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「えー、それでは第一回ダメ人間による捜査会議を始めます」
伊駿木音琴は正面の席に座っている二人に対してお辞儀をする。すると二人もつられるように頭を下げた。菊開すみれ(
ja6392)と森田良助(
ja9460)は手元にある資料、つまりは暗号を見て口を開いた。
「伊駿木先輩も災難でしたね。まさかこんなことになるなんて。ちょっと僕は面白いですけど」
「森田先輩、だめですよ? 確かにわくわくしますが、本人がいる前で」
「二人ともあんまりかわらねえから」
冗談はほどほどに。さっそく暗号の解読に取り掛かる。
場所は音琴の教室――大学部1年0組だ。三人だけの教室。放課後ということで既にグラウンドはやけに騒がしい。
「えっと、まずは暗号を見てみようか」
良助の提案で三人は暗号に目を向ける。
asoieoou
iuceaiae
eaouncrm
子供を泣きやませろ
3→i 4→e 7→e 9→o 10→o 割りこめ
「残念ながら俺はさっぱりだ」
「まあまあ、先輩方。焦りは思考を鈍らせますから、まず一杯いかがです?」
すると何処から取り出したのかすみれは紅茶セットを取り出して着々と紅茶を入れる。既に沸いてあるお湯を用意しているところから準備はあらかじめしていたようだ。
「お、じゃあ僕ももらおうかな」
良助は紅茶を受け取って口をつける。口の中に広がる香りに自然と頬が緩んでいる。音琴も普段は飲まない紅茶を「おいしい」と呟いて飲む。すみれは満足そうにティーカップに口をつけた。
「さて、それでは謎解きをしましょう。気になるところを幾つかあげていきましょうか」
「僕が思うに『子供を泣き止ませろ』ってところがキーなんだよね」
「ああ、俺も同感だ。だけど判り難いヒントだな…。何か二人は思いついたか?」
音琴の言葉に二人は首をかしげる。どうやらまだお手上げのようだ。
「子供を泣き止ませろって何でしょうね?こういった暗号はルールに沿って文字を削除するものなんですけど…」
「んー、伊駿木先輩。どうでしょう?」
「俺に聞くなよ…」
思わず折り返しで聞いてしまった。すると、すみれが何かに気がついた。
「なにやら、複数のアルファベットが多いですね」
「確かに…えーと、a,i,u,e,oが多いね。……あいうえお?」
「あいうえお…………あいうえおって言うか母音じゃないですか?…ボイン?あっ!」
すみれはひらめいたようで顔を上げた。男二人は未だに試行錯誤。
「ぼいん……って、な、な、なんだっけ?」
良助が首をかしげる。
「ボインじゃなくて母音ですよ。あいうえお、つまりはaiueoのアルファベットのことです。子供を泣き止ませろ。つまり母親が必要なんです。母親の部分、つまり母音を消します」
「なるほど……母音」
ふと良助の目線がスミレの胸元へと…。
「……森田、何処を見ている」
「え? あ、い、いやー。伊駿木先輩、何を言っているんですか……!?」
「ごほんっ!」
すみれの咳払いに二人は照れくさそうに頬をかく。スミレ本人も気恥ずかしそうに母音を消していく。
「scncerm……あとは残っている割り込め、ですね」
「あ、それは僕にちょっと考えがあるよ!」
良助は暗号の紙を二人に見せる。
「割り込めってのはそのままの意味で数字のところにこのなんだっけ……母音? を入れればいいんだよ!」
「おお、森田冴えてるな」
「それでは入れてみましょう」
三人は自分の資料に『母音』を割り込ませる。すると一番に良助が声を上げた。
「そうか!<science room>か! ……で、それって何のこと?」
思わずふたりはずっこけた。
「おいおい、そりゃないぞ。馬鹿な俺でもこれは分かる」
「先輩…これ、中学校レベルの英語ですよ…」
音琴は額に手を置いて「頭が痛い」と言い出しそうで、すみれは手で顔を覆いながら呟いた。良助本人は「あははは…」と乾いた笑いをかみ締める。
「science room。すまり理科室ですよ」
「なるほど! でも、この学園に理科室なんてあったけ?」
「ああ、理科室じゃなくて科学室がある。たぶん、同じ意味だろう」
「それなら早速探しにいきましょう、森田先輩、伊駿木先輩!」
三人は立ち上がって教室をそそくさと出て行った。
●
科学室の扉を開くと、薬品独特の香りが漂う。先生の姿もなく、どうやらものけの空らしい。
「手分けして探そう!」
良助の提案で三人は散り散りに探し始める。
そして探し物はすぐに見つかった。
「あ、ありましたよ!」
「ほんとうか!」
すみれの元に二人が駆け寄る。すると手に持っているものが目に入り音琴の表情は明るくなる。
「俺のマフラぁぁぁー!」
