●静かな森
森の中は不思議なくらいに静かだった。鳥のさえずりも、虫たちの合唱も、風の気持ち良さも感じられない。不思議というより――不気味だった。
「円卓、なぁ……便宜上の名とはいえ、気に入らん。あれは悪魔如きにつけていいほど軽い名ではない」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は腕を組み、目を閉じながらつぶやいた。見ての通り彼女はご立腹だった。何を隠そう彼女は『円卓』の名を使っている部に入っている。そして彼女自身、英国騎士の生まれである。『円卓』も『騎士』も彼女にとっては気に入らない。
「とりあえず落ち着きましょう。わたくしも気に入りませんが、まずは探索です」
「むう、そうだな」
そう言ってフィオナを落ち着かせたのは柳津半奈(
ja0535)だ。彼女は先ほどからずっと静かである。さきほどしゃべったのが出発してから初めて口から出た言葉である。
「にしても、騎士はどこにいるんでしょうね?」
「一応、地図と情報ではこのあたりなんですけどぉ……」
天羽マヤ(
ja0134)は地図と睨めっこ。十八 九十七(
ja4233)はあたりを見渡している。マヤはこの森に入る前に近くの民家から地図を貰い、それを利用してここまで部隊を引き連れてきた。学園から騎士と遭遇した情報も入手しており、準備は人一倍にしていた。九十七はきょろきょろするのをやめてため息をついた。かれこれ森に入って一時間ほどたっている。少々飽きているのかもしれない。
そんな九十七に朗報が空から飛びこんできた。
「発見しました! 騎士と赤い球体です!」
六道 鈴音(
ja4192)はコンパス片手に叫んだ。そしてその騎士を見つけた張本人――礼野智美(
ja3600)は双眼鏡から見える二体の騎士と宙に浮く赤い球体をとらえていた。
この二人は木に登って上から騎士を探していた。この二人は木登りには少々自信があったので率先して登っていた。ただし木から木へと行くのは少々難しかったのである程度移動して木に登る――これを繰り返した。
「やっと見つかったね」
鈴音はにっこりと笑って智美に話しかける。
「はい、ですが討伐が目的だからまだまだ安心するのは速いですよ」
ポケットから智美は携帯電話を取り出し、画面に映る電波が二本だけ立っていることを確認して再びポケットになおす。
「こんな山の中なのに電波が届くことにびっくりしたな」
「ですよねえ。ま、とりあえず下に降りましょう」
二人は軽快に下におりた。そんな姿を見て四人は感心していた。サバイバル術を身に着けているマヤですらも二人の身軽さには驚いた。
「お二人ともすごいですねえ」。
「木登りは得意です。里山駆け回って育ちましたから」
智美は胸を張って答えた。確かにこの女子だけの中では一番男らしい。
「西の方向に騎士は移動しています。急ぎましょう」
鈴音の言葉に五人はうなずいて、西へと足を進めた。
●異常と異様と異形
それから十五分ほどして発見した。
一体目――剣を片手でもち、鎧に身をまとった『異常』
二体目――槍を装備し、同じ鎧に包まれた『異様』
そして――宙に浮かぶ巨大な赤い球体『異形』
「それじゃあ、私は隠密行動開始です」
六人は五十メートルほど先から茂みに隠れて観察していた。 マヤは目をつむり静かにつぶやく。
「遁甲の術……――」
するとすっとマヤから気配が消えていく。そこにいるのが目で確認できているのに気配を感じ取れない。何とも言えない感覚に五人は息をのんだ。一言で言うと『すごい』のだ。
「それじゃあ行ってきます」
