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深緑の薫る季節。
優しい木漏れ日が、のどかな渓流へと射し込む。
本来であれば、渓流釣りを楽しむ家族連れ、サイクリングで汗を流す若者たちで賑わうはずのこの場所に、今、人影はない。
そう、理由はただ一つ。
その巨体で全てを蹂躙する死の掃除屋。
ナメクジを連想させる超大型ディアボロは、障害物を踏み潰し、渓流の先に広がる市街地へと向かっていた。
掃除屋が市街地に到達すれば、甚大な被害が出る事は間違いない。
貪欲な掃除屋を討伐すべく――若き撃退士たちが集結する。
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地響き。
轟音が強大な敵の接近を知らせる。
渓流の左右に別れ待機する撃退士たちは、草陰に身を潜めながら、その瞬間をじっと待っていた。
「……んっ」
桜坂秋姫(
ja8585)は、緊張した面持ちで、首元のチョーカーを引き締め、気合を入れる。
「うわ……これはまた、すごいねぇ。嫌な感じ……早く止めないと」
「ち、近くで見ると思ったより……」
ちらりと敵の姿を窺った、アッシュ・スードニム(
jb3145)と鷺ノ宮 亜輝(
jb3738)が顔を顰める。
まるでナメクジを巨大化させたような醜悪な外見のディアボロは、その巨体と食欲をもってあらゆる障害物を無視し、進撃を続けている。
一刻も早く、その侵攻を止めなくてはならない。
だが、焦って仕留められるほど柔な相手ではない。
ギリギリまで引き付けてから、一斉攻撃を浴びせる――攻撃の先陣を切ったのは、桐生 水面(
jb1590)と望月 忍(
ja3942)だった。
「――そう易々と行かせへんでっ!!」
水面の身体が、澄んだ水色の光纏を放つ。
同時に、闇色の逆十字架が、我がもの顔で食事を続ける掃除屋の頭上へと落着した。
大型ディアボロへと襲い掛かる強烈な重圧。
重力負荷によって敵の動きを鈍らせる――水面の目論見は見事に嵌っていた。
「さ、最善を……尽くします〜!!」
続けざまに、忍が巨大な火球を作り上げる。
高すぎる威力を怖れ、滅多に使わないこの魔法も、眼前のディアボロ相手には、躊躇っていられない。
忍が手を振り降ろすと、限界まで膨張した灼熱の火球が、重力にもがき苦しむ掃除屋の巨体へと降り注いだ。
瞬間――爆炎と轟音が辺りを包み込んだ。
全身を苔で覆われた巨躯が炎上する。掃除屋は、苦悶の咆哮を上げながらも、決してその侵攻を止めようとはしない。
だが、それで手を休める撃退士たちではない。続けて草陰から飛び出したのは三人のバハムートテイマーたちだった。
「さあ……次は、私たちの出番です!!」
沙夜(
jb4635)の高速召喚に応え、黒と青の馬竜が顕現する。
スレイプニル――蒼煙の鬣を靡かせ、宙を駆ける幻想の馬竜は、渾身の一撃を素早く掃除屋へと叩き込んでいく。
沙夜の召喚獣だけではない。アッシュのスレイプニル、亜輝のヒリュウも戦列へと加わる。
大火力の攻撃を次々と撃ち込む撃退士たち。
不意を突かれた掃除屋は、自衛手段として寄生させていた眼球型ディアボロの大半を喪失してしまった。
業炎に包まれながら、ディアボロが雄叫びを上げる。
貪欲な破壊衝動が成せる業なのか。重圧を無理矢理振り切った掃除屋は、残った全ての眼球型を撃退士たちに射出し、猛然と進撃を再開した。
「なんか飛んできた! あたいに任せて!」
雪室 チルル(
ja0220)が氷砲『ブリザードキャノン』を撃ち放つ。解放されたエネルギーは吹雪の如く輝きながら、飛来する眼球型ディアボロを弾き飛ばす。
「眼球状は僕たちの任せて! 次の迎撃地点に行って下さい!!」
「にゃはははは〜!! 楽しませてくれよ〜!!」
同時に、楊 礼信(
jb3855)、ハウンド(
jb4974)が足を止めた。三人は、飛来する眼球型を迎撃する囮役を買って出たのである。
「よし、残りは移動だ! ヒリュウ、観測役頼まぁ!!」
召喚者である亜輝の命で、朱色の小型竜が渓流を飛ぶ。
亜輝は、視覚共有能力を持つこの召喚獣に観測役を担わせる事にしたのだ。
「アディ! 先回りだー!!」
アッシュも自らの召喚獣に新しい命を下す。
沙夜も含めた三人のバハムートテイマーは、召喚獣を迎撃地点の中間に配置し、手数を増やす作戦を練っていた。
「自転車を借りてますの〜! 次の攻撃位置に先回りしましょう〜!」
忍が撃退士たちに呼び掛ける。
掃除屋の移動速度はかなりのものだ。撃退士たちは、近くにサイクリングロードがある事を利用し、移動用の自転車を借りていた。
「……無理しない……で」
自転車に跨りながら、秋姫が懸命に声を張る。
どの役割も危険である事には変わりはない。しかし、躊躇っている余裕はない。こうしている間にも、貪欲な掃除屋は、街へと近付いているのだ。
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射出された眼球型。
大幅に数を減らしたが、十体ほど。
チルルの射撃を潜り抜けた個体が、荒々しく地面に着弾すると、その勢いを保ったまま、樹木を踏み倒し、一直線に転がって行く。
標的は、次なる攻撃地点に移動しようとする撃退士たち。
