神器。それがもたらすのは熾烈な争いか。天界、冥界、人間の三陣営が今まさに三つ巴の争いを始めようとしていた。
レイラ(
ja0365)はそれを虚しく思う。敵も味方も何もかもを巻き込んだ、汚泥のような戦い。
これはまさに、その序曲。
かくして、神器と天使の探索は今始まる。
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地図を見ながら、鈴代 征治(
ja1305)はルートを選定する。
南側に近い位置より侵入、その後、中央付近まで進んだら、東へ進み、そのまま南東地区を南下する。もし、追手が厳しいようであれば。
「ここをこう抜けて、最悪、東側へ抜けましょう」
こうすれば、悪魔と遭遇しても、撤退できる可能性は高い。周囲はそれぞれ天魔が睨みを利かせている。下手に追いかけてはこないだろう。
次いで、優先順位。神器を取るか、天使を取るか。
神器のために、レイラは社や祠がないか調べてみたがそれはないようだ。
満場一致で天使を優先的に捜索することに決まる。
「神器は隠した奴の性格に寄るだろうしな……そもそもどこを探せば良いか見当もつかない」
久遠 仁刀(
ja2464)の意見ももっともだ。天使ならば御堂・玲獅(
ja0388)の生命探知、あるいは当たりをつけての捜索で何とかなる。
「で、だ。どこを探す?」
赤坂白秋(
ja7030)が意見を言う。地図を見る限り、大きな建物は公民館とマンションの跡地。この辺りを調べてみたいと白秋は告げる。
「そうね、大型施設は敵がいないようなら調べておきたいわ」
「あぁ。特に公民館はな」
唐沢 完子(
ja8347)と小田切ルビィ(
ja0841)が同意する。
「いや、俺の考えは逆だ」
仁刀がそれに異を唱える。隠れやすいのは確かにそうだろう。だが、わざわざ目立つ建物に入るかというと疑問だ。天魔もそこを重点的に探している可能性はある。
「ルート上は、公民館、住宅地、商店街となっていますね……」
征治が、地図を見ながら答える。
結論として、選定したルート上の怪しい場所を順々に探していくことにした。
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転移装置をくぐり、目的の場所へ。そこは荒廃した街。人の影などなく、ひしめくは天魔の眷属ども。
主要な道路にはグールとスケルトンの姿がちらほらと見える。
玲獅の提案の元、征治が双眼鏡を取りだし、周囲を見渡す。ビルの屋上など、敵が監視している可能性も考えてだが、確かに何かいるようにも見える。
さらに、遠くに歪な敵を見つける。
「不気味な剣を持ったスケルトンがいます。アレは、普通の武器とは思えませんが……」
「おい、不気味な剣? 待て、心当たりがある」
ひったくるように、征治の双眼鏡を取り、白秋が遠方を見る。そこには、見覚えのある剣をもったスケルトンがいた。
そう、その剣の名は。魔剣、リヴィングソード。
「はっ、野郎か……」
「まさか、奴か?」
ツォング。
白秋と天空寺 闘牙(
ja7475)が敵の正体に当たりを付ける。
「くそったれが。こうなると厄介だぞ」
敵の性格を知っている白秋が、悪態をつく。続けて、闘牙もまたリヴィングソードを見やる。
「もしや、すでに私たちの存在を感知してると」
「分からない。だけど、あり得ない話じゃない」
征治に双眼鏡を返しながら、闘牙が言う。
恐らくは横取りを狙っているだろうと玲獅は推測を述べる。皆もまた、白秋と闘牙から聞いたツォングの人物像から、そうに違いないと考えた。警戒をするに越したことはない。
そして、たとえ敵の監視下だろうとも先を進まなくてはいけない。それが今回の任務なのだから。