黒いマフラーを手にとってすりすりと頬擦りをする。
「良かったですね。伊駿木先輩。僕も一安心です」
「それそそうと、何か思い出でも?」
すみれのセリフに音琴は肯いて、静かに首まく。
「まあ、ちょっとね」
音琴はそれ以上は語らなかった。
●
音琴はなにやら準備があるという二人と別れて先程の教室に戻った。すると、既に中には別の人物が椅子に座って紅茶ではなくカフェオレを飲んで待っていた。
「おや、音琴さんじゃあないですかぁ」
猫柳睛一郎(
jb2040)は情緒豊かにいった。二人の組み合わせはなんとも不思議で音琴は大丈夫かと不安になるも、睛一郎の隣に座る女子生徒に目をやった。
「黛アイリ、よろしく」
黛 アイリ(
jb1291)はぺこりと頭を下げる。ちょっと冷たい雰囲気を思わせた。
「見たところ、一つ目の暗号は解けたらしいわねえ」
「ああ、まあおかげさまで」
ひとまず席に座って二つ目の暗号が書かれている資料を二人に渡す。するとアイリがカフェオレを口に含みながら細く微笑む。
「酔狂な先輩だね。まあこれも学園生活の醍醐味と思おうか」
「醍醐味ねえ……」
そう言えるかどうかは後にして、早速暗号に取り掛かった。
「ふふ、こうして考えると本当に探偵みたいねえ」
「探偵? 俺らが?」
「いいえ。アタシャさしずめ、美少女探偵のへぼ助手てえところでしょうな」
「私が美少女探偵? ありがとう」
「なら俺はなんですか?」
「んー」
睛一郎は面白そうに悩む。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
「音琴さんはワトソンでもなく、依頼人でしょう?」
「まあ、確かに……」
納得してるとアイリが早速暗号に取り掛かっている。
「カセットテープ、コレがヒントだと思う」
「カセットテープとはまた懐かしい」
睛一郎のいうとおり、確かに懐かしい品物だ。いまや機械一つで再生できる。
「カセットテープ……なんでカセットテープ?」
アイリの疑問は全員が思う疑問である。別に再生するなら他のオーディオ機器でもいいはず。
睛一郎が立ち上がり、ひとまず暗号を黒板に書き始める。
『うぶおつおきむきちんえにち』
『カセットテープで再生』
「たぶん、カセットテープで再生というのは二重の意味なんだと思う」
アイリの言うように何か意味があるはずなのだ。音琴は唸りながら考えるが、答えに行き着きそうにない。変わって睛一郎は呟きながら考える。
「…再生…再生…テープの回転…回転…?」
「あっ! カセットテープ!」
アイリはひらめいたように叫んだ。
「カセットテープと他のオーディオ機器の違いを考えてください。カセットテープにあるのは『裏面がある』ということです」
「なるほど」
音琴が納得していると、睛一郎がポンっと手を叩き表情を明るくする。
「よし、わかった。この言葉を録音して再生する必要はないということだね」
「はい。あくまで裏面があるということがヒントです」
「それじゃあさっそく」
睛一郎が突然暗号を全てローマ字に変えていく。音琴は「何で?」と口ずさむ。アイリが音琴に向かって補足をする。
「録音せずに答えを見出すには、暗号文をローマ字に直し、逆側から読むことを示します」
「ああ、ならどうなるんだ?」
「こうなるのよ」
【ubuotuokimukitineniti】→【itinenitikumikoutoubu】
「いちねん、いち、くみ、こう、と、うぶ……」
「そう、答えは一年一組高等部の教室にあります」
「さすが美少女探偵〜」
睛一郎がアイリを拍手しながら褒める。音琴は二つ目の暗号がこうもあっさり解けたことに安心するしかなかった。
●
「さて、二つ目のヘッドフォンも見つかったし……後は財布か」
一年一組高等部に行くと、何故か教卓の上にヘッドフォンが置かれていた。ひとまず回収してアイリと睛一郎の二人と別れると、教室に戻る途中で二人の人物と会う。
「あ、伊駿木くん」
「おお、先輩どうも」
南柴航(
ja0738)がこちらに向かって手を振る。航の隣に立っている女子生徒は音琴を見るとゆっくりと頭を下げた。
「…私は、月乃宮恋音といいます。……どうぞ宜しく」
月乃宮恋音(
jb1221)と名乗る少女は音琴と目が合うとちらっとそらす。どうやら人見知りのようだ。
「マフラーとヘッドホンと男物の財布を握りしめて、すごい勢いで走って行く女の子とすれ違ったから、何があったのかと思って…」
「いや、ちょっと色々訳がありまして……」
アバウトに説明すると、恋音が暗号を見せてほしい言う。音琴は最後の三つ目の暗号を二人に見せると、うんーと考え出す。
1・メモ 家具 魔 餡 紺 雨具 カモメ
2・叱る 甥 憂い 織る 歌詞
