試験数日前。図書館の前に、25人の生徒たちが集まっていた。
シルヴァリティア=ドーン(jz0001)が皆を前にして告げる。
「集まってくれてありがとう。今回は、この図書館一室を貸し切りにしてもらったわ」
学園内に点在する一つの図書館。小さい場所とは言え、そこをわざわざ貸し切りにしてもらったらしい。時折、本を借りに生徒が来るかもしれないが、勉強する場所は、この人数分で確保してあるとのこと。
「それでは、始めましょう」
そう言って、試験勉強は始まる。
●
早々に皆が、席を決めていく。場所選びも重要だろうか。
友人の隣、自分の勉強しやすい環境。そういうものがある。
窓際の位置を取ったのは、神埼 煉(
ja8082)と朱史 春夏(
ja9611)だ。
昔から、窓際の位置が好みの煉は真っ先にその位置を選んだ。
教師になるという夢のため、勉強は得意だ。しかし、その中でも、理科、数学と言った理数系は苦手傾向にある。大学ともなれば専門的な分野となり、必要ではないが、少なくとも高校生範囲くらいは抑えておきたい。
静かな曲が音楽プレイヤーから耳に入る。これも、彼のお気に入りだった。こうすれば、周りの音を気にせずに勉強へ集中できるから。それに、歌詞のない音楽は頭を活性化させる。
今のところは、未だに夢で止まったまま。それを叶える為に知識を吸収する。
「……次」
教師を目指す青年は、苦手と言う割にはすらすらと数学の問題を解いていた。
その前、春夏はそっと窓の外を眺める。
雨でも降っていれば、自分としては勉強が捗る。しとしとと響く雨音が耳に心地いいのだ。
ただ、生憎と天気は晴れである。これはこれでも、良いがと思い、洋書を開く。特に苦手科目もない彼は、のんびりと勉強するか人に教える予定だった。
読み続けている内に、ふわと欠伸が漏れる。残暑が厳しいとは言え、図書室は冷房が調節されて涼しく、当たる陽光は春のそれを思わせる。
(ま、寝ても問題ないか……)
ドイツ語レシピ本たる洋書の内容を英語で記入していたノートへ、鉛筆を落とし、軽く睡魔に身を委ねる。想像以上に心地よく、気付けばすぐに眠りに入っていた。
●
シルヴァリティアの姿を見て、魔女の末裔―――エリス・K・マクミラン(
ja0016)はすっと手を伸ばす。
「はい? 何かしら?」
「この土佐と言う国から京に帰るまでを綴った日記の文学についてなのですが、詳しく解説しているような本は無いでしょうか?」
「土佐日記ね。あちらの、古典文学の棚に置いてあるわ……。解説が気になるのなら、あちらの棚の上から三段目に解説付き現代語訳されたものも置いてあったかしら」
なるほどと、目を見張る。どこぞのすちゃらか魔女(これ以上言うと報告官の首が飛ぶので言わないが)とは違い、銀の魔女と呼ばれる彼女は図書館にかけて右に出る物はいないだろう。頼れる先輩に礼を言うと、目的の棚の場所へ歩いていく。今からは、勉強しなければならない。特に苦手な国語と社会を。外国人たる彼女からすれば、異国である日本の古典文学、社会通念から苦手意識を取り去ることはできなかった。
「天魔と密接な関わりのある書架はないか?」
シルヴァリティアに続けてそう聞いてきたのは、影野 恭弥(
ja0018)だ。
「例えば、ソロモン72柱や、天使などに関わる書だ」
ソロモン72柱が一柱フロウラスは有名だ。あれと渡り合うためにも彼の者らがどのような形で伝えられ、伝承と等しく、あるいは歪曲されているのかを知りたい。そう告げる。
「知ることは大切よ。でも、それに振り回されるのは駄目だわ」
