●貪欲の窮奇
12人の撃退士達ははすぐさま公園内で班にわかれ、行動を開始した。だが、予想もしなかったことがすでに起きていたのだ。それは空高くにある一つの点。その点の正体こそ、今回の目的の異形である。
猪狩みなと(
ja0595)は空中に浮遊する窮奇を見つめながら溜息を吐いた。空中に飛んでいるというのがあんなに面倒だとは思わなかった。
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)と月詠神削(
ja5265)はそれぞれの獲物で窮奇を狙う。だが虎綱の手裏剣と神削の矢は放つたびに発射される鋭い毛で防がれてしまう。そしてその流れ弾が六人を襲うのだ。体力を無駄に消耗するという負のサイクルの始まりである。
「参ったでござるなあ……。影縫で結ぶとしても影が小さすぎる」
「しかもなかなか下りてこないし…」
正直二人はお手上げである。結城馨(
ja0037)までもが手を余らせるほどだ。見つけた瞬間、すぐさま窮奇空中へ飛行してしまい。それから様子を見るようにグルグルと宙に浮かぶ。手裏剣と矢で攻撃しても鋭い毛の所為でダメージを与えることができない。
だが、そんな中でも遠距離攻撃スキルの持つ二人はずっと狙いを狙っていた。この攻撃を避けられると、逃げられる可能性があるからだ。じっと、じっとグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)と礼野 智美(
ja3600)は待った。
そして……
「その翼、射抜かせてもらうよ。貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
「この剣の錆となれ!」
智美の剣からは飛燕が、グラルスの魔道書からはトルマリン・アローが放たれる。窮奇はすぐさま反応し避けようとしたが、翼にかすってしまい、地面に落ちる。急降下する。
落ちてくる獲物をにたっと笑ってみている少女は嬉しさのあまりこう叫んでしまう。
「チャアアンス!」
すぐに動いたのはみなとだった。ウォーハンマーを構えて落ちてくる窮奇を叩きつける。腹部を強打して声にできない呻き声をあげる。横にとんだ窮奇はすぐさま体制を立て直して地面に脚をつける。ふっと前を向いた時にはすでに虎綱が立っていた。
「折角いい気分で桜を愛でていたのに・・・無粋な輩で御座るよ」
忍刀ですばやく窮奇を斬りつける。ハリネズミの様な毛と身を切り裂く。赤い血が噴出す。
「あまりにも呆気ないな」
「Sagitta, Sagitta, Sagitta, frangere pro Magna Carta.」
神削の矢と馨のエナジーアローがひるんだ窮奇を貫いた。ゆっくりとその身を地面に倒し、霧と化す。
「とりあえず一匹だな」
智美の言葉は窮奇の飛行時間の長さにくたびれていた本音であった。
●盲目の渾沌
こちらの班もどうように宙に浮く異形に対して溜息を吐くしかなかった。見つけたと同時に向かってくるわけでもなく瞬時に空に向かって翼を動かす。そして空中をウロウロ。六人は上を見上げて目標を捕らえた。
「四凶ね。なんともまぁ、めんどくさそうな名前だな・・・おい」
御暁零斗(
ja0548)目の前に居る渾沌をみて呟いた。先程から音に敏感に反応するためあっちに行ったりこっちに行ったりとしている。そして現在空中に飛行し、様子を伺っているようだ。
丁嵐桜(
ja6549)、珠真緑(
ja2428)、インニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)はすぐさま遠距離攻撃の態勢をとる。
「にがさないよーっ!」
「中国から態々ごくろうさん!」
