●本気と書いてマジと読む
撃退士一行は4日前から並んでいた。さらに事前に経路を実際に歩いてみるという徹底振り。マジである。今も交代制で先頭を確保し、順番をずっと待っていた。
しかし油断はできない。後ろには100人近い行列がずらりと並んでいるのである。中には明らかに場慣れしていると思われる人影もちらほら。
今日がいよいよ本番である。
「これぞ新年、て感じよねぇ、わくわくしちゃう 。ついでにあたしの分も確保できればいいけド……」
寒さとは違う武者震いをしているのは、光藤 姫乃(
ja5394)。モデル体型のちょっと派手目なお姉さんにしか見えないが、こう見えてれっきとした男である。
「狙った獲物は逃がさないわ……獲るわよ」
白金に近いミルクティー系の淡茶ウェーブロングヘアーを木枯らしに靡かせて、きりりと決めるのは青木 凛子(
ja5657)。どうみても女子高生にしか見えないが、実年齢(ピー)才、二人の娘のオカンである。
「福袋は戦争ってテレビでやってたわ! あたいが一番乗りになるんだから!」
そう意気込むのは最年少の雪室 チルル(
ja0220)。やる気マンマン。真剣そのものである。
「女の子って、なんでこんなに福袋とか初売りとか、好きなんだろ……。まあ、それにお付き合いさせて頂けるだけ光栄ですけどねー」
半ば呆れたような、しかし軽いノリで百々 清世(
ja3082)は呟いた。
「いやはや、女性の執念というのはものすごいね」
人間界に着て早十数年。蒼桐 遼布(
jb2501)は感心したように言った。少しとがった耳と絞り込むように鍛えた体つきに、近くの女子高生がちらちらと遼布の方を見ている。
「ああ。俺、悪魔。そんで今は撃退士。怖くないよ?」
精悍な顔つきに男らしい笑み浮かべると、女子高生達はキャーキャー黄色い声を上げた。
「つーかこんな寒ィ中で何日も並ぶとか女子すげーわ。みんな寒くね? 大丈夫?」
と、梅ヶ枝 寿(
ja2303)は感心すると共に周りへの気遣いも忘れない。
「寒いー。凛子、温めてー」
清世は凛子に甘えたような声で擦り寄る。
「うふふ。いいわよ?あーイケメンの人肌が一番温まるわー」
清世を抱きしめて一緒に毛布に包まりご機嫌な凛子。らぶらぶである。
「――て、りんりんと清世はなにごく自然にぎゅーしてんの。ここだけなんか空気が違わね!?」
寿が突っ込むと、二人の様子を羨ましそうに見ていた姫乃が、
「……あら、梅ヶ枝ちゃんもちょっと寒そうじゃない?大丈夫よ遠慮しないで、オネエさんが温めてあげるわvv」
と、上機嫌で近づいてくる。
「よかったじゃない、ことぶこ」
「……あ、いや、ボクはアルミシート使いますんで大丈夫ですぅ☆ わーあったかい☆」
そんなやり取りには目もくれず、緑茶をすするチルル。
「結構寒いわね。温かい飲み物を持ってきて正解だったかな?」
一行は皆防寒具に身を包み、交代の際には温かい飲み物や食べ物を持ってきては、皆に振舞っていた。風邪を引いては元も子もない。準備万端であった。
●ライバル達
「んだー?随分楽しそうじゃねぇか、お嬢ちゃんたちよう」
赤ら顔のサラリーマンが一行に近づいてきた。どうやら酒を飲んでいるようでいるようである。
「俺も……ひっく……混ぜてくれよ?」
「何?おっさん」
「おっさんじゃねぇ、お兄さんだ。なあ、いいだろう?」
「チルルちゃん、ここはあたしに任せて」
姫乃がチルルを制してサラリーマンに近づいた。
「ちょっと、あなた。イイもの飲んでるじゃなぁい?」
肩をガッシと掴んでにっこり微笑むと、サラリーマンの顔が若干引きつった。姫乃のあからさまなカマっぽい言動に、何かを察したようだった。
「あ、いや俺は――」
「あら、よく見たらあなた……結構可愛い顔してるわね……? あたしとちょっとお話しましょうかv」
「ひぃ……!」
素面に戻ったサラリーマンは逃げるように自分の列に戻った。
「何よ、失礼しちゃうわね」
姫乃は不満そうである。
寿は周りを見渡して、ライバルとなりそうな人間をチェックしていた。
すると自分達の2つ後ろに、防寒具完備、レジャーシートの下には新聞紙と気合の入った男性がいた。福袋商戦に男性は珍しい。が、よく観察してみると、ファッションやアクセがどことなくフェミニンである。寿は声をかけてみることにした。
「……あの、すんません、このバッグって**のやつですよねー?」
「ん?ああ……そうそう。よく分かったね」
