●今宵、晴天也
西の空が赤く染まり、東の空に星が見え始める頃。
久遠ヶ原学園の一角、とある寮の近くに、10人の撃退士が集まっていた。
「ユカタというらしいな。さすが私だ。異国の服を纏っても美しい!」
ふはははは! 生成り色の浴衣姿であるラグナ・グラウシード(
ja3538)は、一人高笑いをしていた。……このへんのナルシストな感じが非モテの秘訣なのかもしれない。
一通り笑ったラグナは、隣で固まっている少女にようやく気づいた。
「お初にお目にかかる、中臣殿。我が名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード。ディバインナイトだ。以後、よろしく」
「う、うむ……」
差し出されたラグナの手。おっかなびっくり握手を交わすルーシィ・アルミーダ・中臣。
ラグナ同様浴衣姿の少女は、ガッチガチに緊張していた。
「お二人とも、よくお似合いですよ」
微笑みを浮かべながら、唯月 錫子(
jb6338)が感想を述べる。ふっ、とポーズを決めるラグナ。
「そうだろう? 私の着こなしは完璧だろう! はっはっはっ!!」
再び高笑いを始めたラグナにつられるように。くす、とルーシィが小さく笑った。しかしすぐに硬い表情に戻ってしまう。
(……心配やなあ)
やや離れた場所で網式グリルを扱う樹裏 尚子(jz0194)は、小さく息を吐いた。
自分と接するときと違い、別人のようにおとなしいルーシィ。時間が経てば、本来の調子を取り戻してくれるだろうか。
そんな尚子に向けて、こちらも浴衣姿の鈴木悠司(
ja0226)が笑顔で手を挙げた。
「尚子さん、久しぶりー! 元気にしてた?」
「おっ、ゆーちゃんか。うちは健康そのものやで。そっちはどないや?」
「俺も見ての通り、元気だけは有り余ってるよ!」
「そら何より。……で、それは何?」
「うん、良い機会ってことで……」
じゃーん! 悠司が両手で広げたのは、女性の浴衣である。
「姉から借りてきましたっ! 尚子さんに着てもらおうと思って!」
「え、うちが!?」
『やさい大盛り』という謎の文言が書かれたシャツ。微妙な色合いの短パンジャージ。これが尚子の服装である。
曰く、女性らしい服は落ち着かないらしい。
「あー。せっかくの申し出やけど、遠慮させてもらうわ……火の粉飛んで穴空いたらたいへんやし」
「そっか。それは残念……あ、そうだ」
しょんぼりしかけた悠司が、普段着の錫子に目を留めた。
「これ、錫子さんが着ない? たぶんぴったりだと思うんだけど」
「私ですか?」
いいのかな、と呟く錫子。
「……え、と、着付け、なら……我が教える、ぞ?」
なぜかカタコトになりながら、ルーシィが小声で申し出た。
少しの間迷っていた錫子は、頷いて笑顔を浮かべる。
「わかりました。着てみますね」
「そうこなくっちゃ! じゃ、あとはルーシィさんにお任せするよ」
こくり、と頷くルーシィ。悠司から浴衣を受け取り、錫子と共に会場からほど近い寮へ向かう。
「ほな、二人が戻ってくるまでに準備しときましょか」
紫 北斗(
jb2918)は頭に三角巾を装備し、渋い草色の甚平の上に割烹着を着ている。
かつて冥魔軍の一員として日本各地を巡っていた北斗。
京都に潜伏していた折、割烹で板前修業をしていた彼は、いわゆる料理のできるイケメンであった。だが非モテだ。
「地球の美味いもんの力があれば、種族を超えた友達の輪をきっと築けるはずやでぇ!」
自身と同じように『和のこころ』に惹かれるルーシィ。ここはひとつ、彼女のために愛しの京都で磨いた料理の腕を振るおうではないか。気合十分の北斗である。
「……よし、オッケーっす!」
メンバーが集った直後から、黙々と鉄板式グリルの用意をしていたのは天羽 伊都(
