夜の帳は降り。廃墟は、暗闇に包まれる。
月明かりがなければ、街灯もないこの場所は、完全な暗闇と化すだろう。
そう、人の目では到底に見切れないほどに。
「無明の闇に潜むモノ、か」
敵を把握し切れていないのが厄介だと、リョウ(
ja0563)は思う。
分かっているのはスケルトンがただいるという事実だけ。しかも、こちらが明りを付けるとそれを狙ってくると言う。
「厄介ですが、ぜひ解決したいですね」
憧れのシルヴァリティア=ドーン(jz0001)経由の依頼だ。レイラ(
ja0365)は何としてもこの依頼を解決したいと思っていた。
「不確定要素が多い上に状況はこちらが不利だね。油断しないでいこう」
「えぇ、色々とこちらに不利な状況ではありますが……必ず打破できるはずです。頑張りましょう!」
桜木 真里(
ja5827)の言葉に、神城 朔耶(
ja5843)が強い返事を返す。
八人の撃退士は、わずかな月明かりを頼りに闇の中を進んでいった。
●
道中、明りを付けていなかったためか、敵と遭遇しても逃げない。だが数は少なく、ナイトビジョンを持った三人により先に発見され、鎧袖一触に蹴散らされる。確かに、情報通り、どこからか敵は攻めてきている。
禍根を断たなければ、この敵は延々と湧き続ける。前任者たちもそこまでは理解したのだろう。
そして何度か、交戦した後。
「この辺りからかしらァ」
ナイトビジョンを付けていた黒百合(
ja0422)が完全な闇を見つける。
そこはビルの跡地。崩れ去ったビルの上階は、下階に月明かりも届かぬ黒を作っていた。
「視界はゼロに近いか……」
遠くから見ただけでも、中津 謳華(
ja4212)は理解する。この先が、本当の闇であることを。
そして、ここに敵が潜んでいることを朔耶が生命探知で確認する。
「敵の数は……10以上でしょうか……」
多い。だが、交戦してきたスケルトンはまともにやり合えば、このメンバーならそこまで大したことはない。ただ、まともにやり合えるかどうかは話が別である。
なぜなら、この先は闇。視界も塞がれるだろう。
「暗闇の中のスケルトンなのか、はたまた闇が形を取ったのか」
興味深い、とグラン(
ja1111)は呟く。
「どちらでも良いさ。深い深い暗闇でさえ……食い千切って見せる」
だが、その困難を赤坂白秋(
ja7030)は愉しみと捉える。ここから先は、戦いの愉悦に身を任せても問題はない。そう思うと、思わず笑みが浮かんでくる。
できれば、レイラは周囲を探索しようと思ったが、周囲は瓦礫で埋まり、入口はその一つしか見当たらない。まるで、洞窟のようにぽっかりと口を開けているのだ。ビルのフロアマップも見当たらないと来る。
これは突入するしかないだろう。
●
まずは、謳華が阻霊符を貼り、ナイトビジョンを持つ三人が侵入する。
音もなく、入っていく黒百合。己の気配を断ち、まずは敵を確認する。ナイトビジョンは確かに働き、敵の姿を確認する。奥にスケルトンが9、入口付近に2。
そして、良く分からない宙を蠢く黒いナニカが6。
(あはァ、丸見えよォ)
瞬間、掻き消えるようにして、黒百合は最奥の敵へ近づく。恐ろしいスピードだ。
その黒いナニカを巨大な鎌で斬り裂く。その様はまるで死神か。
一撃の元、霧散する黒いナニカ。そこまで強くはないのか、はたまた彼女が強すぎるのか、それは分からない。
だが、直後、朔耶が足を踏み入れた瞬間。
(ナイトビジョンが……!?)
(故障……?)
