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マスター:ねむり
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/08


みんなの思い出



オープニング

●お母さんどうしたの?
「お願いしたいのは、娘のチヨミのことなんです」
 加藤 タカシは沈うつな表情で依頼斡旋所にやって来て口を開いた。
「私はつい先日天魔の事件に巻き込まれまして、その時にその……家内――ツヤコが殺されました。家内を殺した天魔は討ち取って頂き、仇はとりましたが、その……娘が家内の死を理解できないようなのです」
 タカシの話は以下のようなものだった。
 タカシと妻のツヤコ、4歳半になる娘のチヨミが3人でハイキングに出かけたところ、天魔に襲われた。
 すぐ近くに同じくハイキングに来ていた撃退士一行が天魔を退けるが、ツヤコが攫われてしまった。
 その後山狩りが行われ、逃げた天魔は全て討伐されたが、ツヤコは森深くで遺体となって見つかった。
 遺体はとても見られた状態ではなかったという。
 チヨミはツヤコがどこか遠くに行ったものと思い込んでいる。
「焦らずとも時間が経てば理解できるようになるのではないですか?」
 オペレーター職員が冷静に尋ねた。
「そうかもしれません。ですが、せめて家内の葬式には、娘にもその死を悼んでやって欲しいのです」
 葬式は明日だという。
「私も何とか説明しようとしたのですが、子どもの素朴な疑問ほど厄介なものはありませんね。どうも上手く行きません。理解して悲しみに飲まれてしまったらとも思ってしまって」
 タカシは深く溜め息をついた。
「そこで、普段から死と隣りあわせで生きていていらっしゃり、実際に何度も死を目の当たりにしたことのある撃退士の皆様なら、上手く説明して頂けるのではないかと思いまして……お願いできないでしょうか?」
 タカシは縋るような目でオペレーターを見た。
「分かりました。手の開いている者を探してみましょう。少々お待ち下さい」
「よろしく、お願いします」
 タカシは深々と頭を下げた。


リプレイ本文

●初めまして
 撃退士達はまず、チヨミと仲良くなることから始めることにした。知らない人を前に、チヨミは緊張しているようだった。連れて来たタカシがほら、と促す。
「チヨミ、ご挨拶は?」
「……加藤チヨミです。4歳です」
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
 そう言って、タカシは部屋を出て行った。残されたチヨミは心細そうに視線をさまよわせていた。
「わしはインレという、よろしくのう。飴は好きか?」
 年寄り風の独特の言葉遣いをするインレ(jb3056)は、永い永い時を生きてきた自分からすれば、ほんの一瞬にも満たない時を生きるチヨミに気さくに声をかけた。チヨミはこくりと頷く。
「こんにちわ、チヨミちゃん。自分は亀山淳紅…魔法使いや! 」
 亀山 淳紅(ja2261)は腰を落としチヨミと目線を合わせると、トワイライトを使って光の球を生み出して見せた。チヨミの目が丸く大きく見開かれる。
「……お姉ちゃんは魔法使いなの?」
「お、お姉ちゃんやなくて、お兄ちゃんや」
 よく間違われる淳紅である。淳紅はチヨミに手を出してと言うとその手にも光の球を生み出した。
「わあ……」
 強張っていたチヨミの顔が笑みに変る。
「お父さんに会いに来たんだけれど、忙しいみたいなの。お姉ちゃんたちと遊んでくれる?」
 そう優しく声をかけるのは青木 凛子(ja5657)。子どもに会うため自慢のネイルも短く切ってくるという念の入れようである。
「うん! 何して遊ぶ?」
「そうね……お外でおままごととかお絵かきはどうかしら」
「うん! チヨミはお母さん役ね! お絵かきも上手だよ! お母さん、いっぱい褒めてくれるもん!」
 撃退士達は何とも言えない顔をした。
 撃退士達はチヨミと遊び始めたが、全員が全員それに加わった訳ではなかった。
(4歳の女の子が死を理解しなければならないなんて……)
 冬樹 巽(ja8798)は近くにはいたが様子を窺うだけだった。どう接していいのか分からないのだ。哀以外の感情がほとんど表情に出ない巽だったが、チヨミを気遣う気持ちは皆と変わりない。
(今まで見送った死は数えきれない――。それを見送った悲しみの数は、もっと、数えきれない。小さなこの子の悲しみが少しでも和らぎますように)
 インレと同じく永い時を生きてきた砂原 小夜子(jb3918)はそう祈りつつ、適度な距離をとって見守っていた。
 不器用ながらもチヨミと接しようとする者もいた。
「ほら、描けたぞ」
「わー! チヨミだ! お姉ちゃん、スゴーイ!」
 無表情なアイリス・レイバルド(jb1510)に、最初チヨミが苦手意識を持っていたようだが――。
「肩車はしたことあるか?」
「かたぐるま?」
「よし……それっ」
「きゃっ!……あははっ! 高い高ーい!」
 それでもなんとかチヨミとコミュニケーションを取りつつ、アイリスは密かに注意深く観察していた。観察狂と呼ばれる所以だ。
 一通り遊んだ所で、淳紅がチヨミに声をかけた。
「チヨミちゃん、頭撫で撫でしてもかまへんやろか?」
「うん。お母さんもいっぱい撫で撫でしてくれるの」
 複雑な思いになりつつ、淳紅はチヨミの頭をなでつつシンパシーを使った。過去3日間のチヨミの体験が流れ込んでくる。
 そのほとんどが母を求めるものだった。

