●橋への道のり
「さて、気合入れていきましょうっ!」
宮本明音(
ja5435)は元気良く拳を夜空に向けて放った。横に並んでいる五人もそれぞれ「おー」と拳を突き上げる。6人は問題のある橋へ現在進行形で向かっている。時間は既に深夜で人の気配など全くない。月明かりと街灯によって道は照らされている。
「それにしても弁慶かぁー」
因幡 良子(
ja8039)は唇に指を当てて呟いた。どこか嬉しげな表情に木ノ宮 幸穂(
ja4004)は首をかしげる。
「良子さん、嬉しそうですけど弁慶に何かあるんですか?」
「うん? ああ、実はちょっと牛若丸に興味があってね。あんなふうにかっこよくなれたらなあって」
「へえ、能ですか?」
「良く分かったわね。私よく見るんだぁー」
本当に嬉しそうに良子は話す。その隣では雨宮 歩(
ja3810)が明音に視線を向ける。
「そういえば、こうやって一緒に戦うのは初めてだなぁ。よろしく頼むよ、ワトソン君」
「言われればそうですね、宜しくお願いしますホームズさん」
歩の探偵事務所に助手として所属する明音はワトソンと呼ばれているらしい。良子と幸穂は「へェー」と言った感じで感心していた。
さて、今回の依頼は気を抜けないほど危険な依頼である。それぞれ不安なところもあるだろう。
「おいらの不安としては武器が壊されることかな」
夏雄(
ja0559)は頭から深く被っているフードを押さえながら言った。するとそれに反応したかのように夏野 雪(
ja6883)が口を開いた。
「武器を壊す‥‥つまり、戦士の誇りを砕くということ」
「確かにそうなんだよね。おいらも壊れないように気をつけないと」
今回の依頼で一番警戒することは【武器の破壊】である。つまり己の魂である武器がロスする可能性が高いのだ。6人はそのことをもう一度アタマの中に叩き込んで力強く、お互いの顔を見て肯いた。
しばらく歩いていると街灯に照らされる一本の大き目な橋。アレが依頼で任された橋だろう。
確認を終えると、良子、幸穂、夏雄はくるりと方向を変えて走り出す。残った三人はそれぞれの武器を構えて橋に向かって走り出すのであった。
●鬼との遭遇
三人が橋の上に立った瞬間、床からまるで生えてくるように鬼が出現した。
人とは思えないほど大きく、化物のような腕。
人とは思えないほど恐ろしく、角の生えた異形。
人とは思えないほど無機質で、生きていることを否定しているような存在。
まさに――鬼である。
「みんな、いくぞ!」
歩は蛍丸を右手に持ち、叫びながら鬼に突っ込む。鬼の右手には金棒が握られており、歩に向かって振り下ろされようとされていた。
「はぁぁあああ!」
蛍丸を構えて鬼の足を切る。その後は後ろに飛んで距離をとった。見事に振り下ろされた金棒を避けて、繰り出すことの出来た攻撃だ。だがダメージは全くないのか斬れたという感覚が全くなかった。だが目的は斬るじゃない。視界を暗ませることだ。
とたんに鬼の周りが霧で覆われる。鬼の視界はぼやけてほとんど何も見えていないだろう。
これが歩の狙い、スキル【目隠し】である。
「どりゃぁーっ!」
そんな掛け声を言いながら明音は鬼に向かって突っ込む。俗に言う正面突破である。ある程度の距離まで来ると祈念珠を突き出して、念をこめる。すると一直線に紫色の炎の刃が現れ、鬼を襲った。鬼は攻撃されていることが分かると金棒を背中のカゴになおし、篭手を取り出して攻撃を防ぐ。
「盾は我が誇り、我が魂。砕けるものなら‥‥砕いてみせろ!」
雪はランタンシールドを構えて鬼にぶつかっていった。その衝撃で鬼の体勢が少々崩れた。ちょうどその瞬間目隠しの効果が切れた。鬼は篭手を装備した状態のまま雪に向かって殴りかかろうとする。ランタンシールドに何度も鬼の拳がぶつかるが砕ける様子はなかった。
「どうした!私の盾はまだ砕けてないぞ!」
挑発するように雪は叫んだ。鬼は頭にきたのか、空に向かって咆哮をあげる。持っていた篭手をカゴになおし、大剣へと変わった。
鬼は叫びながら雪に向かって剣を振り下ろす。流石にこれは耐え切れないと、歩は鬼の目の前に飛んで剣を横に振った。鬼は一瞬躊躇して動きが止まる。その隙に明音はもう一度祈念珠で攻撃をした。鬼の顔を狙い、注意をそらした。歩は雪の手を引っ張り、後退させる。
「無茶はするな。お前が怪我をしたらボクらがこまる」
「心配は……ない。私の盾は…………決して、砕けない」