3・海図 角 方途 禁忌 胃 ばい菌 木 東北 数 イカ
4・鐘 馬鹿 進化 髄 区 改革 伊豆 完 屍 蚊
仲間はずれを探してあげて
「なるほど、これは正統派の暗号だね」
「……面白い」
二人にスイッチが入ってしまい、真剣に考え始めた。
「この暗号、僕らに解かせてくれないかな?」
「別に構いませんけど、大丈夫ですか?」
「……安心してください。…大丈夫です」
しばらくの間、じっと暗号とにらめっこする二人。たったの五分ほどで航がとあることに気がついた。
「これ、回文だ」
「かいぶん……ですか?」
「うん。月乃宮さんもそう思うよね?」
「……確かに、これは回文ですね」
回文とは「しんぶんし」のように逆から読んでも同じ言葉になる分のことを言う。
暗号では結構スタンダードなものだ。
「全部ひらがなに直すと……」
航がペンを取り出してひらがなに直していく。
1・メモ 家具 魔 餡 紺 雨具 カモメ
めもかぐまあんこんあまぐかもめ
2・叱る 甥 憂い 織る 歌詞
しかるおいうれいおるかし
3・海図 角 方途 禁忌 胃 ばい菌 木 東北 数 イカ
かいずかくほうときんきいばいきんきとうほくかずいか
4・鐘 馬鹿 進化 髄 区 改革 伊豆 完 屍 蚊
かねばかしんかずいくかいかくいずかんしかばねか
「2の文が回文にならないから、コレが仲間はずれかな? 月乃宮さんはどう思う?」
「……ちょっと待ってください」
恋音はきっちり三十秒黙り込んでから、にっこりと微笑んだ。
「……あ、こういう暗号なのですねぇ……」
航からペンを借りて、暗号に付け加える。
「……2の文、憂いを『うい』と読めば全ての文が回文となります」
「なるほどね。でも、仲間はずれは?」
「…回文の特徴として、必ず『真ん中』に一文字余るんです」
今度は音琴が「なるほど」と呟いて暗号を見る。
「確かに不自然に一文字ずつ余る」
「あ、そうか!この場合そう読む方が自然だもんね。じゃあ、その余った文字が仲間はずれか!」
「……。はい、ですから答えは……」
ペンで中心となるなる文字に丸を付けていき、並び替える。
「こ、う、ば、い」
「……そう、答えは購買なのです」
●
購買に向かうと落し物として音琴の財布が預かられていた。中身を確認したところ……残念なことにお札だけが抜かれているという悲惨な結果である。
ということでお疲れ様会というお茶会を暗号を解いたメンバーで行うこととなった。
場所は別の教室なのだが、それぞれが色々なものを持ってきた。コーヒー、クッキー、紅茶、おやき、と様々なものがそろっている。
「で、何であんたが此処に居るんだよ!?」
「あははははっ! 別にいいじゃない。ほら、音琴のお金で買ってきたドーナツを食べましょう」
「殴るぞ」
先輩の登場で場は一層もりあがった。音琴のお金で買ってきた数十個のドーナツを女子や睛一郎が遠慮していると、良助や航は気にせずパクパク食べる。
恋音が何やらメモにペンを走らせて、それをもって先輩に近づく。
「……先輩」
「ふぇ? なにかな?」
「………お返しの暗号です」
メモを受け取る先輩の周りに人が集まる。
欝一瞬茨鏡露杏茨雨乙月丿愛叶幻玉蘇鶴籬嬉
謎=Q
「不思議な暗号ね」
アイリがそっと呟いた。
「これは色々と考えることができますね」
「うんー、どんな答えなんだろう?」
すみれと良助が首をかしげながら暗号の答えを考え始める。
「きっと、恋音ちゃんの気持ちなのよ」
「たぶん、そうだよ」
睛一郎が言うようにこれは恋音の気持ちなのだろう。航もうなずきながら答えた。
この間にも先輩は暗号をじっと見つめて――それから微笑んでペンをメモには知らせる。それを紙飛行機にして恋音の方へと飛ばした。
恋音は紙飛行機を受け取り、メモを見つめる。すると微笑んで小さな声で「はい」と答える。
「先輩、あの暗号はなんて書かれていたのですか? とうか、解けたんですか?」
「音琴くんより私は頭がいいからねえ。あんなの楽勝だよ。ま、今日は楽しかったよ」
「俺は災難でしたけど」
「ふふ、まあ、いつもありがとうね」
「?」
音琴は首をかしげるが、先輩は気にもせずお菓子を食べ始める。
他のメンバーもちらっとメモをみて、にっこりと微笑んだ。
理解できていないのはどうやら音琴ただ一人のようだ。
まあ、いいか。
ちょっとした事件。ちょっとした冒険。音琴もお菓子を頬張りながらこの雰囲気に浸るのであった。
●
先輩の書いたメモにはこのようなものが書かれていた……。
欝一瞬茨鏡露杏茨雨乙月丿愛叶幻玉蘇鶴籬嬉
謎=Q
画数→アルファベット
「YARISUGIHADAMEDESUYO」
→やりすぎはだめですよ
Re:大丈夫、私はいつも感謝しているから
これは音琴の知らないメッセージ。