●黒曜石の輝き
燦々と森を照らす太陽の下を歩く六人はワンタッチスパイクのおかげで難なく森の中を歩いていた。ただ、どうも今日は日差しが強く、眩しいぐらいだ。
「黒曜石の獣ですか、それもネコ科の…。美しいですね。連れ帰って飼えたらいいのに」
サイドテール。目は薄めの茶で、釣り目が特徴的な牧野 穂鳥(
ja2029)はぼそっとそんな事を呟いた。他の五人には前半の言葉は聞こえたが後半の言葉は聞こえていないだろう。
「ああ、被害も出ている。迅速に討伐しなければ」
礼野 智美(
ja3600)は穂鳥に返答するような言葉を発する。智美はその際に頬に流れる汗をぬぐった。何故こんなにも熱いのか少々不思議にも思う。
「しっかし、地図をたどって来たけどこの道で大丈夫なのか?」
マキナ(
ja7016)は前を歩く五人に向かって疑問を口にした。するとマキナの方を地図を持っているソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が振り向いて肩をすくめた。
「この道で大丈夫なはずよ。考えるより歩いた方が有効よ」
「確かに、立ち止まっているよりかはマシだな。ソフィアちゃんの考えは正しいよ」
高城 カエデ(
ja0438)はソフィアの言葉に肯いて同意した。その言葉にソフィアは「だろだろ〜」と少々嬉しそうである。
「にしても、テスカトリポカって虎じゃなくてジャガーじゃなかったけ?」
峰谷恵(
ja0699)は首をかしげて呟いた。
「あれ、そうなのか? てっきりキメラかと」
カエデが少々びっくりした表情で答えた。確かに『テスカトリポカ』とは伝承上は『ジャガー』なのだが、実のところただ単に『黒曜石』という共通点から『ジャガー』でも『トラ』でも『なんでも』とりあえず『テスカトリポカ』となずけようと依頼斡旋所の上司が決めていたのだから実はあまり『テスカトリポカ』の名前は関係なかったり…
「あれは……?」
穂鳥が何かに気がついて森の中を指差した。他の五人が覗き込むとそこは情報にあった『テスカトリポカ』の爪痕が大量に残っている場所であった。木々はなぎ倒され、抉られ、削られている。あまりにも無残な光景に6人は息を呑んだ。
「おい、こっちをみてみろ!」
マキナの叫び声で視線をそちらに向けると、情報にはなかった丸コゲになった木々がいくつかあった。マキナは近付いてソレを手で触る。ほのかに手に伝わる熱を感じ取り、眉をひそめる。
「まだ熱を持っている……」
「ということは奴は近くに居るのか?」
智美はきりっと辺りを睨んだが、そんな気配は全くない。穂鳥も『感知』を使って辺りを見渡すが、しばらくして首を横に振った。どうやらこの場所にはいないらしい。
「どうにか森の奥に広い原っぱがあるからそこまで誘導できればいいんだけど」
ソフィアは地図を広げて提案をする。ソレに対しては反対する理由もなく全員が肯いた。地図をたたんでとある方向をソフィアが指を指した。
「こっちの方を歩いていけばその原っぱまで行けるよ」
「なら、急いだ方がいいかもしれませんね」
「ボクもそう思うよ」
穂鳥と恵は声に出してちらっと後ろを覗き込む。先程から気になるのがこの暑さである。太陽が出ているからといってこんなに暑いはずがないのだ。予測できることはテスカトリポカによって木々が燃やされ森中の温度が上がっているか。それとも、本当に気象による熱なのか。
六人は地面にころがっている枝を踏みながら先に進むのであった。
●黒曜石の微熱
「あつい〜」
恵の悲痛な呟きが森に響く。かれこれ三十分ほど歩いているがまったく森を抜けれそうにない。ソフィアは地図とにらめっこしながら先程から話さなくなった。穂鳥はちらちらと辺りを見渡し警戒している様子。マキナもいつでも襲ってきていいようにと後ろにも気を配っている。
「にしてもおかしいと思いませんか、カエデさん」
「ん? 何が?」
「この異常なまで暑い気温とテスカトリポカの姿が一向にみえないことですよ」
「……確かに違和感はある。だけど、気温にいたってはただの気象の問題だと思うんだけど」
「それだといいのですが………」
不安の予感が止まらない。これが予感だけで収まればよいのだが、智美は下を向きながら歩いていた。すると、とあることに気がつく。
先程から歩く道がやけに焦げているのだ。草木もなのだが、土すら少々焦げている。足を止めてしゃがみこむ。ゆっくりと地面に手をつけると、地面は微熱程度に熱い。
「っ……! そういうことか!」
