●混沌たる一団
「救わねばならん……我が戦友(とも)をッ!」
ぐっと拳を握り、彼は大喝した。先日負傷し、未だ傷が癒えていないにも関わらず、凄まじい闘気である。非モテ系ディバインナイト友の会リーダー、ラグナ・グラウシード(
ja3538)。人は彼を『非モテ騎士』と呼ぶ。
「いかにもッ! 樹裏同志のリア充への憤り……俺にはわかる、わかるぞッ!」
ラグナ同様に声を張り上げる男がもう一人。『夜の非モテ騎士』こと、紫 北斗(
jb2918)である。ちなみにラグナと北斗は、2月14日は褌の日であることを共に広めた仲である。
「私には見える、孤独な魂が泣き叫んでいるのが……!」
「我ら非モテ衆……この辛い世界を、力を合わせて生き抜いていかねばッ!」
うおおお。戦闘を前に、すでにアクセル全開の非モテ騎士二名。
そんな彼らを眺めていた月乃宮 恋音(
jb1221)は、困惑顔で首を傾げていた。
「……なぜ、興奮されているのでしょうかぁ……?」
うぅん、と小さく唸る恋音には、非モテ騎士たちの熱意は伝わっていなかった。それ以前に、彼女は樹裏が暴れる理由がまったく理解できていないのである。このままだと撃退士全体の評判が悪くなるから止めなくちゃ、という気持ちで依頼に参加したのだった。
「嫉妬する気持ちはわかりますけど、暴力はいけませんわね。尚子さんには、ちょっと痛い目に合っていただきましょう」
ふふ。紅華院麗菜(
ja1132)は微笑んでいる。彼女曰く、カップルにイチャイチャしてもらった方が世の中は上手く回るらしい。主に経済的に。
「樹裏尚子……どんな人なのかな? ああ、楽しみだなあ」
ふふふ。シャルロット・ムスペルヘイム(
jb0623)は笑っている。彼女がアストラルヴァンガードであることと、ちょっとわずかに好戦的な性格であることを、念のために先述しておく。
ふふふふふ。笑う少女二人。旧家出身の麗菜、元修道女見習いのシャルロット、どちらもその笑みにはある種の気品が感じられるが、それ以上に何やら意味深である。
(皆、それぞれに目的を持っているようですね)
集まったメンバーをぐるりと見回し、袋井 雅人(
jb1469)は眼鏡を指で押し上げた。黒髪に中肉中背という彼が逆に目立つような、キャラの濃い面々である。連携できるかどうか些か不安である。
「今このときも、同志が苦しんでいるのだッ! 行くぞッ!」
絶賛負傷中のラグナが、いの一番に駆け出してあっという間に見えなくなった。
「今こそ! マジカルローズクリムゾンたる私の力を見せるとき!」
麗菜が謎の異名を名乗りながらラグナを追う。
「抜け駆けは良くないな、ボクだって我慢してたんだからさっ!」
シャルロットが二人に続いた。
「……え、えとぉ……頑張りましょうぅ……」
恋音が小声でそう言ったときには、すでに三名がその場から消えていた。
やれやれ、と雅人は肩を竦める。
「やっぱり連携とか難しそうですね……」
「何をぼやいているかッ! 一刻も早く同志の元へ駆けつけるぞッ!」
「は、はいっ!」
北斗にビシィッと指差され、雅人は反射的に姿勢を正した。
●やるときはやる人たちなんです
「せぇえいやぁぁあッ!! 撃☆滅ッ!」
「うおっ!?」
手加減など微塵も無い長剣の一閃が男子学生Aを襲った。樹裏の攻撃は彼に届くことはなかったが、Aの後方にあったのぼりは両断されてしまった。
「くそ、容赦ねぇな……!」
「援護するよ!」
樹裏の背後、男子学生Bが拳銃の引き金をひく。
「邪魔すんなッ!」
ぐるりと回れ右をした樹裏の手に長剣はなく、一瞬で持ち替えた大盾が銃撃を弾いた。ぎょっとするBにそのまま突進する樹裏。悪鬼羅刹の形相である。というかもう彼女、完全に単なる害悪と化していた。
