近く、戦いの音が響く。
仲間の撃退士たちが、他の敵を引き付けている音だろう。
警戒するように動く二体の巨大な牛鬼。
それが彼らの相手だった。
遠距離から双眼鏡でそれを眺めつつ、谷屋 逸治(
ja0330)は厄介だと思う。
敵は単純に強力なのだ。特殊な能力を使ってくるでもなく、ただただ強い。
それがどれほどに厄介であるかは、想像に難くない。
だが。
「でっかい牛ね! あたいがビフテキにしてやるわ!」
臆することなく雪室 チルル(
ja0220)がそう言い放つ。
もし、あの巨体でビフテキを作るとなると何人前できるだろうか。そんなことを考えるが、元は人間の死体である可能性が高い。一瞬でも考えた自分に少しげんなりする。
天使たちに興味はないけど、と機嶋 結(
ja0725)。
悪魔に対してのみ、その執念を燃やす彼女。それがふいと気まぐれの如くサーヴァントへと向いた。
きっと、これだけの強敵を倒せば『箔』がつく。それだけに過ぎなかった。
同じく強い敵と闘うことに、アイリス・L・橋場(
ja1078)は心を滾らせていた。少女の正義は、人への希望と絶望の狭間に揺れている。そんな彼女は、ただ戦いに没頭することで、己を慰めているのかもしれなかった。
強い敵と戦って憂さを晴らしたい。そう、千堂 騏(
ja8900)は考えていた。
撃退士の在り方を否定された先日の依頼。今までの自分の気持ちが一辺にぐしゃぐしゃにされた。
スカッとするためにも、何も考えず暴れたい。そんな気分だった。
●
初手、視認と同時に、一斉攻撃。それが作戦だ。
千堂 騏(
ja8900)の苦無投擲が、チルルの氷撃が、結の風刃が、三神 美佳(
ja1395)の雷撃が、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)の影による魔法射撃が、逸治とアイリスの銃撃が、更科 雪(
ja0636)の弓撃が、一体のミノタウロス目掛けて奔る。
多種多様の攻撃を避けようとするも、大半に巻き込まれ、凄まじい裂傷を負っていく。
『ヴモォオオオオ!!』
悶絶の雄叫びをあげるミノタウロス。
だが、それを耐えきると、更なる咆哮を上げる。並の敵なら確実に死んでいる。想像を絶するタフさだ。
凄まじい速度で迫ってくると、そのままに、闘気を開放し、己の武器を振り回す。
「不味い!」
カーディスがそれに気付き、注意を促すも遅い。
一帯に強力な衝撃波が生じる。
それに、一斉に巻き込まれてしまう撃退士たち。
遠距離攻撃。それは敵にも許される手段だった。
場所が開けている以上、敵の見える位置ということは、敵からも見える位置であるということ。
そして、撃退士たちの失敗は一点。
あまりにも、固まって敵の攻撃範囲に入ってしまった。
この後、散開する予定だったが、初手の時点での配置をおざなりにしすぎた。
敵の損害を見るに、一斉攻撃は十分に功を奏しているだろう。だが、これは不味かった。
カーディスの危険を促す声に気付き、チルルは即座に魔法障壁を展開し、結は武器を振り抜く直前さらに前方へ踏み込み、無傷で済むが、アイリス、カーディス、美佳、騏の四人はそうはいかなかった。
衝撃波の通った後は、アスファルトがめくれ、地面がむき出しになっている。
障壁の展開が間に合わなかった美佳だったが、彼女はまだマシな方だろう。強力な魔法耐性でさしたる傷は負っていないが、他の四人は不味い。
立ち位置を考えていた雪だけが、至近にいながら、わずかに狙いがそれており無事だった。
完全に間合い外から射撃していた逸治は、その強力な一撃に身の毛がよだつ。立っていられるのは、銃のおかげと言っても過言ではないだろう。
初手の失敗。これは大きい。戦局は、いきなり不利な状態から始まる。
●
残った一体は、最接近していたチルルの方へ向かう。
「さあ、あたいと勝負よ!」
衝撃波を受け流したチルルが、威勢よく構える。
その構えを見て取ったミノタウロスは彼女が堅固な防御を有していることを悟ったのか、武器をがむしゃらに振るってきた。
「わ、わ、ちょっと、待ちなさいよ!」
―――ギ、ガ、ギャリン!!
