●懺悔の氷結
四人の撃退士――四条和國(
ja5072)と神城朔耶(
ja5843)、夏野雪(
ja6883)、七水散華(
ja9239)は集まって音が先ほどから激しい方向を見つめていた。その中でも一人、朔耶は祈るようにして両手を握る。しばらくして、口を開いた。
「アウルの衣を皆さんに使用しました。少しでも、これでダメージが緩和するといいのですが」
「大丈夫ですよ。グリースでひとまず罠もはれましたし」
和國の言うとおり、先回りして罠も張った。最善の準備をしたのだ。すると散華は腕を組みながらケラケラと笑った。
「まあ、何かあったら俺に任せな。これでも丈夫なんだぜ? くかかっ」
「しかし‥‥タイミングがよすぎる。‥‥いや、自然発生じゃないのだから当然なのか‥‥」
雪は考えるように呟いた。だが、考えても仕方がない。
「二箇所に出現したディアボロ‥‥厄介ですが、人々を守るため。参りましょう」
雪の言葉に三人は静かに肯くのであった。
それから十分ほど待つと、変化がおきる。空気が冷たく感じるのだ。一気に気温が下がるのを肌で感じることができる。目標の【懺悔】が近い。そして、ソイツは視界に現れた。
「……でかい」
和國の呟きは、その右腕を見てのことだろう。ズルズルと地面を引きずりながら移動するディアボロは見ため的には【鬼】である。
「まずはグリースで」
と、トラップが仕掛けてある所まで後数メートル。ディアボロは動きを止めて――勢い良く腕を振る。
「きゃ!」
「うぐっ!」
四人はその風圧と冷たさに顔を覆うように腕を守った。風がやみ、ゆっくりと腕を下ろすと世界はまるで一変し、白銀の世界へと変わっていた。木々は凍り、地面には霜が。トラップであるグリースは灰のようにゆっくりと砕けていった。
「ありゃ、マジだな」
散華は苦笑いもしながら呟く。普通のディアボロとは何かが違う。先程の風で被害が少ないのはアウルの衣による効果のおかげだ。
「時間が惜しいです。ここは短時間での討伐を目標にしましょう」
和國が言い終わると同時に、ディアボロは前進をゆっくりと始める。これ以上の進撃は危険だ。判断が早かったのは散華と和國だった。
「姓は七水、名は散華。さァ、告悔室の解放だ!」
まず和國が目で追うのがやっとの程の高速でディアボロへと近付きく。手裏剣をディアボロめがけ投げつけた。ディアボロは右腕を大きく振りかぶり手裏剣を凍らせて地面へ落とした。手裏剣は言わば囮である。和國の後ろから散華が飛び出す。
「いくぜえ!」
練気をすかさず使用し、気を上昇させる。グラディウスを右手に持ち、そのまま懐へと滑り込んだ。腕を振り回した後、隙となる場所。そして死角となる場所のはずだ。右肩めがけグラディウスを振るう。しかし、ディアボロが気づくのが早かったのか、右腕をずらして肩を守る。ギロリと散華を睨みつけた。朔耶が弓を後方から構え、そして解き放った。矢はディアボロの頭部へ直撃するものの空中へ弾き飛ぶ。
「意外と固いですね……」
「なら……2人とも離れて!」
散華と和國は雪の声を聞いて左右へ散る。2人が遠くなったのを確認すると雪はディアボロを視界に捉えつつ、小さく呟いた。
「……審判――ジャッジメント!」
空中に突然現れる無数の彗星。そのまま一直線、ディアボロに集中砲火。攻撃がしばらくやむことはなく、砂煙で視界が隠れて彗星は動きを止めた。雪はじっと視界が晴れるのを待った。
「……一筋縄じゃいかない」
ディアボロは無傷にも等しいほどのダメージなのか、外見的には殆んど被害はない。右腕を前に出し、静かに立っていた。雪はぐっと体に力を込めて、走り出す。同時に隠れていた散華と和國も飛び出す。