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「こっちは駄目みたいね、敵が多いわ」
「ルートを変更しましょう」
斥候役の白秋、完子、征治の三人でルートを決めていく。
「後ろは大丈夫みたいですね」
「あぁ、敵はまだ来てないようだな」
レイラと闘牙の後方警戒も重要だ。十人は敵と遭遇することなく、公民館の近くへまでたどり着く。
だが、周囲には、敵の群れ。シャドウが2体、鬼武者が1体、グールが5体、合計でいる。
「お、多いですね……どうしましょう」
水葉さくら(
ja9860)が少し怯えたように言う。普通の依頼で難敵として出てくる数だ。
「でも、これを突破しないと先には行けそうにないね」
やや好戦的な笑みを浮かべつつ、cicero・catfield(
ja6953)がそう言う。
敵はばらけて哨戒している。一気に叩きつぶせば行けるか。
即座の制圧戦を決める。
ciceroと白秋、征治によって、シャドウを射撃で二連殺。グールはとりあえず無視し、完子が鬼武者へゼロ距離から銃弾を放ちつ、始曲。アウルによって掠っただけで力が暴れ狂うが、スタンの効果を示さず、追撃してくる。それを避けられず斬り付けられそうになったそこへ、さくらが庇護の翼をもって割って入る。同時ルビィの斬撃と仁刀の柄による強力な一撃が決まるも、倒れる様子はない。
「チッ、さすがに倒れんか」
「難敵だな」
ルビィと仁刀の二人が一旦、間合いを計る。音を聞きつけたのか、近くにいたグールが寄ってくるが、レイラと闘牙がそれをレガースで一閃し叩き伏せた。
続け様に、玲獅が鬼武者の間に割って入り、壁となる。後は、全員からの集中攻撃を浴びて、ようやく沈む。運よく一撃も回避されなかったが、もしそうでなければ、もう少し時間が掛かっていただろう。
残ったグールを排除しつつ、ようやく探索に移る。
「人のいた痕跡は、なさそうですね……」
建物の中は閑散としており、埃が積っていた。
玲獅の生命探知の結果、公民館にはいないことが判明する。
「外れみたいだな……次に行こう」
闘牙の提案に、皆は頷く。次は住宅街だ。
●
一口に住宅街と言っても、広い。だが、崩れていない家となると、数は多くなかった。
敵との戦闘を避けているために、なかなか時間が掛かる。
だが、一歩一歩を確実に。
そんな中、最近できた人の痕跡を征治は探すが、天魔の足跡も残っており、今一つ上手く探しきれない。あるとしたら、家の中か。そっと入って見るが、中ははずれな物も多い。明らかに人の入った痕跡などはない。
そんな中を探索している内に、一際大きめの一軒家にたどり着く。そこの門扉は開いており、茂っていた草の一部が踏みしだかれていた。
天魔による仕業とも取れるが、その歩幅はまるで逃げていたかのように大きく、明らかに不自然だった。
生命探知の回数は限られている。玲獅がここぞとばかりに、生命の在りかを探る。そうすると、家屋の中にぽつんと一つの影。
「……!? います。敵が周囲をうろついていますが、家屋内の数は一。恐らくは堕天使かと」
その報に、十人は一瞬だけ湧きたつ。家屋内に敵はいる気配もない。
罠かもしれないと白秋は念のために、マーキングした糸を入口付近に張っておく。これが切れれば、マーキングの効果が切れ、敵の侵入を感知できる。上手く考えられた簡易警報装置だ。
「よし、行ってみるか……」
ルビィがアルドラとの会話を思い出しながらそう呟く。いるのは一体だれか分からない。それでも、きっとこの言葉に聞き覚えはあって、きっと意味はあるのだろうと。
「どこから、気配がしたんでしょう……?」
レイラの言葉に、玲獅は台所の辺りからと答える。
