●冥界乱舞の存在
森の中を歩く六人は森の奥で先程から大きな音がするたびに獲物がすぐそこに居ることを自覚する。なんせ今回の相手はあまりにも『巨大』で『単純』で『黄泉王』と呼ばれる存在なのだから体が少々こわばる。緊張にも似た体への違和感。
「にしても…なんだこの中学二年生の学生が変なものを拗らせて思いついた様な名称は」
腕を組んで北条 秀一(
ja4438)は呟いた。どうにもこうにも『冥界乱舞』やら『黄泉王』やらネーミングをした人物のセンスを疑っているようだ。此処にその人物がいれば「だって、かっこいいじゃん」と答えるだろう。
「今回のディアボロさんは大きいようですしねえ〜。少し心配です」
エマ・カーズン(
ja8596)はおっとりと言った。その言葉を聴いた叢雲 硯(
ja7735)はにっこりと笑って自分の胸を右手で叩いた。
「如何な巨躯だろうと、恐れはせぬ! なあに、わしの斧槍の錆にしてくれようぞ」
自信満々にいうのでエマは思わず「頼もしいです〜」と言った。反応がよかったことに機嫌を良くしたのか硯は胸を張ったままだ。
「黄泉王‥‥‥名前はすごいですよね。ですが、負けられませんっ!がんばりましょう!」
黒瓜 ソラ(
ja4311)は拳に力を込めて気合を入れる。その隣では鈴蘭(
ja5235)が「おー!」と腕を空に向かって突き上げた。そんな彼女達をじっと見ていた麻生 遊夜(
ja1838)が疑問に思っていたことを口にする。
「なあ、鈴蘭」
「んー? どうしたの?」
「お前、その格好暑くないか? むしろきつくないか?」
「そんなことないよぉ」
といっても鈴蘭の今の格好はヒーローマントに市販の接着剤で木葉・砂粒などを接着させ、簡易迷彩布に仕立て上げてソレを装備している。なんというか、もさもさしているし可愛い顔にあまり似合わない服装でもある。だが、スナイパーである鈴蘭にとっては最善の装備らしい。
「皆さん、此処からちょうど南の方向に進むと開けた砂浜に出れます」
ソラが地図を開いて南の方向に指を指す。その方向からは心成しか風に乗った塩の香りが鼻をくすぐる。海が近い。6人は頭の中にこの言葉がすぐに出てきた。
「それにしても、黄泉王は何処にいるんだか……」
秀一はキョロキョロと森の中を見渡す。するとある場所からなにやら音が聞こえるような気がした。じっと目を凝らしてその一点を睨みつける。すると――
グヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!
「な、なんですか〜!?」
地震だった。6人はとっさに地面にひざまずき、振動に耐える。そして先程秀一が睨んでいたところ――そこからゆっくりと空を見上げると、奴はそこに居たのだ。
――冥界乱舞『黄泉王』。
「でかい……!?」
遊夜は目を大きく開けて目の前に現れた黄泉王を視界におさめる。他の五人も同じような心境であった。これは実物で見るとさらに大きい。そして何よりグロテスクな姿で精神的にもまいっちまいそうだと……。急いで立ち上がり武器を6人は構える。
「とりあえず誘導じゃ! みなのもの行くぞ!」
硯の叫び声に応じるように全員で一歩を踏み出し、『黄泉王』の元へ走っていったのだった。
●冥界乱舞の僕
六人が最初に出会ったのは召喚されたスケルトン達であった。武器などはつけていない骸骨達。だがその中に剣を持ったスケルトンナイトが数匹混じっている。
「……撃つ!」
鈴蘭は立ち止まったかと思うとライフルを構え、ダンダンダンッ! と銃弾を発射させる。仲間の間を銃弾は通り抜けて見事に頭蓋骨を粉砕していった。鈴蘭はにっこりと笑い「ちょろいですね」と誰に聞こえるわけでもなくそっと呟いた。
「動作はゲームの流用だが、やるしかあるまい」
「群れると厄介ですね‥‥薙ぎますっ」
秀一とソラはそれぞれの武器――秀一の場合はツヴァイ、ソラはフルオートを構え互いに肩を並べて走る。そして目の前に現れるガイコツを薙ぎ払って行く。いとも簡単に崩れていく骸骨達。あまりにも簡単すぎる。
そんな中で目立ったのがこの二人。
「雑魚に用はないんだ。道をあけろ……!」
遊夜はショットガンを手に持ってゆっくりと歩き出す。近寄ってくるガイコツたちに向かって躊躇なく弾丸を当てる。前から、横から、後ろから――全ての視覚を己のフィールドとし華麗ともいえる銃さばき。誰が見ても惚れ惚れするだろう。鈴蘭もそんな遊夜をみて「すごいじゃん」と感心するほどだ。
そしてもう1人。硯だ。