「じゃあ、ボクの援護も頼む。ワトソン君も頼んだぞ!」
「はいやいさー」
三人は大剣を握る鬼を睨んだ。すると、鬼はゆっくりと大剣をカゴへとしまって、今度は鎌を取り出した。先程からこの鬼の体に合わせているのか武器が大きい。攻撃範囲が多いので気をつけなければならない。
「…………どうしようか?」
雪はそっと呟いた。
するとそのとき、鬼の背後から叫び声が響いた。
●鬼への奇襲
「兜割るには適してるんだよ。この獲物」
夏雄は偃月刀を片手に鬼の背後に飛び込んでいた。大きく振り上げ、後頭部にスキル『兜割り』をお見舞いする。直撃したのか、鬼がフラフラと体勢を崩した。その隙に良子と幸穂がそれぞれ鬼の左右に回りこんで武器をかまえる。
「羽風!!」
「コレでもくらえ!!」
良子はバスターソードで鬼の腹部を切りつけ、幸穂はスキルを駆使して足を狙う。鬼は姿勢を完璧に崩し膝をついた。そのとき、手に持っていた鎌で周りに振り回す。幸穂はすぐに後ろに飛び回避する。そして何故か良子はくるっと一回転して橋の欄干に立った。
「一度こうやって牛若丸っぽいことしたかったのよね〜。よっと!」
鬼が再び良子に鎌を振りかざす。だが、牛若丸のように空中に跳んで反対側に飛び移った。その際にバスターソードで鬼の角に刃があたってしまった。
【ぐがぁぁぁぁぁあ!!】
「あれ? 怒っちゃった?」
鬼の咆哮。角に少々刃が当たっただけなのに、鬼は狂ったように叫び始めた。
「これは、ちょっとヤバイかもですね」
幸穂がぽろっと呟いたが、確かにこれはちょっと面倒になったようだ。
「考えても仕方がない! ボクらが攻撃をするから、後方部隊は援護を!」
歩はそう叫んで鬼へと近付く。正面から攻撃する三人――歩と明音、雪は鬼の懐にすばやく入る。鬼はその間に武器を斧へと変える。片手で巨大な斧を手に持ってち三人を待ち構えた。
そして―
まず始めに雪が鬼と接触した。振りかざされる斧を盾で受け止め、何とか持ち応える。だが先程よりパワーが大幅に上がっているのか押されている。雪は歯を食いしばって耐え続ける。
歩は姿勢を低くして弁慶の足を、明音は鬼の顔面に向かって飛び込んだ。
「弁慶と言ったら泣き所を狙うのが王道、なんてねぇ」
「魔法使いの拳を舐めるなっ!」
歩は弁慶の泣き所を斬りつけ、明音は拳にスキル【紫陽花】を纏わせ、眉間に拳をめり込ませる。
だが、結果はむなしいものだった。
「……びくともしない!?」
「え、ちょっとたんま!?」
鬼は腕を大きく振って、三人をふっとばす。三人は橋の上に転がり、何とか受身を取って膝を突く。
「おいら達のことを忘れてもらってはこまるよ!」
夏雄、良子、幸穂は背後から鬼に飛び掛った。だが、夏雄と良子は斧で先程の三人と同じように吹っ飛ばされ、幸穂にいたっては腕をつかまれ橋外へ――つまり川へ落とされた。
「きゃあああああああ!?」
「木ノ宮ちゃん!?」
良子は飛ばされる幸穂に手を伸ばして何とか掴もうとするが、届かない。
川の中へアタマから落ちてしまったのだ。
鬼は月に向かって吼え続けていた。
●鬼の狂気
「…………くくく」
「えっと、歩さん?」
突然、歩が不気味に笑い出した。隣にいた明音がビクビクしながら呼びかける。歩はゆっくりと立ち上がって蛍丸を一回振って、ゆっくりと歩き出した。この場に居た4人が歩むに何が怒ったのか理解が出来なかった。
「さぁ、まだやれるだろ悪鬼。もっと殺し合おうじゃないかぁ」
明音は思わず「あっ」と言う。そういえばこの人はこんな性格だった。
歩は死と隣りあわせという感覚、死神と踊るこの舞台、目の前に居る絶対という名の存在。心が奮い立った。もう、快感にも似たような喜び。歩は、鬼へと突っ込む。
「はぁぁぁああ!」
蛍丸がまるで鞭のように変幻自在に形を変えているように見える。鬼は斧でソレを防ぐがまったく反撃する暇がない。鬼は無理やり歩を吹っ飛ばすと武器を斧から槍へと変えた。
今度は鬼からの反撃。リーチが長い分、歩が攻撃できない。
「私も援護するよ!」
すると良子が先程と同じように欄干から鬼に飛び込んだ。バスターソードをアタマから振りかざして鬼の角を狙う。だが察しられたのか、槍で防がれた。
だがコレをチャンスとばかりに雪、明音、夏雄、歩は一気に攻撃を開始した。しかい、鬼はギロリと4人をにらみつけると、槍から手を離なした。良子は呆気にとられるが、結果として空中に放り出されることに。その隙に鬼は金棒へ持ち替えて、ぐるっと体を回した。