その時、ガタンと何かがぶつかる音が聞こえる。戸棚の奥だろうか。そこを開けると、がたがたと震えた様子の少年がいた。
服はどこから調達したかは分からないが、カモフラージュのためのものか、学生服を着ている。
しかし、何よりも特徴的なのは。その背から生える純白の翼であった。
「名は……?」
闘牙が問うが、震えるだけで答える様子はない。襲いかかってくるのかと気が気ではない様子だ。
「安心して欲しい。俺たちはお前を助けに来たんだ」
ルビィが言葉を紡ぐ。
「『シリウス』って誰かの名前か? アルドラから話は聞いてるぜ」
「アルドラッ……彼女は無事なのですか!?」
すがるようにルビィへと、堕天使は詰め寄る。
「こんなところじゃ、話は何だ。できれば、俺たちを信じて一緒に来てほしい。俺たちは撃退士。あんたの味方だぜ」
そう言われて、腰が抜けたのかへなへなと座り込む堕天使。
「そうだな、名前を聞いていなかった。一体、何て言うんだ?」
「ムリフェイン……それが僕の名前です」
ルビィの言葉に撃退士たちを信用したのか、座り込みながらも、しっかりと己の名を口に出した。
●
しかし、折角の邂逅も束の間だった。
「敵だ……入口のマーキングしていた糸が切れた」
白秋が敵の侵入を感知。小声で、皆に伝えるとすぐさま全員が戦闘態勢に入る。
その中、意を決したようにさくらが口にする。
「分かりました。神器の場所は、ここから北ですね」
「?」
さくらの発言に、ムリフェインが疑問の顔をする。だが、これは疑似餌。適当な嘘っぱち。
敵を食いつかせるための罠だ。
「なるほど、ここから北か。情報提供、感謝するぞ」
同時、乾いた拍手の音と共に、最悪の敵が姿を現した。どうやら、釣られてくれたようだ。
「やっぱりテメェかよ、ツォング……」
「ん? あの時の撃退士か」
悪魔の正体を見知っている白秋が、敵の親玉を睨みつける。
「高みの見物たぁ、良いご身分だ。俺達をわざと泳がせてたのはお前か?」
「正解」
「で、何のために、この場にいた!?」
白秋が問う。
「そこまで教える義理はないと言いたいところだが……特別に教えてやろうか」
裏切り者として三天使を始末するよう言われていたこと。どこぞの誰かが神器を手に入れれば、厄介だから睨みを利かせておくこと。これが、悪魔側の目論見。
「そして、個人的には、お前たちで遊ぶつもりだった。ただな。神器の場所と裏切り者を見つけたとあったら、話が違う」
白秋の問いに、笑みを浮かべていたツォングが、唐突にその笑みを消した。
「横取り狙いって訳ね―――随分とセコイ真似を」
「戦術と言ってくれ」
ルビィの言葉に、喉の奥から、嘲笑うように悪魔は告げる。
「さて、取引と行こう」
そして、ツォングは撃退士たちに問いを投げかける。
「神器は俺自らが向かう。そして、そいつを渡せば、お前らは見逃してやろう。お前らの仇敵だろう、天使とやらは?」
迷う必要などあるまいと。そう告げる。
さくらがムリフェインを見れば、ガタガタと震えている。自分とは比べ物にならないほど、闘うことを極度に恐れているかのよう。そんな彼をどうして放っておくことができようか。皆の答えは一致している。
「答えはノーだ」
「交渉、決裂だな」
この陣営、突破できると思うな。ツォングはそう言うと、部屋から出ていき、姿を消す。北の方へ向かったのだろうか。
撃退士たちもそれを追うように、外に出れば、そこは敵の群れ。
敵の数は、シャドウ6体、デュラハンと鬼武者各1体、魔剣持ちのスケルトンリーダーが2体、グールとスケルトンがそれぞれ10体ずつほどだ。
ツォングが一部を引き連れていったとは言え、まだまだ数は多い。まともにかち合えば、勝機は薄い。元より、ここは逃げの一手しかない。
「はっ、面白ぇ。奴の鼻っ柱明かしてやろうじゃないか」