「どうした?」
「カエデさん、この温度の理由が分かりました」
智美は土を手ですくって他の五人に触れさせる。すると各々が必ず口にする言葉は「あったかい」であるのだ。
「テスカトリポカは恐らく全身から熱を発している。奴が歩いた後は地面に異常なほど熱が残る」
「つまり、今の話を纏めるとテスカトリポカが歩いた道は温度が上がる?」
「恵の考えどおりだ。しかも土だけじゃなくて空気自体にも影響する」
マキナはなるほど、と呟いて表情を変えた。
「となると、俺達が歩いてきた道はテスカトリポカが歩いてきた道ってことか」
「この先にテスカトリポカがいると考えたほうがいい」
智美の言葉に緊張が走る。何時だって気を抜いたら『死』が待っているこの職業。油断していい時なんて何処にもないのだ。
突然穂鳥が何かを感じ取り目を見開く。
「近い……この先に居る……!?」
穂鳥が指差した方向は今まで自分達が歩いてきた獣道だった。
●黒曜石の奮闘
六人は森の中を走った。近くに居ると分かれば早急に対応をしなければならない。しばらくすると木々が少なくなり森を抜けれそうになる。転びそうにもなるがワンタッチスパイクのおかげで害はほとんどない。颯爽と移動すると、開けた場所が視界に入る。
「っ!」
森を抜けた瞬間、脚を止めた。
理由は言わなくても分かるだろう。
広々とした草原の真ん中でこちらをじっと睨みつける黒いトラが居るのだから。
全身は黒く、黄色い線で模様替えがかれている虎。全長はおよそ2mほど。右腕からは大蛇が生えており、額には黒曜石がはめられている。情報の通りの姿だ。だが資料では分からなかった『威圧感』や『殺気』を肌で感じ取る。これが……『煙を吐く鏡』である『テスカトリポカ』だ。
額に嵌められた輝く黒曜石を見て穂鳥は表情を暗くする。
(黒曜石の”鏡”。見立てとはいえ、これも縁でしょうか)
いつもポケットに入れて持ち歩いている祖母の形見の古い手鏡を撫でながら胸の内でそっと思うのだった。微かに過去が思い出されて鬱々とした気分になりかける。
そんなことはお構いなしにテスカトリポカは咆哮をあげる。そしてギョロリとした目玉で六人を睨んだ。武器を構えて臨戦態勢をとった。そして……。
「いくぞ!」
カエデの掛け声で智美、マキナ、カエデの三人が前へ出る。穂鳥、ソフィアはすぐさま攻撃を開始する。恵は少々遠回りをしてテスカトリポカの横へと回る。
「……Scintilla di Sole」
「ライトニング!」
「エナジーアロー!」
炎の塊、雷、光りの矢がテスカトリポカを狙う。だが、俊敏さを利用して空中から降ってくる三つの魔法攻撃を避けた。地面が抉れて土ぼこりが巻き起こる。
「はあああ!」
智美は刀を振り上げて切りかかる。だが、右腕から生える蛇によって刀が受け止められる。智美は一瞬だけ苦い表情を作ったが汗を流しながら笑みを浮かべる。
「切り刻む!」
「崩れろ!」
カエデとマキナはテスカトリポカをはさむように立ち、己の獲物でテスカトリポカの脚を狙う。マキナは左足を、カエデは右腕から生える大蛇を狙った。しかし、テスカトリポカは予想していたかのように、右腕の蛇をぐにゃりとまげてカエデの刀にまきついて攻撃を防ぐ。それから驚くほどのバランス力で左半身を宙に浮かせた。つまり、右の後ろ足だけで体重を支えた。
これによってマキナのハンドアックスによる攻撃も空振りとなる。三人はこの事実に呆気に取られてしまう。蛇は智美を引き寄せそのままカエデと衝突させる。マキナも地面に再びついた左腕によって吹き飛ばされた。
「っぐ!?」
「キャっ!?」
「うおっ!?」
それぞれ吹っ飛んだ三人は上手いこと受身を取ってテスカトリポカを睨んだ。
すると、蛇が口を開けて煙幕を撒き散らす。三人は後ろに飛んで煙幕から逃れようとするが間に合わない。
「くそ、視界が……!?」
カエデの言葉にすぐさま智美が答える。
「とりあえず、私たちはこうやって近くにいますから、絶対に離れないでください」
「ああ、わかってるぜ!」
互いに背を向けて奇襲に備える。煙幕は未だに薄れる雰囲気ではない。気配を読み取り、目をせわしなく動かす。体中の五感を使って――探し出す。
刹那、カエデが頭上から異常な感覚を感じた。すぐさま視線を向けると爪を伸ばしたテスカトリポカが飛び掛ってきていた。後ろに居た智美を突き飛ばし、刀でテスカトリポカを受け止めた。
「っ!? カエデさん!」
「こっちもうまいこと逃げる! 先に煙幕の外へ行け!」