彼女の言葉と共に、その本のある場所が指さされる。
「礼を言う。ついでと言っては何だが、日本の伝記のようなものも頼む。京都に四神というのが現れたからな」
それなら、中国のものも薦めるわと言い、シルヴァリティアが本棚の場所を告げる。そうか、と恭弥は冷静に返し、その場へ向かって行く。
「よぅ、銀の魔女さん」
「どなたでしょう?」
「カルム・カーセス(
ja0429)ってもんだ。一つ、よろしく頼む」
尊大な口調で話し掛けてきたのは、カルムだった。
何故、魔女なのか。単にダアトだからなのかと問えば、ご明察とのこと。
何だ、つまらねぇと返し、お勧めの魔術書を尋ねる。
「できれば、ここにしかないようなもんだ」
難しいわねと答えるシルヴァリティア。今回は、勉強に関連した書架の多い場所を選んでしまったのだ。魔術書と言えば、あの一角に数冊ある程度で、読んだことのあるものかもしれないとのこと。
「ま、構わねぇよ。お疲れさん」
そう言って、フラッと立ち去る。
蔵書の紹介はひとまず終わったかと、ほぅと息をつくシルヴァリティア。後は。
「初めまして、シルヴァリティア先輩。レイラ(
ja0365)と申します。今日はご教示願いたく思いまして」
「シルヴァリティアよ、よろしくね」
勉強会の方にも専念せねばなるまい。
●
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は、一先ず、国語の評論文を読んでいた。特にこれと言った科目が得意、苦手という訳でもない。適当に選んだのが国語だったというだけだ。
勉強が得意と好きは違う。コツなどは知っているが、それを進んでやるのが好きかと問われればそうではないルーナ(
ja7989)だった。
でも、とりあえずは頑張るしかない。
日本語が外国語な人間は多い。ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)もそんな一人だ。
(苦手な科目はしっかりと勉強しておかないとね)
彼女にとって、国語は外国語に当たる。意思疎通や会話の分には問題ないのだが、文章の端々から意訳を掴み取る作業となると話は別だ。そうなってくると国語は高難易度なのだが、日本における国語は日本語なのだから仕方がない。
短時間で集中すし、適度に休憩をとりつつ続けていく。
外国語は、日本語以外の選択言語だ。
だからと言って、スワヒリ語なんて取ったのはルーナくらいなものだろう。
というか、よくあったな、そんな言語選択。
自分でもなぜ選択したのか良く分からない。そもそもアフリカに行く機会などあるかどうかすら不明だ。
だが、選択した以上はやるしかない。
「ジャンボ! ジャンボ!」
挨拶らしい。発音しつつ、練習するが、ここは図書館だ。じろりと、図書委員に睨まれる。
「ジェットじゃない……ジャンボ!」
その視線に気付かず繰り返し続けるルーナ。
ついに、図書委員が動き出した。
「静かにしてください」
「はっ! ポレ! ポレ!」
「何言ってるんですか……」
謝っているつもりなのだが、それはスワヒリ語だ。図書委員には通じない。
「とにかく、静かにしないと摘まみだしますよ……」
はい、と。さすがに摘まみだされるのは嫌なのか、頷くルーナであった。
そんな風に、僅かながらうるさくなった中でも、牧野 穂鳥(
ja2029)は黙々と勉強を続けていた。集中するタイプなのだろう。脇目も振らずに、一心不乱で理科―――特に化学を続ける。