三人のナイトビジョンに誤作動が起きたかのように、視界が暗くなる。
と、同時に、朔耶と黒百合めがけて、矢が正確に飛んでくる。リョウは気配を断って侵入したため、二人が狙われる。闇夜からの奇襲で、回避は厳しい。
計二発ずつ。
「くっ、つぅっ……」
腕に、胴に矢が刺さった。黒百合は対してダメージを受けなかったが、冥府の力か、朔耶に相当の傷が広がる。
だが、耐える。ギリギリのところだが、朔耶は何とか持ちこたえた。
「大丈夫か!?」
「はい、何とか……」
白秋が声を掛けながら、その音を鋭敏に知覚する。すなわち、遠距離攻撃の数は4。
自身の傷を癒しながら、朔夜は次の攻撃に備えておく。
そこから、残った五人は侵入した。
途端、そこには暗闇が広がる。まともに、知覚することは不可能だろう。
それぞれ、己の策を使う。視覚が封じられるのであれば。
レイラは芳香剤を撒き、グランは己の位置を見失わないよう、香水を撒きつつ歩を進める。嗅覚を使っていく。
さらに、敵の知覚材料を見つけるべく、真里がそっとカイロを置き、足元の小石を離れたところに投げる。しかし、それには反応せず、剣を持ったスケルトンは正確にこちらへ向かってくる気配がした。敵の知覚手段は、恐らくインフィルトレイターの夜目に近いソレか。その情報を仲間に伝えると同時。
「中津! 3時方向から来るぞ!」
剣の風斬り音を聞き取った白秋のとっさの声で、辛くも謳華は敵の攻撃を回避。
ザンと、剣が土に刺さる音が響いた。
その眼前で構えをとる謳華。
「見えようが見えまいが、捕まえれば問題あるまい?」
彼の言うことは正しい。目の前には敵がいるのだ。それさえ分かれば今のところは十分。
光纏の黒炎が消え、瞳が緋に染まる。さらに、拳がアウルの力によって加速し、牙となって、スケルトンを襲う。
「中津荒神流に肉迫とはな……その愚考を後悔させてやろう」
何とか、盾を割り込ませたものの、バキバキと音を立てて、骨の砕ける音が響く。一撃で、致命に近い傷を負わせただろう手応え。
味方のマーキングの位置、それに敵の移動する音で、白秋はスケルトンのおよその位置を把握した。黒百合を厄介な敵と見なしたか、多くはそちらへ向かっているようだ。
「黒百合、気を付けろ! 3時方向より敵数3、5時方向より敵数1だ!」
「了解よォ」
その場から一時撤退しようとする。しかし、体の動きが途端にガクリと鈍る。
知覚不能だったが、いつの間にか、謎の攻撃を受けていた。恐らくは、撃退士たちが警戒していた第二の敵、黒いナニカによる攻撃だろう。
このままでは不味いかと、夜光塗料表示の機能の腕時計を投げつけ、一時撤退する。
淡い燐光だったが、それ目掛けて矢が飛ぶ。その隙に、瓦礫の山を飛び越え離脱する。だが、最初ほどの素早い動きではない。視界の融通も利かない上に、足が鈍る。中央付近で、剣を持ったスケルトン二体に捉えられた。
だが、その二撃を回避。剣が貫いた物は、彼女が捨てた戦闘服。
彼の有名な空蝉の術で窮地を乗り切る。
その間に、レイラがほとんどの骨を砕かれたスケルトンの一体を蹴り砕き、完全に止めを刺す。
リョウは、使えそうになくなったナイトビジョンを見る。恐らくは、敵の魔法か何かか。初めよりも闇が濃くなっているように感じる。自身の視力が暗闇に包まれたことによるものか。これでは、ナイトビジョンも使えそうにない。
だが。
「赤坂! 黒いナニカは動いた様子があったか!?」
「いや、ねぇ! 動くような音はしなかった!」
一瞬だけ確認した敵の位置は、把握している。
第六感のままに先端から刃を噴きだす魔杖を振り抜く。
手ごたえはないが、確かにそこに何かがいる気配はする。避けられたか。
敵の弓を引き絞る音が響く。
そこへパッと灯る光。
矢がそちらへ、飛んでいく。
しかし、その矢はすべて地に刺さる。
(ふむ、上手く行きましたか……)
グランの策だった。コート内で上手く反射させた光を壁に映し出す。そこ目掛けて、敵は射撃をしてきたようだ。
射撃の飛んできた方向へ目掛けて、雷撃を放つ。一瞬の光で、弓を持ったスケルトンが蒸発する。遠距離攻撃の正体は、ただの弓を持ったスケルトンだった。想像の範疇内で、面白くないとグランは思う。
グランの策は巧みだ。これで、一撃は弓による射撃を反らせた。とは言え、ずっと使うには良い手とは言えないだろう。
その光が、黒いナニカを捕えた瞬間、ザザザッと音を立てて天井を蠢く。
光から逃げる性質を持っているのはこいつだろうか。
「逃がしゃしねぇぜ?」
だが、そこへ、白秋が聖なる力を宿した弾丸を放つ。闇へと吸い込まれるように、アウルを宿した弾丸はナニカを貫く。直後、その闇が消え去る。
残り黒い影の数は4。だが、ナイトビジョンはまだ使えそうにない。早急に倒さないと不味い敵が多いのは間違いないだろう。
現状、戦場の地図を頭に描き切れているのは白秋だけ。それも、完璧にとは言い切れない。敵のおよその位置がつかめているだけだが、ないよりは遥かに良いか。
真里も、敵の気配から位置を探ろうとするが、判断基準に乏しい。
「赤坂さん、どこに敵がいるか分かりますか!?」
「桜木から見て、二時方向だ!」