jb2199)。
「肉を焼くなら、これは外せないっすよ!」
ばばーん。どこからともなく効果音を鳴らしつつ、伊都はラム肉とベルダレを取り出した。ベルダレとは、ジンギスカン用のタレである。
きゅう、と奇妙な音がした。ぱたりと椅子に倒れ込む伊都。
「お腹……減った……」
がっつりたくさん食べるために、伊都は昼食を軽めに済ませてきていた。それが災いし、事前準備で力尽きたようだ。
うーあー。変な声と一緒に魂まで出かかっている伊都に、月乃宮 恋音(
jb1221)がそーっと声をかけた。
「……あの、大丈夫ですかぁ……?」
「あう」
口が開きっぱなしの伊都がかくんと頷く。どう見ても大丈夫そうではなかった。
「……えぇと……よろしければ、その、私が調理しておきますが……」
「ぜひお願いしますっ」
しゃきーん。背筋を伸ばし、即答する伊都。目が爛々と輝いていた。
「……了解しましたぁ……では、少々お待ちください……」
薄桃色の浴衣、その上に割烹着を着た恋音。伊都が用意したジンギスカンの材料の他、彼女自身が持ち込んだ食材も含めて手際よく調理していく。
「こっちはもう焼ける状態なんですか?」
袋井 雅人(
jb1469)は、恋音が持ってきた鶏肉を手にしていた。
「……そうですねぇ……下準備は済ませてあるので、あとは焼くだけ、ですね……」
「わかりました! じゃあ、樹裏さんからグリルをひとつ借りて焼いちゃいますね!」
ああ、それから。雅人は恋音にこそっと告げた。
「今回のバーベキュー中にラブラブは控えましょう。その代わり、今晩は頑張っちゃいますから」
ぼっ。恋音の顔が真っ赤になった。
「いやあ〜。具体的に何を頑張るのか、気になるところっすねぇ〜」
孫を見守る老人のような視線をカップルに送る伊都。
(((あ・い・つ・ら、リア充かァァァーッ!!)))
一方、地獄耳の非リアたち(生成り色浴衣、やさい大盛りシャツ、渋草色甚平の計三名)からは、一斉にドス黒い何かが溢れはじめた。
そんな三人の様子に苦笑を漏らしつつ、黄昏ひりょ(
jb3452)が口を開く。
「樹裏さん。ちょっと火が強すぎるみたいだから、調整した方がいいですよ」
「ん? あー、せやな」
「それから紫さん。これ、俺が持ってきたイカの塩辛です」
「おお、おおきに。使わせてもらいますわ」
「あとは、ラグナさん。持ってきてもらった鉄板、それも使える状態にした方がいいと思います。準備するので、手伝ってもらえますか?」
「……そうだな。せっかくだ、多少のことはやらせてもらおう」
非リアたちの真っ黒オーラを見事に抑えたひりょであった。さすがの手腕である。
「すまぬ、少々手こずった!」
宴会場が穏やかさを取り戻したのを見計らったかのように、ルーシィの声が響いた。
浴衣に着替えた錫子の手を引いている。
「うん、やっぱり似合ってる! 俺の見立て通りだね!」
ぐっと親指を立てる悠司。ほんのりと頬を染めながら、錫子はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。素敵な浴衣、汚さないように気をつけますね」
(やはり、胸が無い方が和服は映えるな……)
調理中の北斗は失礼なことを考えていた。安定の非モテ的発想である。
●宴は盛大に
ようやく空全体が藍色に包まれた頃。
バーベキューの会場には、空腹を誘う匂いが満ちていた。
「それじゃ、乾杯っ!」
『かんぱーい!』
音頭を取った悠司のあとに、皆の声が続く。
「ぷっはー! やはり酒はこれに限るな!」
「ほんまに。まさか同志も愛飲していたとは」
ラグナと北斗は、『クリアクオン』を手に盛り上がっていた。
久遠ヶ原発のオリジナルブランド発泡酒、それがクリアクオンである。