「秩序を乱すモノ、平和を侵すモノ、裁きを受けるがいい!」
雪は叫びにディアボロが気をとられているうちに和國が瞬時にディアボロの背後に回りこむ。背中を切りつける。ディアボロは唸り、膝を地面につける。チャンスとばかり散華と雪が右腕を狙った。だが、ディアボロは迷わず地面に腕を叩きつけた。地面が揺れると共に、ディアボロの周りに巨大な氷柱が現れる。
「うぐ……!?」
「きゃ…!」
氷柱の出現により2人は足を止めた。和國も急いでディアボロから離れるものの、氷柱により視界からディアボロが消えてしまった。突然、氷柱が砕けたかと思うと、ディアボロは3人を飛び越えて朔耶の目の前に降り立った。突然のことで反応が遅れた朔耶は弓を構えるも、右腕を振り上げるディアボロには間に合わない。ぎゅっと目を瞑り、攻撃を覚悟した。ディアボロの右腕が振り下ろされる、その瞬間――雪がアイアンシールドを持ち、割り込んだ。右腕とアイアンシールドがぶつかった。
「雪様……!」
「私の盾、決して砕けぬ秩序の盾!‥‥行くぞ!」
だが、ディアボロはぐっと力で押さえ込み、徐々にアイアンシールドが押されていく。そして何より右腕に触れていることからゆっくりと氷漬けにされていくのだ。このままでは2人とも氷の中だ。だが、予想した結果とは違い――氷漬けにされてアイアンシールドが砕けたのだ。そのままスローモーションのように右腕は2人を襲う。
「くかかっ、あぶねーあぶねー」
ガツンっと何かがぶつかる音がする。今度は散華がグラディウスで守ったのだ。しかし、盾よりも小さいグラディウスと共に散華の体は少しづく凍っていく。
「散華様何をやっているのですか!」
「守ってんだよ、お前等を」
「…………馬鹿なことを」
「俺はなあ、凍りかけても潰し壊し屠る為に、只管前に進んでやる。 傲慢に勝利を信じて疑わないことで、勝機を呼び込んでやる。 ……まぁ、連戦は勘弁だなー」
にっこり笑って散華は力任せにディアボロを弾き返した。急に力を弾き返された所為で派手にディアボロは転がった。散華は追撃を試みるが凍っている所為で動きが鈍い。
「っち……四条!」
「分かってます!」
忍刀を持ち、空中から右肩を和國が突き刺した。ぐっと力を込めるとディアボロの叫びと共に右腕が切断される。ディアボロの叫びを打ち消すように和國はそのまま首を迷わず切り落とすのだった。
●懺悔の劫火
古島忠人(
ja0071)は腕を組みながら一人で待ち伏せをする。というのも囮役を引き受けたのだ。ひとまずおびき出す為にここにいるのだ。
「おったおった。そんじゃあちょっかいだしてみるかのう」
水泡の忍術書を使い、十メートル先に居る炎を操るディアボロへ攻撃をした。軽い攻撃なのでダメージはないだろう。ディアボロは歩みを止めて忠人の方をじっと睨みつけ、目があった。すぐさま駆け出して距離をとる。これで追ってくるはずだ。
「ぎゃー! 怖っ。てか熱っ!?」
突如、後ろから火柱が忠人を襲ったのだ。直撃は避けたものの、その攻撃には驚くばかりだった。後ろを振り向いて災害を確認したが、木は燃えているどころか、灰へと変わっていた。アレを喰らえば終わりである。スピードを上げて目的の場所へと向う。ディアボロもどうやらついてきているようだが。
「意外と速いのう……」
予想以上に速い動きに困惑しつつも、忠人は移動を続ける。だが――火柱が再び忠人を襲った。しかも先程よりスピードが速い。瞬時に避けようと体をひねるものの、右肩をかすり、声にできない悲鳴をあげる。地面にゆっくりと転がり、右肩を押さえた。ディアボロはゆっくりと歩み寄り、忠人の目の前に現れる。そのまま左腕をゆっくりと宙へと上げた。