「あぁ、撃退士を舐めるとどうなるかってのを思い知らせてやる」
白秋と仁刀が不敵な笑みを浮かべる。逃げ切ることさえできれば、こちらの勝ちとも言える。
十人は戦闘態勢を取ったまま、じりじりと後退の構えを見せる。腰の抜けたムリフェインはレイラが担いでいる。
まず、厄介なのはシャドウだ。白秋とレイラは彼の敵との交戦経験があるから分かるが、移動能力を低下させてくると撤退の足かせになる。全員、それを承知すると一斉に攻撃を仕掛ける。
光が弱点と言うことで、ペンライトやフラッシュライトを近くに投げる者が多い。シャドウの周囲を覆っていた闇の帳が消え去る。顕わになったシャドウのコアとも言える球体に、銃弾と猛烈な斬撃が突き刺さる。4体撃破。残り2体。
「はっ、脆いのは分かってるんだぜ……!?」
「まだ、2体はいます。油断しないでください」
白秋の言葉に、油断なくレイラが撤退を試みる。だが、目の前に凄まじい速度で魔剣持ちのスケルトンが迫る。狙いは、ムリフェインか。それを悟って、避けようとするが、人一人背負っての回避行動は難しい。
さらには、前衛を無視して敵が迫る。ツォングの指示か。
シャドウへの攻撃に目が行ったためか、かばえる者は誰一人としていない速度の敵の追撃だった。
だが、ciceroは強い想いを持っていた。彼を守ると。
想いは時として人の限界を超える。自身の限界を超えて、ムリフェインの盾となる!
「うぐっ……守るべき者は、守る……!」
一体目の攻撃を受け、次を避けるも、鬼武者、デュラハンまでの集中攻撃が迫る。
それでも退かない。絶対に守るという覚悟。その身にいかな傷を負おうとも。
かくて、絶大な裂傷を受けたciceroは血を撒き散らしながら倒れる。
「あんたたち、いい加減にしなさいよっ!」
残ったシャドウを全滅させ、完子が魔剣へ気を引くために銃を乱射する。それらの尽くを魔剣は弾く。
「ふん、隙だらけだ……!」
その隙を見て、闘牙がスケルトンの腕をへし折り、魔剣を切り離す。単体であれば、そこまで脅威ではない。
だが、これ以上、闘い続けるのは明らかに得策ではない。さくらと玲獅が鬼武者とデュラハンの間に割って入るが、それぞれの三連撃の元、一瞬で瀕死にまで至る。まともに相手にして良い数ではない。
「突破口を作るしかないわ!」
「あぁ、行くぜ!」
完子と仁刀、それにルビィが温存していたアウルの力を練りに練って放出する。
「ツォングに向けられなかったのが残念だがな……」
その三連砲は、凄まじい威力だった。目の前にいた魔剣を討ち滅ぼし、スケルトンリーダーも魔剣を残し消滅、凄まじい数のいたグールとスケルトンは塵もなく消え去っていた。
そのできた穴を抜ける。わらわらと何処からともなく湧いてきたグールとスケルトンに、何故か逃げる敵を追わないはずの鬼武者たちまで追いかけてくる。
全力で逃げる撃退士たち。それでも、敵の足に比べれば、こちらの方が速い。
このまま行けば、逃げ切れるか。
そんな折。
光が周囲を覆った。
凄まじい轟音と共に、東から猛烈な白光が撃退士たちの目に届く。
それは神々しく、この世のものとは思えない光。
「まさか、神器……!?」
誰からともなく、声を出す。その光に一瞬だけ目を奪われかけるが、まだここは死地だ。敵の追撃が迫ってきている。
「東に抜けるのは危険かと! このまま、南に下って脱出しましょう!」
征治が叫ぶ。ツォングが神器を求めていたように、どれだけの天魔があの場に群れていくか分からない。
その時、十人に向かっていた敵の群れもまた東へ向かう様相を見せる。
「今のうちに脱出するぞ!」
撃退士たちは光を背に撤退を続ける。
こうして、撃退士たちは、ムリフェインをほぼ無傷のまま連れ帰ることに成功したのだった。