「俺もこれの前の型もっててー」
「え。君もこういう趣味分かる方?」
「あーわかる、ここの時計とかもヤバいっすよねー」
「そうなんだよ。キミのヘアピンもさり気なくお洒落だね。もしかして君もオトメン?」
2011年文化祭『ミス』コン2位は伊達ではない。リサーチ+コミュ+女子力を遺憾なく発揮し、今年の春夏のマストアイテムや、オトメンの好みを把握していく。極袋に期待しているアイテムも聞き出し、さり気なくメールで全員に情報を共有していたのだが――。
「ちょっとおばさん、割り込まないでよ」
「うるさいわね! あんたらがちんたらしているのが悪いんでしょ!」
オトメンのすぐ後ろの女子高生がなにやら中年の主婦らしき女性と口論になっている。どうやら主婦が割り込んだようだ。
「ここは戦場よ。ぼけっとしている方が悪いのよ!」
主婦は悪びれもしない。さらに撃退士たちも押し退けようとしてくる。
「俺行くわ」
「気をつけてね、清世」
清世が凛子の元を離れて主婦の下へ近寄っていく。
「寒いすねー、飲みますー?」
と、コンポタージュを差し出した。
「まじこれ、激戦っぽいですよねー……毎年こうなんすか?」
「え?ええ……そうよ、戦争よ」
主婦は突然現れた美男子に戸惑ったようだが、コーンポタージュは受け取った。
清世は続けて、
「女の子ってまじ福袋好きですよねー」
とか、
「え、娘さんいんの? 見えない若いー」
とか、
「福袋ってどんなの探してる系?俺も取れたら交換できると言いねー」
とかいつの間にか敬語もやめてすっかり友達に。主婦の方も満更でもないようだ。
●スタート!
「そろそろ開店の時刻になりまーす!」
店員がメガホンで行列に呼びかけると、にわかに殺気立った。
「ちょっとそこのガキんちょ、色気づいてないで私に順番譲りなさ――」
OLっぽい女性がチルルの肩を掴んだが、振り返ったチルルに一睨みされて硬直してしまった。チルルの気迫である。
「あたいが一番乗りになるんだからね! 絶対に!」
「本気でかかるわ。これは戦争、女の闘いなのよ……」
と、姫乃も真剣だ。
凛子はダウンジャケットを脱ぎ、その場で軽くストレッチをして身体をほぐす。服装からしてランニングウェアという気合の入りようである。
「あれ、いいのかなぁ……まあ……いっか」
遼布は何やら考えがある様子。
「頑張りましょうね」
オトメンにそう言いながらも、寿は妨害の役割を担うつもりでいた。
(個人的にはこいつにも極袋ゲットさせてやりてーけど……)
そして――。
「開店でーす! 皆様押し合わないように!」
「開店した! 全員突撃ー!」
チルルの掛け声と共に、店内に人だかりがわっと雪崩れ込む。「押し合わないで下さい!」という店員の声など誰も聞いていない。
人だかりの中から一つ抜けて飛び出したのは――凛子だった。元々培ってきた主婦のタイムセール、バーゲンでの実力を発揮してのスタートダッシュは流石だった。混んでいれば階段を使うことも考えた凛子だったが、前が空いていると見ると最短距離であるエスカレーターを駆け上った。
いや、最短距離ではなかった。真の最短距離を行くものがいた。遼布である。遼布は人の流れから一見外れたような場所へ走っていくと、闇の翼を広げて飛び上がった。当然天井があるが、そこは悪魔。物質透過で何なくすり抜けていく。下の方から「ずるーい!」という声が上がったが、
「え?ルールは早い者勝ちってことだろう?これも能力のうちだね」
と悪びれもしない。
凛子の次に飛び出したのはチルル。やはり撃退士。一般人には早々遅れを取らない。と、そこに並ぶ影が。オトメンである。
「実はボクも撃退士でね」
なかなかに足が速い。抜かれるか、と思ったその時――。
「何だ、オトメンさんも撃退士だったんだんすかー。ずるいっすよ、隠しているなんて」
縮地で加速した寿が並走してあれこれと話しかけたり、曲がり角でわざと進路方向側に立ったりする。その間にチルルがそして姫乃が駆け抜けていく。
「寿君、邪魔」
「おっと、ごめんなさい」
もうこれくらいでいいかな、と思った寿はオトメンに道を譲る。この分ならオトメンも極袋を手に入れられるだろう。
姫乃はいい調子で走っていたのだが、
「あっ!」
ハイヒールを履いていたのが災いして、転んでしまった。足をひねったようで、もう早くは走れない。しかし、大事なのはいつだって心は熱く、頭は冷たくある事。
(あたしじゃ無理みたい。凛子ちゃんにこの思い、託すわね!)