マヤは騎士達とは反対方向へ走り出す。後ろからまわって奇襲を赤い球体にかける予定だ。マヤの姿が見えなくなると五人は互いを見つめて士気を高める。
だが、先ほども言った通り謎が多い依頼だ。アウェイなことが起こる可能性が高い。五人はそのことを胸に強くおさめた。
「それでは作戦開始だ……!」
●騎士としての誇り
五人はすぐさま騎士二体の目の前へ現れた。騎士は五人の姿を確認すると剣と槍を構えた。すぐさま三人と二人に別れた。フィオナ、智美、九十七は剣騎士の前へ立ちふさがる。
「我が正面から切り込む、二人は隙をついて回り込め」
フィオナは言葉を発した後にすぐさまツーハンデッドソードで切りかかる。騎士の剣と交わりギリギリと音を立てながら睨みつける。
フィオナはぐっと力を入れて抑え込もうとしてみるがまったく動きそうにはない。ディアボロである騎士は伊達ではない。確かに一対一では厳しいものがあっただろう。
「ボールドウィンさん! 赤い球体は情報通り背中にあります!」
背後に回っていた智美が叫ぶ。そして球体を確認できたなら攻撃するのみ。打刀を構えて騎士に向って振る。打刀から放たれる高速の一撃、飛燕が放たれる。地面をえぐりながら騎士を狙う。
「きゃ!?」
剣騎士はフィオナを軽々しく弾き飛とばし、くるっと後ろを向いて智美の飛燕を剣で弾き返した。やはりそうも上手くいかないかと、智美は舌打ちをした。フィオナも急いで立ち上がりツーハンデッドソードを構える。騎士は首を動かし智美とフィオナの様子を伺う。二人は動こうとしない。騎士も同様に。だが、ここで動く人間が一人。
「愚鈍な騎士では、弩には勝てません事よ?」
瞬時に剣騎士の懐にもぐりこんだ九十七はサバイバルナイフで騎士に一撃を与える。剣騎士も突然のことで反応が遅れる。ちょうどナイフは腹部に突き刺さる――いや、鎧は固く刺さりはしない。
「ちぃ……やっぱり固いですの」
剣騎士から離れてフィオナの横に立つ。
「俺の飛燕を弾き返すとは……」
「我の攻撃を受け止めるとは……」
「私のナイフが刺さらないとは……」
三人の台詞は違えも思うことは同じだった。つまり――面白いということだ。この三人の何かに火をつけてしまった。三人はにっと歯を見せて行動を開始した。
「はぁぁぁあああ!」
「おりゃぁぁぁあああ!」
フィオナはぐっと手に力を込めて剣騎士に飛び掛かる。重力に身を任せたツーハンデッドソードは騎士の剣を少しながら押している。智美も剣騎士に首に向って太刀筋をいれた。だが騎士は片手でフィオナのツーハンデッドソードを受け止め、空いた方の腕で智美の打刀を防ぐ。これで両腕が使えなくなる。
「がら空きですよ!」
サバイバルナイフからピストルへと持ちかえた九十七はフィオナの背後から現れ、ゼロ距離で兜に向って撃つ。パンっという乾いた音は兜に吸い込まれ、剣騎士の足元がぐらついた。その隙を逃がさずフィオナと智美は同時に剣騎士を横へ切り上げる。重装備の剣騎士がボールのようにとんでいった。
「俺たちを馬鹿にしてもらっては困るな」
「…久遠ヶ原の円卓第一席の名において、円卓の名を汚す者は何人たりとも許さん」
「私のピストル効いたでしょう、ええ、はい」
剣騎士は膝をついて三人を見上げる。赤い球体から今の攻撃で遠ざけることに成功した。ざっと二十五メートルほどだろうか。
もう一度、追撃をしようと三人がしたとき、声が響いた。
「この隙…逃しませんよっ。突撃っ!」
●無慈悲な騎士
フィオナが剣騎士に切りかかろうとした時、槍騎士の方は半奈と鈴音が立ちふさがっていた。こちらも睨み合い、双方動こうとはしない。
「騎士であろうと侍であろうと関係なく。民衆を脅かす刃に誉の与うる道理は有りません。この身に賜りし撃退士の任と責にかけ、必ず、討ちます」