「っぐ!?」
「きゃっ!」
「っつ!」
「うぐっ!」
4人は金棒の風圧によって足を止めるしかなかった。そして、足で蹴飛ばされる。ダメージはさほどないが体力の消耗が激しい。すでに五人は汗だくである。
「なーんか、強いねコイツ」
良子は鬼を見つめながら呟く。だが、彼女の頭の中には先程助けれなかった幸穂のことが気になって仕方がなかった。一応情報では川は浅いので落ちても大丈夫と言われて入るものの、幸穂が上がってくる様子はない。
ふと、良子の足元に鬼が先程捨てた槍が転がっていた。これは捨てるチャンスだと槍を足で川へと追い込む。そのとき、チラッと川を覗き込んだ。
「ん?」
川の中でとある人物、いやもちろんソレは先程落ちた幸穂なのだが、幸穂は良子と眼が合うとアイコンタクトで思いを伝える。そして良子は「了解」と言わんばかりに笑みをこぼした。
●鬼の油断
良子はポケットに入っていた小石を数個手に持って、鬼へと投げつけた。もちろん鬼はすぐに良子の方へ目線を向けて睨みつける。
「ほら、鬼さん。悔しかったら私方へ来なさいよ!」
挑発。鬼は現在怒り狂っている状態なので、深く物事考えずに良子へと走り出す。良子はすかさずアイコンタクトで雪の方を向いた。
雪は眼が合った瞬間、盾を持って鬼と良子の間に立った。金棒が盾と再び交わった時、鬼の背後でザバンっと水がはじける音がした。鬼はすぐに首を後ろに向けると、ずぶぬれになった幸穂が先程良子が落とした鬼の槍をもって空中に跳んでいた。
「私のちょっとした悪戯、くらいなさい!」
槍投げの如く投げつけ、鬼の腹部を貫通させた。槍は雪の盾までに達したが貫通することはなかった。
「みんなチャンスよ!」
「分かってる!」
夏雄はマグナムに持ち替えて鬼の手を攻撃した。金棒を持っているほうの手は弾けとび、手から金棒が落ちる。左手で背中にあるほかの武器を取ろうとすると明音が背後に回って再び紫陽花で武器の入ったカゴを攻撃したのだ。よって武器は床に散らばってしまい拾うことは出来ない。ならば己に刺さっている槍を使おうと鬼は左手を伸ばすが……。
「おっと、そうはさせねえよ弁慶さん」
歩が右足で槍を押さえ込み、鬼から抜かせないようにする。武器もいつの間にかバヨネット・ハンドガンに持ち変えられ、鬼の額に銃口が向けられる。
「地獄に落ちろ、バカ」
銃声が鳴り響き、鬼の角をふっとばしたのだった。
●鬼の正体
鬼は力なく倒れこみ、やがて霧のように姿を消した。すると鬼が立っていた場所に全長1mほどの毛玉の塊が現れ、おどおどとした様子で6人を見つめる。
「……これが鬼の正体? 愛くるしいんだけど」
良子が思わず目の前の毛玉を愛くるしいと言ってしまった。まったくディアボロには見えない。
「確かに、これはディアボロというより小動物…………」
雪も目の前に居る毛玉が先程戦った鬼とは懸け離れすぎて、気が抜けているようだ。
「おいらの想像していたのと全然違う」
「なんか、倒しちゃうの躊躇するんだけど」
夏雄と幸穂も頬をぽりぽりとかいてどうしようかと悩んでいるようだ。
「歩さん、どうしますか?」
「ワトソン君、とりあえず触ってみようか」
歩の提案に明音は「じゃあ歩さんどうぞ!」と他人任せである。正直、またあんな鬼になってはたまったものではないからとりあえず頼れる歩むに任せようと考えたのだ。
歩は「ふむ」と息を吐いて、毛玉に手を差し伸べる。
「ほれ、ちょっと触らせてみ――」
「うがぁアア! ガブっ!」
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
「……………」
歩が手を差し出した瞬間、毛玉は口を大きく開いて歩の手をガブリを噛んだ。五人は想わず口をあけてしまい声を出した。歩は未だに笑顔だが、逆にその笑顔が恐ろしい。五人はゆっくりと歩の表情を伺っていると――歩の口が開く。
「ふむ、なるほど。せっかく手を差し伸べたのにこのディアボロはボクの手を噛むか…………殺っ!」
右手に持っていた蛍丸で毛玉を一刀両断する。自分の手を切らないようにするのは流石というべきか。
毛玉は「うみゅう」といって塵のように消えてしまった。
「さて、一件落着だね」
歩は笑顔で呟くものの、眼は笑っていない。明らかに不機嫌である。
五人はもう笑うことしか出来ず、なんとなくさっきのディアボロに「どんまい」と伝えたかった。
何はともあれ、コレで依頼は成功したのであった。