「何と言っても、な?」
「ええ、そうどすな……」
「「酒は、酒だけは我々を裏切らないッ!!」」
……やや訂正。ラグナと北斗は、変な方向に盛り上がっていた。
ク〜リ〜アクオンがっ♪と歌い出す始末である。
「さて。皆サーン! ラム肉の美味しさについて、ちゃんと理解してマスカー?」
なぜかカタコトで話し始めたのは伊都。恋音にお任せしていたジンギスカンが出来上がったらしい。
「デハ、タレを後づけする美味しさについて、今からセッツメイしていきマース!」
口調はこんな感じだが、伊都がジンギスカンにかける情熱は本物である。
曰く、ジンギスカンのタレは後づけに限る。先につけた場合に比べて、タレの旨味が抜群に感じられ、余裕でおかわりできるほどご飯が進むらしい。
「なるふぉど。勉強になっふぁ!」
むぐむぐ。ジンギスカンを食べながら、ルーシィが頷く。
そのルーシィの皿には、綺麗に野菜だけが残っていた。すぐ隣にタレの乗った皿が置かれる。
「……ぇと、つくってみましたぁ……これなら、お野菜も美味しく食べられるかとぉ……」
持ち寄られた調味料を駆使して恋音がつくったタレである。
しばらく恋音とタレの皿を見比べていたルーシィは、無言のままピーマンをつまみあげた。箸の先で揺れるそれをタレにつけ、持ち上げる。
それっきり、ルーシィは動かなくなった。さながら仇敵でも見るかのような視線をピーマンに送っている。
ルーシィの右隣では、恋音からタレを受け取った錫子が野菜を食べていた。
「すごく美味しいです。あとで作り方を教わってもいいですか?」
「……あ、はい、もちろんですよぉ……」
頷く恋音に肉が乗った皿が差し出される。鶏肉を焼いていた雅人が、ルーシィの左隣に座った。
「はい、恋音の分です! ルーシィさんの分も取ってきましたけど……まだいっぱいありますね」
「……むむむ」
なおも渋るルーシィの背後から、計八本もの串を両手の指に挟んだ伊都が顔を出す。
「ここで天羽流の食事コミュニケーションをご教授するっす! 食は楽しく、愉快に、オーバーに!! これに尽きるっすよ!」
串に刺さった肉に豪快にかぶりつく伊都。その姿に、ついにルーシィが動いた。
固く目を閉じた状態で、口の中にピーマンを放り込む。目の前では恋音が緊張した面持ちで固まっていた。錫子、雅人、伊都の三人も、ルーシィの反応に注目している。
しばらくして、そーっとルーシィは目を開けた。
「……い、いかがでしょうかぁ……?」
おそるおそる恋音が感想を求める。
「……うまい。うまいぞ! こんなに野菜がおいしいと感じたのは初めてだ!」
きらきらと目を輝かせるルーシィ。はふう、と大きく安堵の息を吐いたのは恋音だ。
ルーシィを囲む三人も、顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
野菜をもりもりと食べ始めたルーシィに、雅人が思い出したように提案した。
「そうだ、ルーシィさん。私が部長を務める部活は、誰でも大歓迎なんです! もし良かったら、一度遊びに来てみてください!」
「ふむ? 部活か……よくわからぬのだが、部活とは何をする集まりなのだ?」
首を傾げるルーシィ。その問いに、恋音が概要を答えた。
「……えぇと……たくさんの人と、お話しをする場所……でしょうか……?」
「ほう。それは、他の者の『ぶゆーでん』も聞けるのか?」
わくわく。今すぐ聞かせろと言わんばかりに周囲を見るルーシィと、焼いた肉を口に運ぼうとしていたひりょの視線がぶつかった。
「……俺、ですか?」
「うむ! 何かないか?」
うーん、そうだなあ。肉をタレに戻し、ひりょは鞘に入った日本刀を取り出した。苦しい時期を共に過ごした愛刀である。