「わしの道をふさぐものには死を与えるのじゃァ!」
自分の背丈ほどあるハルバートを軽々しく持ってぐるぐると回しながら骸骨達を殲滅していく。狂戦士『バーサーカー』を思わせる攻撃にはスケルトン部隊もたじたじである。
そんなこんなで一瞬にしてスケルトンを殲滅した六人は止めることのできない足に身を任せて森の中を進んでいく。
●冥界乱舞の始動
冥界乱舞『黄泉王』の足元まで6人はたどり着いた。空中に浮いているソレを6人は足を止めて見上げた。5mという数字は小さく見えて中々に大きい。ソレが全長だけならまだしも、全体的な大きさで見るとそれ以上の迫力がある。
「それじゃあ、作戦開始だ!」
遊夜は掛け声と同時に銃弾を黄泉王へと放った。だがその銃弾を右腕で防がれる。これで黄泉王はこちらの存在に気がついた。
体をゆっくりとこちらに向けて左腕をゆっくりと空に上げる。そのまま振り下ろされた腕は六人を潰してしまおうとする。大きな影が六人に降り注いだ。
その攻撃を流石撃退士と評価できるほどのすばやさで回避する。散り散りに散らばった彼らは武器を黄泉王へ向ける。
「ひとまず攻撃をしつつ誘導するぞ!」
今度は秀一が呼びかけ、全員が肯く。脚は南の方向へ。体は黄泉王に向け、後ろに下がりながら攻撃をする。主に鈴蘭と遊夜、秀一の弾丸が黄泉王を襲う。しかし、当たっているのだがダメージはそれほど見えない。
すると黄泉王は両腕を地面に叩きつけようとする。
「っ! 地震!?」
エマがすぐに地面に膝を突く。他のメンバーもとっさに思いついて体を伏せた。だが、予想とは裏腹に黄泉王はゆっくりと地面に両腕をつけた。
あの大きな動作はフェイクであって地震攻撃ではない。
――召喚であった。
六人が気がついた時にはすでにスケルトンはゆっくりと地面から這い上がろうとしていた。一瞬、何が起きたのか理解できなくて動くことに戸惑ってしまった。地面からスケルトンの腕が見えるとはっと我に返ったのだ。
「中々賢い奴じゃのう……」
硯は溜息をついてこちらに向かってくるスケルトンをハルバードを一振りして一体粉砕する。スケルトンたちはは六人にむかって駆け寄ってきた。面倒くさそうにソラが舌打ちをする。
「鈴蘭と遊夜さん、秀一さんは引き続き黄泉王への攻撃をお願いします。スケルトンたちは私たちで食い止めましょう!」
ソラはフルオートを構え向かってくるスケルトンを纏めてなぎ払う。エマは陰陽護符を使い、硯は相変わらずの狂戦士モード。スケルトン、スケルトンナイトたちはあっけないとも言えるぐらいなぎ倒されていく。黄泉王は腕をなぎ払ったり、叫んだりしてこちらを威嚇するがどれも攻撃はあたりそうにない。
それから、森の出口がゆっくりと見えてきたのだった。
●冥界乱舞の猛攻
「砂浜に出るぞ!」
遊夜が叫ぶと同時に鈴蘭が待ってましたとばかりに姿を消した。チラッとエマがその瞬間を確認したが気にすることはないだろうと相変わらずのマイペースな気分で鈴蘭を見届けた。
六人は砂浜に出た瞬間、全速力で浜をかける。五人――いやエマ以外の四人は表情でも分かるぐらい必死で走っていた。というのも、理由は後ろからついてくるアレ。
グヲオオオオオオオオオオオオオオォォォォォおおおおおお!!
あまりにもチマチマと攻撃をしていたせいで黄泉王の機嫌が最高に悪くなったのだ。森を抜けようというときに突然黄泉王のスピードが上がったのだ。
秀一と遊夜、鈴蘭は攻撃をやめて走る。他の三人も召喚したスケルトンたちを巻き込みながら突進してくる黄泉王のホラーな姿に一瞬だけ涙目になりながらも走った。
ということで誘導は成功したが、黄泉王がまったく止まる気配がないのである。
「なんであんなに怖いんだよ!? エイリアンか!」
秀一が後ろを振りむきながら叫ぶ。するとエマが何かに気がついたのか、秀一に話しかけた。
「あら秀一くん。上着に穴が開いちゃってますよ? アップリケありますけど、クマさんがいいですか? それともネコさん? それともそれともわんちゃ――」
「そんな事を言っている場合じゃないのじゃぁ!!」
硯の見事つっこみにエマは「おお、面白いです〜」と感心する。秀一は頭を抱え込みながら小さな溜息をついた。
「それにしてもどうしますか? これじゃあ、私たちの体力が持ちませんよ」
ソラは未だに追いかけてくる黄泉王を見てそういった。何かしらの解決策があるはずなのだが、しかも確かソレは待っていれば訪れるような――そんな気がしていたソラの予想は見事に的中する。
パンッ!