数合、打ち合う間もなく、フランベルジェが衝撃に耐えきれずに半ばほどから折れる。ほとんどの勢いを殺し切れたが、これは拙い。
「受けるより、避けた方がマシね!」
武器をエペに持ち替えると、構えを回避主体に変えて挑みかかる。
一方で、雪は敵の動きを見て、可能な限り射程外に出る。まともに狙われれば一撃ももたないだろう。頬を掠めるほど近く、横を過ぎ去っていった衝撃波を見てそう思う。
だが、どんなに射程外に逃れようとも、敵の移動範囲を考えると、まったくのリスクがないわけではない。それでも、危険を圧して進まねばならない時はある。
ギ、と弓を引き絞り、鋭い矢を放つ。
『ヴモォオオオ!!!?』
その矢は、敵の防御を潜り抜け、的確に眉間へと突き刺さる。頭を振り被り、痛みに耐えているようだ。
残りのもう一体。結がタウントを使って、気を引く。
怒りの形相を見せ、鋭い二連撃を放ってくる。
結は防御陣を張るも、敵の鋭すぎる攻撃に間に合わず。
「くっ……」
正面から、切り裂かれてしまう。だが、それに耐える。とてつもない暴力に身をさらされながらも、彼女は地に足を付けてしっかりと立っていた。
そして、よく見れば、敵の動きは鈍い。さすがに、初手の全面攻撃が効いているか。
「……Distruga-le pe toate……」
アイリスの目元をバイザーが覆う。解放したアウルの力をそのままに、紅色の大剣を真横に薙ぎ払う。ミノタウロスはそれを避けようとするが、間に合わず。巨大な腕を横一文字に切り取られ、クレイモアはさらなる赤をその刀身に刻みつけることとなった。
続け様、逸治のスナイパーライフルから放たれた弾丸が、頭部を綺麗に貫く。ぐらりと傾くその体へ、カーディスが射撃を放つも、これをぎりぎりのところで避ける。
まだ、息がある。
完全に息の根を止めるべく、美佳が魔術書を媒介に、強大な魔力を迸らせる。雷撃に貫かれたミノタウロスは、ついにその巨体を沈めたのだった。
敵の距離を離すまでもない、怒涛の猛攻。あっという間に一体を屠りさる。
刹那の安堵。残りは一体だ。
しかし、結へ巨大な斧が振り下ろされる。
「ぐっ……!?」
メキメキと鈍い音を立てて、骨の砕ける音が辺りに響く。周囲へ鉄の咽る様な香りが漂った。
結は吹き飛ばされ、地面を転がったところで、ようやく止まる。
起き上がる気配はない。
『ブモォオオオオオ!!!!』
ミノタウロスが吠える。
タウントの効果が掛かっていたのか。
敵の配置などを考えた上で使わなければ危険な技だ。
「ちょっと、あたいを無視するんじゃないわよ!」
引きつけていたはずの、チルルだったが、タウントの効果には敵わなかった。無視された上に仲間を傷つけられた怒りを残ったミノタウロスへぶつける。
それを避けるミノタウロス。意外に敏捷でもある。
だが、その隙を突いて、後背から騏が、パイルバンカーを撃ち付ける。胴に、思いっきり突き刺さる杭。そのまま、衝撃で吹き飛ぶ。だが、その傷を物ともせずに、振り返った。
「……くそ、こんなんじゃ、足りねぇ!」
目をぎらつかせながら、再び敵へと向かう。
一体はほぼ無傷で残っており、前衛の一人がダウン。なかなかに気を許せない状況だ。
●
雪が弓を引き絞り、矢を放つ。それを斧であっさりと弾き飛ばし、続く逸治の弾丸を避ける。
「闇よ……覆い尽くせ!」
カーディスの目隠しの術も不発に終わる。射線上からいつの間にか姿を消している。
巨体からは考えられぬほどの、凄まじい反射速度。もう少し連携に気を使った方が良かっただろうか。
吠えながら、迫りくるそこへ、アイリスが血色の大剣を叩きつける。
肩から食い込むように、深々と突き刺さるが、それを物ともせず突進してきた。
グと敵の腕が下がる。
それを見て、騏が斧目掛けて、杭打ち機から杭を放つが読まれていたのか、あっさりと武器に弾かれる。手が痺れている様子はあるが、止まるようには見えない。
振り下がった敵の腕がブンと音を立てて、巨大な斧と共に振り回される。
近くにいたチルル、アイリス、騏が巻き込まれてしまう。