「武勇伝ってほどじゃないけど、俺は前に学園を飛び出したことがあって――」
かつて大きな戦いに参加したひりょ。
自分の無力さを痛感した彼は一時期、旅に出ていた。
旅先で出会う敵をただ無心に斬っていたひりょだったが、とある依頼で「自分らしさ」を取り戻す。
「――というわけで、俺は今、ここにいるんです」
「ほう、『むしょしゅぎょー』というヤツか! 我もいつかやってみたいな!」
「……ムショで修行ってのはどうなんすかね?」
「…………」
ご飯をもぐもぐしつつ伊都が冷静にツッコミを入れた。ルーシィは赤面して黙り込む。
「武勇伝と申したか。ならばこの私の出番だな!!」
すっかり顔が赤くなっているラグナがひょっこりと顔を出した。
彼が話し始めたのは「今まで自分が学園内の敵(リア充)と戦ってきた話」である。
長いので最後の部分だけ抜粋。
「――そう、奴らもまた撃退士。ルインズブレイドの封砲をくらったときは死ぬかと思ったが……私の燃える魂が! 悪を殲滅したのだッ!!」
「なるほど。ラグナさんって、凄い方だったんですね」
「ふはは。それほどでもない!」
なんかもう長すぎて、途中から話を聞いているのが錫子だけになっていた。酔っているラグナはあまり気にしていないようだが。
そういえば、と軽い調子で口を開いたのは、当初と打って変わって落ち着いた様子の北斗である。
「寿司を食べまくっていたら、椅子から投げ出されて壁に激突した挙句、大怪我したことならありますわ」
『えっ』
その場にいた全員の声が綺麗に重なった。どんな状況だそれは。
「しかもその任務のときに、生き別れの妹が見つかりましてなあ。いやあ、人生わからんもんやでぇ」
はっはっはっ。北斗は笑っていたが、他のメンバーからはもはや言葉も無かった。
輪からやや外れた場所、肉を焼き終えたグリルの前で、尚子と悠司が話している。
「すまんな、ゆーちゃん。ろくに食べてへんやろ? ずっと火の番してたし」
「それは尚子さんも同じでしょ。気にしなくても大丈夫!」
すまん、ともう一度頭を下げて、尚子は甘い酒をあおった。ラグナから渡されたベリーのリキュールである。
あらかじめ確保しておいた肉を食べつつ、悠司が「そうそう」と口を開く。
「ルーシィさんって、日本文化が好きって聞いたんだけど」
「ん、せやね。大好きやな」
「俺の実家、結構古い純日本家屋なんだ。よかったら、今度二人で遊びに来ない?」
「……うちも? ええの?」
「もちろん! 俺もこう見えてお茶くらいは点てられるからさ。ご馳走するよ」
「お茶か。そらあ、ルーちゃん喜びそうやな」
目を輝かせるルーシィを想像して、二人は笑顔を浮かべた。
「鈴木さん、樹裏さん! 線香花火、やりますよ!」
「おーう! 今行く!」
ひりょの声に、尚子は片手を上げて答えた。
●夏の夜に思い出を
ぱちぱちと音を立てる小さな花火。
「……美しい、な」
「……そうですねぇ……」
ラグナが呟くと、恋音は微笑みを浮かべて頷いた。
「静かな夜に線香花火。風流どすなあ」
「ええ。本当に」
北斗が感想を述べ、錫子が微笑む。
「ぬあっ! 落ちた!!」
「ふっふっふ。勝負あったっすね!」
ルーシィが悲鳴を上げ、伊都が勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「こうやって外に出て、大勢で楽しむのは良いね」
「楽しく過ごせた夜でした! また皆で集まりましょう!」
悠司と雅人の顔にも、笑顔。
「線香花火を持ってきたのは正解だったみたいですね」
「ホンマにな。……たまには、リア充も悪くないかもしれん」
ひりょが満足げに言うと、尚子が悪戯っぽく笑った。
――ともだちがたくさんできた。
堕天使が書く今夜の日記は、そんな一文からはじまっている。