自分は文系脳だということを理解している。友人たちに教わっていたのだが、あまりに頼り過ぎるのはしのびなかった。そういうわけで、一人、この勉強会に参加したのであった。
だが、一人では限界がある。ふと詰まったところで、どうしようもなくなった。
辺りを見回してみれば、ちょうどシルヴァリティアとレイラの二人の姿が見える。そういえば、教える役だったかなどと思いつつ。聞いてみることにしようと考える。
一方で、レイラはシルヴァリティアに付きっきりで聞いていた。
勉強のコツとか知っているだろう、と。
試験勉強は難しい。どのように他の人が勉強するか。それを知る良い機会だと思って参加はしたのだが。
他にも、気になることが。
「シルヴィ先輩の恋愛観ってどんな感じなのでしょうか?」
「恋愛観……?」
「えぇ、そうです」
憧れの先輩なのだ。どんなことでも、深く知っておきたい。そう思えてくる。
シルヴァリティアは、かくりと首を傾げた後、ぽつぽつと話す。
「うーん……物語のような恋が好きかな……でも、現実はそうでもないと思うわね」
「なるほど……」
何か、ちょっと勉強からずれている気もする。
今なら大丈夫かと、穂鳥は向かおうとするが、初対面ということもあって、やや緊張気味だった。
「あ、あの。よろしければ質問させていただきたいのですが」
「えぇ、構わないわ……」
こくりと頷きつつ、シルヴァリティアは快諾する。ほぅと一息つきつつ、しかし、無表情のシルヴァリティアを見ていると、やや控えめにならざるを得なかった。
「えぇと、この辺りなのですが……」
「有機化学ね……この反応は……」
スラスラと知識を呼び出すシルヴァリティア。ふむふむと頷きつつ、穂鳥は解を得る。
答えを教えてもらった後、礼を述べる。これで何とかなりそうだ。
●
「この豊富な蔵書の中に、テストの過去問は御座いませぬか!?」
「過去問くらいなら、あっちにあるんじゃないですかね」
「え、あるで御座るか!?」
図書委員に聞いてみた虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は予想外の答えに仰天する。まさかのまさか、だ。そんなものがあるのなら、是非とも拝謁したい。
探し出すこと、数分。
でかでかと背表紙に、久遠ヶ原学園過去問(英語)と書かれた本が数冊。
おぉ、まさにこれではと宝物を発見した子供のようにはしゃぐ。
そっと開けてみるとそれは確かに、久遠ヶ原学園の英語の過去問!
「す、素晴らしいで御座る……!」
思わず、それに見入る虎綱。
先輩方の血と汗と涙の結晶だろうか。問題が写され、しっかりと答案、解説も付いている完璧な代物だ。
しっかりと勉強する分には、それ相応の待遇が待っている。それだけは確かだった。
その過去問を大事に小脇へ抱える。
思わぬ収穫にリア充の存在など矮小たるものだと、今なら感じられるほどだ。いや、周りに恋人的なリア充なんていないが。
とにもかくにも、ほくほく笑顔で机へと向かって行く虎綱であった。
ちなみに、この図書委員が虎綱の傍に行って対応している僅かな間。
ごそごそと図書準備室へ忍び込んでいく影があったのだが、その正体に皆が気付くのはもう少し先の話。
●
ぐ、と軽く伸びをして、黒百合(
ja0422)は凝り固まった体をほぐした。
(図書館ねェ……まぁ、ちょっとは真面目に勉強しておきましょうかねェ……)
あまり真面目に勉強する気はそこまでなかった黒百合だったが、折角の機会ということで、自身のテスト範囲を再確認していた。
その近く、くるくるとシャープペンを回しつつ、亀山 淳紅(
ja2261)は音楽に身をゆだねながら、勉強を続ける。
