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マスター:猫野 額
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/21


みんなの思い出



オープニング

「――桜ってさ」
 ふと真顔になって、香子(きょうこ)さんは葉の芽の色に染まり出した枝先を見上げた。薄桃色の花の見ごろはすでに過ぎていて、桜の木には申し訳程度の花びらしか残されていない。
「綺麗だよね」
「……そうですねぇ」
 どんな話がはじまるのかと身構えていた私は、脱力した。何か重大な発表でもあるのかと思った。香子さんはいつもそうだ。どうでもいい話を、頭に超がつくほど真面目な顔で、しかも唐突に始める。
「私、桜ってかわいそうだと思うの」
「かわいそう? なんでまた?」
 ぴっ、と右手の人差し指を立てて、香子さんは教師みたいな口調で喋り出す。
「春は花が咲いてるから、みんなが桜を見るでしょ。だけど、花が散っちゃったら、次の春まで誰も見てくれない」
「そりゃあまあ……ああ、それで『かわいそう』ってことですか」
「そ。私だったら耐えられないなあ」
 どこか遠くを見ながら、香子さんは独り言のように呟いた。そういうものかなあ、と私は首を傾げる。春に注目を集められるだけでも、たとえばそのへんの雑草に比べればマシなのではないだろうか。
「ね、××ちゃん」
 ひょい、と香子さんは私の顔を覗き込んだ。最初は驚いていた香子さんのこの癖にも慣れてきたなあ、なんてことをぼんやりと考える。この人は顔を近づけすぎる。男相手でもこの距離なのだから、奥手な私としては香子さんのことがさっぱり理解できない。
「××ちゃんは、桜、好き?」
「うーん。あたしはどっちかっていうと、花より団子っていうか」
「あははっ、そうだったね」
 私の答えを聞いて、香子さんは楽しそうに笑った。私もつられて笑う。香子さんには、周りを笑顔にしてしまうような雰囲気がある。まあ、かなりの気分屋で、自由奔放すぎる部分も多いけど、それがまたいいところなのかもしれない。
「来年は、みんなでお花見に行こっか」
「いいですね、それ。どこかいい場所あります?」
「ふっふっふー。よくぞ聞いてくれました。実は、とっておきの場所があるんですよー」
「へぇ……どこです?」
「それは、来年まで秘密です」
「ちょ、そんなこと言わないで、教えてくれたっていいじゃないですか」
「だーめ。××ちゃん、口軽いんだもん。次に桜が咲いたら教えてあげる」
 香子さんは、小学生みたいに無邪気に笑った。



●花の散った季節に

 依頼斡旋所。
 久遠ヶ原学園のあちこちに点在するそこには、日夜様々な依頼が持ち込まれる。樹裏 尚子(jz0194)は、そんな斡旋所で働くアルバイトである。
「――で、なんやて?」
「なんだ聞いていなかったのか?」
 怪訝な顔で用件を聞き直す樹裏。彼女の友人――笆 奈央(まがき なお)は、呆れた様子で繰り返した。
「花見をするから人を集めてほしい、と言ったんだ」
「はあ……花見、ねえ」
 ちらり、と窓の外に視線を投げる樹裏。その視線の先にあるのは、葉桜である。花びらなんて一枚も残っていない、桜の木である。
「お花、咲いとらんけど?」
「わかっている」
「お花無かったらそれお花見とちゃうで。いいとこ『お葉見』やで」
「わかっていると言っている」
 はあ、と溜息を吐く樹裏。前々からわかっていたことではあるが、この笆という友人はまったく理解に苦しむ発想の人間だ、と再認識せざるを得ない。
 すまし顔の笆を睨むように見ながら、樹裏は尋ねた。
「……狙いは」
「いやなに、最近学園内の空気が緊張しているような気がしてな。東北の件もある。ここでひとつ、気分転換できる席でも設けようか、と思ったまでだ」
「ようするに宴会でパーッと飲みたいっちゅーこっちゃな」
「端的に言えばそうなる」
 認めるんかい。内心で樹裏はツッコミをいれた。いちいち口に出していては話が進まないのである。
「まあ、とりあえずは募集かけてみるわ。……ところで何人くらい集める気ぃしとるん?」
「あまり広い場所ではないからな。私とお前も含めて10人と考えている」
「ふんふん、なるほどねぇ……ってちょい待ち。なんでうちがカウントされとんねん」
「いいだろう別に。居もしない彼氏とデートする予定なら来なくてもいいが」
「なおちんってたまーに喧嘩売ってくるよな」
「そうか? 気のせいだろう。それとなおちんって呼ぶな」
「へぇへぇ。んじゃ、募集は8人でええか?」
「ああ。そうしてくれ」
 えぇーと、と呟いて、樹裏がその場で宴会の参加者を募る旨の依頼書類を作成していく。作業をしながら、「そういえば」と樹裏は尋ねた。
「あまり広い場所やないって話やけど、どこでお花……お葉見するん?」
「よくぞ聞いてくれた。実は、とっておきの場所があってな」
 持参した缶コーヒーを飲んでいた笆が、にやりと笑みを浮かべる。
「まあ、当日まで秘密だ。お前は口が軽いから――尚子? 聞いているのか?」
 樹裏は、いつの間にか書類を書く手を止め、ぼうっとしていた。笆に声をかけられ、はっと我に返る。
「あ、あははー。うん、だいじょぶ、しっかり聞いとった」
「本当だろうな? 意識が飛んでいたように見えたが」
「だいじょぶやって。うちの口が堅いって話やろ」
「お前は何を聞いていたんだ」
 はあ、と呆れ顔で再び缶コーヒーに口をつける笆。
 樹裏は何かを誤魔化すように笑った。ぽそり、と呟く。
「……昔の約束を思い出しただけの話や」
「ん?」
「あー、なんでもない。独り言」
 ……いつにも増して妙な奴だ。そう思いながら、笆は残りのコーヒーを飲み干した。



