙祷を捧げていた。
 後ろ姿しか憶えていなかった。それは撃退士としての雄姿。
 その背中は頼もしく、あぁもう大丈夫なのだと安心するほどに。
(あの後、大泣きしたのは皆に内緒ですよぃ)
 そっと、墓に告げる。
 怖かった。襲われた当時はただただに怖かった。
 そこから救ってくれた人の顔を覚えていないくらいには。
 おかげで、探し出すのが遅れたのは申し訳ないと。そんな風に謝る。
 撃退士は、無辜の人々を背にし、守る。
 守り、護り続けて、そして、死んだと聞いた。
 最後の最期まで、護って。
 きっと、それが撃退士としてのあるべき姿だと思う。
 自分もまた人を守る力に目覚めた。だから、あの人のような守る力を存分に発揮しよう。そう決めたのはいつだったか。
(まぁ、まだ先ですがねぃ。いつか死んだその時に胸を張って笑顔で報告しますよぃ)
 それまで見守っていてほしい。そう思う。
 飾られた菊の花が、どこか物悲しく雨で揺れていた。

 自分を助けてくれた撃退士というのは多い。灰里(jb0825)もまた助けられた内の一人だった。
 実際に生きて会えたのは、周りと同じく、助けられた時が最後だった。
 本当は生きている間に伝えたかった。今となってはそれも叶わない。
 それでも、今からでも遅くないと。ちゃんと伝えておかなければと思う。
 心残りはそれだけだから。
「ありがとう、あの時に私を助けてくれて」
 助けられたから、今の自分がある。
 助けられたから、撃退士として生きていける。
 だから、ありがとうと。
 そして、謝罪する。
 これからの命を、自分の復讐のために使おうとするのだから。
 助けられた命を、無為にするようで。
 だから、ごめんなさいと。
 だが、話したいことはこれで終わり。
 また会いに来ればいい。
 そんな気持ちで、彼女は決意新たに前へ進んでいく。