最初は試験に出そうな本を読み漁っていたが、飽きた。音楽に関係しない以上、基本的に嫌いなのだ。
とは言え、まったくの無勉強という訳にもいかない。音楽大学へ進むつもりだった身としても、最低限の学力は保持しておかなければならないのだから。
結局のところ、落ち着いた先はミュージックプレイヤーで洋楽を聞き、それを書きおこし更にそれを和訳するという英語の勉強法だった。
これならば、少なくとも音楽に関係することだから、集中することができる。
何度か聞き直し、歌詞を書きこみ、それを和訳していくが、音楽の歌詞というのは自由な表現が多い。堅苦しい英語の直訳よりも少し砕けた訳の方が耳に良いだろう。
それを考えつつ、訳していったところで、少し詰まる。
どちらが良いか。
「……む、すんません、ここの和訳どっちが綺麗に聞こえます?」
音楽プレイヤーを外しつつ、淳紅がシルヴァリティアへ質問する。
軽く息を吐きつつ、シルヴァリティアは淳紅の質問に向き直る。
どちらが良いかを悩んでいるその傍に忍び寄る影。
「………!?」
声なき声を上げて、シルヴァリティアが飛びあがる。
「うふぅ、こちょこちょ」
「な、何をするの……」
「シルヴァリティア……じゃ長いわねェ。どんちゃんで良いかしらァ?」
背後に忍び寄っていたのは黒百合だった。
「どォ? ちょっと休憩しないィ? 身体をリラックスさせて、減った糖分を補充するのも勉強の一つよォ」
一理ある。
だからと言って、脇腹をくすぐるのは如何なものかとシルヴァリティアが抗議するも。
「あはァ、これもリラックスの一つの手段よォ」
相変わらず、こちょこちょと脇腹をくすぐる。
(ふむ、少しくらいは手伝うか……)
その様子を一人黙々と勉強していた秋月 玄太郎(
ja3789)は見ていた。
周りのことなど、どこ吹く風で勉強していた玄太郎。
別に、彼がぼっちであるとかそんなことでは決してない。ないはずである……。
もちろん、誰とも今までに会話がなかったわけだが。
基本的に誰かと群れることを良しとはしない彼であるのだ。
いや、今はそれより。バラバラな教科を一人で教えているシルヴァリティアを見て、少しくらいは手伝っても問題ないかと思ったのだった。
●
と、そんな折、唐突に奇声が聞こえてきた。
「うひゃ〜!!」
すごい音量に、思わず耳を塞ぐ者もいたほどだ。
一体、誰がとも思うが、周囲にそんな者はいない。
音の発生源はどこか。
図書館の準備室の方からだ。
シルヴァリティアと、図書委員、それにとっさに動いた静矢がその場に駆け付けると、そこにはいつの間にか忍び込んでいた雀原 麦子(
ja1553)がいた。そう、あの図書委員が少し目を離した隙だ。
「あははー、見つかっちゃった?」
缶ビール片手にほろ酔い加減で気持ち良くなっているご様子。見つかっても悪びれる様子すらない。
何をしているのかと問いかけると、見ての通りよーと答える。
「勉強、勉強ー。ほら、宇宙姉妹って面白いわよね〜」
どう見ても、一人宴会中です。だって、チーカマとさきいかが傍に置いてあるし。
最近話題の、宇宙飛行士を登場人物とする映画にもなった小説を手にしている。確かに小説ではあるのだが、内容は娯楽物だ。積んであるものもライトノベルがほとんどで、正直、勉強になっているのか分からない。
沸々と静矢のいかりのボルテージが溜まっていく!
「あー、貴女がシルヴァリティアちゃんね。シルちゃん? ティアちゃん? どっちが好み?」
「えぇと、どちらでも……」
シルヴァリティアは驚き戸惑っているようだ!