●穿つ問いかけ
「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん」
 だいぶ打ち解けて来たかなという時に、チヨミがおもむろに口を開いた。
「お母さんはどこへ行ったの?」
 素朴な疑問、といった感じであった。インレが近寄り、頭を撫でた。永い時を生き寿命も近いインレも、幾つも親しい者の死を経験したが未だに死とはよく分からないものだった。
「おぬしの母はな、静かな所へ行ったのだ。そこは静かで、温かく、ご飯も美味しい所よ。そしておぬしや父親の事を見ておるのだ」
「チヨミやお父さんのことを?」
「うむ、見て声を聞いておる。そこは遠くて近い所でな。わしらからは見えぬが向こうからは見える。わしらには聞こえぬが向こうには聞こえる。だから今は会うことができぬが、何時も一緒におるのだ」
「……お母さんにはもう会えないの?」
「今は会えぬ。だが何時かは会えるよ。チヨミがよくご飯を食べ、よく遊び、よく勉強して、友達や家族と仲良くして、幸せになって、そして精一杯生き抜く。さすれば会えるとも」
「ふーん……」
 チヨミは分かったような分からないような顔をして続けた。
「じゃあ、誰がご飯を作ってくれるの?」
 これには小夜子が答えた。
「もうお母さんは起きない……ご飯は作れないの。代わりに作ってくれるのは……お父さんかしら。これからはチヨミちゃんがいつかお父さんに作ってあげるかもしれないわ」
「……」
「お母さんはチヨミちゃんと直接お話しすることもできない……それが死んでしまったということ。でも、その分、お母さんはこれからゆっくり休めるのよ。痛みも苦しみもない……風邪を引いたり、寒かったりすることもないの」
「……」
「死んだ人がお星さまになって私たちを見てくれているという伝説もあるの。お母さんはご飯は作れなくても……チヨミちゃんを愛してることは、変わらないわ
チヨミちゃんが、ずっとお母さんを好きなように」
 チヨミの表情が翳ってくる。
「お母さんはどうやってお風呂に行くの?」
 アイリスが答えた。
「必要はない、だからお風呂に入ることはない。だが、それではさびしいとは思わないか?お母さんに髪を洗ってもらったことはあるか?それを心地よいと感じなかったか?」
「……うん……気持ちよかった……」
「お風呂に入る必要がない、入ることが出来ない。それは、もう髪を洗ってもらう事も出来ないということだ。これから先の思い出を作ることが出来なくなってしまった、それが死だ」
「……」
「これからはなくなってしまった、それは悲しいことだ。悲しいのは、それが大事なものだったからだ。今までが大事だったからだ。だが、今までの思い出がなくなったわけではない。悲しいのは辛いが、大事な今までの思い出をなくさないための大事なものだ。だから、ちゃんと悲しまなければだめなんだ」
 チヨミの表情が目に見えて暗くなる。泣き出しそうな表情で続ける。
「死ぬってどういうこと? 魔法使いのお兄ちゃんなら分かる?」
 淳紅も少し泣きそうな顔で――。
「魔法使いの自分でも、その質問はとっても難しいなぁ。……チヨミちゃんは、どう思う? 」
「よく分かんない」
「自分にとってはね、死ぬってことは…どれだけ会いたくても、どれだけ抱きしめてほしくても、どれだけ一緒に歌を謡ってほしくても、絶対にできへん、もう二度と、会えないこと。単純かもしれんけど、自分はそう思うなぁ」
「チヨミ、寂しい……」
「……寂しいよなぁ、うん。自分も、いっぱい寂しい」
「私がいい子にしなかったせいで死んじゃったの?」
 これには巽が答えた。
「お母さんが死んじゃったのはチヨミちゃんが悪い子だからじゃないよ……。悪いのは……お母さんを死なせた天魔だ……。チヨミちゃんがいい子なのは……お母さんがよく知っていることだよ……。僕もね……チヨミちゃんと同じだったんだ……。違うのは……お別れできなかったこと……バイバイも言えなかった……。チヨミちゃんは悪い子じゃないよ……だから……自分を責めないで……。いい子にしているよって伝えようね……」
 ぐすっ、ぐすっと、チヨミはしゃくりあげ始めた。
「私も死んじゃうの?」
 凛子はチヨミを抱きしめた。ぎゅっとしがみつくチヨミの小さな腕を感じながら答える。
「ずうっと、ずうっと遠い先に、いつかは誰でもね。でも怖いことじゃないのよ。遊ぶこと、お父さんのこと、お勉強、お友達のこと……。色んなものを大切に出来たら天国へ行けるの」
「天国?」
「チヨミちゃんのお母さんは、天国でチヨミちゃんを待っててくれる。お母さんは、またチヨミちゃんと一緒にいる為に、チヨミちゃんが毎日元気でいつか天国でまた逢えるような子でいてくれたらなって願いながら待っててくれるんじゃないかな」
 凛子は抱きしめる力を強めた。皆もチヨミを見つめる。祈りよ、届け――。
「明日はチヨミちゃんが、お母さんに『またね』『待っててね』って。『今までご飯有難う』って直接言える最後のチャンスの日なの。お母さんに、お礼を言ってみない?」