半奈の台詞は正々堂々とした彼女にふさわしいものだった。ツーハンデッドソードを構えて槍騎士と対峙する。その後姿を見ていた鈴音は思わず見とれてしまう。
「私だって負けてられませんよ……!」
魔法書を開き、半奈の一歩後ろに立っていつでも援護できる体制をとる。
先に動いたのは槍騎士だった。槍を右手に持ってこちらに向って走ってくる。半奈もそれに合わせて走り出した。槍騎士は速度を落とさず、向ってくる半奈に向って突きを繰り出す。それを立ち止まって受け止めると、上手く流し槍の穂先を切り落とそうとする。だが、予想していたように槍騎士は槍を引っ込める。よって穂先は切り落とせず、半奈に隙ができてしまった。
「好きにはさせないんだから!」
槍騎士に向って薄紫色の光の矢――エナジーアローが降り注ぐ。槍騎士は半奈へ追撃をせずに矢から逃げるように遠ざかった。だが、逃げると同時に槍を鈴音へと投げる。とっさのことで鈴音の判断が遅れた。魔法で防ぐこともできない。
「っ」
鈴音がとった行動は目をつむることだった。襲ってくるであろう痛みを待ち構える。ところが痛み来ずに、空に向って金属音が鳴り響く。
「騎士道、等という物は持ち合わせていない様ですね」
「半奈さん!」
半奈がツーハンデッドソードで槍を弾いていた。半奈の本能ともいえるとっさの判断だった。槍騎士が逃げると同時に鈴音の近くまで走り、槍を弾き返したのだ。槍騎士は無反応で腕を前に突き出すと、槍が手の中に作り出された。半音は驚きもせずに静かに見守る。
「六道さん、あなたは先ほどと同じようにわたくしを援護してください」
「了解です! 絶対に守って見せますから」
再び槍騎士に向かって走り出す。左手をつきだし、魔具である盾を取り出す。槍騎士も走り出し、半奈とぶつかった。無理な攻撃はせずに隙ができるのを伺っていた。
一方鈴音はどうにか隙を作ろうと槍騎士をじっと睨んでその瞬間を待っていた。なかなか隙を作らない槍騎士。なら自分が作ればいいのだと――仲間を守れるなら――鈴音は静かに魔法書に手をかざす。じっと、じっと待ち続け、その時はやってきた。
「今っ!」
一本のエナジーアローを槍騎士に向って放つ。鈴音の待っていたその瞬間――自分の姿が半奈によって一瞬だけ隠れる瞬間である。動き回る半奈にはもちろん矢は当たらない。そして半奈に隠れていた矢が突然目の前に現れ、槍騎士は当然のごとく――反応できずに顔面へ突き刺さった。
(勝機…!)
二形・受構 で強化された盾を槍騎士にぶつける。面白いくらいに槍騎士は転倒し、兜と鎧の隙間を狙って剣を突き刺した。結果――切断。
だが、鈴音は違和感を感じた。違和感――というより恐怖をだ。確かに首に剣を突き刺した。その感触が――何かを切ったという感覚が全くないのだ。急いで切断した兜に目を向ける。その中身は――見事に空っぽだった。
半奈は急いで槍騎士から離れて鈴音の隣に移動する。鈴音は半奈がこちらに来るまでに、立ち上がる首のない槍騎士を不気味な表情で見ていた。
「あれはいったい……」
「わたくしにもわかりませんわ」
立ち上がった槍騎士。首はないがこちらに向ってしっかり臨戦態勢をとっている。兜は飾りでしかないのだ。二人はもう一度戦闘態勢を取ろうとした。
その瞬間だったであろう――マヤの声が響いたのは。
●奇襲と囮と騎士
「うぅ。服が泥だらけになっちゃいましたー…」
マヤは姿勢を低くして、茂みの中で赤い球体を観察していた。騎士達の注意は今現在確実にあの五人に向いている。先ほど剣騎士は十五メートル先へ吹っ飛ばされ、槍騎士は首をもがれた。これは確実にチャンス到来だろう考えた。
しかし、油断してはいけない。
