●黒い森
「イギリスに帰れ!と言いたくなるヤツが現れたな〜。ココは1つメルヘンの世界に送り届けてやるか!」
大城博志(
ja0179)は首からホイッスルをぶら下げて意気揚々を言葉を発した。向坂玲治(
ja6214)は「まあ、はい」と曖昧な返事を返す。なんと言っていいのか、返事に困る発言だった。今回の討伐目標である『妖精王オーベロン』は確かに名前の響きは『外国っぽいしメルヘンっぽい』が「イギリスに帰れ」というのはなんとなく違うような……と言い出せないのであのような返事となった。
「それにしても通信機が使えるってのは以外だったな」
玲治は右手に持つトランシーバーを片手にぼそっと呟く。携帯電話の電波はまったくダメだったがトランシーバーが使えたのは奇跡とも言える。
「鈴蘭ちゃんとか花火持っていたけど、大丈夫か?」
「知りませんよ、そんなの。位置を知るためにはいい策ですけど、危ないような気がしますし、大城さんは大人なんだから気づいたんだったら注意してあげましょうよ」
「わり、俺の頭は中学生だ!」
「自信満々に言われても困ります……」
ひとまず現在二人は中々に困っていた。というのも先程から草むらに隠れながら移動しているのだが、森は昨夜の山火事のために草木が途中でなくなる可能性があるのだ。森中カメムシだらけでどうにかオーベロンのところまでは無傷で行きたいのだ。
「森中カメムシだらけか……爆発もそうだが、匂いを移されないように気をつけましょう」
辟易した様子で言う玲治。一方博志はちらりと草むらの中からあたりを見渡す。ざっと数えれる程度でカメムシは十を余裕で超える。自然と博志は溜息を吐いた。
「しかし、面倒くさいなあこの数は」
「面倒ですけど、どうしますか? オーベロンの姿は見えませんし、いっちょ派手に暴れますか?」
「んー、出来れば背後からの攻撃がいいんだけど。ほら、襲ってくると嫌だし」
「それじゃあ一匹ずつ地道に狩って行きましょう」
二人は背伸びをした後、山火事で黒く変色した森の中に走っていった。
●蠢く害蟲
一匹のカメムシが大太刀で二つに引き裂かれる。機嶋 結(
ja0725)は自分の周りに転げ落ちているカメムシの残骸を見つめながら太刀を鞘へ戻す。探索の途中両手で数えれるほどのカメムシたちが襲ってきたために戦闘態勢をとった。その中でも結は一瞬にしてカメムシたちを圧倒する。
「害蟲が……」
静かに呟く結にエステル・ブランタード(
ja4894)はニコニコ笑顔で近付く。迷彩柄の服に着替えており、以外にも似合っている。結のあまりにも早すぎる業に興味を引かれたようだ。
「すごいですね機嶋さん! 一瞬であの数を倒すなんて」
「別に、どうってことないです」
「謙遜しなくてもいいですのに〜」
ニコニコ笑顔で話すエステルに結はまったく表情を崩さない。なんとも不思議なやり取りを繰り返す二人だった。そんな空間からちょっと離れたところで暁 海那(
ja7245)は先程からじっと森の様子を伺っている。どうにもこうにもカメムシとの接触率が少なすぎるのだ。予想していたのはもっとうじゃうじゃ居るのかと思ったのだが、先程であったのでやっと十五匹程度。何かが引っかかる。
「あー、あー。こちらエステルです。大城さん達聞こえますかァ?」
『ちょっと悪いけど今手が離せそうにもないぜ!』
状況確認のためにエステルがトランシーバーを使って連絡したのだが、返事を返した大城はそれどころではないらしい。
『こっちはびっくりするほどカメムシが多くてな、俺達だけで今何とかなぎ倒しているんだけど』
『大城さん、しゃべる暇があるならこっち手伝ってください! ってまた五匹きた!?』
『爆破はしないが、数が異常に多い。もしかしたら人数が少ない俺たちを先に狙っているのかもしれない』
「ということ、オーベロンは私達の侵入に気がついていると?」
結の言葉にトランシーバーの向こう側で『たぶんな!』と玲治が叫ぶ。海那は舌打ちをした。なるほど、それでこちらには少量のカメムシしか居ないはずだと納得できた。
「俺たちも急いでオーベロンを探そう。あのガキ二人がくたばったら洒落にはならない」
海那の言葉に二人は肯いて森の中を駆け巡るのであった。
●妖精王の歓楽
「わはー♪今日は火遊びだー、リリーもいっぱいいっぱい色々と燃やしちゃうぞー♪」
方位磁針片手にルンルン気分ではしゃいでいるのは鈴蘭(
ja5235)は先頭をきって森を探索していた。その後ろをフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)と六道鈴音(
ja4192)は少々警戒しながら歩く。こちらは今のところ一匹もカメムシとは遭遇していないのである。あまりにも不自然すぎるこの状況に緊張する二人。だが鈴蘭はお構いなしである。