●別れの時
 翌日、葬儀の日になった。葬儀には淳紅、凛子、巽、インレも列席した。アイリスは列席していないが、最後まで見届けたいとの思いから別室で待機している。小夜子は天魔である自分に列席の資格があるのかという迷いから、列席していない。
 喪主のタカシは若干青い顔をしていたが、葬儀の準備に忙しそうにしており、悲しんでいる暇もないようだった。忙しいタカシに代わり、凛子がチヨミの世話を焼いていた。
 タカシに少し時間が出来た時、インレが声をかけた。今回の依頼についてだ。
「気持ちは分かる。おぬしも余裕がないことも。だから頼るのは間違いではない。だがやはり、今回のは親の役目よ。家族の死なら、尚更のう」
「そう……ですね」
「幼子が理解して悲しみに呑まれるのは当たり前だ。一緒に泣き、悲しみ、そして乗り越える。それが親子というものではないか?」
「ええ。仰るとおりです……面目ない」
 うなだれるタカシだったが、葬儀業者から声をかけられると「今行きます」とインレに一礼してまた忙しさの中に消えていった。

 葬儀が始まった。巽はツヤコの頭部が無事なら、チヨミに顔を見せてあげたいと思っていたが、頭部も損傷が激しく、とても子どもに見せられるものではなかった。
「そうですか……残念です……」
 巽の顔に浮かぶ、哀の色が濃くなる。
 会場には大きなツヤコの写真が飾られている。優しげな、深い母性を感じさせる微笑を浮かべていた。
 葬儀は淡々と進んでいった。時折、列席者の間からはすすり泣く声が聞こえたが、タカシも――そしてチヨミも泣かなかった。チヨミはぼうっとしたような表情を浮かべていた。
 葬儀も終盤に差し掛かったその時――。
「地震だ!」
「大きいぞ!」
 地震が会場を襲った。深度6以上はあっただろうか。揺れは2分ほど続いた。幸い怪我人などはでなかったのだが――。
 ガシャン!
 ツヤコの写真が床に落ちてしまった。業者の人間が飾りなおそうとしたそのすぐ横を、飛び出していく小さな影があった。
「お母さん!」
 チヨミだった。小さな身体で、一抱えもある大きな写真を抱え上げ、写真に向かって叩きつける様に叫んだ。
「お母さん! お母さん! お母さん! うわあああああああ!」
 慟哭だった。小さな身体のいったいどこから出ているのかと思うほどの声だった。悲痛な泣き声に、会場の誰もが見ていられず、顔を背けた。そんな中、ゆっくりとチヨミに近づく人影があった。
「チヨミ……お母さんがありがとうって。悲しんでくれてありがとうってさ」
 タカシだった。タカシの顔も涙でボロボロだった。幼い娘を抱きしめ、二人で泣いた。
「うわああああああああっ!」
 会場にはいつまでもいつまでもチヨミの泣き声がこだましていた。

●涙のあと
「せや!チヨミちゃんに、自分からとっときの魔法のプレゼントや」
 全ての葬儀が終わり、撃退士たちが帰る段になって、淳紅がチヨミに声をかけた。チヨミは目を赤く腫らしていたが、もう泣いてはいなかった。淳紅が渡したのは、携帯音楽プレーヤーだった。
「そん中にはね、チヨミちゃんと同じように寂しさを持った人らが作った歌がいーっぱい入ってんねん。今はまだ少し、難しゅうてわからんかもしれんけど、いつか、いつか、寂しくなったら聴いてほしい。チヨミちゃんの心を守ってくれる強い魔法やで!」
「魔法……?」
「せや。使い方はお父さんに聞いてな」
「うん」
 そして凛子も。
「お父さんの料理が下手っぴだったら連絡して」
 食べたいものを書いて投函するだけの自分あての葉書を渡した。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 ばいばい、と手を振るチヨミと、ありがとうございました、と頭を下げるタカシに見送られ、撃退士たちは帰途に着いた。
 その帰り道。一人歩いていた凛子は二人の娘のことを思った。撃退士としていつ死ぬか分からない道を選ぶのを認めてくれた二人の娘のことを思い、涙が次から次へとあふれ出した。それでも、歩き続ける。

 人は歩き続けていかねばならない。
 数多の死を越えて、やがて死に迎えられるまで。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 撃退士・青木 凛子(ja5657)
重体: −
面白かった!:12人

歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
青木 凛子(ja5657)

大学部5年290組 女 インフィルトレイター
死を語る者・
冬樹 巽(ja8798)

大学部8年170組 男 アストラルヴァンガード
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
撃退士・
砂原 小夜子(jb3918)

大学部6年93組 女 ダアト