無防備な背後から蹴散らそうとするディアボロ――勇敢にもその前に立ち塞がったのは、巨大な盾を構えた楊だった。
「ぐうぅぅぅ……!!!」
突進を正面から受け止め、楊の華奢な身体からは想像もつかない膂力で、巨大な目玉を押し返す。
「ここから先へは、行かせませんっ!!」
防戦に徹する囮役。
最も辛い役回りを自ら引き受けたのは、仲間を守る為、そして仲間の攻撃を最大限援護する為。
「にゃはははははは! 殲滅戦は楽しいよ! ただ、ただ、殺せばいいんだから!」
舞い踊るように、凶刃が瞬いた。
無邪気さの裏に隠れた悪魔の顔が覗く。
ハウンドの振るう忍刀が、敵を次々と血祭りに上げていく。
「これで……最後っ!!」
チルルのアサルトライフルが火を吹いた。
最後の一体を撃ち抜き、自衛用の眼球型ディアボロを殲滅させる。
「何とか……倒せましたね」
「にゃはははは! 物足りないなー!」
激戦により荒れ果てた森の中で、一息吐く三人。
だが、戦いはこれで終わりではない。そう本体である掃除屋は、まだ進撃を続けているのだ。
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「出番っすよ、相棒。お前の力みせてやれ!」
亜輝の声に応え、暗青の竜、ストレイシオンが姿を現す。
青き燐光を纏う賢竜は、己が主の意図を即座に察すると、秘めし魔法の力を解き放つ。召喚獣の放った稲妻の如き衝撃波は、次の攻撃地点へと姿を現した掃除屋を迎撃した。
それが、セカンドアタックの合図だった。
進撃を続ける掃除屋に向かって、撃退士たちの一斉攻撃が殺到する。
「んひゃ!?」
自らが放った電撃の音に飛び上がる秋姫。
だが、決して手を緩める事はない。更にアウルで形成した疑似弓を構え、強化を施した破魔の一矢を解き放つ。緑色の光を纏った一矢は、暴食のディアボロへ確実のダメージを与えていく。
「いい加減止まりなさい!!」
「すっごいタフだよ……!まだ動いてる!!」
沙夜とアッシュが驚くのも無理はなかった。
撃退士たちの総攻撃に晒され、その巨躯は見るも無残に傷付けられ、いたる所から血が噴き出す、まさに満身創痍だ。
だが、掃除屋は決して速度を緩めようとしない。
動かなくなった部位を無理矢理引き千切ると、更に速度を上げて、侵攻を続けようとする。
それは、捨て身でも市街地へと被害を与えようとするディアボロの本能なのか、奥底に眠る執念なのか。蹂躙する掃除屋は、遂に大橋まで迫ろうとしていた――!
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市街地の目前に掛かる大橋。
ここが撃退士たちの定めた最終迎撃地点だった。
囮役だった三人も合流し、遂に死力を尽くした最後の迎撃戦が始まろうとしていた。
大橋の上に、アッシュが立つ。
褐色の天使は、万感を籠めて、召喚獣を呼び出した。
「イア、お願い! 力を貸して!!」
金属の鱗に覆われた蒼銀の竜――ティアマット。
額に太陽のような模様を持ち、イアと名付けられたこの個体は、アッシュの召喚に応じ、掃除屋へと飛び掛かる。天の力によって強化された竜人の攻撃が、醜悪なディアボロの侵攻を僅かに妨げた。
その隙を――決して見逃さない。
「何としても……街まで行かせるわけにはいかんのや!」
「にゃははは!ここまで来ちゃったからには全力で行くよ〜!」
水面とハウンドが、すれ違いざまに掃除屋へと飛び移った。
強化を施した刃を使ったハウンドの連撃が、満身創痍のディアボロの肉を、骨を、削ぎ落していく。
背面にしがみ付く水面は、自らを省みず、只管、攻撃を掃除屋の身体へと叩き付けていく。
誰しもが力を出し切った。
誰しもが死力を尽くした。
だが、瀕死の掃除屋は、撃退士たちの猛攻を浴びながらも、一歩一歩、渓流へと架かる橋へ迫って行く。
「もうダメだ!! 橋を爆破するよ!!」
最終手段として橋の爆破準備をしていたチルルが叫ぶ。
「いや……待って下さい!!」
制止したのは、楊だった。
硝煙と土埃の中、醜悪な掃除屋の巨躯は――大橋の寸前で停止していた。
一瞬、辺りが静寂に包まれる。だが、強大な標的が完全に息絶えた事を確かめると、撃退士たちの歓声が渓流に響き渡った。
「やったー!! やった、やったー!!!」
「……ん……やった、んひゃっ!?」
嬉しさのあまり、隣の秋姫に抱きつくアッシュ。
人見知りの秋姫は、目を白黒させながらも、彼女なりに勝利の喜びを噛み締めているようだ。
掃除屋は討伐したものの、渓流が以前の姿を取り戻すには少し時間がかかるだろう。その事実に少し心を痛めながら、忍は静かに祈る。
「ごめんね……けど、綺麗な渓流に戻るのよ」
「ああ……けどよ、今回ばかりはくたびれちまったぜぇ……」
「そうですね。あ、負傷した方は仰って下さい! 治療しますよ!」
疲労のあまりその場に座り込む亜輝と、せっせと治療を始める楊。対照的な二人の姿を見て、沙夜、チルル、水面が顔を見合わせ微笑む。
「はい、チーズっと……!」
そんな微笑ましい光景を、ハウンドはこっそりとカメラに収めるのだった。
森林に多少の被害は出たものの、市街地にディアボロが侵入する被害に比べれば安いモノだ。
全てを呑み込み蹂躙する死の掃除屋。
その討伐は、若き撃退士たちのよって、無事成し遂げられたのだった。