リプレイ本文



●宴にそなえて

 五月某日。
久遠ヶ原島内、とあるスーパーマーケット。
「んぅー……飲む方の好みそうなものは……」
 酒類が並ぶ店内の一角に、駿河紗雪(ja7147)の姿があった。
 彼女が持つ買い物かごの中では、ビールやチューハイ、女性向けのパッケージデザインが施されたミニボトルの日本酒など、様々なお酒たちが山を成している。
「……見事に酒しかないな」
 紗雪のかごを見た天ヶ瀬 焔(ja0449)がぽそりと呟いた。
 はい、と頷く紗雪は、ふわりと笑みを浮かべる。
「お酒、大好きですから。せっかくですし、皆さんの分も買っていこうと思いまして」
「そうか。ゆっくり選ぶといい」
 まだ時間があるからな、と焔は続けた。
 お花見ならぬお葉見に向けて、二人は会場に持っていく飲み物の買い出しにきているのである。
(さて……上手くいくといいが)
 楽しそうにお酒を吟味する紗雪を眺めながら、焔は自身の内に秘めた緊張をほぐすように、ふうと息を吐いた。

 一方、島内某所。
 街の喧騒から離れた森の奥、大きな桜の木の下に、数人の撃退士の姿があった。
「……むぅ。本当に美具は何もしなくて良いのか?」
「ああ。じっとしていろ」
 お葉見の主催者、笆 奈央が即答すると、美具 フランカー 29世(jb3882)は再度むぅと唸った。その顔には不満げな表情が浮かんでいる。
「笆さん、こんな感じでいいですか?」
「うむ。問題ない」
 参加者がそれぞれ持ち寄ったレジャーシートを広げ終えたのは、黄昏ひりょ(jb3452)。
「えっと、10人だから……」
 秋月 奏美(jb5657)はその隣で、いち、にい、と紙皿や紙コップを数えている。
 着々と会場の準備が進む中、美具はシートの上で一人、居心地悪そうに座っていた。じっとしているのが我慢ならないらしく、立ち上がろうとする。
「……やはり美具も」
「いい。座っていてくれ」
 言い終える前に笆に却下され、ぐぬぬ、と無念そうに腰を下ろす。
 準備開始時は、美具も他のメンバーと一緒に動いていたのだが……広げたシートの上を土足で歩いたり、割り箸を配ろうとして地面にぶちまけたりしてしまったのである。結果、笆から戦力外通告を受けてしまった。
「おーい、拾ってきたぜ!」
 虎落 九朗(jb0008)は、拳ほどの大きさの石をいくつか抱えていた。レジャーシートの端に置いて固定するためのものである。
「……これで、会場は準備完了といったところか」
「そうですね。あとは残りの方が来れば、始められそうです」
 笆が呟き、ひりょが頷く。そこへちょうど残る5人がやってきた。
「おー、やっとるねえ。なるほど立派な桜の木やな」
 樹裏 尚子(jz0194)が大木を見上げる。
「ゴメンね、用意とか全部任せちゃって。俺、ほとんど何にも持ってきてないんだけど……」
 申し訳なさそうに鈴木悠司(ja0226)が言うと、笆は首を振った。
「気にするな。私は自分で飲む酒しか持ってきていないし、そっちの眼鏡に至っては礼のひとつも言わん。それに比べれば、な」
「ちょっ、準備は任せろって言ったのなおちんやんか!」
「確かにそうだが。それはさておきなおちんって呼ぶな」
 いつものやりとりを繰り広げる2名を苦笑しつつ眺めていた神谷 愛莉(jb5345)は、持参したお弁当を並べ始める。
「これ、今日早起きしてつくってきたんです! ぜひ食べてください!」
「うおっ、めっちゃおいしそーやん! ほらほら、みんなはよ座って! さっさと飲み食い始めな、日が暮れてまうで!」
「……まったく」
 手作り弁当を前にテンションの上がる樹裏を見て、笆はやれやれと肩を竦めた。
「飲み物は、すでにいくつか冷やしてある。言ってくれれば渡すから、遠慮なく飲んでくれ」
「もちろんお酒もたくさん用意してありますよ!」
 焔は、買い終えた飲み物をクーラーボックスに入れて運んでいた。中には氷水が入っている。紗雪の持つビニール袋からは、お酒の瓶が顔を覗かせていた。
 思い思いにレジャーシートに腰を下ろす撃退士たちを、葉桜が静かに見下ろしている。