「あ、チーカマ食べる?」
結果、静矢がぶちキレて、ハリセンが炸裂した。
「いったー! 何よー、ケチー! 減るもんでもないし、良いじゃないー!」
最後までどこか騒々しく、彼女は必死に抵抗したが、屈強な図書委員二名に小脇を抱えられ、生憎と退場させられてしまった。
なお、彼女はこの騒ぎのせいで減点対象となってしまっていたりする。凄まじい減点を食らって尚、彼女は未来に生きる。
はたして、進学できるのか……というより、する気はあるのだろうか。
以後、静かな環境が戻った。
一種の嵐だったのだろうと、皆もまた勉強に戻るのであった。
●
自分は医者になるんだ。小さいころからそう思っていた。
だが、天魔がその事情を変えた。変えたと言っても、幸運にも龍崎海(
ja0565)からすれば大きく変わったわけではない。
ただ、一つの選択肢が生まれただけで。
しかしながら、二兎を追い続けるのは難しい。この一年、天魔との実戦にも出るようになった以上、勉強に取るべき時間がどうしても限られてしまっていた。
勉強をするとして、何をするか。理系は医療資格のため、常に勉強していたから問題ない。国語と社会は……まぁ、十分だろう。
それより問題は外国語だ。医者を目指す以上は、ドイツ語に英語が必須だろう。今回は英語に的を絞る。
するとすれば、英会話が好ましい。周りを見渡す。
そうすると、向こうから声を掛けてきてくれた。
「英語で、お困りかい?」
海は英語の本を持っていたので、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が気付いたのだろう。
まるで読書中だったかのように、本へ栞をはさみながら声を掛けている。だが、その本の内容は英語の小説だ。
読んでみると勉強になると薦める歌音。
「いや、できれば英語での会話を頼みたい」
リスニングとスピーキング、ね。と、歌音は答える。
英語のコツ。それは前から訳すことだと彼は述べる。単に問題として英語を訳すならば、およそ後ろから訳せば良い。
だが、英語を言葉として扱うのならば。前からこそが正しい手法だと。何が重要か、英語はそれを先に言うだけなのだ。
「とは言え、慣れが必要かな。今から言う英会話に対して、適当に答えてよ」
「分かった」
二人は英語で会話を始めた。
●
年端もいかない少女―――若菜 白兎(
ja2109)は健気だった。
実家から離れて暮らす彼女は、両親を心配させまいと良い結果を出せるよう勉強を頑張ることにしたのだ。
勉強会には一人で参加したのだが、偶然、依頼で一緒になったことのある犬乃 さんぽ(
ja1272)と再会し、流れのまま隣合う形で勉強することになった。
一方のさんぽだが、ニンジャ(忍者ではない)は勉強もできないと駄目だという信念の元、理科と数学に集中していた。なお、苦手な国語は何らかの手段を以て、教師陣と真剣勝負の予定らしい。真っ当な手段であることを望むが、それはさておき。
全教科進めるという荒業を行う白兎だったが、さすが普段から真面目に勉強しているだけあってか、問題集を卒なくこなしていく。
ただ、国語で詰まる。
きょろきょろと周りを見回してみるが、皆、頑張っている様子だ。邪魔をするのは悪い。そう思って、おろおろしていると隣から天からの恵みの如く助けが入る。
「どうしたのかな? あ、何か困ってるみたいだったから。良ければ力になるよ」
金色の髪がキラキラ輝いて、それはまるで、救いの女神のようで。
「さんぽ先輩……ここが分からないんです」
そう言って、詰まっている問題を指さす。
「んー、ここはこう考えてみたらどうかな」
「あっ……」
どうやら、答えに行きつくことができたようだ。その様子を笑顔でさんぽは見守る。
それから、時折、さんぽは白兎に教えつつ、自分の勉強を進めていったのだった。
●
友人同士、というのも悪くない。
桜木 真里(
ja5827)、天音 みらい(
ja6376)、空蝉 虚(
ja6965)の三人は、そろって勉強をしていた。
勉強も皆でやればきっと楽しい。そう、真里は思う。
みらいもまた、嫌いな数学を勉強しないといけないのだが、三人でやれば何とか楽しくやれるだろう。お菓子を食べながら、和気あいあいと三人は勉強する。
虚が数学のノートをみらいと真里に見せ、代わりに二人から外国語を、真里から理科を教えてもらう。社会が苦手な真里はみらいから、みらいの苦手な数学と理科は虚と真里が教える。三人で、持ちつ持たれつ。そんな関係だった。
「ちょっと資料探してくるね」
そう言って、真里が席を立つ。
資料、資料、と呟きながら、探していた折。
「あ、これ……」
ふと目に付いた魔道書。思わず、手に取り読みふけってしまう。
気付く間もないが、時は過ぎていく。
「お兄様、遅いね……」
「あぁ、どうしたんだろう」
「ちょっと探しに行ってくるね」
みらいもまた立ち上がり、虚はそれを見送る。
しかし、十分以上経ったと思う頃、それでもまだ帰ってこない。
(一体、どうしたんだ……?)