 力が欲しい。撃退士となった者の、多くがそう思い、壁にぶち当たる。
「安らかに、眠ってください……」
 一際、大きな慰霊碑に、そっと雫(ja1894)は花束を添える。
 近くには、他の参列者が並ぶ。
 久遠 仁刀(ja2464)もそうだし、氷雨 静(ja4221)も、佐藤 としお(ja2489)もそうだった。
 神戸での、そしてそれに纏わる戦いは熾烈を極め―――多くの命が失われた。
 力があればと雫は思う。たとえ、それが傲慢だとしても。
 もしも、自分が悪魔と同じ力を持っていれば。自分が、奇襲を跳ね除けるほどの力があれば。きっと結果は変わっていたのだろう。
 だが、それは傲慢だ。驕り高ぶる悪魔と何ら変わりはない。力が結果をもたらす、と。それだけしか見えていないのだから。
 それでも、それでも力が欲しい。
「理不尽に対して、抗う力が……」
 きっと、その力は違う。そう信じて。
 力を得てから、守れなかった人の分まで守る。死した人を悼んだ後の、彼女の心に秘めるは―――きっと、そんな想い。
(あそこで死ななかったのは偶然、か……)
 仁刀は壮絶な戦場を想起しつつ、軽く息を吐く。一歩でも間違えていれば、ここに名を連ねていたのは自分になっていたのかもしれない。
 もしかしたら、誰かの代わりに、自分が亡くなっていて。そして、誰かが同じように、この場に来ていたのかもしれない。そんな、ぞっとしない在り得たかもしれない現在。
 戦いに身を置いている以上、いつか同じように死ぬかもしれない。それが、どこか空恐ろしくもあり、身近にも感じる。
 戦場に立つ者の、生と死。それは、ぎりぎりのところで成り立っているのだろう。どちらに転ぶかは、時の運と、己の力次第。
 きっと、今回の件は運によるところが大きいだろうと。そっと、散った者たちに哀悼をささげ、仁刀は瞑目する。
 そっと、瞼を開けて、静は再度、一礼する。
「初めまして―――先生」
 慰霊碑の中に刻まれている、教師の名を剥奪された一人の男の名。そんな彼を彼女は、なお先生と呼ぶ。彼がどんな処分を受けようとも、彼女の中では立派な先生なのだ。
 生前の面識はない。面と向かって会ったことすらない。見たことがあるのは、報告書の中だけ。文字だけで、しかも一方的に見知っている存在。
 そんな彼に静はどうしても、礼を述べておきたかった。
 彼女の親友の命を、己の命を犠牲にすることで救ったのだから。
 きっと、それは誰にもできない立派な先生としての姿だったのだろう。
「一言、お礼を申し上げたかったのです」
 本当にありがとうございました、と。深々と一礼を捧げる。
 どうか、安らかに。それが死した者たちへの一番への哀悼だろうから。
 そっとサングラスから、としおは顔を覗かせる。これほど、雨が降っていれば、泣き顔かどうかなんて分からないだろう。雨だと言い張れるほどに。
 そっと続けて花束を捧げる。用意した花は「コブシ」で、花言葉は―――友愛。
 祈りを捧げるだけ捧げたら、早々に立ち去る。一人になれる場所、霊園を見下ろせる高所へ。
 そこで、もう一度祈りを捧げる。
 きっと、甘いと誰からも言われるであろう願い。
 花言葉にかけた意味は。天魔と人類の共存。
 ふざけるな、と。恨みを持つ誰かに聞かれたら、言われるかもしれない。それでも、願わずにはいられなかった。あの悲しい戦いを経てからは、その願いもより一層強くなったようにも思う。
 お互いにこれからも傷つけあうだろう。それでも、いつかは手の取り合える世界ができても良いのではないだろうか。そんなことを考えていた。
 ルーネ(ja3012)は、それを霊園の全貌が見通せる遠くから見ていた。
 雨が降っている。
 ザーザー、ザーザーと。
 頬を流れる水の雫は、雨か、それとも―――。それは分からない。分からないのだ。
 傘もなく、何もない。ただただ、冷静な面を張り付けて佇む。
 そっと、死者の魂を誘うように蛍火が煌めく夜を思い出す。
 選択に後悔はない。確かに掛け替えのないものを救うことはできたのだ。その一方で切り捨ててしまった物もある。
 だから、だからこそ。
 自分には何もないのだと思う。彼らの前に立つ資格さえも。
 ザーザー、ザーザーと。ノイズのように走る雨音。
 まだまだ、止みそうにない。


●師
 師を失った者の一人。
 エルレーン・バルハザード(ja0889)は立ちすくんでいた。己の命を天魔から救い、エルレーンと言う名を与え、そして、最後には自分の命すら投げ出して、ひたすら守ってくれた母親のような人。その墓前で。
「おししょうさま……ごめんなさい」
 残ったのは自分が死ねばよかったのかという後悔と、兄弟子からの恨みだけだ。
 だから、自分なんかいなければ良かったのだと思う。兄弟子の言うように、自分が死ねばよかったんだと。
 それでも、師は生きろと言っていた。エルレーンに、生きろ、と。
「……あの人は、私が守るよ。どんなに、私が生き残って、死ねばよかったのにと、恨まれても」
 それが、師の教えなのだから。生きろ、生きろと。
 自分を憎む人さえも守って見せようと。彼女は決意する。
「最後に、私が死んだとしても……」
 それでも、守って、守り尽くして。最後は、師のようになれれば良いのかなと思う。

 ふと立ち寄っただけの、ハーヴェスター(ja8295)は思わず霊園へと足を踏み入れた。
 膨大な数の墓石を一つ一つ眺め、違うかと首を振り次へ向かう。違う。ない。次。
 百数十と言う墓を見ていっただろうか。
(何してるんだろ、私)
 不意に自分の行動に愚かしさを感じた。
 そこにあるとは限らないのに。そもそも、あの人は死んだのかすらも分かっていない。
 それに。
(私が知らない名前で死んだ可能性もある。仮に死んだとして、この墓地に入る確証もない)
 ないない尽くしだ。
 加えて、この膨大な数の墓。すべてを見るには無理がある。
(こういう場所は普段から避けてたのに。無意味で未練がましいことをしちゃうって、自分で知ってるから)
 無意味。そう、この行為は無意味なのだ。
 自分を安心させるためだけの材料を無理やりにでも見つけたいだけなのだ。それは、存在の証明をするかのように、無理難題なものであって。
 忘れてしまえば、楽になる。楽になりたい一方で諦めきれない自分がいる。
 そんな想いを。馬鹿馬鹿しいと。切って捨てる。
 途中まで探したところで、溜め息を吐きつつ諦める。土台、今の情報だけで探ろうなどと無理な話だったのだ。所詮は、下らない未練。
 もう用は無いとばかりに、彼女はその場を立ち去っていった。