「っく……!」
智美は立ち上がってすぐさま煙幕の外へ出る。視界に移ったのはこちらを驚いた表情で見つめる三人だった。
「智美ちゃん、二人は!?」
ソフィアが叫ぶような声で質問をした。智美は煙幕へ視線を向けて「中に……!」と簡単に答える。全く中の様子が見えないことに不安を抱える四人。
一方煙幕の中ではカエデはテスカトリポカと交戦していた。逃げるつもりだったが、どうやら抜け出すことは不可能に近かったらしい。攻防戦が続いていた。
「くっそ! きりがない!」
攻撃しては防いで、ソレの繰り返しを続けていた。蛇の頭や足などを狙ってみるものの、中々にすばしっこい。煙幕の所為で視界も悪く、十分に動くことも満足できない。
油断したわけではなかったのだが、刀に蛇が突然巻きつき動きを封じられる。その隙にテスカトリポカの左前足がカエデを襲う。
「っ……」
刀を手放そうとするが間に合いそうにもない。ぐっとテスカトリポカを睨んだ。
「かち割る!」
「マキナっ!?」
奇襲ともいえる背後からの攻撃。マキナはテスカトリポカに斬りかかった。だが、その俊敏さを活かし、また攻撃を避けられる。その際にカエデの刀にまきついていた蛇もほどけた。
「いまだ、逃げるぞ!」
マキナの呼びかけにカエデは走った。二人同時に煙幕から逃れ、くるっと方向転換をする。ちょうど二人の背後には安否を心配していた四人が立っていた。
「二人とも大丈夫ですか!?」
恵が今度は声を上げた。二人は苦笑しながら肯いた。そして視線を煙幕の向こう側に戻すと、ゆっくりと晴れていくことに気がつく。穂鳥がぴくっと何かを感じ取る。そして、彼女には珍しい……大きな声で叫んだ。
「伏せて!」
叫びと同時に煙幕が渦を巻いた。そしてこちらに向かって火炎放射が放たれる。6人はとっさに左右に飛んで頭を伏せた。すぐ隣を通過していく火炎の劫火。しばらくして劫火が止むと、6人は顔を上げて後ろを覗き込んだ。山火事……にはなっていない。なぜならその熱で燃えるどころかすでに灰と化した草木が視界に映ったのだから。
テスカトリポカは六人の姿を確認するとグルグルと唸る。そして全身からモクモクと先程吐き出した同じ煙幕が湧き上がる。つまり、もう一度あの火炎放射が発射されるということだった。
「させない!」
「やらせるかよ!」
恵とマキナが瞬時に動いた。恵はすぐさまテスカトリポカの中にスタンエッジを打ちはなった。口の中に放り込まれたこのスキルの特性は『スタン』、つまり怯むということ。それが見事に成功した。
マキナがその隙にテスカトリポカの懐に入り込んで顎を下から拳で突き上げる。
「口は閉じてろ!」
放たれるはずの火炎放射が口の中で爆発した。テスカトリポカへのダメージは大きかった。その隙に残った四人が動き出す。
「チャンスは逃さないよ!」
ソフィアから再び炎の塊が放たれた。マキナはすぐさまその場から離れ、テスカトリポカに直撃するのを見届けた。業火の中で一匹のトラが咆哮を上げる。
「はああ!」
「これでも食らってろ!」
カエデと智美は刀を構えてテスカトリポカを横から挟んだ。スタン効果の所為で動くことができない。カエデの刀はテスカトリポカの左の前足を、智美の刀は蛇の頭を見事に切り落とした。これで絶対に逃げ切れない。
「塵と化しなさい……ライトニング!」
静かにそっと、穂鳥はライトニングを黒曜石めがけて放つ。もう腕を切り落とされたテスカトリポカは身動きが取れない。よって、黒曜石は……無残にも砕け散った。
この日、村中に一匹の獣の咆哮が山彦のように繰り返されたという。
●黒曜石の祝福。
「おかわり!」
マキナが手に持っていた茶碗を村人に渡してそういった。
テスカトリポカ討伐の後、村人全員から感激された6人は現在村長の家で食事中である。先程から無言でせっせとマキナは食事を放り込む。
「しかし、今回の敵は中々に厄介だった」
智美の呟きに一同が肯く。
「まあ、無事に討伐できたからいいんだけどねえ」
ソフィアはパクリとお米を食べてそういった。どうやら個々のお米が美味しいらしく先程からにやけ顔が止まらない。
「カエデさん、大丈夫でしたか? テスカトリポカとあんなに近くで交戦して」
「まあ、うん、なんとか生きてるし」
恵の心配そうな言葉にカエデは微笑んで返した。どうにもこうにも目立った傷はなく、奇跡ともいえる攻防をカエデはしていたらしい。
「……よかった」
穂鳥は胸ポケットにしまった鏡をなぞりながらそっと五人を見渡し呟くのであった。