「ちょいと甘く考えすぎやったかな。ウハウハのハーレム計画が…………なーんてな」
忠人はにっと笑う。この場に似合わないメロディが流れる。ディアボロはその音がする後ろを振り向いた。
「今から戦闘なう がんばるー」
スマートフォン片手にルーガ・スレイアー(
jb2600)はにっこりと笑って立つ。
「ふふふーん、あっとゆうまに終わらせてやるぞー」
刹那、ルーガはあっという間にディアボロに近付き、スネークファングで肩を切り落とそうとする。瞬時に腕を下ろして守りに入った。ルーガは急いで離れて、再びスマートフォンを手に取った。ディアボロが追撃をしようとすると背中に気配を感じた。しかし、後ろを振り向くも姿は見えない。
「こっちですよ」
ブラストクレイモアを構えたイアン・J・アルビス(
ja0084)が横からディアボロの肩を狙う。攻撃はヒットするも切断とはいかなかったらしい。イアンは攻撃が終わるとクレイモアを見つめながら口を開く。
「ニュートラライズは予想以上に効果があるようですね」
ディアボロはイアンを睨み終わった後、ルーガ、忠人を睨む。此処に自分が誘い込まれたことを理解したのか、表情が寄りいっそう鬼のように変わる。空へ雄叫びを上げると、右腕から異常なほど熱が発せられる。だが、三人は同時に笑う。
「残念、もう1人いるんだ」
気がついた時にはもう遅かった。サイレントウォークで背後に回っていたイオフィエルを持ったルナジョーカー(
jb2309)が全力でイアンがつけた左肩の傷に向けて一閃――突き刺した。ディアボロは先程の雄叫びとは比べ物にならない音量の叫びをし、ルナジョーカーも負けじと力を込める。しかし、切断ができない。ディアボロが右腕でルナジョーカーを狙う。逃げようとしたが、肩に突き刺さった双剣が抜けない。
「俺に任せえや!」
肩を負傷した忠人がディアボロの腹部めがけて忍刀で切りつける。するとディアボロの動きが止まった。影縛の術だ。このスキルによってディアボロは束縛状態となり、身動きが取りにくい状態になった。
「次は僕の出番ですね。遊んでいる場合じゃなさそうですが」
イアンはクレイモアを構え、脱兎の如く距離を詰める。そして懐に入って左腕を弾いた。これによってディアボロの脇が開き、イアンはルナジョーカーとは逆の場所から肩の切断を狙ったのだ。そして、二つの刃によって、左肩が切断された。瞬時に2人はその場を離れて距離をとる。
「えいえいー、そのからっぽの頭をぱっかんと割ってやるのだー」
ルーガが闇の翼で飛翔し重力に身を任せてディアボロに突進する。切断された左腕で守ることはできないので右腕で庇おうとする。ルーガはスネークファングを構えながらにっこりと笑った。
「甘いぞお!」
ディアボロと衝突。どうにか右腕で耐えてみるものの、ルーガの攻撃は予想以上に重く、ディアボロは確実に押されていった。そして右腕を切断すると共に脳天へスネークファングを突き刺す。その瞬間、切断された右肩の傷から炎が噴出してくる。その炎が木々に燃え移り、辺りは地獄へと変化する。これ以上は山火事の危険性が発生した。死ぬ間際に面倒なことをしてくれるよとイアンやルナジョーカーは溜息を吐いた。
「ヤバイな……。ひとまず先にあいつを仕留めるか……!」
ルナジョーカはゴーストアローに持ち替えて力強く弓を引く、狙いを定めて、静かに手を離した。解き放れた闇の矢は吸い込まれるようにディアボロの口の中へ吸い込まれ貫通する。ルーガは脳天からスネークファングを抜き、近くの木へ乗り移る。ディアボロはゆっくりとその場に倒れ、灰のように消えていくのだった……。
