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郊外に佇む、荒れ果てた廃寺。
普段は人も寄り付かない、不気味な墓地を蠢く人影があった。
グールの姿を模した――醜悪なディアボロの群れ。
本能に従い獲物を求めるグールたちは、じりじりと子供たちが逃げ込んだお堂の周囲へと集まりつつあった。
そのうちの一匹が、妙な気配に気が付いた。
自分たちでも、子供たちでもない、全く別の気配。
夜闇をも見通せる緑色の眼球を忙しなく動かし、気配の正体を探ろうとするグールの視界が――唐突に、靄によって完全に遮られた。
「ほーら、なんにも見えないですよぉー!」
それは、卯月瑞花(
ja0623)の放った『目隠』による認識阻害。
廃寺へと集結した撃退士たちに、いち早く気付いたグールの視界は、この一撃によって完全に封じられてしまった。
図らずとも、その初撃が、狼煙となった。
季節外れの肝試しの幕引きを担う、救出作戦の狼煙に――――
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「子供達をお願いねっ!」
竜宮乙姫(
ja4316)の声を受け、二つの淡い光が走り出す。
墓地の左側からお堂へと向かう橘和美(
ja2868)と、同じく右側を走る佐藤七佳(
ja0030)。
光纏を抑え、一直線にお堂を目指す二人の少女の疾走を、グールたちは捉えきる事が出来ない。
「本来のグール……アラブ系の伝承では人と会話できる知性を備えた悪魔ですが、コレは日本のRPGに出てくるような相手みたいですね」
右往左往するグールたちを尻目に、墓石を飛び越え、石畳を踏みしめ、縦横無尽に空を舞う七佳は、文字通り“滑る”ように、墓地を駆け抜ける。
インラインスケートで滑り去る彼女を阻めるものは、この墓地には存在しない。
やがて、暗闇の中に古びたお堂が浮かび上がった。
予想通り、建物自体がかなり傷んでいる。グールたちに襲われれば、ひとたまりもなかっただろう。
「みんな助けに来たわ、安全になったら出してあげるから大声とか明かりとか出さないように静かにしていてね」
ほぼ同時にお堂へと到着した橘和美が、声を潜めながら子供たちへと声をかける。
お堂の中からは、歓喜とも悲鳴ともつかない子供たちの声が聞こえてくる。どうやら、全員無事らしい。
「安心して、お姉さんたち強いからっ」
それは若干の強がりだったが、正義のヒーローに憧れる彼女にとっては、示すべき当たり前の優しさだった。
和美の発動させた阻霊符が、透過を封じる領域を作り出していく。これで、不意を突かれ、透過侵入されるという最悪の事態は防げる。
あとは――このお堂を守り抜くだけ。
二人の少女は、作戦通りお堂を守るようにそれぞれの武器を構える。
突然現れた闖入者に気付き、お堂へと近付いてくるグールの数は三、四匹程度。報告に上がっていたグールの総数には程遠い。
では、他のグールたちはどこへ行ったのか。
その答えは、ちょうどお堂の反対側。真夜中だとは思えないほど、眩い光を放つ、無数の光源にあった。
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本来ならば、深い暗闇に包まれているはずの墓地を照らす、無数の光。
それは、囮役を買って出た撃退士たちが、光に集まる性質を持つグール型ディアボロを誘き寄せる為に用意した光源だった。
「そーら、こっち来い! フラッシュ焚いてやんよ!」
叫びながら、片手で懐中電灯を振り回し、片手で携帯電話のカメラフラッシュを連発する松原ニドル(
ja1259)が走り回る。
更には、乙姫とアーレイ・バーグ(
ja0276)の『トワイライト』が、墓地の一角を照らし出す。
墓地に蠢くグールを引き寄せるには、充分過ぎる光源だった。
まんまと誘い出されたグールたちは、自らの愚行を悔い改める暇すらない。嬉々とし光源へ群がるグールたちの背後に、アーレイ・バーグが立っていた。
「この程度の相手と正面から殴り合いならさほど苦労はしないのですが」
とはいえ、アーレイがこの程度で手を抜く事はない。
少々育ち過ぎてしまった豊満な身体を持て余す彼女の掌には、高温の火球が揺らめいている。
勢いよく食人鬼の群れの中心へと放り込まれた巨大な火の球は、そのまま炸裂し、紅蓮の炎を周囲へと撒き散らした。
瞬時に、二匹のグールが灼熱に包まれ、やがて炭へと変わる。撃退士たちの存在を察知したグールたちが慌てだすが、既に時遅し。
慌てふためくディアボロの姿は、闇をも見通す冷静な眼差しで――全て捉えられていた。
「卯月、そっちに二匹逃げた! 一匹は墓場の陰! 竜宮の方にも一匹! 大丈夫そっちに気付いてないぜ!」
松原ニドルの『夜目』。
僅かな灯りさえあれば、漆黒の闇をも見通すその技は、的確に逃げ惑うグールの動きと数を仲間へ伝える事を可能にしていた。
それは、普段のノリの良さと、根の真面目さを兼ね備えた、ニドルならではの役割だった。
「ほら、こっちだよ!」
闇の中を――男物の儀礼服が靡く。
かつて恩人が着せてくれた上着の袖をぎゅっと握り締め、自らを奮い立たせた竜宮乙姫は、暗闇の中にじっと目を凝らす。
そこには、ニドルの指示通り、逃げ惑う一匹のグールの姿があった。
「そこっ!」
狙いを定めた乙姫の腕から放たれる薄紫色の閃光が、逃げるグールの頭部を背後から吹き飛ばす。
今や竜宮乙姫という少女は、守る側の存在なのだ。