「地に堕ちればこっちのもの。逝って頂戴」
闇纏の雷矢、羽弓の矢、雷球の三つの攻撃は一直線に渾沌を狙う。だが、攻撃は発射されると同時に渾沌が移動することで避けられた。やはり音に敏感なだけあって「発射した」音だけで気づかれてしまう。
渾沌の聴力はその音で『全てを見分ける』ことも可能である。つまり、攻撃なのか雑音なのかどうなのか、判断もできるということだ。
「うんにゃろーっ!」
桜が矢を乱射してみる。だがそれもひらりひらりと馬鹿にするかのように避けるのであった。風を切る音を聞いて反応しているのだろう。桜が悔しさのあまり叫んでしまう。
「ちょこまかちょこまか面倒な奴ねえ」
縁は苦笑して呟いた。隣に居る二人も似たような表情しかできなかった。あまりの悔しさに手が震える。
だが、別に他の案がないわけでもなかった。対策だってきちんとしている。
「面倒だが、こんなのはどうだ?」
零斗はどこから取り出したのか大量の爆竹が詰まったペットボトルを投げつけた。渾沌が移動しようとした時、ペットボトルが爆発をした。パニックに陥った渾沌は上も下も分からず暴れだす。全身が聴覚のようなものである渾沌にとって近くでの爆発音は大ダメージであった。
「獅堂! いまだ!」
玄武院拳士狼(
ja0053)の叫びにすぐさま獅堂遥(
ja0190)は駆け寄る。拳士狼が駆け寄る遥を下から支え、空中に投げ飛ばす。一直線に遥は渾沌へ向かった。
「空を駆る者は貴方達だけではないのですよ?史実通り懐かなくていいですが地に伏せて下さいね」
刀を構え、体を巻き込むようにして作り上げた遠心力により渾沌を地に叩き落した。ゆっくりと遥は速度を落として地面に向かう。
「…四神の名において、お前達の好きにはさせん…!」
「まってたぜ!」
拳士狼と零斗がすぐさま急降下する渾沌に近付く。零斗は迅雷で勢いに任せ翼に畳み込む。そして爆竹入りペットボトルに火をつけた。その間に拳士狼は連続攻撃で拳を突き上げる。ホゥアッター!という掛け声も忘れずに、二人は同時に離れ、ペットボトルが爆破する。逆さまに落ちる渾沌に追い討ちをかけるようにインニェラ、桜、縁の三人はもう一度攻撃をする。
「お願い届いて!」
「今度こそ!」
「その命頂くわ!」
絶対に今度こそしとめる。そんな思いで放った攻撃。三人の思いが伝わったのか、三つの攻撃は見事に直撃し、地面にひれ伏した。霧となった。そのとき異形は叫び声もあげずにただ不気味にこちらをみて笑っているのである。その恐ろしさは言葉にはできない。
六人からはとりあえず安堵の溜息が漏れる。
だけど、なにかが引っかかる。全員がそれを感じ取っていたがどう説明すればいいのか分からず思わず途方に暮れてしまっていた。
ひとまず、二匹目討伐完了である。
●猛進の檮骨
北班の六人は東へと向かっていた。
「にしても呆気なさすぎじゃないか?」
神削は走りながら疑問を口にする。他の五人も走りながら頭をかしげる。確かに飛行能力のある北の窮奇はあまりにも簡単すぎた。
「考えすぎでござるよ」
「いや、俺もひっかかる」
虎綱の言葉を智美が否定した。「ほえ?」と虎綱が唖然としているとみなとが声を出した。
「ええ、そうかな? 別に簡単に倒せたんならいいじゃん」
「そう考えるのが普通だけど、確かに違和感はあるね」
グラルスは考えるように呟いた。すると馨が何かひらめいたように表情を変える。
「もしかして……『翼』があるっていうのは弱いからじゃないの?」
「どういうことでござるか?」
「つまり、『翼』は文字通り逃げるための道具で自分が強くないから翼があるんじゃないの?」
「ということは……?」
神削が顔をゆがめた。そのとき、目の前に一匹の獣が姿を現し六人は足を止める。猪のように巨大な牙と長い尻尾。虎のようなその獣は六人を睨んで動こうとはしない。