「この私が相手だ、狂戦士よ!」
ナルシー全開の男子学生Cが側面から魔法弾を浴びせる。それすらも盾で防ぎ切り、樹裏はすぐさま長剣に持ち替えた。明らかに、男子学生たちは劣勢であった。
「まずいね……」
「チッ、俺らだけじゃ取り押さえられねえか」
BとAが小声で会話を交わしたその直後。
「そこまでだッ!」
突如現場に現れたラグナの凛とした声に、樹裏たちの動きが止まった。
「樹裏殿……貴殿の怒りは正しい。だがッ! その怒りをぶつける相手を間違えてはいないかッ!?」
「リーダーの言うとおりであるッ! これを見たまえ!」
ラグナの隣に立つ北斗が、つい先ほど哀れにも真っ二つにされたのぼりを指差す。
「こののぼりが一体何をしたと言うのだッ! 雨の日も風の日も、店の為にと今日の日まで頑張ってきた彼が、なぜこのような目に合わねばならんのだッ!?」
なぜか物言わぬのぼりに感情移入している北斗。AとBはぽかんとしていたが、Cと樹裏は「たしかにそうだな」と納得していた。というかさっきまでの樹裏の鬼の気迫はどこにいったのだろうか。さておき、北斗の言葉に大仰に頷いたラグナは、バッと両腕を広げた。
「もう一度よく考えてみてくれ! 我ら非モテが、真に倒すべき敵が誰なのかをッ!」
「……誰だか知らんけど、たしかにあんたらの言うとおりやな」
うむうむ。樹裏はしきりに頷いた。
「うちが真に倒すべき敵、それはのぼりでも街灯でも看板でもない……そう、うちの敵は――」
ぶんっ。長剣の切っ先が男子学生たちに向けられた。
「きっさまらじゃあああああッ!!」
「おいぃぃ!? 説得するんじゃねえのかよ!?」
樹裏の突進をかわしながらAが叫んだ。真顔でラグナが返答する。
「仕方ないだろう。リア充であること、その事実が万事の悪因なのだからな」
暴論であった。
「お待ちなさい!」
少女の声が響き、またもや場は静まり返る。
「尚子さん、落ち着いてくださいませ。彼らの存在意義、それは決して小さなものではありませんのよ」
にこりと微笑みながら、樹裏に優しく語りかけるマジカルローズクリムゾンもとい紅華院麗菜。
「彼らは、あちこちでお金を使ってくださる、商売人にとってとてもありがたい存在なのですわ。特に、男性から女性へのプレゼントともなれば、相応にお高いお買い物をなさる……たとえば」
そこのあなた、と麗菜はもっとも近くにいたCに質問した。
「あなた、彼女さんへのプレゼントにはどのようなものをお選びになって?」
「私か? ふむ、そうだな……バラの花束を贈ったことがあったか。懐は寂しくなったが、我が愛しのマドモアゼルのためとあらば、実に安い買い物だ」
フッ。口元に爽やかな笑みを浮かべるC。満足げに頷く麗菜。そしてどす黒いオーラを纏う非リア3名。
「そちらの方はいかがかしら?」
「ぼ、僕?」
続いて麗菜に指名されたのはBである。顔を赤らめながら、Bはつぶやく。
「キーホルダーみたいな小物しかプレゼントしたことないけど……食事のときは全部僕が払ってるよ。ついさっきもそうだったし」
ぷちっ。嫌な音がした。
「だぁまれえぃ! あんたらの与太話なんて聞きたくないんじゃあッ!!」
言うが早いか剣を振り回す樹裏。
「ちょっと待て! 俺は何も言ってねえぞ!!」
なぜかAが執拗に狙われていた。
「あらら。説得失敗ですわね」
肩を竦める麗菜はどこか楽しそうである。というわけで、マジカルローズクリムゾンによる説得(仮)は失敗に終わった。
戦闘が再開された商店街に、次なる混沌が降臨する。