後ろから一発の銃声が鳴り響く。黄泉王は同時にその場で見事にこけたのだった。五人は驚き足を止めて目の前に転がっている黄泉王を見つめる。ゆっくりと両腕を使って這い上がる黄泉王は、本人でさえも何が起こったのか理解できていない様子だった。
遊夜が目を凝らし、よくみてみると黄泉王の一本足がかすかにだが欠けているのだ。
立ち上がった黄泉王は咆哮をあげた。思わず五人は耳をふぐ。するとその途中で再びパンッ!? と銃声が鳴る。今度は黄泉王の方を貫き、声にできない悲痛の雄叫びを黄泉王が吼える。
この銃弾の主。それは森の中に身を隠し、じっと黄泉王をスコープから見つめる少女。
鈴蘭――彼女の銃の腕は折紙つきだ。
「さてと、リリーのすごいところ見せちゃおうかな?」
ガシャン。手に持っているライフルからそんな音がもれて聞こえた。それから五秒。きっちり五秒だけ静寂に包み込まれ――一本の筒の中から鉄の塊が放たれる。スキル――クイックショットを発動して。
見事な起動を描いて、今度は黄泉王の腰の辺り貫通させる。
「どんなもんですか!」
鈴蘭は嬉しそうに笑うと、背後に気配を感じ振り向くとスケルトンの残党が何匹か。仕方なく鈴蘭は立ち上がり森の中のスケルトンを狙った。
そして黄泉王の目の前に立ちふさがる五人はチャンスとばかりに行動に移していた。
「お前の死を見届けてやるよ」
遊夜は銃を再び構え、今度は一転だけに集中して銃弾を打ち込む。秀一はクロスファイアを構え、遊夜が撃った全く同じ場所に打つ。エマも陰陽護符を使い、白い球体と黒い球体を発射させて攻撃する。両腕で攻撃を守っていた黄泉王が腕を大きく振り上げて、地面に叩いた。
「重心下げろ、耐え切るぞ!」
遊夜の叫び声に体を地面近づける。
予想通りに今度の動作は地震だった。大きく地面が振るえ、振動する。震度四はあろうではないのだろうかというほど威力が強い。立ち上がることもできないほどだ。その間に黄泉王はこちらに近付き、ある一定のところまで来ると立ち止まって腕を振り下ろした。その下にはもちろん五人。
「っ!? いけない!」
ソラは自然と体を持ち上げてフルオートでその腕をはじいた。手がしびれるほど強力なものであったがなんと弾き返せた。
「今のうちにB班は後ろへ〜!」
エマは誘導するかのように森を指差す。二人は肯いて走り出した。残った遊夜と秀一エマは再び攻撃を再開するのであった。
●冥界乱舞の背中
森の中に入った二人は全速力で森の中を走った。今頃三人がなんとか黄泉王と交戦しているだろうと。鈴蘭の姿が一瞬見えたが、森の中に居るスケルトンを狩っていた。話しかけようかと思ったが笑みを浮かべて鼻歌を歌い銃を撃つその姿に少々苦笑いをして、作戦を続ける。
ある場所に来ると二人はもう一度森の外へ出た。視界に移るのは黄泉王背中だった。
「わしとソラでなんとかするのじゃ!」
「ええ、最後の最後まで頑張りましょう!」
二人は武器を構え走り出す。
●冥界乱舞の沈没
「くそっ! 情報より多いじゃねえのか、スケルトンさんよ!」
遊夜の叫びどおり、現在森の中から三十ほどのスケルトンたちが現われた。事前に召喚していたのだろう。銃弾の弾もそろそろ終わりを迎えようとしている。
三人は汗を流し、後ろに向いていた足を止める。
「ここで立ち止まらせよう! 出ないと街へ出るぞ」
秀一の言うとおり浜を進めば港に着く。ということは街が近い。なんとしてでも此処で食い止めなければならない。
三人はキリっと黄泉王を睨んだ。それをあざ笑うかのように黄泉王は両腕を地面につけた。
そう、再び召喚であった。
これ以上増えては体力がもたない。三人は苦笑することしか出来ない。このままではちょっとピンチである。
しかし、そのピンチをチャンスに変える二人の声。
「せりゃぁぁああああああああああ!」
「はぁぁぁぁああああああああああ!」
ソラと硯は己の獲物を片手に召喚中の黄泉王に背後から切りかかった。ソラは右腕を、硯は左腕を切断することに成功した。
グリャアアアアアアアアアアアアアア!
黄泉王は叫ぶ。
チャンスとばかりに動いたのは遊夜だった。
「今回は色々と大変だったが、まあお疲れさん」
スキル――愚か者の矜持。
黄泉王の真正面に飛び込んで、額に向かって拳銃を突きつける。
「さようなら」
引き金を引いた瞬間――黄泉王の頭は吹っ飛んだ。
巨大な銃声音。今までにない迫力。そして崩れ落ちる黄泉王の体。
そっとその瞬間を六人はその瞳に焼き付けたのだった。
●冥界乱舞の存在意義
今回の依頼である冥界乱舞『黄泉王』はどうやら一回倒しただけじゃダメらしく、何しろ『黄泉返る』ディアボロらしいのだ。6人は戦闘データを一冊の資料にまとめて学園に提出。
何時何処で『黄泉返る』のかは分からないが、そのときはまた撃退士によって討伐されることを願うのだった。