「ふっふのふーん♪ 只今8156歩、歩きましたー」
「鈴蘭ちゃんすごいね。数えていたの?」
鈴音の質問に元気よく答える鈴蘭。二人は感心し、自然と口から「へー」と言葉が漏れる。これは鈴蘭の『癖』ともいえる行動だった。それは彼女の生い立ちにも関係することなのだが、個々ではあまり深く語らないで置こう。
「それにしても不自然と思わないか?」
フィオナが足を止めて呟いた。残りの二人も足を止めてフィオナの言葉どおり、不自然だと感じる。カメムシどころか『何も』いない。動物も昆虫も……そして木々さえもだ。焼け野原となったこの場所には何もないのだ。本当に……なにも。
「オーベロンはもうどこかに行ってしまったのでしょうか?」
「リリーもそう思うよー。だって、何もないしィ」
「そう考えるのが妥当だが、王というのは『居座るもの』だ。我が一番分かっている」
「うん? ということはリリーたちの近くに居たりするのかな?」
「さあ、でもカメムシが居ないのは不思議すぎて―」
鈴音が後ろを振り向こうと、いや振り向いた瞬間に目に止まってしまったのだ。見間違えるはずもなく、見失うはずもなかった。『蟲』はゆっくりと森の中を歩いていく。
こちらに向かって。
「二人とも、オーベロンです!」
鈴音の言葉に二人も視線がそちらに向く。確かに情報にあったとおりの姿だった。オーベロンはこちらに気がついたようでゆっくりと向かってくる。羽からは鱗粉がまかれ、ゆっくりと周りが霧のように包まれる。
「鈴蘭!」
「準備完了ですよー」
鈴蘭はロケット花火に火をつける。そういえば、ロケット花火ってビンなどに一度入れてから飛ばすはずじゃ……と鈴音は頭の中を過ぎったが、鈴蘭は何も気にせず手に持って、そして、投げた。
空中で一度止まったかと思った花火は尾から火花を撒き散らして空中へ上がる。バンっという爆音が鳴り響いた。その音を合図に鱗粉がカメムシへと姿を変えたのだ。数はおよそ二十。急いでフィオナはトランシーバーを手に取る。
「全員に報告! オーベロンを発見。カメムシはおよそ二十匹。至急きてくれ!」
「フィオナさん、きます!」
カメムシたちは羽を羽ばたかせて三人へ突っ込む。鈴蘭は急いでロングボウを構えて攻撃を開始する。前方にいた五匹のカメムシを貫き、死滅させた。だがすぐに後ろから他のカメムシがやってくる。
「きりがない! 一旦退くぞ!」
フィオナが叫ぶ。後ろを振り向いて駆け出そうとしたとき、カメムシたちの後ろでオーベロンが両腕を広げて、羽を赤色に染めているのが見えた。……爆発の合図。
「伏せろ!」
「キャっ!?」
その叫び声が誰のものだったのかわからないが、情報の通りカメムシたちは爆発をした。フィオナはとっさに二人を庇うように二人の上に覆いかぶさった。背中の向こうで爆発が起きているのが分かる。爆発は二秒ほどで収まり、すぐさま立ち上がると、自分たちが倒れていた2mほどさきの地面が抉れていた。あと2m。この距離の分カメムシが近くに居たらと思うと身震いが止まらない。
「二人とも立てるか?」
「なんとかア〜」
「大丈夫です。フィオナさんこそ大丈夫ですか?」
「問題ない。それより早く――」
と、立ち上がった目の前にはすでにカメムシが居た。後ろにはオーベロン。前方にはカメムシと囲まれている。フィオナと鈴音は唖然としてしまい動くことが出来ない。鈴蘭は小首をかしげて口を開いた。
「えっと、なんだっけ? 絶体絶命?」
「言ってる場合じゃない!?」
前方のカメムシが飛び掛ってくる。後ろからも無数の羽音が聞こえる。またオーベロンがカメムシを作り出したのだろう。鈴蘭の言うとおり絶体絶命である。鈴音の『六道封魔陣』では前方の攻撃しか防げない。防ぐ手段はないに等しい。
スローモーションのように向かってくるカメムシに三人はなすすべはなかった。だが、この依頼は別に三人だけで受けているわけではない。
仲間はいるのだから。
一陣の風と複数の銃声が鳴り響いた。前方に居たカメムシたちはあっという間に切り刻まれ、後方にいたカメムシたちには穴が開き墜落する。カメムシたちの姿が視界から消える代わりに、ショットガンを構える海那と大太刀をもった結が立っていたのだ。
「遅くなってすみません!」
エステルが海那の後ろから現れて三人に近付く。フィオナが腕に傷を負っていることに気がつく。二人を庇ったときについたものだろう。本人も全く気がつかなかった。
「フィオナさん、じっとしておいてくださいね」
エステルが傷口を覆うように手をかぶせると淡い光りが包み込む。ライトヒールによってフィオナの傷口がふさがった。
「助かった、エステル」
「いえいえ、ソレよりも先にあの妖精王を何とかしましょう」