●飲めや歌えや

「……で、乾杯の音頭は誰がとるんだ?」
 全員が着席し、飲み物が行き渡ったことを確認した九朗が、誰にともなく尋ねる。
 にひひ。樹裏が笑った。
「こーゆうのはな、言い出しっぺがやるっちゅーのがお決まりやで!」
「ってことは、俺がやるのか?」
 勘弁してくれ、と頭を掻く九朗。皆の視線が彼に集まる。
 ふう、とひとつ息を吐いて、九朗がコーヒーの入った紙コップを掲げた。
「ま、何はともあれ、楽しくやろうぜ! 乾杯!」
『かんぱーい!』
 葉桜の下に声が響く。穏やかな風が枝を揺らした。
「そいじゃ、弁当のフタ開けるぜ!」
 九朗が持参した弁当は、もちろん彼の手づくりである。
 抹茶塩で食べる天ぷら。ピーマンや椎茸の肉詰め。筑前煮、山菜の和え物、ホウレン草のお浸し。お稲荷さんやフライドポテト。野菜スティックは、塩、マヨネーズ、練り梅のそれぞれで楽しめる。衣が厚めの唐揚げは、ニンニクの風味が効いている。おにぎりは、その場でのりを巻いて食べれば、手が汚れずに済む。デザートには柏餅が用意されていた。
「この天ぷら、すごく美味しいです!」
 海老天を食べた奏美が笑顔を浮かべる。
「いやあ、豪勢やなあ。……おっ、ゆかりおにぎりあるやん。もーらいっ!」
「あー、それは」
 九朗の説明も聞かずに一口食べた樹裏。次の瞬間、形容しがたい表情で口をすぼめた。
「すっぱ! めっちゃすっぱ! でもめっちゃウマい!」
「ゆかりが振ってあるおにぎりの中身は、自家製の梅干しだ。酸っぱいのが苦手な人は気をつけてくれ」