姫乃はくるりと方向転換すると、後続の女達の前に立ち塞がって、
「来なさい小娘ども。福袋が、欲しいんでしょう……?」
不適に笑い、指をクイっとさせて煽った。しかし――。
「いやー!」
2、3人押し留めたものの、押し寄せる100人強の人の波には勝てず、哀れ流されていった。
受け渡し場所には、遼布、凛子、チルルの3人が順に到着していた。
「ここが正念場よ! あたいが取るんだー!」
既に3個は確保できそうなのだが、いつの間にかチルルの中では遼布や凛子もライバルとなっているらしい。愛すべき脳筋である。
3人とも極袋を手に入れしっかりと抱え込むと、
「よしっ!長居は無用よ! 撤収ー!」
とチルルを先導に引き渡し場所を後にした。
清世は主婦を可能な限り引き止めると、同行の皆を見送って少しタイミングを遅らせてから中に入った。それでも十分に早い。そうして極袋を手に入れた者を全てチェックして店を後にした。
「目当てのが入ってなかったらさっき確認してた他の子の所にいって交渉。ついでにケー番とメアドとかもゲットできればいいなー」
●昨日の敵は今日の友
一行は店の前に集合すると、手に入れた3つの極袋の中身をあらためた。春夏もののブラウスやゆるニット、ドルマンポンチョなどの服類がやはり多い、センスの良いバッグやアクセサリも数点あったが、時計はなかった。
「あとオトメンさんに聞いたけど、この春夏のマストアイテムはスカーフだって。できれば入れたくね?」
寿の提案である。期待以上のものが入っていれば、依頼人も喜ぶことだろう。
「じゃあ、手分けして交渉!時計とスカーフね!」
清世や他の皆がチェックした極袋獲得者に交渉してみるが、スカーフは何枚か見つかったものの、そもそも時計が少ないようだった。最近の女性は時計をつけなくなる傾向にあるからだろうか。
「ん? あったよ、時計」
唯一持っていたのはオトメンだった。
「んーでも、これ結構気に入ってるんだぁ……ちょっと手放すのは惜しいかな……」
「そこを何とかならないかしら」
凛子が頼み込む。
「うーん……」
渋るオトメンに遼布が、
「スカーフ、ないみたいだな?」
と、問いかけると。
「あ、うん。残念だけど……」
と、オトメンは少し肩を落とした。
「このスカーフと交換しないか?」
遼布はグリーンとあじさい色のスカーフを取り出した。
「うーん……スカーフと時計じゃあ、ちょっと吊りあわないかなぁ……」
「このエメラルドとパープルは今年の春夏のトレンドカラーになるって言われている色なんだ。決して損はしないと思うんだ」
「あ。そうなんだ……。分かったよ。交換しよう」
「ありがとう」
精悍な笑みを浮かべる遼布に、オトメンの頬に軽く朱が差した。
「今年の春夏のトレンドカラーなんてよく知ってたね、りょっふー」
清世が感心したように言った。
「いいや、口からでまかせ」
ぺろっと舌を出す遼布。悪魔の舌である。
こうして依頼主の希望品+αを揃えた一行は、宅急便で極袋3つ分を詰めて送ったのだった。
●後日談
「スミレー、極袋届いたわよ」
ユリの声にがばっと布団から飛び置き、スミレは玄関に飛んでいった。
「開けようすぐ開けよう」
「落ち着け。ここは寒いからダイニングでね。よっと……結構、重いな……」
「わくわく」
「はーい。開封ー」
ユリがハサミを持ち出すと。
「絶対、中身切らないでよ!」
とスミレが釘を刺す。はいはい、とおざなりに返事をしつつ丁寧に梱包を解いていく。
「わー凄い! 3袋も! さっすが久遠ヶ原の学生! 頼りになるぅ……わ。希望の品も全部揃ってる……スカーフまで!」
「よかったわね」
「うん。ありがとう、ユリ。ユリの助言のおかげよ」
「礼には及ばないさ。報酬はスミレのポケットマネーから出しておいたから」
その日、マンションには悲鳴が響き渡ったとか渡らなかったとか。