「赤坂様、術者はどこに……?」
「わりぃ、神城の位置が分からなくて判断できねぇ! ただ、動いた気配はねぇ!」
必然、白秋への負担が大きくなる。
指示を出しつつ、敵の位置を把握し、脳内でそれを動かしていく。負担が大きく、攻撃するどころではなくなってくる。
真里の攻撃は避けられてしまい、朔耶は敵の位置を掴みきれず。なかなかに状況は厳しい。
●
リョウは黒い影へ攻撃して気配を悟られたことで、敵に狙われる。
ガクリと足が鈍る。
次いで、迫る風斬り音。見えないながらも、一撃は回避。しかし、闇夜の右、左から迫る一撃までは回避し切れず。
「ちっ!」
まだ、傷は浅い。術者の位置が割れている内に、何としても撃破しておきたい。これが最後の機会とばかりに、魔杖を振るう。
何かに当たる手応えがするが、確実に浅い。
振るう杖から噴き出す刃への抵抗感は強い。魔法に対する抵抗力は物理に比べるそれとは比べ物にならないのか。
再び、攻撃が迫る。これ以上、単身で奥にいるのは不味いか。そこへ、明りがパッと灯る。
黒百合がペンライトで周囲を照らす。一瞬だけだが、敵の位置を掴む。そこへ弓を引き絞る音が聞こえた瞬間に、ペンライトを投げ捨てる。
やはり、そこ目掛けて矢が飛んでいく。矢を持ったスケルトンは、光を集中する性質を持っているのか……。
ともあれ、明りがリョウを照らした瞬間だけ、明滅していたような視界が戻り、ナイトビジョンでしっかりと視界が確保される。
どういうことか、悩んでいる間に、再び闇が訪れる。いや、今はそれよりも敵の位置を把握できたことだ。
「はっ!」
リョウと黒百合が、二人がかりで影を引き裂く。残り数3。
そこへ、ザザッと敵の走る音が響く。
「レイラ、中津、来るぞ! 12時方向だ!」
「来ると分かってさえいれば……!」
レイラの近くで、敵の気配。不意打ちは避けられそうだが、闇夜のせいだけではなく、敵の攻撃が分かりづらい。
スッと剣閃が奔った時には、もう遅い。パッと鮮血が散る。
「くっ……ですが、この程度……!」
耐える。後、二撃は持つか。
カウンター気味に、斬撃を叩きこむも、回避されてしまう。この闇の中では分が悪い。
●
周囲からは、濃密なほどの敵の殺気と気配。いつの間にか、前衛付近に剣を持ったスケルトンが密集していた。
「ここを通すわけには……!」
朔耶が前に出る。回避は難しいかもしれないが、生命探知で敵のおよその位置は掴めている。一撃を回避するが、二撃目、三撃目を受けてしまう。
そこまで強くはないものの、数が多い。矢傷を受ければ、危ないだろう。
「早く術者を倒しませんと……」
焦るも、再び、自己回復に移る。盾にはなれているが、敵の撃破には向かえそうにない。
そこで、グランが二個目の策を使う。
今度はペンライトを床に投げ、糸で操る。矢による射撃を、二発は回避し、三発目で破壊される。だが、十分か。射撃の気は引けた。
続け様に、毒霧を発生させる。味方が巻き込まれないよう、奥の方へ。
手応えはかなりあった。範囲攻撃ならば、暗闇であろうと関係なく。
剣を持ったスケルトンの多くが毒を負う。
さらに、敵は前へ出てくる。
迫る斬撃を真里はマジックシールドで受け、そこへ影で象った魔手を放つ。一匹が捕えられたそこへ、謳華が再び強烈な一撃を放つ。
毒もあってか、一撃で粉砕されるスケルトン。強力だ。
レイラも負けじと周囲を蹴りで薙ぎ払う。周りは敵に囲まれ始めている。ならばと、逆手に取る。
二体は外れるが、一体に命中し衝撃で相手をよろめかせた。
白秋は変わらず、指示を出し、敵を追い詰めていく。
そして、黒百合が四体目の影を屠った時だ。明滅していた視界が、パッと戻り、ナイトビジョンによる視界がクリアになる。知らぬ間に、敵の攻撃範囲に入っていただけなのだろうか。
分からないが、これでまともに戦える。
朔耶はナイトビジョンを確認し、黒い影を狙う。魔弓から放たれた光の矢は、聖なる力を持っていたが、それでも影は蠢いている。どうやら、魔法に対する抵抗力は極めて高いようだ。
だが、耐えても続くリョウの一撃には耐えられず。5体目を倒した時には、ナイトビジョン班の視界はほぼ遮られなくなっていたと言っても過言ではない。最奥右手と、中ほど左手に1体ずつ残っているが、ここまで来れば、さしたる障害でもないだろう。
ここからは、一方的な殲滅戦の始まりだった。ナイトビジョンを持った3人によって、残った影は殲滅され。スケルトンたちは、あっという間に、白秋の指示の元、5人に狩られていったのだった。
●
闇の中から、光のある世界へ。戻ってくる。
「本当に、厄介な敵でした……」
傷を多く負った朔耶が少し疲れた様相で、ビル跡地から出てくる。盾を続けるというのも相応に身を削る。
「あそこまで、狙いが付けにくいなんてね……」
想像以上に攻撃が当たらなかったことを真里が悔やむ。真正面から何も考えずに向かっていれば、逆に手痛いしっぺ返しを受けていただろうことが想像に難くない。
「とは言え、今回の影は、興味深い相手でした」
影の敵―――シャドウのレポートをまとめつつ、グランがそう言う。
闇に包まれた敵を倒し、明りを灯して、八人は一息吐きつつ帰還するのであった。