うかつに攻撃をしていいものなのか悩んだが、躊躇している暇はない。
「この隙…逃しませんよっ。突撃っ!」
マヤは茂みから飛び出して赤い球体に飛び込んだ。迅雷――アウルの力を脚部に集中して爆発的に燃焼させ一瞬だけ猛烈な速度で加速。球体を破壊するにはこれで十分なはずだ。これで騎士たちが自分に気を取られ、背中を見せて隙を作る――作戦ではそうだった。
しかし、予想はしていたが起きてほしくないことが起きてしまった。
目の前に現れたのは剣を持った騎士と首のない槍を持った騎士。しかもよく見れば剣からは炎が、槍からは雷が放たれそうである。
「ちょっ!?」
予想していたこと――騎士が瞬間的に移動ができるということだ。どうやら本体は攻撃できないらしいが、こっちの予想は大正解である。
赤い球体を守るように立ちふさがる二体の騎士に突っ込む。だが、炎と雷で消されてしまうだろう。そんなことを考えているうちに炎と雷がマヤに向って走る。ちらっとマヤはなぜか横を見てみた。目に映るのはこちらに向ってくる三人。そう――三人である。
「初見だが、使えることを事前に知っていれば…この程度、対処は容易い…!」
「さがって! ここは私におまかせ」
フィオナと鈴音はすでにマヤと騎士達の間に入っていた。マヤの声が聞こえたときには二人はすでに走り出していたのだ。二人の頭の中には根強く『騎士の瞬間移動説』が残っていた。もちろんほかの三人にも忘れたわけではない。ただ反応が少し遅れただけ。だが――問題は、ない。
「六道封魔陣!」
鈴音の目の前に魔法障壁が出現し炎と雷を受け止める。フィオナはマヤを受け止めるとすぐさまその場から立ち去る。計算尽くされた動きだろう。
「Nerd!(間抜けェ!)」
九十七は叫びと同時に銃口から強烈な一撃を発射した。本人は剣騎士の胴体を狙ったつもりだったが、頭を直撃した。命中率が悪くなるという短所があるスキルだったが結果オーライだろう。頭に直撃したスラッグ弾によって剣騎士はバランス感覚を失い槍騎士を巻き込んで地面に倒れ込む。
騎士も運が悪かった。背中を空に向けて二体とも倒れてしまった。
「これで最後だっ!」
「この隙、逃しません!」
空中から二人――剣騎士の背中に向って智美は苦無を投げ、半奈はツーハンデッドソードを槍騎士の背中に突き刺した。二つの球体が砕ける。
『グギギャアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁ!!』
騎士は叫び――そして霧と化した。
「やぁぁああ!」
何が起こるかわからないため、フィオナはすぐにマヤを下すと手元にあったツーハンデッドソードを握り、銀色の焔で包み込んだ。これはスキル聖剣模倣である。剣を振りかざすと一瞬だけ黄金に輝き、宙に浮く赤い球体を破壊したのだった。
●円卓の騎士の最期
『円卓の騎士』を討伐した後六人は森の中をくまなく探索したが、ゲートなどは見つからなかった。しかし、意外なものが一つ見つかった。それは森の中にある小さな小屋だった。
小屋の中に――先ほど戦った騎士とまったく同じの鎧がずらっと並んでいるのである。
ここから先は六人の仮説でしかない。が、学園に提示するための資料でもある。
今回のディアボロは攻撃能力が全くないため、自らの分身を作り出し(小さな赤い球体)、それを別の対象へと憑依させる。コピーを探す途中でこの小屋の中にある鎧を見つけ、三体の騎士を作り出す。
もっと他にいい分身を作るために森を徘徊していたのだろう、という予想だった。
先ほども言ったが、あくまで仮説である。
依頼は成功したが、あのディアボロの本当の目的は謎のままである……。