 雨は何もかもを流す。それは汚れさえも。
「……キミのお墓、掃除に来たのに。これじゃ出来ないのだ」
 フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)はバシャリと泥も気にせず、墓を背に預け座る。
 手がかりだったカウボーイハットをくるくると回しながら。
 自分に外の世界を教えてくれた、自分の心の恩師。自分もガンマンになれるんだ。そんな夢を抱かせてくれた人。
 旅に出て知った。彼がすでにこの世からいなくなっていることを。手がかりだったカウボーイハットは今となっては奇しくも形見となったわけだ。
 そして、ついにその墓を見つけた。旅の果て、極東の地、久遠ヶ原学園にある霊園で。
 バシャバシャと水筒の中身を零す。中身は彼の好きだったカクテル。自分の名前の、ブルーハワイ。
 掛け終わると、再び座り込む。別に語ることはない。
「〜〜♪ 〜♪」
 一昔前に流行った古い洋楽を口ずさむ。ただの一匹狼の旅人の歌。
 雨の中に、音楽が消えていく。
 雨は止まない。それでも、フラッペは立ち上がる。
 いつもの晴れやかな顔をしたまま。
 旅人は次に行く場所を求めてここを去る。
「Good bye. I'll be back」
 風が君の方へ向いたときに、きっと、と。
 英語の呟きは、雨音に消えた。

●雨
 雨が降る。雨が降る。
 ザーザー、ザーザーと。
 等しく、雨は誰にも訪れる。
 それは心の中を濡らす物か、それとも洗い流す物か。
(主よ―――僕達の心は沈んでいます。どうか、僕達の顔から、涙をも拭いさって下さい)
 神などいない。そう言う者もいるだろう。天魔と言う存在が現れたご時世、神に祈る者は少なくなったかもしれない。
 それでも、クルクス・コルネリウス(ja1997)は、神―――主に祈りをささげずにはいられなかった。
 その祈りの先は、主の御共に行かれた者たちではなく、今を嘆く人たちへと向けられたものだった。

 雨は降り続ける。それでも、止まない雨は無い。
 きっと、誰も彼も明日には前を見て歩くことだろう。
 そして、そうでなければ、同じくここに骨を埋めることになりかねない。
 撃退士とはそういう存在なのだ―――。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
戦乙女・
柳津半奈(ja0535)

大学部6年114組 女 ルインズブレイド
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
主に捧げし祈りは・
クルクス・コルネリウス(ja1997)

大学部3年167組 男 ダアト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
誠士郎の花嫁・
青戸ルーネ(ja3012)

大学部4年21組 女 ルインズブレイド
赤目の麗人・
山本 詠美(ja3571)

大学部7年66組 女 鬼道忍軍
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
久遠の黒き火焔天・
中津 謳華(ja4212)

大学部5年135組 男 阿修羅
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
おこもりガール・
鈴木 紗矢子(ja6949)

大学部5年76組 女 アストラルヴァンガード
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
撃退士・
ハーヴェスター(ja8295)

大学部8年132組 女 インフィルトレイター
撃退士・
氏家 鞘継(ja9094)

大学部7年114組 男 阿修羅
運命の詠み手・
羽空 ユウ(jb0015)

大学部4年167組 女 ダアト
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
煉獄の炎を魂に刻みて・
灰里(jb0825)

大学部4年17組 女 ナイトウォーカー
焔生み出すもの・
鍋島 鼎(jb0949)

大学部2年201組 女 陰陽師
黄昏に華を抱く・
八重咲堂 夕刻(jb1033)

大学部8年228組 男 ナイトウォーカー