だが、その異常さはひしひしと伝わる。先程の窮奇とは何十倍も違う。
「全員武器を構えろ!」
智美の叫び声で急いで武器を構える。全員の手には自然と汗が溜まり、緊張が走る。
「っトルマリン・アロー!」
グラルスは額を狙ってトルマリン・アローを放つ。それに合わせて檮骨が突進を開始する。直撃―だが、止まることは無かった。一瞬だけ振るんだが、それでも足は止まらない。
「なんだこいつっ!?」
神削は叫びつつも弓を引いて矢を放つ。だが、刺さるどころか牙で防がれてダメージすら与えられない。猛獣の如く突っ込んでくる檮骨を六人はひらりとかわしてすぐに後ろを向いた。檮骨はブレーキをかけて鼻息を荒くし、こちらを睨んでくる。
「……あれが噂の『暴走』ね。やっかいだわ」
馨は汗を流しながら答えた。注意しろといわれたが確かにこれは厄介だ。檮骨は再びこちらに向かって走ってくる。正面から戦っても時間の無駄だ。
檮骨にたいして6人は武器を構え、攻撃をしかける。だがどれもかれもその突進の勢いに負けてしまい吹き飛ばされてしまった。思わず智美の口から舌打ちが聞こえる。
さきほどの敵とは大違いの強さ。予想もしていない出来事だった。
すると、みなとが立ち向かう。
「私がその牙、叩き折ってあげるよ」
猛進する檮骨に立ちふさがり、ウォーハンマーをかまえる。他の五人はみなとの突然の行動にすこしあたふたとし身構えるのが遅れた。檮骨も理解しているのかみなとに突っ込む。
「みなと!」
智美が叫ぶ。みなとはその声を聞いてかどうかは不明だが、表情を一瞬だけ明るくする。檮骨と、ともみが接触する一秒前……道が開けた。
一瞬だった。みなとはくるりと体を回転させて見事に横を通過する檮骨。そしてその遠心力を使って全力でウォーハンマーをフルスイングする。見事に牙に直撃し―右の牙が砕け散った。
「これで見た目も猪だったら完璧に私の勝ちフラグだったんだけどな!」
みなとはにっこりと笑ってそのままアイコンタクトで虎綱に合図を送る。
「合点承知!」
すぐさま印を組んで目標を檮骨に集中させる。虎綱の影から無数の黒い帯状の物が出てきて、そのまま檮骨を狙う。帯は檮骨を貫き、そして地面と影を縫い付ける。
「影縫の術のお味はどうでござるかな?」
檮骨はその場でじたばたと暴れるが全く動けそうにない。これは最大のチャンスでもある。すぐさま動いたのは神削とグラルスが構える。
「今度こそ…! トルマリン・アロー!」
「チャンスは逃さない!」
二本の矢は真っ直ぐ檮骨の頭部を狙ったものだった。飛んできた矢は檮骨の額に直撃。化物のような叫び声を発してさらに暴れだす。一方二人は今ので倒せなかったことに少々戸惑いを感じた。
「なんて頑丈な奴なんだ…」
智美は呟きながらも刀を抜き取り、そして檮骨に駆け寄る。
「だが、この刀の前では無意味!」
空中にとび、重力に身を任せそのまま斬りつける。シャギンっと音が鳴り、一度突っかかってしまった。それでも智美は諦めずに腕に全力で力をこめる。
「裂けろォォォ!!」
叫んだ。全力で叫んだ。そして……刀から伝わる獲物が裂ける感覚。檮骨の腹部がふたつに分裂したのだ。六人は檮骨が完全に消えてなくなるまで、その場から動こうとはしなかったのである。
「なんだ? 今の強さは。全くの別格じゃないか……」
「たしかに……予想外だったでござるよ」
神削は冷や汗をぬぐって呟く。虎綱も動揺を隠せないでいた。六人の頭の中に一瞬、向こうのチームのことが気になった。いや、多分だが、どうにか大丈夫だろう。そんな確信を持っていないと、緊張感から逃れることができないからである。
ひとまずこうして三対目の四凶は討伐されたのだった。
●暴食の饕餮
「くそ! なんだこいつは!?」