 別のシートでは、愛莉が広げた弁当に次々と箸が伸びていた。
 マヨネーズや胡椒などで味付けされたマカロニサラダ。刻んだ梅紫蘇と鰹節が混ぜ込まれたおにぎり。昨日のうちに塩麹、醤油、酒につけておいた鶏の唐揚げ。茹でたアスパラガスは梅肉で和えてある。サラダ菜で仕切られたゆで卵は、半熟と固ゆでが同数用意されている。おやつに用意されたクッキーは、あらかじめ前日につくっておいたものだ。
「……どうですか?」
 緊張した面持ちで、感想を問う愛莉。
 唐揚げを頬張っていた悠司が笑顔で答えた。
「うん、すっごく美味しいよ。これって誰かから教わったの?」
「はい! 部活の先輩たちから教わって、一生懸命つくりました!」
 よかった、と愛莉は胸をなでおろした。料理の先生に良い報告が出来そうである。
「おぉー。みなさん、お料理が大変お上手なのですね♪」
 早くもビールを一缶飲み干しかけている紗雪が、唐揚げを口にする。よく味が染みていて、噛めば噛むほど美味しさが滲み出てくる。
「俺も唐揚げつくってきたので、よかったらレモン汁をかけて召し上がってください」
「桜餅とおはぎ、よもぎ餅もありますよ!」
「美具が買ってきたタコ焼きとかお好み焼きも出しておくのじゃ!」
 ひりょの唐揚げ、奏美のデザート、美具の持ってきた食べ物(全部粉物)も並び、宴会場はいよいよ美味しそうな匂いで満たされていく。
「私もいろいろ用意してきたのですよ」
 紗雪が持参したのは七輪である。手づくりの味噌田楽をその場で焼けば、酒の肴にぴったりだ。
「桜の花の代わりということで、白とピンクの金平糖も持ってきました!」
「おーう! 甘いもんならいくらでも入るでー!」
 缶チューハイを手にした樹裏はすでに酔いが回っている様子である。
「もっと度数の低いものを渡した方が良かったか?」
 クーラーボックスの番をしている焔が呟くと、笆が肩を竦めた。
「どれを飲んでもすぐああなるさ。ところで、買い出しの件だが」
「ああ。参加者から金を集めるつもりはない。好きなだけ飲んでくれ」
「……やはりそう言うか。しかし、手痛い出費には違いないだろう」
 ほら、と笆は焔にお金を差し出す。辞退しようとする焔の耳元に、口を寄せた。
「いいから受け取っておけ。事情は駿河から聞いている」
「紗雪から?」
「そうだ。いらんというなら、全額仕送りに回しておけばいいさ」
 半ば押しつけるようにして、笆は焔にお金を手渡した。
(……気を使わせてしまったか)
 アルコールをちびりと口に含み、焔は紗雪を見やった。
 当の紗雪は、樹裏にさらに酒を勧めていた。
「尚子さん、一杯いかがですか? 東北ご出身と小耳に挟んだので、美味しいと評判の地酒を用意したのですよ♪」
「マジか! 美味しいお酒と聞いたら飲まなアカンわ! あ、ついでに田楽もちょーだい」
 すでに顔が赤い樹裏には、もはや自重する気がないようである。
「ん? 美具、それは……?」
「んむっ、おふふぉふぃーふぇうえふぁ!」
「お行儀悪いですよ……麦茶、いります?」
 笆の問いに対し、口いっぱいにお好み焼きを頬張りながら喋る美具。愛莉から麦茶入り紙コップを受けとり、一気に飲み干す。
「うむっ、よくぞ聞いてくれた! これは『天魔王』という酒じゃ! 天使長の酒蔵から拝借した一品での、せっかくじゃから持ってきたのじゃ!」
「ほう。興味深い」
 ふぅむ、と唸りながら瓶を眺める笆。ところで、と逆に美具が尋ねる。
「桜というものは、花が散ると虫が付きやすいと聞いたのじゃが……大丈夫なのじゃろうな?」
「……毛虫とかいないですよね」
 ごくり、と唾を飲み込みながら、愛莉も重ねて尋ねる。
「大丈夫だ。事前にみなg……こほん。すべて駆除しておいた」
「そうか。ならば安心じゃのう!」
 笆の答えに美具と愛莉はほっと胸を撫で下ろす。
「ビールのおかわりくださーい! ……にしても、この時期に花が散った桜の下でって、ちょっと珍しいよね」
 焔から缶ビールを受けとりながら、悠司が呟いた。
 ああ、それはな。と笆が口を開く。
「実は今年の春、妹と花見をする約束をしていたんだが、急用が入ってしまってな……」
「へえ、奈央さんって妹がいるんだ?」
「うむ。今日も誘ったんだが、断られた」
「そっかあ。俺にも弟がいるんだけどね、最近冷たくてさあ」
 お互い大変だ、と笆と悠司は苦笑し合う。
「笆さんの妹さん……どんな方なんですか?」
 奏美の何気ない質問に、笆の目がきらりと光った。……ような気がした。
「一言で言うなら、猫だ」
「猫と聞いて!」
 会話の輪に加わった九朗を見て、笆がにやりと口角を上げる。
「虎落か。お前も相当な猫好きだな?」
「そりゃあもう! 気位が高くてツンとしたのも可愛いし、人馴れして甘えてくる奴も可愛いし、ふしゃーって毛を逆立ててる奴ももこもこで可愛いし、引っかかれても愛おしいし!」
「うむ。私の妹は、それら全てを兼ね備えている」
「……なる、ほど……?」
「猫っぽい妹かあ……」
 奏美や悠司が想像する笆の妹像は、やや大変なことになっていた。
 急に九朗はがっくりとうなだれ、笆が首を傾げる。
「どうした?」
「いや、寮の規則で猫が飼えないのがつらいんすよ……」
「私も同じ状況だ。オススメの猫カフェを教えてやろう」
「マジっすか!?」
「マジだ。そこで存分に癒されるといい」
 よっしゃー!と思わずガッツポーズの九朗。
 盛り上がる一団を微笑ましげに見ていたひりょが、頃合いを見て声をかけた。
「皆さん、秋月さんが持ってきてくれたカラオケセット、準備できましたよ」
「あ、カラオケあるんだね! 歌っても良い?」
 悠司が立ち上がり、ひりょからマイクを受け取る。
 流れる音楽。伸びがあり、少し擦れた独特の声。悠司が歌い終えると誰からともなく拍手が湧いた。
 続いて焔が腰を上げる。
「ふふ……歌う事に関しては生涯やり通したいと思う先導志、天ヶ瀬だ」
 焔が選んだ曲は、まさに熱唱系と呼ぶにふさわしいものである。最後まで渾身の声で歌いきる。
「ふぅ、いい汗かいた……」
「よっしゃあ、うちもオハコ歌ったるでえ!」
 真っ赤な顔の樹裏がふらふらしながら前に出る。
 マイクを持って歌い出したが、音もテンポもめちゃくちゃである。聴衆からの手拍子に助けられ、なんとか最後まで歌う。
「うっへっへー、どないや!」
「『どないや!』ではないだろう。鈴木や天ヶ瀬に歌い方を教わった方がいいぞ」
「なんやとぅ! ほんならなおちんも歌ってみいや!」
「いいだろう。それよりもなおちんって呼ぶな」