「なんとか、倒せましたね。ですが忠人さん大丈夫ですか?」
「やせ我慢しとったけど、結構痛いでコレ。病院で診てもらわんとな」
イアンは忠人の安否を確認し、ほっと息を吐いた。重体ではあるが命に問題はないらしい。ルーガはスマートフォンで消防局へ電話をし、消火活動を依頼した。
●懺悔の悪魔
伊駿木音琴と山の中で再会した八人は音琴が普段と表情が違うことに不安を思う。音琴も必要以上のことはしゃべらず、下を向いていることのほうが多い。
「困ったことがあれば相談とかにのるぞー、伊駿木殿ー?」
ルーガが気を使って話しかけてきた。音琴は首を横に振り、なんでもないと言い返そうとしたが顔を上げたときに視界に入った人物を見て、思わず叫んだ。
「……珊瑚っ!」
「やっほー、音琴。だから私は平等川雫だって。その名前は忘れてね」
悪魔の少女――平等川雫が空中に浮いた状態で九人を見下ろしていた。余裕にも見えるその表情はおもちゃをもらった子供のように純粋だった。だが、少女は正真正銘のヴァニスタである。すると、ルナジョーカが最初に口を開いた。
「初めまして。ルナジョーカーだ。ルナかジョーカーで頼む。君は誰だ?」
「はじめまして、私は平等川雫。記憶上、音琴の幼馴染だよ」
にっこり笑う彼女は空中でお辞儀をしてクスリと笑う。
「少々お伺いしたいのですが、何故『懺悔』なのですか?」
「そうや、『懺悔』のぉ……悪魔が何に許しを請うんや?」
朔耶と忠人が続くように質問をする。すると雫は何が可笑しかったのか腹を抱えて笑い始めた。空中で転げるように笑う姿は妖精を思わせる。
「あははははっ! 懺悔の意味? 許しを請う? そんなの違う」
雫は笑い終わると、今度は悪魔のような表情に変わり吐き捨てるように言葉を紡いでいく。
「私は『懺悔』を待ち続ける者。私の友を、私自身を守ることができなかった学園の人間――いいや、全ての生きている人間の懺悔を待つ悪魔」
「そんなの、可笑しいですよ!」
「可笑しい?」
「その通りです。平等川様は間違っておられます。確かにあの事件で多くの方が亡くなりました。ですが、先生方や関係していた撃退士の方々は命に代えてでも多くの人を守ったのですよ!」
朔耶は全力で雫の言葉を押し返した。彼女の間違いに気づいて欲しい。そしてどうか正気に戻って欲しいと。
「お前たちに何がわかる? 一度死んだ人間が生き返る恐ろしさなんて……」
「それは……」
「ヴァニスタは死んだ人間に悪魔が魂を分け与えた存在。私はあの日、軍式の教育課程で能力をほぼ失い、退学する予定だった。だけど悪魔に殺されその場でヴァニスタにされた。まあ、その悪魔はもう殺したんだけどね」
「……そんな」
「私達ヴァニスタはシュトラッサーと違って主人に歯向かうこともできるのよ。そのおかげで『懺悔』する生き物を殺すことに強い執着を持てたわ。感謝ね、あのアホな悪魔には」
衝撃の一言に誰もが固まる。
「どうする、今ここで私と殺しあう?」
「あいにくこのまま闘おうと思う程勇敢でも無謀でもありません」
イアンが答えると雫はにっこりと笑った。
「そう、ならお馬鹿な撃退士さん達。今度会う時は殺してくれと『懺悔』するほど、絶望を与えてあげる」
雫は静かにゆっくりと姿を消していった。残された九人はただ、空を見つめる。
「……音琴、説明頼める? 疑ってるわけじゃないさ」
「ああ……本名は相川珊瑚。俺の幼馴染。昔あった学園襲撃事件の被害者だ……。死んだとばかり思っていたけどさ」
音琴は溜息と共に首を下げる。
「なら、みんなでラーメンでも食うか」
ルナジョーカーは静かに音琴の肩に手を乗せ、静かに呟くのだった。