六人の目の前に居る妖精王は自らの鱗粉に包まれ、キラキラと輝く。妖精のように煌めき、王のように存在していた。鱗粉はなんともいえない異臭を放ち、六人は思わず口元をふさぐ。
「…本当、私の邪魔ばかりする。悪魔の眷属という物は」
結が怒りをあらわにして吐き捨てた。太刀を構えて戦闘態勢だ。フィオナもツーハンデッドソードを両手で持ってオーベロンを睨んだ。
「我と結で直接オーベロンに攻撃するあとは援護を―」
フィオナが言い終わる前に結が駆け出した。「あ、ちょ!」と止めようとしたが時すでに遅し、急いで後ろを追う。残された五人はそれぞれの武器を構える。
オーベロンは羽を羽ばたかせて鱗粉を発生させる。みるみるカメムシの形状を作り出していき、すぐにこちらに向って攻撃してくる。結の視界にオーベロンの羽が赤くなりつつあるのがわかる。
「羽が赤く」
ぽろっとつぶやいたが後ろに聞こえるはずもない。舌打ちをしてバックステップをする。フィオナも目の前で結がバクステップしたのを見て停止する。一秒後、すべてのカメムシが爆破した。風圧と砂煙があたりを包み込む。援護部隊の五人にも爆風と砂煙が襲いかかる。
「伏せて!」
五人はすかさず伏せて爆風から身を守る。だが視界が砂煙に覆われフィオナと結の姿が見えない。それはオーベロンも同じだった。一か所に多くのカメムシを爆破させてしまったために自分の視界が隠れてしまった。
「虫は虫らしく、地べたを這いずって朽ちるがよい!」
「駆除する……!」
ばっと砂煙の中から結とフィオナが現れる。二人の刃物がオーベロンを狙った。すかさず細い腕で身をかばうように二人の攻撃を弾いた。細い割に高度は高いようである。オーベロンは羽を広げて鱗粉を再びまく。今度は今までの量とは桁外れで、投影されるカメムシの数も尋常ではない。二人はその量に少々身を引こうとする。
「ふふふ、たくさん殺したいなあ、カメムシさん♪」
「これ以上迷惑なものをばら撒くのはご遠慮願います!」
「俺たちに任せろ」
鈴蘭のロングボウと海那のショットガンから強力な一撃が無数に放たれる。スキル、ストライクショット。確実にカメムシを一匹ずつ落としていく、エステルのスクロールからは光の球が発射され三匹ずつほどカメムシを仕留めていった。カメムシたちは逃げ回るように飛ぶが確実に数は減ってきている。オーベロンも爆破することは簡単ではない。爆破すれば自らも巻き込まれるからだ。それなら―
オーベロンは羽を動かし空中へ飛び立つ。鈴音がエナジーアローをすぐに放ったがカメムシに邪魔されて届くことはなかった。だが、結は迷わず動いた。
忍者のように気を駆け上り、頂上まで着くと宙に向ってジャンプ。目の前にはオーベロンがいるのだ。
「…さっさ…と、消えろ…っ」
太刀を振り、オーベロンの羽へフォースを放った。片翼に命中し、ひらひらと墜落する。結は追撃をするため墜落するオーベロンに太刀を突き立て、自らも落ちる。
だが、計算外なことが起こる。一匹のカメムシが結に向っていた。援護部隊は他のカメムシでいっぱいいっぱい。フィオナもカメムシの駆除で間に合わない。目を見開いて結は顔をゆがめる。
地面にたたきつけられたオーベロンはどこか勝利の表情で羽を広げ、そして赤く染め上げようとする。爆発する―と思ったが、草むらから二つの影がオーベロンの目の前に飛び出す。
「散々爆発で炙られたからな……お礼といっちゃなんだが、これでも喰らっとけ!」
「生きがんなよ!」
そう、博志と玲治である。博志は百科事典を開き、叫ぶ。玲治は銀色の炎に包まれた斧を構えてにやりと笑った。オーベロンはもちろん羽はもげ飛ぶことはできない。爆破させるにも―間に合わない。
「「いっぺん果てろ!!」」
博志は灼熱火砲をくりだし、玲治は聖火で強化された斧を振るう。炎は結に向かうカメムシを焼き殺し、銀色の炎に包まれた斧がオーベロンを胴体から切断する。炎が火柱となって天高く上る。
ギャラアアアアアアアアアアアアアア
オーベロンは叫び、そして灰へと化したのだった。
●終焉の黒煙
オーベロンが灰になると同時にカメムシたちは一瞬にして鱗粉へと姿を変えた。
八人は互いの無事を確認し、安堵のため息を吐いた。八人での帰り道、鈴蘭が疑問を問いかける。
「ねえねえ、大城と向坂は何で来るの遅かったの?」
ギクっと二人の方が震える。
「いやー、ねえ、大城さん。仕方ないよな」
「ああ、うん。仕方ないよ。カメムシが多すぎるんだから」
「そんなに多かったんですか?」
鈴音の言葉にうんうん、とうなずく二人。
「ざっと200は倒した」
「……ご苦労様です」
玲治の疲れ切った声にエスエルはそんな言葉しかかけてやることができなかった。
何はともわれ、妖精王を屈服させることができた。
八人の歩く後ろでは終焉の黒煙がいまだに立ち昇っていた。