そう思うと、彼もまた席を立ち上がる。
少しだけ、本棚の間を見ながら歩いていくと、そこには小説を読んでいるみらいの姿があった。
「あらら、探しに行ったんじゃなかったのですか……」
呆れたように呟き、みらいを連れて真里を探しに行こうとする。
しかし、みらいはと言うと。
「もうちょっと、もうちょっと」
そうやって、小説のページをめくるだけで動こうとしなかった。
ハァと溜め息を吐きつつ、最終手段に出る。
「此処からお姫様抱っこされて戻るがいいか、自分で歩くかどちらが良いのでしょうか?」
そう言って、軽く手を掴む。
ドキリとみらいの心音が跳ね上がる。一瞬だけ、それも良いかとも思うが、いや、さすがに恥ずかしい。
「じ、自分で歩くよ、うん」
少し赤くなった顔を隠しつつ、そう告げる。
そんな二人の声に気付き、真里は二人の近くまで戻ってきていたのだが。
(二人の関係が変わる日も近いのかな)
こっそりと二人のやり取りを見て、そう思った。
●
「分詞構文……時間、原因などを表すとき……」
そう参考書を読みながらカクカクと舟を漕ぎ始める虎綱。過去問を見つけた喜びが大きかったのか、油断が生じていた。
「そこ、寝ない!」
「ひゃい、寝てましぇん!」
いや、寝てただろう。
ビシィと水無月沙羅(
ja0670)の教鞭が振るわれる。ビッシバシの鬼教官にしごかれているのはこれで何度目か。沙羅は溜め息を吐きつつ、彼を見張る。
さすがに、懲りてきたのか虎綱も参考書と過去問に集中し始めた。
「ふごぉ……分かんね……」
その傍で項垂れている二階堂 かざね(
ja0536)。
勉強なんて何のその。自分ほどの実力があれば余裕なのだ、と思い込んでいる可哀想な子である。
ちなみに、自分の欠点は外国語であると自負している。自負すべき点ではないが、ともかく。
つまりは、外国語さえ頑張ればぎりぎり進級できるはずなのだ。
しかし、何だこれは。ミミズがのたくっているようにしか見えない。参考書を眺めても、そう思うかざねであった。
とは言え、ここでくたばっては部長としての尊厳、そして、全世界のツインテールの皆様に申し訳が立たない。ツインテ=アフォの子の方程式など立証されてはならないのだ。
だが、今の彼女には決定的に足りていないものがあった。
そう、糖分だ。糖分なくば、お菓子部部長たる自分の脳味噌などガソリンのない車と同じ存在なのだ。
「お菓子が食べられない……頭に栄養が……」
その目の前にすっと差し出されるお菓子の山。ハッと飛びつこうとするが、スッと引き下げられる。
お菓子の前には沙羅の姿。
「勉強が終わったら、どうぞ」
「よ、よし、やってやる!」
やる気を見せるかざねだが、数分経つうちに意気消沈。
読んでも分からん。分からんもんは分からんのだ。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫に見えるなら、カルムさんの目は節穴ですね」
「やかましい」
容赦なくカルムから拳骨を貰うかざね。バカになったらどうするんですかーなどと反目するが、はたして。元から……などと言ってはいけない。彼女の尊厳のためにも。
「見てやるから、さっさと続けろ」
何だかんだ言って、気にはなっていたカルム。彼女に手を差し伸べて上げることにした。
もちろん、お菓子で釣りながら。
●
そして、数時間が経ち、日も沈み始め周りが赤く染まり始めたころ、勉強会は終わりを迎える。
疲れた頭を癒すため、植物や動物の図鑑を見ている穂鳥のような者もいれば。
「おっかし、おっかし〜」
もぐもぐとかざねは、沙羅の用意していたクッキーを頬張る。
不足していた糖分を補充して、ご満悦の様子である。勉強が進んだかと言えば、どうか謎なのであるが。
ともあれ、約一名を除けば、概ね実力が上がったであろう実感を受ける勉強会となったのだった。