「いい斬りっぷりだね。これはまさか、運命の出会いというやつかな?」
暴れる樹裏に情熱的な視線を送るシャルロット。辛抱堪らんとばかりに戦場へ飛び込み、男子学生たちを押しのけるようにして樹裏に迫る。シャルロットの両手剣と樹裏の長剣が交錯し、シャルロットの頬に血の赤い線が走った。
「これだよ、この昂揚感っ! まさしく愛っ!!」
「このっ、邪魔すんなやッ!」
すでに樹裏の眼中にはリア充(男子三名)しか映っていないらしく、かといって斬りかかってくるシャルロットを無視するわけにもいかず、戦闘は否応なしに激しさを増していた。
「ストップ! ストップです、シャルロットさん!」
「ああ好きだよこの愛をその身に刻んでくれもっと愛し合おう全身真っ赤になって壊れるまで愛し続けられたらとても素敵だと思わないかい?」
遅れて到着した雅人が必死に呼びかけるも、シャルロットの突撃は止まらない。重ねて申し上げておこう。彼女は、アストラルヴァンガードである。味方の援護が得意な、アストラルヴァンガードである。
「……な、何でこんなことになってるんですかぁ……?」
すぐそばにリトルリザードのご遺体が転がっていることとかすっかり忘れ去られている現場に現れた恋音。彼女が涙目になってしまうのも仕方のないことである。
「樹裏殿ッ! リア充はあそこだぞッ!」
「俺の女神様の視線を浴びるあいつは、先の依頼では少女から熟女まで従えていたのである! まったくもって許せんッ!」
「彼女さんとはどのようにしてお知り合いになりましたの? 告白のときはどうなさいました?」
「もっと、もっと愛してくれ! もっともっともっt(ry」
ラグナは樹裏にリア充たちの位置を知らせる役に徹しているし、北斗は恋のライバルについて一人アツく語っているし、麗菜は戦闘そっちのけでBを質問攻めしていぢめているし、シャルロットに至ってはもうあれである。ばーさーかー2号である。収拾がつく気配とか皆無である。
「おおっ!? なんと美しい!」
すっと戦場を離脱したCが、恋音の前で片膝をついた。その手にはバラが一本。
「どうぞお受け取りください、お嬢さん。貴女には、この花の赤がよく似合う」
「……ぇ……あの、えっとぉ……」
しどろもどろしている恋音に自覚はないが、彼女は美少女である。その顔立ち、豊満な胸、白い肌、それらすべてが合わさり最強に見えるのだが、残念ながら無自覚である。
ちなみに、Cは彼女持ちである。Cは、彼女持ちである。大事なことなので二度言っておく。
「災難に巻き込まれて厄日かと思っていたが、まさか貴女のような美しい女性と出会えるとは。どうやら、最高の一日となりそうdぐぶふぅぉおぅッ!!」
横から飛んできた樹裏のシールドパンチ(左手に盾を持った状態で放つ渾身の右ストレート)が、Cのキレイな顔を吹っ飛ばした。Cは商店のシャッターを粉砕して沈黙した。南無。
「……あんたも、リア充か?」
ぎろり。樹裏が恋音を睨みつけた。
「……よ、よくわからないですけど……違う、と、思い、ますぅ……」
慌ててぷるぷると顔を横に振る恋音は、もはや泣きだす寸前である。見かねた雅人が二人の間に割って入った。
「樹裏さん、これを読んでどうか気を落ち着けてください!」
「うん?」
雅人が樹裏に手渡したのは、超能力を操る少年少女たちが、恋に冒険にと青春を謳歌する学園系ライトノベルである。
「…………」
意外にも樹裏は丁寧に本を読み始めた。その後ろでシャルロットがうずうずしていたり、ラグナ&北斗とAが睨み合っていたり、麗菜とBは相変わらずだったりしたが、とにかく樹裏は静かに本を読んでいた。
「…………」