「おー、わらわらと。肝試しに来てこれじゃまるでホラー映画ですねぇ……ま、スプラッタ展開にならないよーに気をつけますかね」
自分の方へ逃げて来る二匹のグールたちを眺め、卯月瑞花は、楽しそうな声を出す。
些か不謹慎にもとれる発言だが、それは何事も『楽しいか楽しくないか』で判断する、瑞花ならではのスタイルでもあった。
白色の双剣を携え、金色の忍者が暗闇の中から躍りかかる。
脚にアウルを纏った突撃は、まさに雷の如し。一撃で食人鬼の片腕を斬り飛ばすと、苦し紛れの反撃を難なくかわし、もう一撃で止めを刺す。五秒足らずの早技だった。
「はい、一丁あがりですね! あと一匹はっと……あら?」
仲間を見捨て必死に逃げるグールの脚に、吸い込まれるように矢が刺さった。
「卯月! 今だっ!!」
状況を把握していたニドルの援護だった。
態勢を崩したグールに、もはや為す術はない。瑞花の一閃は、その首を刎ね飛ばしていた。
「へへっ、今のナイスアシストだったんじゃねーの?」
「……まあ、なくても困らなかったですけどねぇ」
瑞花の無情な一言に、がくっと肩を落とすニドル。
そんな二人の元へ、アーレイと乙姫も集まってくる。
「今ので最後なのかな?」
心配そうに周囲を見回す乙姫に、アーレイが頷く。
「こっちにはもういないみたいです。あとはお堂の方でしょうか……?」
「いや、あっちも……もう終わるみたいだぜ」
まだ『夜目』の効果が続いているのだろう。ニドルがお堂の方角へと振り返る。
全員の視線がそちらへと向いたちょうどその時、お堂の傍から黒い衝撃波が迸った。
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「さて、私の封砲の味はいかがかしらっ!」
和美の大型剣から放たれた漆黒の奔流が、二匹のグールを呑み込み、跡形もなく吹き飛ばす。
残るグールは二匹。危機を察知したグールたちは、命からがらお堂の裏側へと逃げ込もうとするが、それを黙って見過ごす和美ではない。
「消え失せなさいっ!天狼斬!」
白いリボンで纏められたポニーテールを靡かせて、和美の刃が煌めく。上段に構えられた剣から繰り出される斬撃は、まさに純白のシリウスの輝き。
彼女が編み出した『天狼斬』は、捉えた食人鬼一匹を一瞬で消滅させた。
「あと一匹! 七佳ちゃん、お願いっ!!」
和美の声に反応して、淡い純白の光が飛び出す。
丁度、お堂の反対側に回り込んでいた七佳は、脚部に集中させたアウルの力で、瞬間的に逃げ惑うグールの背中を肉薄する。
「逃さない……!」
七佳が腕に携えた杭打ち機――パイルバンカーが唸る。
高速で打ちだされた杭は、グールの身体を貫き、その息の根を完全に停止させる。
「ディアボロも、創られた相手に本能を植え付けられているんですよね……人を襲うから倒さないといけないけれど、少し可哀想な気がします」
死に往くディアボロを見詰め、呟く七佳。
ディアボロに情けを覚える。それは撃退士としては甘い認識であったが、戦闘経験の浅い七佳にとっては、無理からぬ迷いでもあった。
「おーい! 大丈夫ー!?」
そんな七佳の心情を知る由もなく、駆け寄って来る和美。
和美の快活さに救われた気分になりながら、七佳は優しく微笑んだ。
「もう、お堂の周りにはいないみたいです」
「なら、作戦は終了かな?」
そう言って、和美が視線を向けた先には、駆け寄って来る四人の撃退士の姿があった。どうやら、囮役もグールたちを殲滅出来たようだ。
残る役割は――季節外れの肝試しで危機を招いた、子供たちへのお説教である。
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「今後は肝試しとかやらないようにっ」
勢いのある和美の言葉に、子供たちは一斉に頭を下げた。
あの後、お堂の中からは、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした四人の子供たちが救出された。
幸いどこにも怪我はないようで、瑞花の用意した暖かい紅茶と甘いお菓子で、落ち着きを取り戻している。
――――と、油断したところに、瑞花の四連デコピンが炸裂する。
「まったく無茶して……お子様が深夜に出歩くのは関心しないのです。……は?頼りがい? そういうのは日常生活の中で見せる物なの……もう少し大きくなればわかるですよ、きっと」
「……今回は何とかなったけど、気をつけるんだよ? 勇気と無謀は別物だよ」
普段は大人しい乙姫も今回ばかりは、少し厳しめだ。
二人の言葉に、一様に項垂れる子供たち。それを可哀想に思ったのか、そのうち一人をアーレイが優しく抱きしめた。
「よしよし……もう大丈夫ですからねー?」
刺激的なアーレイの身体に抱き締められ、子供は一瞬で真っ赤になるが、その手の事に無頓着なアーレイ自身は残念ながら気付かない。
「あれ? 顔が赤いですよ?」
「そ、それは、アレーレイさんの…む、む、む……が、当たってるからです…」
不思議そうに首を傾げるアーレイに、七佳は必死に伝えようとするが、肝心な部分が言葉になっていない。
そんなやり取りを眺めつつ、ニドルは独り明けていく空を仰ぐ。
「ま、命拾えただけでもラッキーじゃん。今後は気を付ければいいさ」
――――こうして、子供たちの意地と無謀に端を発した季節外れの肝試しは、六人の撃退士の活躍によって、無事にお開きとなった。
撃退士の活躍は、本当の“頼りがい”として、少年たちの心に刻まれる事だろう。