全員、その速度に反応できず、衝撃波と共に吹き飛ばされた。剣から手を離すように、アイリスは血を撒き散らしながら吹き飛ばされ、騏は受けたパイルバンカーもろともに受けた腕を粉々にされる。
「くっ、痛いわね……!」
吹き飛ばされ砂利を踏みしめながら、何とか立ち上がれたのは、チルルだけだ。
今回の敵はサーヴァントだ。阿修羅で前に立つのはきつい。それでも、初撃さえ避けていればといったところか。
突進してくるミノタウロスを美佳の雷撃が止めるが、掠っただけか、ダメージを与えられている様子はない。
「後、できて一撃ですかね……」
「そうね……」
銃から強力な武器―――ツヴァイハンダーFEに持ち替えたカーディスがチルルに言う。口元についた血を拭いつつ、チルルが武器を構える。そう、撤退のことを視野に入れるならば、後一撃だろう。
「こちらも準備はできています」
魔道書をペラペラとめくり、美佳も準備を万端にする。雪もまた、弓を引き絞ってそれに応える。
遠く逸治もスコープ越しに敵を覗く。次は外すまいと、ひたすらに集中する。
ミノタウロスもまたそれに呼応するかのように気を高めていく。
彼の敵が吠えたのが、開戦の合図となった。
突進してくるミノタウロスへチルルがエペを突きさし、それでも止まろうとしないミノタウロスへ、カーディスが大剣を突き立てる。ようやく止まったそこへ、逸治の銃弾と雪の弓による射撃が突き刺さる。
同時に、とてつもない雷撃がミノタウロスを焼いた。
一帯に焦げくさい臭いが充満したかと思うと、沈黙。
大量の血を撒き散らしながら、ミノタウロスの動きが一瞬だけ止まった。
『ブモォオオオオオ!!!』
しかし、次の瞬間には、凄まじい咆哮を上げて二連撃を放つ。傍にいたチルルとカーディスへ、それぞれ一撃ずつ。エペでいなすも、チルルに深々と突き刺さる斧。それをあっという間に引き抜くと、次はカーディスへその斧が突き立てられる。避けようとするが、凄まじい斬撃を避けきれず。
鮮血を散らしながら吹き飛ばされると、そのまま滑って行く。グッと力を込めて、立ち上がろうとするが、ガクリと膝をついてしまった。
これ以上は危険か。自身の傷を癒しつつ、チルルはそう判断する。
敗因は何か。理由としては多岐にわたるかもしれないが、恐らくは、先手に打って出た際のミスが大きいだろう。戦局の多くは序盤で決まるといっても過言ではない。
今回の例も多聞に漏れず、そのような結果となってしまったのかもしれない。
「撤退よ! これ以上は、こっちに死者が出かねないわ!」
前衛四人が倒れたことで、チルルが撤退を促す。
敵の猛攻を、武器を何度も壊されつつも、受けて凌ぐ。その隙を見つつ、雪は撤退に移ろうとするが、敵の攻撃範囲も厄介だ。範囲に巻き込まれないようにして、傷ついた結とカーディスを確保する。
「ハァ、ハァ……鬱陶しい牛ね!」
チルルが斧を弾き、己の血煙の中でも意識を反らさずに粘る。自身の傷を癒しつつ、ただひたすらに受けへ回る。
十数合ほど打ち合っただろうか。ようやく、撤退の準備が完了する。すでに、彼女も満身創痍、武器のほとんどを砕かれてしまったが、無事だ。
彼女の頑強さがなければ、撤退も危うかったか。ともあれ、何とかその場から逃げだす。
追いかけてくるミノタウロスを全力で振り切り、全員はその場から撤退することに成功したのだった。
●
依頼後、怪我の治った結はシルヴァリティア=ドーン(jz0001)に報告がてら質問に行った。強いて言うならば、ちょっとした興味からだ。
「あれを一人で倒せるかって……?」
「えぇ」
「九分九厘、無理かな……」
報告によれば、相当にタフだったらしい。1対1、奇襲が決まったとしても、五分に持って行ける保証はどこにもない。
初手で、マジックスクリューが決まって、と呟いたところで彼女は考えるのを止めた。それは、仮定を含むし―――きっと無意味な思索だから。
「個で勝てないから、集の力で。それが私たち撃退士よ……」
一人で勝てる天魔などそうはいない。
まして、今回は実力的に高い八人がかりで敗れ去った相手なのだ。
残った一体を撃破するのにどうすれば良いか。
それは、誰にも分からない……。