拳士狼は目の前で何度も噛み付いてくる異形の存在に対して叫んだ。異形―饕餮は何度も何度もガシガシと噛み付く動作を繰り返し、拳士狼を後ろへ追いやる。攻撃しようにも目を疑うような速さで噛み付いてくる饕餮に対して逃げるだけだった。
情報の通り暴食の能力はやっかいなものであった。自分の武器さえ粉々に破壊される恐れがある。下手に攻撃するのに6人は僅かながら抵抗があった。遠距離から攻撃を試みるも、その攻撃さえも食されてしまった。
「あまり調子に乗らないでくれるかしら!」
縁は饕餮に向かって電球を繰り出す。だがすぐに饕餮は顔の向きを電球にむけて口を大きく開けた。ギャシャンという音が鳴り響く。みごとに電球を―喰らわせる。
「うそでしょ……」
縁は思わず唖然としてしまう。その後ろから遥がはしりだし刀で饕餮の首を狙う。
「流浪風桜打!」
一瞬に懐に入って右に流れるように刀を振るう。錯覚だと思わせるような綺麗な光りのラインが浮かび上がる。見事な一撃だっただろう。しかし遥も目を疑う。刀はがっちりと角で押さえられ切ることができていない。懐に入ったままの状態だった。饕餮がこの隙を逃すわけも退く、巨大な爪が襲い掛かった。
「っ!?」
思わず目を瞑ってしまった。だが、その瞬間後ろから誰かの叫び声がゆっくりとした感覚で耳に届いたのである。
「させるかよ!!」
零斗はスキル迅雷を使いすぐに遥の隣まで移動する。そして第二のスキル疾風を使い遥を抱きかかえたまま爪の攻撃を見切る。そのまま余計なことはせずにバックステップで距離をとる。
「あ、ありがとう」
「礼なんてあとだ。あの面倒なのをさっさと片付けるぞ」
零斗はきりっと饕餮をにらみ舌打ちをする。
完璧にフリーをなった饕餮に向かって四股をふむ桜は掛け声を上げた。
「よっと、ドスコーッイ!」
すると全身からは説明不能ともいえる力が湧き出てくる。右手に持っているウォーハンマーをかまえて突っ込んだ。
「せりゃああ!!」
まずは一撃。全力で振り下げるがひょいと避けられる。
「まだまだァ!!」
二撃目。ゴツンっと鈍い感触が手に伝わった。爪で防ごうとした饕餮の腕をへし折ったのである。これにはたまらず饕餮自身が後ろに下がる。だが―
「さっきはよくもやってくれたな」
拳士狼が拳を振り上げて待機していた。饕餮は方向転換を試みたが、あっけなく捕まってしまう。
「アーッタッタッタッタッタッタ! ホゥアタァ!」
連続で突き上げられる拳に思わず吹っ飛ばされる。その先には不気味ににやりと笑うニンニュラの姿があった。
「痛いのは生きてる証拠よ。だからその痛みを消滅させてあげる」
インニュラの足元にある魔方陣から紫色の弓矢が何十本と発射される。饕餮はすぐ顔をそちらに向けて口を開けたが、その量に圧倒されて串刺しにされる。
「もう一度!」
縁はエナジーアローをもう一度発動し、饕餮を完璧に針山とさせてしまった。地面にぐったりと倒れる饕餮。だが、情けなんてかける暇はないのである。
「これで最後!」
遥がチャンスとばかりに切りかかる。先程とは違い真っ直ぐ首だけを狙った。そして――みごとに首と胴体が切断され、饕餮は霧になって消えていった。
●愚考の四凶
12人は公園中央の中央に集まり、花見をしていた。一般人も花見を再開し、あたりは和やかな雰囲気を楽しんでいる。4体のディアボロ達の残していった傷跡は今後修復されることとなっている。一番被害が多かったのはやはり暴食の饕餮が行動していた地域だろう。あたり一面食い散らかされている。
すこしだけ桜の花びらが散ってしまった公園だったが、楽しむには十分な場所。
そんな場所で互いに笑いあい、そして楽しめる場所を守ったという充実感は言葉に表すことができないほど大きなものだった。