 ――宴会は日が傾くまで続き、参加者は存分に飲み、食べ、歌い、楽しんだ。当初の名目は、あまり達成されなかったような気もする。しかし、参加した当事者たちが楽しめたのだから、よしとすべきところである。


●葉桜の下で

「葉っぱを見ても楽しいという者は、天界にはおらんかったのう……」
 桜の木を見上げながら、美具が呟く。花がなくとも楽しく過ごせたのは、同じ学園の友がいるからだろう。片付けに動く周囲をぼんやりと見回す。
「黄昏、秋月。すまんな……雑用ばかり任せてしまって、あまり話せなかっただろう?」
「いえ、俺は全然気にしてませんよ。皆が楽しかったなら、それで」
 頭を下げる笆に対し、ひりょは笑顔で首を振った。奏美は大きく頷きながら、持っているデジカメを掲げる。
「私も十分満足です! デザート美味しいって言ってもらえたし、カラオケも楽しんでもらえたみたいだし、全員の集合写真も取れましたから」
「そうか。ありがとう」
 礼を述べ、笆はもう一度頭を下げた。さて、と振り返る。
「天ヶ瀬、駿河。あとは私達に任せてくれないか」
「えっ? ですが……」
「いいのいいの! 用意してない俺にも仕事回してもらわないと申し訳ないよ」
 紗雪の言葉を遮り、悠司が笑顔を浮かべる。焔が紗雪の手を引いた。
「甘えさせてもらおう。伝えたいこともある」
「伝えたいこと……?」
「ここで始めるな。こいつが起きたら面倒だ」
「んぐぅ……もー食えん……」
 笆に指差された樹裏は、ありがちな寝言を呟いた。



 青々と茂る若葉が夕陽に照らされている。
 焔と紗雪は、手を繋いで歩いていた。
 今日の宴会を振り返りながら言葉を交わす。
 二人が周囲を散策し、宴会場に戻ったときには、すでに他のメンバーは撤収していた。
 目の前には、大きな桜の木。
 会話が止まった。動悸が聞こえる。握った手が、とてもあたたかい。
「紗雪」
 焔は、愛しい人の名を呼んだ。はい、と答える声がした。
 見つめ合う。言葉を紡いでいく。大切な言葉を。
「俺の傍に、ずっと……一生傍にいてほしい」
 指輪を渡す。息を呑む音が、聞こえた気がした。
「俺と結婚しよう。紗雪」
 静寂が二人を包んだ。風が吹いて、桜の枝葉が揺れた。
「……あ、ありが、とうございます。凄く嬉しいです」
 震える声で、紗雪は答えた。とても嬉しくて、涙があふれてくる。
「私でなくては駄目だと思っていただけるなら、喜んでお受けします……」
 大好きです。呟くように、紗雪は伝えた。
「二人で一緒に、幸せになろうな」
「はい……!」
 口づけを交わす二人を、葉桜が静かに見下ろしていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
撃退士・
天ヶ瀬 焔(ja0449)

大学部8年30組 男 アストラルヴァンガード
君との消えない思い出を・
駿河 紗雪(ja7147)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
虎落 九朗(jb0008)

卒業 男 アストラルヴァンガード
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
怪傑クマー天狗・
美具 フランカー 29世(jb3882)

大学部5年244組 女 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
臨機応変・
秋月 奏美(jb5657)

大学部3年258組 女 阿修羅