ぱたんと本が閉じられた。数ページを読んだ樹裏は、無言で雅人にライトノベルを返し、てくてくとAの目の前まで歩く。このときばかりは全員が固唾を飲んで見守った。
すぅ、と大きく息を吸い、樹裏は叫んだ。
「――何かと思えばリア充の話やないかぁぁぁッ!!!」
「いや、俺は関係ないっtひでぶぅッ!!」
樹裏の必殺・シールドパンチ(本日2回目)がAに炸裂した。Aは路上を数メートル転がって静かになった。南無。
「あれっ、やっぱり読んでない本を渡すのはまずかったかな……?」
「うむ。落ち着いたかと思ったが、また興奮してしまったようである」
うーん、と首をひねる雅人。北斗は冷静に樹裏を観察している。
ちなみにその樹裏は。
「あとひとおおおつッ! の、前に! あんたを黙らせるっ!!」
「やっとボクの愛が伝わったようだね。ここからが本番だよっ!」
シャルロットと楽しく愛死合っていた。
「お三方を盾にするつもりでしたのに、いつの間にかお一人しか生き残っておりませんわね」
「ちょっと待って、それどういうこと!?」
声を荒げるBに、麗菜は微笑みを返した。無言の圧力である。
「……と、とにかく、まずは樹裏さんを何とかしましょうぅ……」
「だな。これ以上、商店街が休業し続けるのもまずい」
恋音が提案し、ラグナが頷く。
一度やる気になった撃退士たちの連携は、見事の一言に尽きた。
それはもう、なんで今までこんなに現場が混沌としていたのかが不思議なくらいである。
恋音がマジックスクリューを放ち、樹裏にロックオンされれば、雅人が間に入って攻撃を食い止めた。後ろから羽交い絞めにしようと近づいた北斗が切り払われれば、その隙を麗菜のエナジーアローがカバーした。
審判の鎖をかわされたシャルロットが「恥ずかしがらずに飛び込んでおいで!」とか言い出したり、「見せてあげよう……本当のリア充殲滅の力を!」とか言いながらラグナがリア充殲滅砲をぶっ放したところ手元が狂ってBが戦闘不能になったり、なんてこともあったが、まあ、総合すれば見事な連携であった。異論は認めない。
だいぶ日が傾いた頃、商店街の激闘は幕を閉じた。
●台風一過
そんなこんなで。
「これで一件落着ですわね」
「……そ、そうですかねぇ……?」
達成感溢れる笑顔で麗菜は呟いたが、周囲を見回した恋音は首を傾げた。三名ほどくたばっている。商店街はボロボロである。
「ま、まあ、でも、樹裏さんを止めることは出来ましたから……」
はは、は。雅人は乾いた笑い声をあげた。
一方、静かになった商店街の路上には、樹裏が大の字で寝そべり、空を見上げていた。今にも天に召されそうな、ひどく穏やかな表情である。
「……腹、減ったなぁ……」
「ふむ、それなら飯でも作りに行こうか? これは樹裏同志のものだろう」
北斗が買い物袋を掲げる。樹裏がOPで手放したあれである。
ラグナが手を差し出し、樹裏を起き上がらせた。両者は再びかたく握手をかわす。
「行こう、樹裏殿。正しきリア充滅殺を、我々とともに成し遂げよう!」
「おう。あんたらとは仲良くやってけそうや。これからよろしゅう頼むで!」
なんか戦いを通して友情が生まれたみたいな空気になっているようだが、彼らの目的はだいぶ物騒である。滅殺とか何それこわい。
「――ああ、楽しみだなあ」
ふふふ。シャルロットは笑っていた。つい先ほど、樹裏に『今後も愛死合いたい』と申し出たところ、「まあ、死なん程度ならええよ」との回答を得られたのである。彼女は次なる幸せの到来のときを想像し、心躍らせているのであった。
後日、学園内の某所では、弁償金額を伝えられた某女子学生の悲鳴が響いたそうだが、それはそれ。
久遠ヶ原学園は、今日もほどほどに平和である。